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あやかし「五徳猫」
しおりを挟むミケは倒れた柴田に視線をやった。
死んではいない。
猫たちが放つ怨念の重圧に耐えきれず、意識を失っただけだ。
とはいえ、猫たちの念がこれだけでなくなるという訳ではない。
柴田は生き続ける限り、猫たちの負の念にじわじわと蝕まれ続けるだろう。
心身に影響を受けもう元の生活には戻ることはない。
それこそが罰――遭わせの仕事なのだ。
「自業自得だ」
ミケはもう一度小さくつぶやいて、視線をその上へと向けた。
死んでからも苦しみ続ける憐れな猫たちが、そこにいた。
怨霊になるということはつまり、恐怖と恨みに縛られるということ。
自我を失い苦しみ続け、苦しみから逃れようと生者に害をなす。
憐れな存在でしかない。
ミケは目を細め怨霊を見た。
「せめて罪を重ねる前に消してやる」
――ゴウッ
風が入らないはずの部屋で突風が吹いた。
影が黒炎となりミケを包んだ。
その炎が消えたとき、その場には四つ足の大型の獣がいた。
鋭く尖った爪はコンクリートの床を抉り、大きく裂けた口からは巨大な牙が見て取れる。
青く光る眼は闇の中でも怪しく煌めき、頭に生えた三本角と、二又の尻尾からは真っ赤な炎が上がっていた。
それがミケのあやかしたる姿。五徳猫としての本来の姿だ。
「悪く思うな」
ミケは大きく息を吸い真っ赤な炎を吐き出した。
バチバチと燃え上がった炎は怨霊めがけて真っ直ぐに伸びていく。
「ギャオオオ!」
雄たけびを上げた怨霊はゴポリと音を上げ、粘液をまき散らした。
炎と粘液がぶつかり合い、蒸発して煙が上がる。
煙に触れた皮膚がピリリとしびれた。
「っち! 毒か!」
毒で殺されたからこそ、毒の力を得た。
不思議なことではないが狭い室内では厄介この上ない。
ミケは咄嗟に窓を割り外へと逃れた。
大粒の雨が降り続く中、作りかけの足場を伝い屋上へと向かう。
怨霊も追ってきて、不安定な足場の中再び対峙した。
(長期戦は不利だが……、さて、どうやって戦う?)
怨霊は常に負の念をまき散らす存在だ。
長く対峙すればその感情にのまれてしまう。そのため短期決戦が好ましい。
けれど相手は毒の力を有した怨霊。
遠距離では先ほどのように相殺され毒の範囲を広げてしまう。
接近戦をするにしてもあの毒を食らうとただじゃすまないのは明白だ。
「やっぱり一筋縄じゃいかねえか……っ!?」
どう戦うか考えていると、突然ぐらりと世界が歪んだ。
【痛い】【苦しい】【帰りたい】【……ママ、どこ?】【一人は寂しい】
途端に雑音交じりの感情の激流が襲ってくる。
恐らく先ほどの毒の煙を吸い込んでしまったせいで、怨霊になっている猫たちの感情が流れ込んできたのだろう。
「ぐっ!」
激しい耳鳴りと心の内を掻きまわされるような不快感が体を満たし、ふらりとよろけてしまう。
怨霊はそれを見逃さず、毒の粘液を打ち込んできた。
「ミケさん!!」
この場に似つかわしくない高いソプラノの声が聞こえた。
ドンと体に衝撃が走り、倒れこむ。
「ミケさん、大丈夫!?」
「アンタ……!」
ミケの上に乗っていたのは紡生だった。
どうやらタックルをかまして避けさせたらしい。
いや、そんなことよりも……
「なんで来た!?」
関わらせないように遠ざけたはずだ。
わざと傷つけて、絶対に戻ってこないように。
……それなのにどうしてここにいる?
戸惑うミケの視界の隅で、怨霊が動き出したのが見えた。
ゴポリと毒を吐き出す音がする。
「くそっ!」
「うわっ」
ミケは紡生を口に咥え飛び退いた。
足場に粘液がかかり、ドロリと溶けて煙が上がる。
もしもあそこにいたままであったら……。
そう考えるとぞっとする。
ミケは紡生を咥えたまま大きく距離を取り、物陰に身をひそめた。
「ここはアンタが来ていいような場所じゃない。いいか、オレが気を引いている間に逃げろ」
今は煙で見えていないだろうが、すぐにはれるだろう。
そうなれば怨霊は再び攻撃してくるに違いない。
あやかしの自分ですら苦戦する相手だ。
人間の、なんの力ももたないやつなんて対峙するだけで危ない。
それに紡生を気にしながら戦っていては勝ち目はない。
早くこの場を離れてもらわなければ全滅だ。
だというのに
「嫌です。逃げません」
紡生はそう言い切った。
「は、はあ!?」
「私はミケさんを支えるために戻ってきたんだ」
「バカか!? 冗談なんて言っている場合じゃないんだぞ!?」
「冗談なんかじゃないよ」
はっきりとした言葉に振り返ると、真剣な赤茶色の瞳とかち合う。
「全部聞いたよ。怨霊のことも、あわせ屋の役目のことも、ミケさんの本質が炎だってことも――すべて知った上でここにいるの」
「……アメか」
紡生の言葉には決意が宿っていた。
その様子に、ミケは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……聞いたならわかるだろ。オレの傍にいたらアンタも無事じゃすまない。ましてオレはアンタの苦手な炎そのものだ。ムリして共にいる必要などない。アメに頼まれたのなら――」
「ここにくることを選んだのは私だよ。アメちゃんは最後まで渋っていたけど説得したの」
きっぱりと言い切った紡生に目を見開く。
「……なぜ」
「ミケさんには私が誰かのために身を削っているように見えているんでしょう? でも違うよ。私が誰かの役に立とうと……ミケさんの役に立とうとしているのは私自身のためだもの」
理不尽に立ち向かおうとするミケが理不尽に奪われることがないように傍にいたい。傍で支えたい。
それらはすべて理不尽に負けるところを見たくないという紡生のわがままだ。
「私はミケさんが思っているようなできた人間じゃない。わがままだし、怒るときは怒るし、諦めの悪いただの人間。でもね……だからこそミケさんが心配するように簡単に潰れたりしない。そう証明してあげる」
そういうと紡生はポケットから何かを取り出した。
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