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♧『身分違いの恋』(SIDE 菓 茜)
しおりを挟む東雲さんは僕の人生で初めて、率直に好意を示してくれた人だ。
僕の母親は、うんと若い時に未婚で僕を産んだ。
男にだらしない人で(親戚の人がみんなそう言っていた。)、
誰とも家庭を持つことはなかったけれど、いつも恋人がいてギラギラしていた。
僕が高校を卒業すると同時に家を出て行って、二度と帰って来なかった。
僕には一つだけ、忘れられない思い出があった。
遠い昔のことだし、無意識に美化されているかもしれないから、
本当にあったこととは断言できないけれど、一つだけの特別な思い出。
母親と一緒に空港に行った。
暖かく、晴れた日のお昼過ぎ。
それが誰だったのかは全然わからないんだけど、男の人を迎えに行った。
当時の母と同じくらいの年齢の男の人、だった気がする。
おじさんは背が高くて、ニコニコしていて、ゆっくり喋る、優しい印象の人だった。
母はその日、とても穏やかで温かい雰囲気に満ちていた。
まだ小さかった僕を抱き上げてあやしてくれたし、売店でお菓子も買ってくれたんだ。
おじさんは、僕の頭を優しく撫でてくれて、まるで本物の家族みたいに空港で過ごした。
ーーーそんな記憶。
その人を迎えに行ったのか、見送りに行ったのか、それさえ覚えていないけれど、
僕の唯一の温かい思い出として、ずっと心に残っている。
僕は空港が好きだ。
再会と別れ。始まりと終わり。
色々なドラマが溢れている特別な場所。
ここにいると、自分の寂しい人生を忘れることが出来るから。
僕は愛を与えられることに慣れていない。
これからもずっと、そんな相手は現れないと思っていた。
それなのに。
「茜さん、結婚を前提に、僕とお付き合いしてください。」
東雲さんは、真剣な顔でそう言った。
冗談じゃないってことは、僕にもわかる。
空港(職場)以外の場所で、彼と食事をするのは3回目。
帰り際、彼はいつも僕のボロアパートの前まで送ってくれる。
部屋に上がりたいとか、下心はまるで見えない、
いつもの直球な誠実さと優しさだけが、そこにあった。
夜21時ちょうどに、部屋の前まで送ってくれた彼が言った一言に、
僕は心底驚いて、今日はエイプリルフールじゃないよね、って頭の中が混乱していた。
「あの・・・東雲さん・・・・」
「前にも言いましたが、僕は、茜さんが大好きです。」
「・・・あの、」
「僕は本気です。」
「・・・・・よろしくお願いします。」
結婚を前提に、というのがいかにも東雲さんらしい。
愛の告白、というより、これはもはやプロポーズじゃないか?という
彼の熱意に、僕は心臓がバクバクして、どうしたら良いかわからなかった。
どんな顔をすればいいのだろう。
愛されたことのない僕にとって、彼の存在は異質で、全てが初めてのことだらけで、
ただ赤くなって頷くことしかできなかった。
母親にさえ愛されなかった僕が。
この広い世界の中で「たった一人の相手」に、
僕を選んでくれる人がいるなんて奇跡みたいだ、と思った。
「茜さん、今日の晩ご飯、何が食べたいですか?」
「今日はパスタが食べたい気分・・・です。」
「承知しました。」
ランチタイムの会話の種類が一つ増えた。
自分を理解して、好きだと言ってくれる人が常にそばにいてくれること。
それは、僕の人生を覆すような大事件だった。
総一郎さんとは毎日のように、僕の部屋で過ごしている。
21時過ぎには帰るし、
指一本だって触れてこないけれど、
僕たちは毎日交代で晩ご飯を作って食べて、2人きりの時間を過ごすようになった。
ひとりぼっちには慣れているし、それで特別困ることもなかったけれど、
僕はまたひとりぼっちに戻るのが怖くなっていた。
「僕の両親に会ってもらえませんか?」
総一郎さんは、自分の家族のことをあまり話したくない様子だったから、
急にそう言われた時は驚いた。
お兄さんと、弟さんがいるということは聞いていたけれど、
ご両親の話をすることはなかったから。
付き合って3ヶ月。
僕はこんな事態になるとはまるで予想していなかった。
「総一郎。そんなどこの馬の骨かもわからないような人間と。私は、絶対に許さんぞ。」
和服姿でまあるいメガネをかけた白髪の男性。
総一郎さんのお父様だ。
ちなみにどこの馬の骨かわからないというのは僕のことで、あながち間違いではないから反論できない。
こんなのドラマの中でしか無いと思っていた。
お屋敷?と呼ぶにふさわしい大きな家の、畳の上で正座をしている僕は、
突然の展開にまるでついていけなかった。
他人事のように平常心で観察していられるのは、もはや現実とは思えない状況、設定だからだ。
「父上、茜さんとの交際を認めてください。僕が初めて本気で愛した人なんです。」
総一郎さんの口から出るドラマのようなセリフに僕はポーッとしつつ、
障子を介して部屋中に広がる柔らかな日光を眺めていた。
東雲家は有名な茶道の家元で、
一番腕の良い総一郎さんに跡を継がせるというのが、お父様の希望だそうだ。
空港で働くのが夢だった総一郎さんは、反対を押し切って航空設計を学ぶ大学へ進み、夢を掴み取った。
「ではこの家は誰が継ぐんだ。そんな無責任な話は通らんぞ、総一郎。」
「僕は最初から継ぐ気は無いと、お伝えしています。白杜か華包に継がせてください。彼らは茶道を愛していますし、僕よりずっと才能があります。」
総一郎さんのすごいところは、いつだってきちんと自分の意志、信念を持っていることだ。
僕みたいにフラフラ流されて生きていない。
「失礼します。」
帰り際、和装の少年と廊下ですれ違う。
「兄さん、こんなことのために家を捨てるって言うの。」
「白杜、君の方が後継者にふさわしい。僕はいつもそう思ってますよ。」
透き通るような白肌。鋭い視線。
黒目がちの少年は、鼻白んだ表情で背を向けた。
総一郎さんは礼儀正しくて、育ちの良さが滲み出ているけれど、
まさかここまでの家柄だったとは。
家柄、という言葉にさえ縁の無い僕は、彼のパートナーにふさわしいはずもなかった。
それでももう簡単に彼を手放せるような、そんな軽い想いじゃないのも確かで、
僕はどうしたら良いかわからず途方に暮れた。
紹介できるような母親もいなければ、父親は誰かもわからない。
「どこの馬の骨ともわからない」というお父様の言葉が、
後になって重く、僕の身にのしかかってきた。
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