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森の医師 シアリス2
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「確認だが、いつからこんなことに?」
「8ヶ月前、ゴブリンとの戦闘時に傷を負った」
ゴブリンとは亜人とも小鬼とも呼ばれている小型の魔物だ。小柄な人間くらいの背丈で腰が曲がり直立することはできないが、跳躍力に富んでいて、飛びかかられると意外に大怪我を負う羽目になる。
知能は人間の子供程度だろうか。筋力も知能もさほど高くないが、南大陸から海を渡ってやってくる個体は、この半島にほそぼそと生息している魔物より、一回り体が大きく力の強い個体が多い。性格は非常に残忍で攻撃的だ。
リュークは以前、その特性を研究しようと、ゴブリンを生きたまま捉えたことがある。だが、ひたすら耳障りな声で叫び続け、鉄格子の檻の中で暴れ狂い、そのまま死んでしまった。生きていた間にゴブリンが発した言葉はおぞましい限りだが、殺したい、食いたい、犯したい、それだけだった。彼らは肉ならなんでも口にし、人間を餌と認識している。共存は不可能だ。見つけ次第駆除するしかない。
グルテン海峡によって隔てられた南大陸には多くの魔物が住んでおり、時折ゴブリンが船を作り海峡を渡ってくる。海峡の最も狭いところでは、およそ34キロしか離れていない。ゴブリンのお粗末な造船技術でも渡り切ることは可能だ。半島は長い間、南大陸からやってくる魔物の脅威に晒されてきた。
「中毒だな」
「なに?」
医師は困惑するリュークとロバートを放置して、そばにいた看護人たちに幾つか指示を出した。
「国では魔物の呪いか、大陸から持ち込まれた未知の菌ではないかと言われたが……。原因がわかるのか」
まさか腕を見ただけで?困惑するリュークたちとは正反対にシアリスの答えは単純明快だった。
「そんなに複雑な話じゃない。何かしら金属を含んだ物で切つけられたんだろう。創部に金属片が混入している可能性がある。上着を脱いでくれ、腐敗がどこまで広がっているか確かめたい」
シアリスはリュークの上半身の衣服を脱がせ、腕を肩の下でキツく縛り上げると、聴診器のベルをリュークの腕に押しつけた。何ヶ所か、場所を変えて同じことを繰り返す。リュークとロバートはその作業を黙って見守った。
「ペンをくれ」
沈黙に包まれた病室にシアリスの落ち着いた声が響いた。隣に寄り添っていた看護人がペンを手渡す。シアリスはリュークの腕に直接印を書き込んだ。大人しく彼の作業が終わるのを待つ。しばらくすると彼は両耳から聴診器を外してリュークに向き直った。
「採血の結果を待つが、原因は重金属中毒だろうと思う。これほど腐敗が広がってしまっては、早々に腕は切断する必要がある」
背後でロバートが息を飲む声が聞こえた。シアリスの背後に立っていた看護人が憐れむように視線を伏せた。
「腕、を」
命の覚悟はしていた。けれど腕を落とすと言われ、初めてリュークの背に冷たい汗が流れた。待ってくれ、と震える声が出た。
「手術は問題なく行われ、傷の回復も順調だったと聞いている、」
「順調だったら、こんなことにはなっていないと思うが?」
シアリスの言う通りだ。経過が順調だったらこんなことにはなっていない。だが。
「腕を治す方法は、ないのか」
「気持ちは分からなくはないが……。全身への影響を考えると、切り落としてしまったほうが回復も早い」
諭すような年下の医者の言葉に、リュークは諦め悪く首を横にふる。自分でも意外なほどだった。もういいかと思った。戦場に身を置き続けるだけの暮らしに疲れていた。けれど今になって、腕を落とすと言われて初めて、嫌だと思った。受け入れられない。
「俺は騎士だ。剣が握れなくては生きている意味がない。どうすれば腕を治せる?」
シアリスは処置をしながら説明しよう、と逸りたがるリュークとロバートを制した。手早く採血し、点滴を繋いだ。
「考えうる方法は、もう一度傷を開き残渣物を除去する方法だ。だが、今、私が触っているのも感じないのだろう?」
「……ああ」
シアリスの言う通り、リュークの腕は痺れて知覚がなかった。
「まず間違いなく腕の神経や筋、毛細血管が腐敗している。これらは取り除かなくてはならない」
「だが、それでは」
「そうだ。仮に形だけ腕を残すことが出来ても動きはしない。感覚もない。脆く重い荷物を抱えているようなものだ。切除してしまったほうが、今後の生活も楽だ。だが、どうしてもと言うなら、腐って壊死した神経や筋、毛細血管を再建する方法はなくはない」
「魔女の医学、というやつか」
シアリスは無表情のまま頷いた。
「植物から採取し変性させた細胞を腕の組織に移植して、失った神経や血管に作り変える。だが神経を再建するには強い痛みが伴う。鎮痛剤も効かないことが多い。それに術後は拒絶反応を抑える抑制剤の内服を続ける必要がある。そのために遠方に住む患者には施術したことがない」
「すべて指示に従おう。痛みも堪える。腕を治して欲しい」
嗄れた声を絞り出して、必死に目の前の医者に縋っていた。昼夜の区別なく襲われる痛みと悪心に疲れ果て、ゆっくり眠れるのなら、このまま死んでもいいと思ったこともある。けれど、今はこんなにも……。リュージュは貪欲になっていた。
生きたい、戦いたい。
「8ヶ月前、ゴブリンとの戦闘時に傷を負った」
ゴブリンとは亜人とも小鬼とも呼ばれている小型の魔物だ。小柄な人間くらいの背丈で腰が曲がり直立することはできないが、跳躍力に富んでいて、飛びかかられると意外に大怪我を負う羽目になる。
知能は人間の子供程度だろうか。筋力も知能もさほど高くないが、南大陸から海を渡ってやってくる個体は、この半島にほそぼそと生息している魔物より、一回り体が大きく力の強い個体が多い。性格は非常に残忍で攻撃的だ。
リュークは以前、その特性を研究しようと、ゴブリンを生きたまま捉えたことがある。だが、ひたすら耳障りな声で叫び続け、鉄格子の檻の中で暴れ狂い、そのまま死んでしまった。生きていた間にゴブリンが発した言葉はおぞましい限りだが、殺したい、食いたい、犯したい、それだけだった。彼らは肉ならなんでも口にし、人間を餌と認識している。共存は不可能だ。見つけ次第駆除するしかない。
グルテン海峡によって隔てられた南大陸には多くの魔物が住んでおり、時折ゴブリンが船を作り海峡を渡ってくる。海峡の最も狭いところでは、およそ34キロしか離れていない。ゴブリンのお粗末な造船技術でも渡り切ることは可能だ。半島は長い間、南大陸からやってくる魔物の脅威に晒されてきた。
「中毒だな」
「なに?」
医師は困惑するリュークとロバートを放置して、そばにいた看護人たちに幾つか指示を出した。
「国では魔物の呪いか、大陸から持ち込まれた未知の菌ではないかと言われたが……。原因がわかるのか」
まさか腕を見ただけで?困惑するリュークたちとは正反対にシアリスの答えは単純明快だった。
「そんなに複雑な話じゃない。何かしら金属を含んだ物で切つけられたんだろう。創部に金属片が混入している可能性がある。上着を脱いでくれ、腐敗がどこまで広がっているか確かめたい」
シアリスはリュークの上半身の衣服を脱がせ、腕を肩の下でキツく縛り上げると、聴診器のベルをリュークの腕に押しつけた。何ヶ所か、場所を変えて同じことを繰り返す。リュークとロバートはその作業を黙って見守った。
「ペンをくれ」
沈黙に包まれた病室にシアリスの落ち着いた声が響いた。隣に寄り添っていた看護人がペンを手渡す。シアリスはリュークの腕に直接印を書き込んだ。大人しく彼の作業が終わるのを待つ。しばらくすると彼は両耳から聴診器を外してリュークに向き直った。
「採血の結果を待つが、原因は重金属中毒だろうと思う。これほど腐敗が広がってしまっては、早々に腕は切断する必要がある」
背後でロバートが息を飲む声が聞こえた。シアリスの背後に立っていた看護人が憐れむように視線を伏せた。
「腕、を」
命の覚悟はしていた。けれど腕を落とすと言われ、初めてリュークの背に冷たい汗が流れた。待ってくれ、と震える声が出た。
「手術は問題なく行われ、傷の回復も順調だったと聞いている、」
「順調だったら、こんなことにはなっていないと思うが?」
シアリスの言う通りだ。経過が順調だったらこんなことにはなっていない。だが。
「腕を治す方法は、ないのか」
「気持ちは分からなくはないが……。全身への影響を考えると、切り落としてしまったほうが回復も早い」
諭すような年下の医者の言葉に、リュークは諦め悪く首を横にふる。自分でも意外なほどだった。もういいかと思った。戦場に身を置き続けるだけの暮らしに疲れていた。けれど今になって、腕を落とすと言われて初めて、嫌だと思った。受け入れられない。
「俺は騎士だ。剣が握れなくては生きている意味がない。どうすれば腕を治せる?」
シアリスは処置をしながら説明しよう、と逸りたがるリュークとロバートを制した。手早く採血し、点滴を繋いだ。
「考えうる方法は、もう一度傷を開き残渣物を除去する方法だ。だが、今、私が触っているのも感じないのだろう?」
「……ああ」
シアリスの言う通り、リュークの腕は痺れて知覚がなかった。
「まず間違いなく腕の神経や筋、毛細血管が腐敗している。これらは取り除かなくてはならない」
「だが、それでは」
「そうだ。仮に形だけ腕を残すことが出来ても動きはしない。感覚もない。脆く重い荷物を抱えているようなものだ。切除してしまったほうが、今後の生活も楽だ。だが、どうしてもと言うなら、腐って壊死した神経や筋、毛細血管を再建する方法はなくはない」
「魔女の医学、というやつか」
シアリスは無表情のまま頷いた。
「植物から採取し変性させた細胞を腕の組織に移植して、失った神経や血管に作り変える。だが神経を再建するには強い痛みが伴う。鎮痛剤も効かないことが多い。それに術後は拒絶反応を抑える抑制剤の内服を続ける必要がある。そのために遠方に住む患者には施術したことがない」
「すべて指示に従おう。痛みも堪える。腕を治して欲しい」
嗄れた声を絞り出して、必死に目の前の医者に縋っていた。昼夜の区別なく襲われる痛みと悪心に疲れ果て、ゆっくり眠れるのなら、このまま死んでもいいと思ったこともある。けれど、今はこんなにも……。リュージュは貪欲になっていた。
生きたい、戦いたい。
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