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♤『覚悟』(SIDE 宍戸 黒衣)
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♤宍戸 黒衣(ししど こくえ)19歳
蛍と同じ大学の友人。
黒髪、ツーブロック 、一見怖そうに見えるルックスだが、根は優しく芯のある男。
スケボーが趣味。目つきが悪いので、よく喧嘩を売られる。
喧嘩は強く、肝が座っている。
あまり人と馴れ合わないが、蛍とは意気投合してすぐに仲良くなった。
♤月野 蛍(つきの けい)19歳
ロックバンドSAWのキーボード担当。
顎くらいまでの長さのサラサラ金髪。真ん中分け。猫目。
人見知りで、無口。
家庭環境が複雑で、両親は海外暮らし。
同じバンドのドラマー、仁と一緒に暮らしている。
♤沢渡 仁(さわたり じん) 25歳
ロックバンドSAWのドラマー。
ワイルド系。筋肉質、高身長。グレーのツーブロックショートヘア。
無口でクールな印象だが、心は優しく面倒見が良い。
情に厚い男。年下から慕われることが多い。何かと頼りにされる、兄貴肌。
幼なじみの渡里優羽を、子どもの頃からずっと一途に想っているが、気持ちを伝えようとは思っていない。
同じバンドのキーボード担当、蛍と一緒に暮らしている。
~~~~~~~~~~
♤『覚悟』 (SIDE 宍戸 黒衣)
俺が生まれた日に、ばあちゃんが死んだ。
今から19年前。秋の寂しい夕方のことだ。
その日、
俺の母親の元には、悲しみと喜びがいっぺんにやってきた。
「喜びのエネルギーは、苦しみのエネルギーよりずっと強いの。」
母さんの口癖。
母さんは俺を胸に抱いた瞬間、そう感じたらしい。
嫌なこと、辛いことがたくさんあったとしても、
たった一つ楽しいことや嬉しいことがあれば、すぐに幸せになれる。
母さんは未婚で俺を産んだ。
たった一人の家族だったばあちゃんが死んで、
たった一人の家族として俺が生まれた。
母さんは俺に黒衣、と名付けた。
ばあちゃんが死んだ悲しみを忘れないように。
俺が生まれてからしばらくは、ばあちゃんの葬式や、友人の訪問とかで、母さんはずっと喪服を着ていたらしい。
だからそれしか名前が浮かばなかったというのが、実際のところ。
「個性的だな、お前の母さん。」
この春、大学に入学して知り合ったばかりの月野蛍は、
馬鹿にするでも感心するでもなく、場を取り繕うのとも違う表情で、そう口にした。
蛍は、今までの誰とも違う感想を述べた。
大抵の人間は、「気の毒だったね」とか「おばあちゃんも孫の顔を見たかっただろうに」とか
そういう物言いをする。
あくまで個人的な感想を述べたのは蛍が初めてだった。
俺がこの話をする本来の目的は、母さんが変わっていることを伝えたい、に尽きるから、
それを初めて汲んでくれた蛍とは、仲良くなれそうな気がした。
蛍は両親が海外で仕事をしていて、今は同じバンドのメンバーと一緒に暮らしているらしい。
派手な金髪のサラサラヘア。大きな猫目。
冷めているような態度なのに、幼さが残る表情。
ツンツンした言葉の裏側に、寂しがり屋の一面が見える。
俺はそのギャップがとても気に入ってしまった。
「黒衣の目って、芯があって強くていいな。俺好き。」
蛍はこっちが恥ずかしくなるような言葉を、さらりと言う。
大胆なことを平気で言うくせに、こちらが褒めるとすぐに真っ赤になって否定する。
そういうアンバランスな感情も、俺は気に入っていた。
俺は生まれつき目つきが悪い。
ただ歩いているだけで、喧嘩を売られることがよくある。
恐怖心が欠如している自覚はあった。
喧嘩は嫌いじゃなかったし、血の気が騒いで生きている実感をくれる。
蛍は俺の見た目は全く気にしない様子で、臆することなくズケズケとものを言う。
そういうところが気楽だった。
出会って数週間で、蛍は俺の家に遊びに来るようになっていた。
母さんはツアーコンダクターをしていて、あちこち飛び回っている。
今は恋人ができて、四国に移住して幸せに暮らしている、と話したら、蛍が心配そうに俺を見た。
「寂しくないの?一人暮らし。」
「まあ、気楽にやってるな。」
「お母さんが恋人と暮らすのを選んだ時、ショックじゃなかった?」
そんなふうに考えたことは一度もなかったから、
なんて答えたらいいのか、戸惑った。
「母さんが幸せならその方が良かったっつうか・・・俺ももう子どもじゃねぇし。」
蛍は拍子抜けしたような顔で俺を見て、それからしばらく眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいた。
「黒衣は大人だね。」
蛍は、乗り越えられない何かを心に抱えているように見えた。
うまく言えないけれど、心に穴が空いていて、
それを埋められずひた隠しにしているような、そんな印象。
見えそうで見えない彼の心が、俺の興味をそそった。
理解してやりたい、と思った。
彼の一番の理解者になって、その穴を埋めてやりたい。
いつしかそんなふうに思うようになっていた。
蛍と俺は、急速に仲を深めていった。
一緒にいると、しっくりくる。
自分があるべき場所に居る。そんな感覚が心地よかった。
蛍は、一緒に暮らしている奴のことが好きなんだと、
俺はなんとなく気付いていた。
同居人のことを話す時の蛍は、いつもと少し様子が違って、
拗ねていたり甘えた様子だったり、子どものように感情が豊かだった。
「仁っていつもそうなんだよ。黒衣にもそのうち紹介するから、会ったらわかると思うけど。」
「あぁ、楽しみにしてる。」
蛍の口から、彼のことが好きだと直接聞きたくなくて、
核心に触れないように注意を払っている自分に気がついた。
俺は蛍のことが、好きなのかもしれない。
思い当たることはたくさんあったけれど、居心地の良い関係を崩したくなくて、
気付かないフリをした。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
大雨の夜。
深夜に蛍から着信があった。
珍しい。
蛍は夜に弱いから、いつも日付が変わる前には寝落ちする。
夜中の1時過ぎに電話が来るなんて、何かあったのかと胸騒ぎがした。
「蛍、どうした?」
「黒衣・・・っ、俺・・っ」
電話の向こう側。
蛍が泣いているのがわかって、俺はいてもたってもいられなくなった。
「今一人?家に行ってもいいか?」
「・・・うん。」
長い沈黙のあと、彼は一言だけそう返した。
俺を頼ってくれているのがわかって、じんと胸が熱くなる。
これ以上、自分の気持ちに気付かないふりを続ける自信がなくなっていた。
大雨が視界を遮る。
傘をさしていても、
全身がびしょ濡れになった。
こんな激しい雨の夜に、蛍はどんな気持ちでいるのだろう?
彼のことが、心配でたまらなかった。
急いでマンションへ駆けつけると、蛍は泣きはらした目で抱きついてきた。
「蛍、大丈夫・・、大丈夫だから。」
抱きしめて頭を撫でてやると、彼はわあっと声を上げて泣き出した。
「黒衣・・ッ、俺、俺・・ッ、どうしたらいいか・・わかんない・・・ッ」
「蛍、落ち着け。俺が来たから、もう大丈夫だ。」
蛍は俺の腕の中で、子どものように泣きじゃくっていた。
「俺・・、雨の夜が苦手なんだ・・・・」
泣き疲れて落ち着いたのか、彼はひとつひとつゆっくりと話し始めた。
「大雨の夜に、一人で部屋に居ると・・・・、世界にひとりぼっちで居るような気分になって・・・たまらなく怖くなる・・。」
「うん、」
相槌を打つと、俺に抱きついたままの蛍が安心したようにこちらを見上げて、また言葉を紡ぐ。
「仁が・・・、」
同居人の名前を口にした途端、彼の感情が溢れたのがわかった。
「俺と暮らしてくれるようになって・・・ッ、俺は雨の夜が怖くなく・・なったのに・・ッ」
「うん、」
彼は大きな目に涙をいっぱいに溜めて、苦しさを吐き出すように続けた。
「今日、仁は、仁の好きな人に・・ッ、呼び出されて・・っ、俺を置いて、出て行っちゃった・・ッ」
蛍は子どものように泣きじゃくって、俺の胸に顔を埋めた。
こんなにも素直に感情を爆発させる蛍の純粋さ。
眩しくて、目を伏せる。
子どもをあやすように、ゆっくりと優しい手つきで背中を撫でた。
俺が蛍を守ってやりたい。
気付かないふりをして押さえ込んでいた感情。
俺は自分でも驚くほどあっさりと、覚悟を決めていた。
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