猫とのご縁、おつなぎします。~『あわせ屋』ミケさんと猫社の管理人~

香散見羽弥

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怪しい男

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「はあ」


 紡生は公園のブランコに力なく腰を掛け、道行く人をただぼんやりと眺めていた。


 本当は家に帰ればよかったのだろうけど、家にいるとコムギに心配をかけてしまうと思うと帰る気にもならなかったのだ。

 それにコムギを見るとどうしてもミケのことを思い出してしまう。
 今の紡生にとってそれはあまり嬉しいことではなかった。


 せめて気持ちに整理をつけてからじゃないと家には帰れない。

 そうしてだらだらとしているうちに、出勤するサラリーマンや通学する学生達で道が混雑し始める時間になっていた。


 道行く人たちの中には朝から辛気臭い顔をしてブランコを漕ぐ女をいぶかに見る人もいたが、そんなこと今の紡生には気にする余裕はない。

 何度目かのため息が零れ落ちた。


(結局、私は何だったんだろう)


 ミケは紡生のことをいらないといった。足手まといだと。

 確かにミケは初めから紡生を歓迎していなかった。
 ことある毎に追い返そうと躍起やっきになっていたことを思い出す。


(あれが本心だったのかな)


 それでもしばらく置いてくれていたのは役に立っていたからだと思う。
 けれどそれを帳消しにするほどダメなことを言ってしまった。


 自分の力量も推し量らずに、希望を押し付けようとしてしまった。他力本願たりきほんがんもいいところだ。


「……そりゃあ追い出されるよね」


 希望ばかりを口にするくせに、自分だけでは何もできない。

 そんなの、いっちょ前に口をはさんでくるくせに自分では何もやらない面倒なクレーマーみたいじゃないか。
 戦力になるどころか、内から崩壊させかねない危険分子だ。


「……いつの間にこんなんになっちゃったんだろう」


 何もできないのが嫌で、自分だってできることがあると思いたくて、今までいろいろなことをやってきた。
 ムギを助け出せなかった悔しさから獣医師になろうと決めたのもそう。
 陸上を続けたのだって、いざというときに体力がなければ話にならないからだ。


 けど……どれだけあがいてもできないことはなくならない。


「…………くやしいなぁ」


 ジワリと涙が浮かび、慌てて拭う。
 流してしまえば次々に溢れてくる気がしたから。


 けれど慌てすぎてバランスを崩し、ブランコからひっくり返ってしまった。

 ドスンと鈍い音が響く。


「…………なにやってるんだろ」


 恥ずかしいやら情けないやら。とてつもなくいたたまれない。


 紡生は起き上がる気にもならず、そのまま空を見上げていた。

 パッとしない天気だ。
 厚みのある雲は黒く、青い空など拝めそうにない。


「なんだか私の心境みたいだなぁ。……はは」


 なんてつぶやいてみても気分は晴れず、むしろもっと落ち込んでしまって乾いた笑いが出てしまった。


「雨が降ってきたらここにもいられないか」


 今は怪しまれていてもまだギリギリスルーしてもらえるけれど、雨の中傘もささずブランコに座っている女がいたら通報されるかもしれない。


「……まあ、今も似たようなものだけど」


 通学時間ももう過ぎ去ろうという時間、ブランコの下に寝ころび陰鬱いんうつな顔をした女。
 普段の紡生であれば間違いなく訳ありだと思って通報する。


「あはは……。ほんとに何やってるんだろ。……ん?」


 ここでこうしていても仕方がない。
 起き上がってどこかに行かなければ。


 そんなことを考えていたとき、ふと生垣の隙間から反対側が見えるのに気が付いた。
 花壇や物置が置かれているエリアだ。


 遊具のあるこちら側とは違い、そちらは犬の散歩で人気なエリアである。
 そのため散歩時間には微妙な今は人気がない。

 けれど花壇の奥で何かがもぞもぞと動いているような気がして、じっと目を凝らした。


(……?)


 男の人だった。

 彼は何かを探しているのか、しきりにきょろきょろと辺りを見回している。


 初めは用具係の人かとも思ったが、それにしては服装がおかしい。

 サラリーマン風ではあるが、よく見ればスーツはヨレヨレだし髪もボサボサ。
 ひげも生えているし、そのままでは会社になど行ける格好ではない。

 徹夜明けの人かもしれないけれど、だとしたらこんなところにいないで真っ直ぐに家に帰るだろう。
 少なくとも、こんな時間に草むらをかき分けて何かを回収するような仕草はしないはずだ。


「!」


 一瞬だけ、男が手に持ったものが見えた。黒い袋だ。


 それだけなら驚きはしない。
 けれどその袋はもぞもぞと動いていた気がした。


 男は生垣の奥で転がっている紡生に気が付かず、そのまま公園を出て行った。



「……」



 あの動き方。
 紡生には見覚えがあった。


 思い出すのは――



「……昨日の」


 ギンが入れられていたときと同じような動き方だった。


「…………よし」


 気のせいならそれでもいい。
 けれど気のせいでないのなら一大事だ。


 紡生はそっと立ち上がり、気が付かれない距離を保って男の後をついていくことにした。



 何度か角を曲がり、やがて駅前へとたどり着く。


 一気に人が多くなるので男を見失わないように気を付けなければ。


 人の波をぬって進み、角を曲がると徐々に人通りの少ない道にへと向かっていく。


 そうして何本か角を曲がったとき、男が振り返った。
 紡生はとっさに隠れてやり過ごす。


 男は少しの間きょろきょろとしていたけれど、やがて一つのビルの中に入っていった。


(……ふう)


 なんとかバレなかったらしい。

 紡生は安堵しながらも、男の入っていたビルを見上げる。


「……ここ」


 駅から徒歩五分程度という好立地にも関わらず一向に工事が進まないそれは、放置されて早二年になるビルだった。
 詳しいことは知らないが、建設会社と近隣住民との間で問題が生じたと言われている。


 建設中のカバーもかかったままだし、立ち入り禁止の看板も立っている。
 そんな場所に入ろうという人などいないはずだ。


 ……けれど男は確かにここに入っていった。



「……」


 どうしても気になる。
 見間違いならそれでいい。


「……少し。少しだけ」


 紡生は男を追って中へと足を踏み入れた。


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