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加賀君と倉知君 ※
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※この話はパラレルです。
倉知君と加賀さんが同い年だったら、という「もしも設定」のお話です。
なお、本番はありませんが、加賀×倉知よりです。申し訳ありません。苦手な方はご遠慮ください。
〈倉知編〉
自転車を盗まれた。正確には、自転車のサドルを盗まれた。
一体誰が、なんの目的でそんなものを盗んだのか。
サドルなんてどうするんだろう、と首をかしげていると、姉の六花が言った。
「世の中にはいろんな種類の変態がいるんだよ」
よくわからないが、変態の仕業らしい。
サドルがなくても立ち漕ぎをすれば乗れないことはないし、まあいいか、と思ったが家族全員に止められた。
そういうわけで、しばらく電車で通学することになったのだが、一日目から満員電車の洗礼を受けた。
身動きが取れない。息苦しい。
人の体臭やら香水やらシャンプーやらの匂いが入り乱れていて気持ち悪い。
それに、なんだかどこを見ていいのかわからなくてずっと落ち着かない。
つり革がぶら下がっているパイプの部分をつかんで、耐える。
間が持たない。
一刻も早く自転車に戻りたい、と考えていると、隣に立っている人が大きくため息をついた。ちら、と横目で見ると、他校の制服を着た男子生徒だった。ネクタイにブレザーのその制服は、進学校のものだ。
毎朝ネクタイを締めるのは大変だろうな、とぼんやり見ていると、つり革をつかんでいる手が、ギリ、と鳴った。
上から見下ろすと、その横顔は不機嫌そうに歪んでいたが、息をのむほど綺麗だった。彼がうつむくと、つやのある真っ黒な髪が流れ、長い睫毛が見えた。すごい、と思った。肌も白くて綺麗だ。こういう人を「美少年」と形容しても誰も文句を言わないだろう。
「あー、くそ」
見惚れていると、小さく毒づいたのが聞こえた。盗み見ていたのがバレたのか、と少し身を引いてから、気づいた。
彼の尻を、撫でる手が見えた。その手の持ち主はグレーのスーツを着た、眼鏡の中年男性だった。
痴漢だ、と全身が総毛立つ。男が男の尻を触るなんて何かの間違いだろうか、と思ったが、六花の「いろんな種類の変態がいる」という言葉を思い出してなるほど、と思った。これは立派に痴漢だ。
手首をつかんで「この人痴漢です!」とやるべきか、こっそり撃退すべきか、どうしようと迷っていると、男子生徒がはっきりとした口調で言った。
「後ろのおっさん、やめてくれる?」
大声を出したわけじゃないのに、よく通る声だった。尻を撫でていたおじさんがびくっと体を震わせて、慌てて手を引っ込めた。あまりの挙動不審ぶりに、犯人は自分です、と言っているようなものだった。乗客の視線がすぐに男に集中する。
「痴漢?」
「どいつ? あのおっさん?」
「両方男?」
車両がざわつき始めた。痴漢の犯人の周りに、不自然なスペースができていく。
「わ、私じゃない! 人違いだ!」
触られた本人が、自分の尻を手のひらで叩きながら呆れたように肩をすくめた。
「あー、はいはい、そう言うでしょうね」
「あの」
慌てて挙手をして、
「俺も見ました。犯人はこの人です」
とはっきりと告げた。
「違う、私は何もしてない! 男の尻なんて、誰が触るか!」
「いやいや、ちんこ触っといて、男の尻なんては通用しないでしょ」
ざわっ、と周囲が一気に色めき立ち、女性の興奮したような「やだぁ」とか「キャー」とかがあちこちから聞こえてくる。
「えっ、待って、まだお尻しか触ってな……」
オロオロとうろたえるおじさんが、ほぼ自白したところで電車が駅に着いた。開いたドアめがけて逃げていく男を捕まえようと伸ばす手を、制止された。被害者の彼だった。
「いいよ」
「でも」
痴漢が乗客を掻き分け、駅のホームに転がり出るのが見えた。人にぶつかりながら、一目散に逃げていく。
「撃退できればそれでいいんだよ」
何か、達観したような口ぶりだった。もしかして、痴漢に慣れているのだろうか。ドアが閉まり、電車が動き出す。駅で客の乗り降りがあったせいで、さっきの騒ぎが嘘のように静かだ。
痴漢自体が、そう珍しくないものなのかもしれない、と思うと空恐ろしい。そんなものが当たり前の世の中だと思いたくなかった。
「痴漢に遭ったのに、泣き寝入りしてもいいの?」
小声で訊くと、彼はおかしそうに「はは」と笑った。
「別に俺、男だし? まあ、気持ち悪かったし腹も立ったけどね」
自分が見知らぬおじさんに尻を撫でまわされたと想像してみると、寒気がする。悪いことをしたやつを野放しにするのも、もやもやする。触られっぱなしで悔しくないのだろうか。
隣を見る。何事もなかったかのように、平然としていた。やはり、怖いくらい美少年だ。こんな人に痴漢を働いたおじさんの罪は大きいと思う。
「やっぱり捕まえればよかった」
険しい声が出た。奥歯を噛みしめていると、視線を感じた。彼が、俺の顔を下から覗き込んでいた。
「すげえ正義感強いね」
「普通……、だと、思うけど」
見られるのがくすぐったくて、顔を背けた。
「でも、あんなダメなおっさんにも、家族がいるんだよ」
「え」
「無関係な家族がとばっちりで不幸になるの、可哀想だろ」
驚いて言葉を失った。本人は簡単に言ったつもりの科白だったかもしれない。でも俺には、そんなことは考えもつかなかった。痴漢は悪、という発想しかない。
「これに懲りて二度とやらなきゃそれでいいよ」
優しい。胸が熱くなる。
すごい、すごいなこの人、と目を細めて見ていると、会話を聞いていたらしい周囲の人たちが、同じように眩しそうな表情で彼に注目していることに気づいた。
彼の優しさに、みんなが癒されている。この人は、なんだろう。ぼんやりと、光を放っているような。
ああ、そうか、わかった。この人はもしかして。
「天使かな?」
声に出ていた。彼が俺を不思議そうに見上げた。
「ん? 天使?」
「あの、君が、天使かなって」
「きみ」
吹き出して、楽しそうに笑っている。それだけで、彼の周囲がほんわかする。天使発言に賛同するように、数人がうなずいている。若いOL風の女性も、年配の男性も、学生も、みんなの表情が、一様に明るい。
電車は面白い。まったくの他人なのに、奇妙な一体感が生まれている。
「君、面白いな」
俺の真似なのか、「君」を強調して言ってから、可愛い笑顔を全開にして、笑った。
胸が苦しくなってきた。学ランの上から心臓の辺りをつかんで、息苦しさに耐える。
「あ、降りないと」
次の駅名を告げるアナウンスに気づき、彼が声を上げる。
もう少し一緒にいたかった。せめて、名前を知りたい、と思ったが、この流れで訊ねるのは不自然だ。
「じゃあね」
電車が駅に停まると彼が言った。名残惜しさを笑ってごまかして、「じゃあ」と答える。ほほ笑み返す彼は、相変わらず淡く光っているように見えた。
この人の正体が本当に天使だとしても、俺は驚かない。
ホームから手を振る彼に手を振り返し、明日も会えるだろうか、と考えていた。
また会いたい。できるなら、友達になりたい。
友達。
きゅう、と胸が締めつけられる。
なんだろう、これは。この痛みは、なんだろう。
明日もう一度会ったらわかるだろうか。また同じ時間の電車に乗ろう。
そう期待していたのに、帰宅すると新しいサドルを装着した自転車が待っていた。がっかりした。電車に乗る必要がなくなってしまった。
もう会えないのか、と肩を落としたが、どうしてそこまで会いたいのか、疑問が沸いた。
よくわからない。
でも、彼の笑った顔を思い出すと、胸がむず痒くなる。
可愛かったな、とつぶやいて、やおら顔が熱くなる。
どうやら俺は、彼を好きになってしまったようだ。
〈加賀編〉
痴漢に遭いやすいのは大人しいタイプらしい。
声を上げて助けを求めたり、騒いだりせず、怯えてじっと耐える獲物を狙うのだ。俺は別に大人しいつもりはないのだが、なぜかよく被害に遭う。
ショルダーバッグで尻を隠して自衛はするが、そんな障害はものともせず、まさぐってくる奴もいる。それに、奴らは何も、尻だけを狙っているわけじゃない。派手めな若い女に、前から堂々と股間を揉みしだかれることだってある。
背後に立って首の後ろを嗅がれたり、脚の間に太ももを割り込ませ、こすりつけられたり、痴漢というやつはバリエーションが豊富なのだ。
痴漢によく遭う、というのを面白おかしく友人たちに話して以来、奴らが同じ車両に乗ってガードしてくれるようになったのだが、今日はたまたま寝坊し、そんな日に限って痴漢が出没したというわけだ。
電車をやめて自転車にできればいいのだが、うちの高校は自転車通学が禁止されている。だからもうこれは宿命なのだ。
それにしても今日のあいつは面白かった。
痴漢で揉めている中に首を突っ込んでくる人間は少ない。普通は巻き込まれたくないものだが、おそらく正義感がものすごく強いのだろう。すぐに加勢してくれて驚いた。
痴漢を逃がしただけで「天使」と表現したり、同年代の男を「君」と呼んだり。思い出しても面白い。
あ、と気づく。
礼を言うのを忘れていた。
もし明日、見かけたら声をかけよう。やたらに背が高い奴だったから、きっとすぐに見つけられる、と思ったが、いつもあの時間の電車に乗っているのなら、もう会うこともない。
まあいいか、と諦めた。
そして数日後。
部活帰りに、市内で一番品ぞろえのいい本屋まで足を延ばした。友人の誕生日プレゼントを買うためだ。仲間内で、いかに笑いを取れるかを競い合う傾向にあり、考えた末、実用性もあり、受け取る本人も喜びそうなものに決めた。
本屋の中を歩き回り、目的の棚にたどり着くと背表紙を吟味し、手を伸ばした。届きそうで届かない。棚の高い場所にあるせいで、背伸びをしてやっと届くか、という感じだった。
この本屋は天井に届く位置にまで本が並べられていて、当然ながら可動式の梯子があるが、なんとなく頼りたくない。
「よっ、くそ、もうちょい」
「これ?」
スッと伸びてきた手が、目当ての本を棚から引き抜いた。目の前に差し出され、チッと舌を打ちそうになるのを堪えて礼を言った。
「あー、はい、どうも」
受け取って、顔を上げる。目が合った。
「あれ、どっかで」
見た顔だ。向こうもそう思ったのか、俺を二度見してから硬直した。学ランを着た背の高い男だ。目を見開いて俺を見て、「てっ」と小さく叫ぶ。
「天使だ……」
「え? あー、電車の」
まさかこんなところで会えるとは。
奇跡の再会に感動して、おー、と言って握手を求めた。学ランの男は嬉しそうに俺の手を取って、ぶんぶんと上下に振った。
「やー、会えてよかった。この前お礼言いそびれて」
「いや、お礼なんて」
なぜか涙目でそう言ってから、はた、と動きを止めた。そして、唐突に顔を真っ赤に染めた。
「ん?」
「い、いや、なんでも……ない」
ちらちらと、目線が俺の腕の中の写真集に注がれている。グラビアアイドルの写真集だ。表紙は水着だが、別に裸じゃないし、年齢制限があるエロ本でもない。
「これ、クラスの奴の誕生日プレゼント。面白くない?」
写真集をかざして言うと、男は赤面状態でうつむいた。ものすごく、照れている。たかが水着だぞ。
「おーい、言っとくけどこれエロ本じゃないからな」
男の顔を覗き込んで言うと、「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「制服でエロ本買いに来るとか、すげえ馬鹿だろ」
「あ、う、うん」
目を泳がせて男がうなずいた。相変わらず照れている。すごいな、ものすごい純朴さだ。
どうして水着ごときでここまで狼狽できるんだ?
なんか可愛いな、と笑いが漏れた。
「なあ、名前訊いていい?」
「え、あ、うん、はい、あの、倉知です」
わたわたしながら男が名乗る。加賀です、と名乗り返し、思いついて提案してみた。
「お腹空かない?」
「え?」
「なんか食いに行こうよ。この前のお礼におごらせて」
「えっ? えっと、今?」
「うん、あー、もう遅いか」
腕時計で時間を見た。普通の家庭はそろそろ家族団らんの時間だ。
「じゃあ今度また改めて」
時計から目を上げると、倉知は胸を押さえて泣き顔で何度もうなずいていた。なんだかよくわからないが、嬉しそうに見えた。
連絡先を交換して別れ、帰宅するとスマホに届いたメッセージの中に、倉知の名前があった。
『こんばんは。夜分遅くに失礼します。先ほどはお世話になりました。今日は会えてうれしかったです。またいつでもご都合のよろしいときにご連絡ください。お待ちしております。』
「なんだこれ」
つぶやいてから、ぶはっ、と吹き出した。ベッドの上に倒れ込み、ヒイヒイ言いながら転げまわる。
あいつ、もしかして、高校生の皮を被ったサラリーマンか? 他の奴が送ってきたならギャグか、で終わるのだが、おそらく倉知は真剣だ。床に正座しながら文章を打っている姿を想像してみる。声を出して笑い、ベッドの上で足をばたつかせた。
「侍? 武士? やべえ、すげえ楽しい」
ツッコミどころがありすぎて、何度読み返しても面白い。
夜分遅くって、今はまだ八時台だし、会えて嬉しいってなんでだよ。それに世話になったのは俺のほうだ。
「あー、面白い」
ひとしきり笑ったあとで、スマホの画面をタップした。
『おもしろい』
素直な感想を送信すると速攻で既読がつき、数秒後に返事が出た。
『すみません、誤字でもありましたか?』
「なんで敬語? 真面目かよ」
はは、と笑いながらと返事を打つ。
『ちがうよ。でもおもしろい』
しばらく画面を見ていたが、既読がついてから返事が途絶えた。困惑しているのだろうか。
頭を掻く。電話をすることにした。コール音が鳴る前に、倉知が「もしもし」と、少し上ずった声で応えた。
「ごめん、まどろっこしいから電話しちゃった」
『いや、あの俺、あんま慣れてなくて』
「うん、いいよ。それより今度の日曜空いてる?」
ほんの少しの間が空いた。すぐに慌てた様子で倉知が言った。
『空いてる、日曜日、空いてる。すごい空いている』
「はは、すごい空いてんだ?」
『うん、すごい空いてる』
笑いを堪えて「おう」と答えると、待ち合わせの時間と場所を決めて、おやすみ、と言い合って電話を切った。
なんだかわからないが楽しくて、さっきからずっと勝手に笑顔になっている。
俺はものすごく、ワクワクしている。
倉知と会うのが楽しみだった。
〈倉知編〉
もう二度と会えないと思っていた人との再会。こんなことがあるのか、と思った。
名前を教えてもらって、連絡先まで交換した。
お礼をしたいと言われて、ご飯にも誘われた。
鳥肌が立つほどの出来事が連続して起きた。
会えて嬉しい。それが正直な気持ちだ。
でも、俺は彼が好きだ。恋愛感情を抱いている自覚があった。
あれから彼を思い出すと胸が鈍く痛み、息が苦しくてため息ばかりついている。
彼が俺の気持ちに気づいたら。
きっと、気持ち悪いと思われる。蔑んだまなざしを向けられるのを、覚悟しなければならない。
たとえ二度と会えなくても、多分ずっと好きでい続けるだろうな、と予感があった。この想いを心の中で温めて生きていこうと思っていた。
別によかったのだ。いや、むしろ会えないほうがよかった。
欲が出る。
もっと話したい。もっと顔が見たい。一緒にいたい。
こんな思いを、隠し持っていてもいいのだろうか。
「倉知君て何年生?」
「二年だよ」
「おー、同じだ」
加賀君が嬉しそうに拳を俺に向けてきた。控えめに、その拳に拳でタッチした。こんなちょっとしたことで舞い上がってしまう。可愛い、と震えがくるのを必死で堪えた。
俺たちはラーメン屋のテーブル席に向かい合って座っていた。何が食べたい? と訊かれて、胸が苦しくて何も食べられそうになかったが、目についたのがラーメン屋だったから「ラーメン」とうわの空で答えていた。
カウンター席にすれば、真正面から視線を受け止めずに済んだ、と思ったがもう遅い。加賀君は俺に興味津々で、目をキラキラさせて質問を続けた。
「何部?」
「バスケを少々……」
「少々って。塩コショウかよ」
加賀君が吹き出した。塩コショウという発想もなかなかに面白いと思う。
「加賀君は?」
「陸上。ハイジャンやってる」
「高跳び?」
「そそ」
美しいフォームの背面飛びで空を舞う映像は、簡単に想像できた。きっと、羽が生えているように、ふわりと飛ぶのだろう。やっぱり天使だから、空に近いところに、少しでも上に行こうとしているのだ。
とよくわからない妄想をしていると、加賀君が「倉知君てさ」と水の入ったグラスを持ち上げて、少し首をかしげながら、小声で言った。
「彼女いる?」
「……え?」
「彼女」
ドキ、とした。高校二年生にもなって、彼女もいないつまらない奴、とよく上の姉の五月に馬鹿にされる。一般的に、彼女がいない高校生は、「つまらない奴」なのだろうか。加賀君に、「つまらない奴」認定をされるのは悲しい。かといって、嘘をつくわけにもいかない。
「いません、すいません」
「なんですいません?」
「つまらない奴ですいません」
軽く頭を下げると、「面白いよ?」と励ますように言った。
「倉知君、めちゃくちゃ面白い」
「そうかな?」
「うん、あのな、彼女いたら日曜日奪うような真似して悪かったなって思ってさ」
天使だ。
無言で口を手で覆った。
優しい。好きだ。
泣きそうになるのを堪えていると、注文したラーメンが目の前に現れた。
「よし、食うか。いただきます」
「いただき、あ」
「ん?」
思わず声を上げてしまった。加賀君が「どした?」と訊きながら、俺に割りばしを寄越した。
「加賀君は、その、彼女は……?」
割りばしを受け取って、恐る恐る訊いた。
いないわけがない。完璧な容姿と、人懐っこい性格と、天使の優しさを持つこの人を、女性は放っておかないだろう。
「いないよ、今は」
「今は」
あっさりとした答えのあとについてきた言葉が気になって、オウム返しをしてしまった。箸で挟んで麺を持ち上げて「うん」とうなずいた。
「この前、ふられたばっか」
「え、ふられた?」
「うん」
「ど、……え?」
混乱した。この人をふる女性がこの世にいるなんて、信じられない。
「なんかさ」
ふうふうしながら加賀君が言葉を繋ぐ。
「俺が他の女子と」
「うん」
ふうふうしてるのが可愛いな、と見惚れてしまう。
「喋ってるのが許せないって。倉知君、食わないの?」
指摘されて、慌てて割りばしを折った。
「食べる」
「うん、とりあえず食おう」
しばらく無言でラーメンを食べた。美味しそうに、豪快にラーメンをすする加賀君を視界に入れながら、反芻する。
俺が他の女と喋ってるのが許せないって。
どういうことだ、それは。
ラーメンを完食して一息ついてから、「あの」と口を開いた。
「他の女の人と喋ったからふられたの?」
「うん、他の女子と喋らないでって泣きながら迫られて」
こんな人と付き合っていたら、いつ盗られるかと気が気じゃなくなるのかもしれない。気持ちはわかる。でも少し、ゾッとする。
「いやいや普通に喋るから、ごめんねって、で、別れた」
「それは、ふられたって言うの?」
「さあ? まあ、どっちでもいいよ」
グラスの水を一口飲んでから、腕時計に目を落とす仕草にギクッとして、慌てて別の質問を投げかけていた。
「この前の、電車みたいなこと、よくあるの?」
「ん?」
加賀君が首をかしげる。
「あの、触られたり」
「ああ、痴漢。うん、ある」
簡単に答えて自嘲気味に笑った。
「捕まえて、警察に突き出したりは?」
痴漢に遭っても怖くて声を上げられない、というタイプじゃないのなら、そうすべきだと思った。家族が可哀想という言い分も納得はできるが、痴漢に遭うたびに黙って耐えるなんて、絶対におかしい。
「うち、親が離婚してて」
唐突に加賀君が言った。痴漢となんの関係が、とポカンとしていると、空になったラーメンの器を見つめながら続けた。
「親父と二人暮らししてんだけど、忙しい人だからさ、迷惑かけたくなくて」
「迷惑?」
思わず聞き返すと、加賀君がちら、と目を上げて俺を見た。
「心配かけたくない」
言い直してから、はあ、とため息をついた。
「過保護ってわけじゃないけど、痴漢されたなんて言おうもんなら相手を地の果てまで追いかけて、確実に、殺すと思う」
「こっ……、え?」
冷や汗が出た。もしかして加賀君の父親は、殺し屋か何かだろうか、と身構えた。加賀君が俺を見て、「はは」とのんきな声で笑った。
「社会的に、殺すんだよ」
「というと?」
「弁護士なんだ」
なるほど、と肩の力を抜いた。
「いろいろ見てきてるから。誰も不幸にならない方法があるなら、それを選ぶよね」
つまり、自分が耐えて、それで丸く収まるならいい、ということか。膝の上で、こぶしを握り締めた。
「俺は、イヤだよ」
「ん?」
「加賀君が、痴漢されるの、イヤだよ」
自分の身を犠牲にして犯罪を受け入れるなんて、間違っている。
「大丈夫だよ」
加賀君が眉を下げて笑った。
「この前はたまたま寝坊して一人だったけど、いつもは学校の奴らが一緒に乗って守ってくれてるから。お姫様みたいだろ」
俺も守りたい。
叫ぶところだった。
咳払いをして黙り込むと、加賀君が伝票を指で挟んで、「出ようか」と言った。ここを出たら解散になる。もう少し話していたいと思ったが、これ以上引き留める勇気もなく、腰を上げた。
「自分の分、払うよ」
財布を出す加賀君に、慌てて言った。よく考えると、おごられるほど俺は何か役に立ったわけじゃない。
「それじゃお礼にならないじゃん」
加賀君が店員に一万円札を手渡して、肩をすくめる。
「でも俺、何も」
「じゃあ今度は倉知君がおごってよ」
「え」
今度、という言葉に胸が高鳴った。どうやらまた会ってくれるらしい。飛び上がって喜びたいのを堪えて何度も縦に首を振った。
「ごちそうさまです」
支払いを終えて店を出ると、深々と頭を下げた。
「うむ、くるしゅうない」
胸を張る加賀君が、ポンポンと俺の肩を叩く。満足そうだ。
「次どうする?」
加賀君が言った。
「次?」
「どっか行きたいとこない?」
「えっ、あの、遊んでくれるの?」
驚いて声が裏返ってしまった。加賀君が笑って「おう」と答えた。
「カラオケ? ゲーセン? ボーリング?」
訊きながら歩きだす加賀君を、追いかけた。
「なんでも」
「ってのはなしな」
「はい、あの、じゃあ、カラオケ行きたいです」
敬語になる俺を少し振り返って「うん」と返事をする。
「なんか新しい友達ってワクワクすんな」
加賀君が言った。
足が止まる。加賀君は俺を置いてしばらく歩き、やがて気づいて振り返ると、数メートル先で「おーい」と叫んだ。
「何してんの?」
「加賀君」
「うん?」
俺を友達だと言ってくれた。ありがたいことだし、嬉しい。
でも、俺はやっぱり、彼が好きだ。
恋愛感情を抱きながら、友達として接することができるのだろうか。
わからない。
恋心を隠して、彼を特別な想いで見続けるのは、いいことだと思えなかった。
「友達にはなれない」
「え?」
「ごめん、俺、加賀君が、好きだ」
〈加賀編〉
駅前だから、人通りは少なくない。今も、何人かの通行人が俺たちを横目で見ながら通り過ぎていく。
こんな場所で、突然告白されるとは思わなかった。
絶望的な様子で立ち尽くす倉知との距離を無造作につめた。倉知がぎく、とした表情で硬直する。
「大胆なことするね」
顔を覗き込んで言うと、倉知が「ごめん」とかすかに唇を震わせた。顔が赤い。多分、告白するつもりなんてなかったのだろう。
「どっか別のとこで話そうか」
「いい、もう、俺、帰るから」
倉知が後ずさる。逃げる、と気づいて咄嗟に手首をつかんでいた。
「離して」
「やだ」
「なんで……」
うう、とうめいて涙目になった倉知が自由なほうの腕で顔を隠した。
「音信不通になるつもりだろ」
目だけで俺を見て、倉知がまばたきをした。学校は別だし、連絡を断たれるともう会えない。知り合ったばかりでお互いをろくに知らない。フェードアウトするのは簡単なのだ。
「逃げるなよ」
「でも、俺、気持ち悪い」
「何が?」
「男なのに、好きとか言って、ごめん」
つかんでいる倉知の手首はがっちりしている。確かに男だ。間違いなく男だ。
でも単純に、倉知に好きだと言われて嬉しかった。男だから無理とか、男だから気持ち悪いとか、負の感情は沸いてこない。
倉知を捕獲したまま、周囲を見回した。人の往来が途切れたのを見計らい、口を開く。
「付き合う?」
気軽な感じで訊いてみた。倉知は不思議そうに俺を見ている。
「付き合おうよ」
もう一度言ってみた。倉知の体がびくっと揺れた。
「え、……えっ?」
「あれ? 好きってそういう意味だよな? 何? 引いてない?」
不安になって確認する。倉知が目を見開いて、ひゅうっと喉を鳴らした。それからゲホゲホとむせた。
「大丈夫?」
背中をさすると、力なくうなずいた倉知が、突然すとん、とその場にうずくまった。両手で顔を覆って何かつぶやいている。
「何?」
倉知の前に腰を落として、耳を寄せる。
「からかってる?」
「え、本気だよ?」
「でも、俺、男だし」
「うん」
「気持ち悪くないの?」
「なんでそんな卑屈なの?」
「だって……、ごめん、……好きでごめん」
よくわからないが、おそらく倉知はものすごくネガティブで、何事にも全力で暗くなる傾向にあるのだろう。体の大きな男が、道端でうずくまり、耳まで真っ赤にしてめそめそと泣いている姿は、情けない。と思うのが普通だろうが、俺には妙に可愛く見えた。
そんなに俺が好きなのかよ。
みぞおちの辺りがじわじわとこそばゆくなってきた。
「倉知君」
「……はい」
「うち来る?」
倉知が手の隙間から俺を見た。
「こんなとこにいたら目立つし。ちゃんと話そう」
通行人に見られているのは事実だ。倉知が今やっとそれに気づいた、という様子で慌てて立ち上がった。
「じゃあ……、お邪魔します」
腹を決めたらしい。
電車に乗って自宅に向かった。その間ずっと、お互いに黙ったままだった。
きっと混乱し続けていて、頑張って頭の中を整理しているのだな、と思うと笑ってしまいそうだった。
「コーヒー? 紅茶? ジュース?」
帰宅すると、自室に倉知を招き入れ、訊いた。倉知は放心している。口を開けたまま、棒立ち状態で部屋の中を眺めている。家に着いてからずっとこの調子だ。
「まあいいや。適当になんか持ってくるから待ってて」
言い置いて、キッチンで紅茶を入れる。二階の自室に戻ると、倉知はまだ部屋の真ん中に突っ立って、ぼーっとしていた。
テーブルに紅茶を載せたトレイを置くと、倉知の背中に抱きついてみた。
「はっ……! か、加賀君? 後ろにいるの、加賀君?」
「加賀君以外だったら怖いよね」
「うわ、うわああ……」
倉知がガタガタと震え出した。加賀君でも怖いらしい。
「うーん、でかいな」
男と付き合った経験がない。果たしてそういう気になれるかどうかはわからないが、こうやって抱きついてみると改めて「男だな」と思う。たくましい背中だ。というか腹筋がやばい。完成されたシックスパックの手触り。
夢中になって撫でさすっていると、倉知が俺を呼んだ。
「加賀君」
「うん」
「くっつかれると……」
「うん」
「その……」
「ん? あ、興奮する?」
「ごめ……、ごめん……」
倉知は途方に暮れている。そうだった。俺が好きなのだ。
じゃあ、俺は?
今まで付き合ってと言われ、なんとなく付き合う、という流れを繰り返していた。今回はちょっと違う。別に、「付き合って」と言われたわけじゃない。ただ俺を、好きだと言っただけ。
そうだ、俺から付き合おうと言った。
なんでだ? って、決まってる。
答えは「好きだから」。
本当に?
知り合ったばかりだし、しかも、男だ。
抱きついていた倉知の背中から、そっと離れた。解放された倉知が、恐る恐るこっちを振り返る。不安そうに曇った表情だった。
とりあえず、試してみよう、と思った。
「届かないから、ちょっとここ座って」
ベッドを指さした。倉知がベッドを一瞥してから「え?」とたじろいだ。
「届かないって?」
「キスしてみたいんだよ」
「き」
キスをしてみて違和感や嫌悪感がなければ答えが出ると思ったのだが、真っ赤になった倉知が手のひらを俺に向けて、「無理!」と拒絶した。
「あ、傷ついた」
胸を押さえて悲しげな顔をしてみせると、倉知は首がもげそうなほど激しく横に振った。
「違う、そうじゃなくて! あの! ……俺、そ、そういうの、したこと、……なくて……、だから、やり方とか、よくわからないし」
もごもごと言い訳を続けていたが、途中から聞いていなかった。
「倉知君て」
「は、はい?」
「童貞?」
返事はなかったが、あまりの赤さに答えは聞かなくてもわかる。
キスも、セックスも未経験。だから倉知はこんなにも清らかなのだろうか。
自分の気持ちを確かめるために、こいつのファーストキスを奪うのは心苦しいと思わないでもなかったが、細かいことはもうどうでもいい。
だって、めちゃくちゃキスしたい。どんな反応をするのか、見てみたい。好奇心だけで、男にキスしたいなんて、普通思わない。
答えは出た。
倉知の手を取って、引いた。ベッドの上に無理やり座らせると、逃げないように体をまたぎ、膝に乗る。
倉知は真っ赤な顔で、目を白黒させていた。
「いい?」
「えっ」
「キスしたい」
倉知の体は小刻みに揺れ、ガチガチに緊張していた。赤い頬を手のひらで撫でると、びくっと大げさに肩を震わせた。顔を近づける。親指で唇に触れると、泣きそうな顔になった。
「いい?」
合意の上での行為だと、確認したかった。倉知は痙攣のような動きで何度もうなずいた。
「目、閉じないの?」
「閉じたら見えないし、もったいない」
「何それ」
面白いことを言う。でも確かに一理ある。反応を逐一見ていたい。
澄んだ瞳を見つめながら、軽く、唇を触れ合わせた。柔らかい感触。目が合った。音を立てて何度も吸っていると、その目がうっとりと、細くなる。
「ちょっと舌出して」
「え?」
頬を染めてうつろな目で俺を見る。
「べーって」
操られるように倉知が舌を出す。その舌先に自分の舌を触れ合わせた。舐めてから、ちゅ、と軽くキスをして、絡めとる。
「んっ、うー」
びくびくと、面白いほど体を震わせ俺の肩を弱々しい力で押してくる。目をギュッと閉じて精一杯抵抗している。
やばい、可愛い。
倉知の舌を甘噛みする。吸って、絡めて思う存分蹂躙していると、倉知が俺の胸を乱打し始めた。
「痛い。何?」
唇を離すと、倉知が真っ赤な顔でぜえぜえしながら、「息ができない」とこぼした。
「可愛いな」
堪らず抱きついた。そのまま体重をのせて押し倒す。倉知が驚いた顔で俺を見上げた。
とっくに勃起していることはわかっている。そして俺も、股間が苦しい。
ベルトを外しながら言った。
「しよっか」
「え? 何を?」
とぼけているわけじゃなく、本気で何をするのかわかっていない。
ピュアすぎるだろ。
「セックス」
ニヤニヤしてしまった。エロ親父か、俺は。
倉知はさしずめ生娘だ。恥ずかしそうに目を逸らし、唇を噛んでいる。
「すげえ硬くなってるね」
倉知にまたがったまま、軽く体を揺する。尻の下で倉知の下半身がムクムクと育っていくのがわかった。
「うわ、あ、な、なに……、何、これ」
倉知は戸惑っている。涙目だ。他人に刺激されたことなど一度もないのだ。
新雪地帯に踏み入る感覚。最初の一歩を、足跡を、俺がつける。
ゾクゾクした。
「ちょっと待って、動かないで」
倉知が俺の膝をつかんで、必死に訴える。
「気持ちいい? 出そう? 俺もほら、すげえ勃ってきた」
動きを止めて、ファスナーを下ろす。引きずり出したペニスを、倉知が目を見開いて凝視してくる。羞恥が消えて、性欲が勝ったらしい。目が、爛々としている。
「倉知君のも見せて」
ズボンとパンツを一気に膝まで下げて、むき出しにする。フル勃起したペニスが勢いよく頭をもたげた。
「上も脱いで。筋肉見せてよ」
シャツを強引に胸元までめくりあげ、「おお」と感嘆の声を上げた。
「すっげ」
腹と胸を揉むように撫でると、倉知が「あっ」と声を裏返らせる。下半身に視線を落とす。ギンギンに勃起したペニスの先から、我慢汁がにじみ出ていた。
「もしかして限界?」
「あの、ちょっと、触らないで」
倉知が慌てて上体を起こしたが、もう遅い。しっかりと握り締め、先のほうをこすってやると、三往復目であっけなく精液が飛んだ。吐き出される白濁液を見ながら、しつこく手を上下させる。よほど溜まっていたのか、面白いほど出る。
「んーっ、んっ……」
倉知が口を抑え、再びシーツに倒れ込む。首を仰け反らせて無言で体を痙攣させている。
手の中で脈打つペニス。鍛えられた筋肉。柔らかい女の体とはまったくの別物。
こいつはまぎれもなく男だが、どういうわけか可愛くて、もっと喘がせて、もっと気持ちよくしてやりたい、という欲求が腹の底で煮えたぎっていた。
倉知の体に覆いかぶさり、耳元でささやいた。
「気持ちよかった?」
「はっ、はあっ……、う、ん……」
荒い息を吐きながら、倉知は素直に小さくうなずいた。そして、目元を赤くして、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ごめんね、手、汚しちゃって」
「ん、おう。いいよ、もっと汚れるから」
「え?」
密着した状態で股間をこすり合わせた。二本のペニスを手のひらでくっつけて、腰を揺する。倉知の精液のおかげで、ぬるぬるで気持ちがいい。
「えっ、あっ、あっ、あ、やめ、加賀君……っ」
身もだえる倉知を押さえつけ、首筋に唇を押しつけた。強く吸って、噛んで、舐めながら、体を揺すった。
「はっ、ん、んっ、う、……んんっ」
倉知の喘ぎが大きくなっていく。鼻から抜けたような声が、可愛い。男なのに、可愛い。
「あー、やばい、気持ちいい」
調子よく腰を振っていると、俺の下で倉知が「あーっ」と悲鳴を上げた。手のひらに生温かい感触。滑りがさらによくなり、俺もすぐに果てた。
折り重なる。二人分の乱れた呼吸の音。それが落ち着くと体を起こし、精液で濡れたあちこちをティッシュで拭い、汚れた服を着替えて、ベッドの端に並んで腰かけた。
二人同時に息をつく。
顔を見合わせた。妙な気恥しさがある。
頭を掻いて肝心なことを忘れていることに気がついた。
「そういや返事は?」
付き合おう、に対する返事をもらっていない。
「え? 返事?」
「俺と付き合ってくれる?」
倉知が天井を見上げて、ゆっくりと顔を手で覆い、はあああ、と長い溜息を吐いた。
「こんなことしといて、今さら?」
「はは、だよね」
倉知が俺に向き直り、すごく真面目な顔つきで、丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ちなみに今のは本番じゃないから」
「……え?」
「次はちゃんとセックス、しような」
何も知らない無垢な男にセックスの快感を叩きこんでやろう。
首をかしげる倉知に、笑ってキスをした。
〈おわり〉
倉知君と加賀さんが同い年だったら、という「もしも設定」のお話です。
なお、本番はありませんが、加賀×倉知よりです。申し訳ありません。苦手な方はご遠慮ください。
〈倉知編〉
自転車を盗まれた。正確には、自転車のサドルを盗まれた。
一体誰が、なんの目的でそんなものを盗んだのか。
サドルなんてどうするんだろう、と首をかしげていると、姉の六花が言った。
「世の中にはいろんな種類の変態がいるんだよ」
よくわからないが、変態の仕業らしい。
サドルがなくても立ち漕ぎをすれば乗れないことはないし、まあいいか、と思ったが家族全員に止められた。
そういうわけで、しばらく電車で通学することになったのだが、一日目から満員電車の洗礼を受けた。
身動きが取れない。息苦しい。
人の体臭やら香水やらシャンプーやらの匂いが入り乱れていて気持ち悪い。
それに、なんだかどこを見ていいのかわからなくてずっと落ち着かない。
つり革がぶら下がっているパイプの部分をつかんで、耐える。
間が持たない。
一刻も早く自転車に戻りたい、と考えていると、隣に立っている人が大きくため息をついた。ちら、と横目で見ると、他校の制服を着た男子生徒だった。ネクタイにブレザーのその制服は、進学校のものだ。
毎朝ネクタイを締めるのは大変だろうな、とぼんやり見ていると、つり革をつかんでいる手が、ギリ、と鳴った。
上から見下ろすと、その横顔は不機嫌そうに歪んでいたが、息をのむほど綺麗だった。彼がうつむくと、つやのある真っ黒な髪が流れ、長い睫毛が見えた。すごい、と思った。肌も白くて綺麗だ。こういう人を「美少年」と形容しても誰も文句を言わないだろう。
「あー、くそ」
見惚れていると、小さく毒づいたのが聞こえた。盗み見ていたのがバレたのか、と少し身を引いてから、気づいた。
彼の尻を、撫でる手が見えた。その手の持ち主はグレーのスーツを着た、眼鏡の中年男性だった。
痴漢だ、と全身が総毛立つ。男が男の尻を触るなんて何かの間違いだろうか、と思ったが、六花の「いろんな種類の変態がいる」という言葉を思い出してなるほど、と思った。これは立派に痴漢だ。
手首をつかんで「この人痴漢です!」とやるべきか、こっそり撃退すべきか、どうしようと迷っていると、男子生徒がはっきりとした口調で言った。
「後ろのおっさん、やめてくれる?」
大声を出したわけじゃないのに、よく通る声だった。尻を撫でていたおじさんがびくっと体を震わせて、慌てて手を引っ込めた。あまりの挙動不審ぶりに、犯人は自分です、と言っているようなものだった。乗客の視線がすぐに男に集中する。
「痴漢?」
「どいつ? あのおっさん?」
「両方男?」
車両がざわつき始めた。痴漢の犯人の周りに、不自然なスペースができていく。
「わ、私じゃない! 人違いだ!」
触られた本人が、自分の尻を手のひらで叩きながら呆れたように肩をすくめた。
「あー、はいはい、そう言うでしょうね」
「あの」
慌てて挙手をして、
「俺も見ました。犯人はこの人です」
とはっきりと告げた。
「違う、私は何もしてない! 男の尻なんて、誰が触るか!」
「いやいや、ちんこ触っといて、男の尻なんては通用しないでしょ」
ざわっ、と周囲が一気に色めき立ち、女性の興奮したような「やだぁ」とか「キャー」とかがあちこちから聞こえてくる。
「えっ、待って、まだお尻しか触ってな……」
オロオロとうろたえるおじさんが、ほぼ自白したところで電車が駅に着いた。開いたドアめがけて逃げていく男を捕まえようと伸ばす手を、制止された。被害者の彼だった。
「いいよ」
「でも」
痴漢が乗客を掻き分け、駅のホームに転がり出るのが見えた。人にぶつかりながら、一目散に逃げていく。
「撃退できればそれでいいんだよ」
何か、達観したような口ぶりだった。もしかして、痴漢に慣れているのだろうか。ドアが閉まり、電車が動き出す。駅で客の乗り降りがあったせいで、さっきの騒ぎが嘘のように静かだ。
痴漢自体が、そう珍しくないものなのかもしれない、と思うと空恐ろしい。そんなものが当たり前の世の中だと思いたくなかった。
「痴漢に遭ったのに、泣き寝入りしてもいいの?」
小声で訊くと、彼はおかしそうに「はは」と笑った。
「別に俺、男だし? まあ、気持ち悪かったし腹も立ったけどね」
自分が見知らぬおじさんに尻を撫でまわされたと想像してみると、寒気がする。悪いことをしたやつを野放しにするのも、もやもやする。触られっぱなしで悔しくないのだろうか。
隣を見る。何事もなかったかのように、平然としていた。やはり、怖いくらい美少年だ。こんな人に痴漢を働いたおじさんの罪は大きいと思う。
「やっぱり捕まえればよかった」
険しい声が出た。奥歯を噛みしめていると、視線を感じた。彼が、俺の顔を下から覗き込んでいた。
「すげえ正義感強いね」
「普通……、だと、思うけど」
見られるのがくすぐったくて、顔を背けた。
「でも、あんなダメなおっさんにも、家族がいるんだよ」
「え」
「無関係な家族がとばっちりで不幸になるの、可哀想だろ」
驚いて言葉を失った。本人は簡単に言ったつもりの科白だったかもしれない。でも俺には、そんなことは考えもつかなかった。痴漢は悪、という発想しかない。
「これに懲りて二度とやらなきゃそれでいいよ」
優しい。胸が熱くなる。
すごい、すごいなこの人、と目を細めて見ていると、会話を聞いていたらしい周囲の人たちが、同じように眩しそうな表情で彼に注目していることに気づいた。
彼の優しさに、みんなが癒されている。この人は、なんだろう。ぼんやりと、光を放っているような。
ああ、そうか、わかった。この人はもしかして。
「天使かな?」
声に出ていた。彼が俺を不思議そうに見上げた。
「ん? 天使?」
「あの、君が、天使かなって」
「きみ」
吹き出して、楽しそうに笑っている。それだけで、彼の周囲がほんわかする。天使発言に賛同するように、数人がうなずいている。若いOL風の女性も、年配の男性も、学生も、みんなの表情が、一様に明るい。
電車は面白い。まったくの他人なのに、奇妙な一体感が生まれている。
「君、面白いな」
俺の真似なのか、「君」を強調して言ってから、可愛い笑顔を全開にして、笑った。
胸が苦しくなってきた。学ランの上から心臓の辺りをつかんで、息苦しさに耐える。
「あ、降りないと」
次の駅名を告げるアナウンスに気づき、彼が声を上げる。
もう少し一緒にいたかった。せめて、名前を知りたい、と思ったが、この流れで訊ねるのは不自然だ。
「じゃあね」
電車が駅に停まると彼が言った。名残惜しさを笑ってごまかして、「じゃあ」と答える。ほほ笑み返す彼は、相変わらず淡く光っているように見えた。
この人の正体が本当に天使だとしても、俺は驚かない。
ホームから手を振る彼に手を振り返し、明日も会えるだろうか、と考えていた。
また会いたい。できるなら、友達になりたい。
友達。
きゅう、と胸が締めつけられる。
なんだろう、これは。この痛みは、なんだろう。
明日もう一度会ったらわかるだろうか。また同じ時間の電車に乗ろう。
そう期待していたのに、帰宅すると新しいサドルを装着した自転車が待っていた。がっかりした。電車に乗る必要がなくなってしまった。
もう会えないのか、と肩を落としたが、どうしてそこまで会いたいのか、疑問が沸いた。
よくわからない。
でも、彼の笑った顔を思い出すと、胸がむず痒くなる。
可愛かったな、とつぶやいて、やおら顔が熱くなる。
どうやら俺は、彼を好きになってしまったようだ。
〈加賀編〉
痴漢に遭いやすいのは大人しいタイプらしい。
声を上げて助けを求めたり、騒いだりせず、怯えてじっと耐える獲物を狙うのだ。俺は別に大人しいつもりはないのだが、なぜかよく被害に遭う。
ショルダーバッグで尻を隠して自衛はするが、そんな障害はものともせず、まさぐってくる奴もいる。それに、奴らは何も、尻だけを狙っているわけじゃない。派手めな若い女に、前から堂々と股間を揉みしだかれることだってある。
背後に立って首の後ろを嗅がれたり、脚の間に太ももを割り込ませ、こすりつけられたり、痴漢というやつはバリエーションが豊富なのだ。
痴漢によく遭う、というのを面白おかしく友人たちに話して以来、奴らが同じ車両に乗ってガードしてくれるようになったのだが、今日はたまたま寝坊し、そんな日に限って痴漢が出没したというわけだ。
電車をやめて自転車にできればいいのだが、うちの高校は自転車通学が禁止されている。だからもうこれは宿命なのだ。
それにしても今日のあいつは面白かった。
痴漢で揉めている中に首を突っ込んでくる人間は少ない。普通は巻き込まれたくないものだが、おそらく正義感がものすごく強いのだろう。すぐに加勢してくれて驚いた。
痴漢を逃がしただけで「天使」と表現したり、同年代の男を「君」と呼んだり。思い出しても面白い。
あ、と気づく。
礼を言うのを忘れていた。
もし明日、見かけたら声をかけよう。やたらに背が高い奴だったから、きっとすぐに見つけられる、と思ったが、いつもあの時間の電車に乗っているのなら、もう会うこともない。
まあいいか、と諦めた。
そして数日後。
部活帰りに、市内で一番品ぞろえのいい本屋まで足を延ばした。友人の誕生日プレゼントを買うためだ。仲間内で、いかに笑いを取れるかを競い合う傾向にあり、考えた末、実用性もあり、受け取る本人も喜びそうなものに決めた。
本屋の中を歩き回り、目的の棚にたどり着くと背表紙を吟味し、手を伸ばした。届きそうで届かない。棚の高い場所にあるせいで、背伸びをしてやっと届くか、という感じだった。
この本屋は天井に届く位置にまで本が並べられていて、当然ながら可動式の梯子があるが、なんとなく頼りたくない。
「よっ、くそ、もうちょい」
「これ?」
スッと伸びてきた手が、目当ての本を棚から引き抜いた。目の前に差し出され、チッと舌を打ちそうになるのを堪えて礼を言った。
「あー、はい、どうも」
受け取って、顔を上げる。目が合った。
「あれ、どっかで」
見た顔だ。向こうもそう思ったのか、俺を二度見してから硬直した。学ランを着た背の高い男だ。目を見開いて俺を見て、「てっ」と小さく叫ぶ。
「天使だ……」
「え? あー、電車の」
まさかこんなところで会えるとは。
奇跡の再会に感動して、おー、と言って握手を求めた。学ランの男は嬉しそうに俺の手を取って、ぶんぶんと上下に振った。
「やー、会えてよかった。この前お礼言いそびれて」
「いや、お礼なんて」
なぜか涙目でそう言ってから、はた、と動きを止めた。そして、唐突に顔を真っ赤に染めた。
「ん?」
「い、いや、なんでも……ない」
ちらちらと、目線が俺の腕の中の写真集に注がれている。グラビアアイドルの写真集だ。表紙は水着だが、別に裸じゃないし、年齢制限があるエロ本でもない。
「これ、クラスの奴の誕生日プレゼント。面白くない?」
写真集をかざして言うと、男は赤面状態でうつむいた。ものすごく、照れている。たかが水着だぞ。
「おーい、言っとくけどこれエロ本じゃないからな」
男の顔を覗き込んで言うと、「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「制服でエロ本買いに来るとか、すげえ馬鹿だろ」
「あ、う、うん」
目を泳がせて男がうなずいた。相変わらず照れている。すごいな、ものすごい純朴さだ。
どうして水着ごときでここまで狼狽できるんだ?
なんか可愛いな、と笑いが漏れた。
「なあ、名前訊いていい?」
「え、あ、うん、はい、あの、倉知です」
わたわたしながら男が名乗る。加賀です、と名乗り返し、思いついて提案してみた。
「お腹空かない?」
「え?」
「なんか食いに行こうよ。この前のお礼におごらせて」
「えっ? えっと、今?」
「うん、あー、もう遅いか」
腕時計で時間を見た。普通の家庭はそろそろ家族団らんの時間だ。
「じゃあ今度また改めて」
時計から目を上げると、倉知は胸を押さえて泣き顔で何度もうなずいていた。なんだかよくわからないが、嬉しそうに見えた。
連絡先を交換して別れ、帰宅するとスマホに届いたメッセージの中に、倉知の名前があった。
『こんばんは。夜分遅くに失礼します。先ほどはお世話になりました。今日は会えてうれしかったです。またいつでもご都合のよろしいときにご連絡ください。お待ちしております。』
「なんだこれ」
つぶやいてから、ぶはっ、と吹き出した。ベッドの上に倒れ込み、ヒイヒイ言いながら転げまわる。
あいつ、もしかして、高校生の皮を被ったサラリーマンか? 他の奴が送ってきたならギャグか、で終わるのだが、おそらく倉知は真剣だ。床に正座しながら文章を打っている姿を想像してみる。声を出して笑い、ベッドの上で足をばたつかせた。
「侍? 武士? やべえ、すげえ楽しい」
ツッコミどころがありすぎて、何度読み返しても面白い。
夜分遅くって、今はまだ八時台だし、会えて嬉しいってなんでだよ。それに世話になったのは俺のほうだ。
「あー、面白い」
ひとしきり笑ったあとで、スマホの画面をタップした。
『おもしろい』
素直な感想を送信すると速攻で既読がつき、数秒後に返事が出た。
『すみません、誤字でもありましたか?』
「なんで敬語? 真面目かよ」
はは、と笑いながらと返事を打つ。
『ちがうよ。でもおもしろい』
しばらく画面を見ていたが、既読がついてから返事が途絶えた。困惑しているのだろうか。
頭を掻く。電話をすることにした。コール音が鳴る前に、倉知が「もしもし」と、少し上ずった声で応えた。
「ごめん、まどろっこしいから電話しちゃった」
『いや、あの俺、あんま慣れてなくて』
「うん、いいよ。それより今度の日曜空いてる?」
ほんの少しの間が空いた。すぐに慌てた様子で倉知が言った。
『空いてる、日曜日、空いてる。すごい空いている』
「はは、すごい空いてんだ?」
『うん、すごい空いてる』
笑いを堪えて「おう」と答えると、待ち合わせの時間と場所を決めて、おやすみ、と言い合って電話を切った。
なんだかわからないが楽しくて、さっきからずっと勝手に笑顔になっている。
俺はものすごく、ワクワクしている。
倉知と会うのが楽しみだった。
〈倉知編〉
もう二度と会えないと思っていた人との再会。こんなことがあるのか、と思った。
名前を教えてもらって、連絡先まで交換した。
お礼をしたいと言われて、ご飯にも誘われた。
鳥肌が立つほどの出来事が連続して起きた。
会えて嬉しい。それが正直な気持ちだ。
でも、俺は彼が好きだ。恋愛感情を抱いている自覚があった。
あれから彼を思い出すと胸が鈍く痛み、息が苦しくてため息ばかりついている。
彼が俺の気持ちに気づいたら。
きっと、気持ち悪いと思われる。蔑んだまなざしを向けられるのを、覚悟しなければならない。
たとえ二度と会えなくても、多分ずっと好きでい続けるだろうな、と予感があった。この想いを心の中で温めて生きていこうと思っていた。
別によかったのだ。いや、むしろ会えないほうがよかった。
欲が出る。
もっと話したい。もっと顔が見たい。一緒にいたい。
こんな思いを、隠し持っていてもいいのだろうか。
「倉知君て何年生?」
「二年だよ」
「おー、同じだ」
加賀君が嬉しそうに拳を俺に向けてきた。控えめに、その拳に拳でタッチした。こんなちょっとしたことで舞い上がってしまう。可愛い、と震えがくるのを必死で堪えた。
俺たちはラーメン屋のテーブル席に向かい合って座っていた。何が食べたい? と訊かれて、胸が苦しくて何も食べられそうになかったが、目についたのがラーメン屋だったから「ラーメン」とうわの空で答えていた。
カウンター席にすれば、真正面から視線を受け止めずに済んだ、と思ったがもう遅い。加賀君は俺に興味津々で、目をキラキラさせて質問を続けた。
「何部?」
「バスケを少々……」
「少々って。塩コショウかよ」
加賀君が吹き出した。塩コショウという発想もなかなかに面白いと思う。
「加賀君は?」
「陸上。ハイジャンやってる」
「高跳び?」
「そそ」
美しいフォームの背面飛びで空を舞う映像は、簡単に想像できた。きっと、羽が生えているように、ふわりと飛ぶのだろう。やっぱり天使だから、空に近いところに、少しでも上に行こうとしているのだ。
とよくわからない妄想をしていると、加賀君が「倉知君てさ」と水の入ったグラスを持ち上げて、少し首をかしげながら、小声で言った。
「彼女いる?」
「……え?」
「彼女」
ドキ、とした。高校二年生にもなって、彼女もいないつまらない奴、とよく上の姉の五月に馬鹿にされる。一般的に、彼女がいない高校生は、「つまらない奴」なのだろうか。加賀君に、「つまらない奴」認定をされるのは悲しい。かといって、嘘をつくわけにもいかない。
「いません、すいません」
「なんですいません?」
「つまらない奴ですいません」
軽く頭を下げると、「面白いよ?」と励ますように言った。
「倉知君、めちゃくちゃ面白い」
「そうかな?」
「うん、あのな、彼女いたら日曜日奪うような真似して悪かったなって思ってさ」
天使だ。
無言で口を手で覆った。
優しい。好きだ。
泣きそうになるのを堪えていると、注文したラーメンが目の前に現れた。
「よし、食うか。いただきます」
「いただき、あ」
「ん?」
思わず声を上げてしまった。加賀君が「どした?」と訊きながら、俺に割りばしを寄越した。
「加賀君は、その、彼女は……?」
割りばしを受け取って、恐る恐る訊いた。
いないわけがない。完璧な容姿と、人懐っこい性格と、天使の優しさを持つこの人を、女性は放っておかないだろう。
「いないよ、今は」
「今は」
あっさりとした答えのあとについてきた言葉が気になって、オウム返しをしてしまった。箸で挟んで麺を持ち上げて「うん」とうなずいた。
「この前、ふられたばっか」
「え、ふられた?」
「うん」
「ど、……え?」
混乱した。この人をふる女性がこの世にいるなんて、信じられない。
「なんかさ」
ふうふうしながら加賀君が言葉を繋ぐ。
「俺が他の女子と」
「うん」
ふうふうしてるのが可愛いな、と見惚れてしまう。
「喋ってるのが許せないって。倉知君、食わないの?」
指摘されて、慌てて割りばしを折った。
「食べる」
「うん、とりあえず食おう」
しばらく無言でラーメンを食べた。美味しそうに、豪快にラーメンをすする加賀君を視界に入れながら、反芻する。
俺が他の女と喋ってるのが許せないって。
どういうことだ、それは。
ラーメンを完食して一息ついてから、「あの」と口を開いた。
「他の女の人と喋ったからふられたの?」
「うん、他の女子と喋らないでって泣きながら迫られて」
こんな人と付き合っていたら、いつ盗られるかと気が気じゃなくなるのかもしれない。気持ちはわかる。でも少し、ゾッとする。
「いやいや普通に喋るから、ごめんねって、で、別れた」
「それは、ふられたって言うの?」
「さあ? まあ、どっちでもいいよ」
グラスの水を一口飲んでから、腕時計に目を落とす仕草にギクッとして、慌てて別の質問を投げかけていた。
「この前の、電車みたいなこと、よくあるの?」
「ん?」
加賀君が首をかしげる。
「あの、触られたり」
「ああ、痴漢。うん、ある」
簡単に答えて自嘲気味に笑った。
「捕まえて、警察に突き出したりは?」
痴漢に遭っても怖くて声を上げられない、というタイプじゃないのなら、そうすべきだと思った。家族が可哀想という言い分も納得はできるが、痴漢に遭うたびに黙って耐えるなんて、絶対におかしい。
「うち、親が離婚してて」
唐突に加賀君が言った。痴漢となんの関係が、とポカンとしていると、空になったラーメンの器を見つめながら続けた。
「親父と二人暮らししてんだけど、忙しい人だからさ、迷惑かけたくなくて」
「迷惑?」
思わず聞き返すと、加賀君がちら、と目を上げて俺を見た。
「心配かけたくない」
言い直してから、はあ、とため息をついた。
「過保護ってわけじゃないけど、痴漢されたなんて言おうもんなら相手を地の果てまで追いかけて、確実に、殺すと思う」
「こっ……、え?」
冷や汗が出た。もしかして加賀君の父親は、殺し屋か何かだろうか、と身構えた。加賀君が俺を見て、「はは」とのんきな声で笑った。
「社会的に、殺すんだよ」
「というと?」
「弁護士なんだ」
なるほど、と肩の力を抜いた。
「いろいろ見てきてるから。誰も不幸にならない方法があるなら、それを選ぶよね」
つまり、自分が耐えて、それで丸く収まるならいい、ということか。膝の上で、こぶしを握り締めた。
「俺は、イヤだよ」
「ん?」
「加賀君が、痴漢されるの、イヤだよ」
自分の身を犠牲にして犯罪を受け入れるなんて、間違っている。
「大丈夫だよ」
加賀君が眉を下げて笑った。
「この前はたまたま寝坊して一人だったけど、いつもは学校の奴らが一緒に乗って守ってくれてるから。お姫様みたいだろ」
俺も守りたい。
叫ぶところだった。
咳払いをして黙り込むと、加賀君が伝票を指で挟んで、「出ようか」と言った。ここを出たら解散になる。もう少し話していたいと思ったが、これ以上引き留める勇気もなく、腰を上げた。
「自分の分、払うよ」
財布を出す加賀君に、慌てて言った。よく考えると、おごられるほど俺は何か役に立ったわけじゃない。
「それじゃお礼にならないじゃん」
加賀君が店員に一万円札を手渡して、肩をすくめる。
「でも俺、何も」
「じゃあ今度は倉知君がおごってよ」
「え」
今度、という言葉に胸が高鳴った。どうやらまた会ってくれるらしい。飛び上がって喜びたいのを堪えて何度も縦に首を振った。
「ごちそうさまです」
支払いを終えて店を出ると、深々と頭を下げた。
「うむ、くるしゅうない」
胸を張る加賀君が、ポンポンと俺の肩を叩く。満足そうだ。
「次どうする?」
加賀君が言った。
「次?」
「どっか行きたいとこない?」
「えっ、あの、遊んでくれるの?」
驚いて声が裏返ってしまった。加賀君が笑って「おう」と答えた。
「カラオケ? ゲーセン? ボーリング?」
訊きながら歩きだす加賀君を、追いかけた。
「なんでも」
「ってのはなしな」
「はい、あの、じゃあ、カラオケ行きたいです」
敬語になる俺を少し振り返って「うん」と返事をする。
「なんか新しい友達ってワクワクすんな」
加賀君が言った。
足が止まる。加賀君は俺を置いてしばらく歩き、やがて気づいて振り返ると、数メートル先で「おーい」と叫んだ。
「何してんの?」
「加賀君」
「うん?」
俺を友達だと言ってくれた。ありがたいことだし、嬉しい。
でも、俺はやっぱり、彼が好きだ。
恋愛感情を抱きながら、友達として接することができるのだろうか。
わからない。
恋心を隠して、彼を特別な想いで見続けるのは、いいことだと思えなかった。
「友達にはなれない」
「え?」
「ごめん、俺、加賀君が、好きだ」
〈加賀編〉
駅前だから、人通りは少なくない。今も、何人かの通行人が俺たちを横目で見ながら通り過ぎていく。
こんな場所で、突然告白されるとは思わなかった。
絶望的な様子で立ち尽くす倉知との距離を無造作につめた。倉知がぎく、とした表情で硬直する。
「大胆なことするね」
顔を覗き込んで言うと、倉知が「ごめん」とかすかに唇を震わせた。顔が赤い。多分、告白するつもりなんてなかったのだろう。
「どっか別のとこで話そうか」
「いい、もう、俺、帰るから」
倉知が後ずさる。逃げる、と気づいて咄嗟に手首をつかんでいた。
「離して」
「やだ」
「なんで……」
うう、とうめいて涙目になった倉知が自由なほうの腕で顔を隠した。
「音信不通になるつもりだろ」
目だけで俺を見て、倉知がまばたきをした。学校は別だし、連絡を断たれるともう会えない。知り合ったばかりでお互いをろくに知らない。フェードアウトするのは簡単なのだ。
「逃げるなよ」
「でも、俺、気持ち悪い」
「何が?」
「男なのに、好きとか言って、ごめん」
つかんでいる倉知の手首はがっちりしている。確かに男だ。間違いなく男だ。
でも単純に、倉知に好きだと言われて嬉しかった。男だから無理とか、男だから気持ち悪いとか、負の感情は沸いてこない。
倉知を捕獲したまま、周囲を見回した。人の往来が途切れたのを見計らい、口を開く。
「付き合う?」
気軽な感じで訊いてみた。倉知は不思議そうに俺を見ている。
「付き合おうよ」
もう一度言ってみた。倉知の体がびくっと揺れた。
「え、……えっ?」
「あれ? 好きってそういう意味だよな? 何? 引いてない?」
不安になって確認する。倉知が目を見開いて、ひゅうっと喉を鳴らした。それからゲホゲホとむせた。
「大丈夫?」
背中をさすると、力なくうなずいた倉知が、突然すとん、とその場にうずくまった。両手で顔を覆って何かつぶやいている。
「何?」
倉知の前に腰を落として、耳を寄せる。
「からかってる?」
「え、本気だよ?」
「でも、俺、男だし」
「うん」
「気持ち悪くないの?」
「なんでそんな卑屈なの?」
「だって……、ごめん、……好きでごめん」
よくわからないが、おそらく倉知はものすごくネガティブで、何事にも全力で暗くなる傾向にあるのだろう。体の大きな男が、道端でうずくまり、耳まで真っ赤にしてめそめそと泣いている姿は、情けない。と思うのが普通だろうが、俺には妙に可愛く見えた。
そんなに俺が好きなのかよ。
みぞおちの辺りがじわじわとこそばゆくなってきた。
「倉知君」
「……はい」
「うち来る?」
倉知が手の隙間から俺を見た。
「こんなとこにいたら目立つし。ちゃんと話そう」
通行人に見られているのは事実だ。倉知が今やっとそれに気づいた、という様子で慌てて立ち上がった。
「じゃあ……、お邪魔します」
腹を決めたらしい。
電車に乗って自宅に向かった。その間ずっと、お互いに黙ったままだった。
きっと混乱し続けていて、頑張って頭の中を整理しているのだな、と思うと笑ってしまいそうだった。
「コーヒー? 紅茶? ジュース?」
帰宅すると、自室に倉知を招き入れ、訊いた。倉知は放心している。口を開けたまま、棒立ち状態で部屋の中を眺めている。家に着いてからずっとこの調子だ。
「まあいいや。適当になんか持ってくるから待ってて」
言い置いて、キッチンで紅茶を入れる。二階の自室に戻ると、倉知はまだ部屋の真ん中に突っ立って、ぼーっとしていた。
テーブルに紅茶を載せたトレイを置くと、倉知の背中に抱きついてみた。
「はっ……! か、加賀君? 後ろにいるの、加賀君?」
「加賀君以外だったら怖いよね」
「うわ、うわああ……」
倉知がガタガタと震え出した。加賀君でも怖いらしい。
「うーん、でかいな」
男と付き合った経験がない。果たしてそういう気になれるかどうかはわからないが、こうやって抱きついてみると改めて「男だな」と思う。たくましい背中だ。というか腹筋がやばい。完成されたシックスパックの手触り。
夢中になって撫でさすっていると、倉知が俺を呼んだ。
「加賀君」
「うん」
「くっつかれると……」
「うん」
「その……」
「ん? あ、興奮する?」
「ごめ……、ごめん……」
倉知は途方に暮れている。そうだった。俺が好きなのだ。
じゃあ、俺は?
今まで付き合ってと言われ、なんとなく付き合う、という流れを繰り返していた。今回はちょっと違う。別に、「付き合って」と言われたわけじゃない。ただ俺を、好きだと言っただけ。
そうだ、俺から付き合おうと言った。
なんでだ? って、決まってる。
答えは「好きだから」。
本当に?
知り合ったばかりだし、しかも、男だ。
抱きついていた倉知の背中から、そっと離れた。解放された倉知が、恐る恐るこっちを振り返る。不安そうに曇った表情だった。
とりあえず、試してみよう、と思った。
「届かないから、ちょっとここ座って」
ベッドを指さした。倉知がベッドを一瞥してから「え?」とたじろいだ。
「届かないって?」
「キスしてみたいんだよ」
「き」
キスをしてみて違和感や嫌悪感がなければ答えが出ると思ったのだが、真っ赤になった倉知が手のひらを俺に向けて、「無理!」と拒絶した。
「あ、傷ついた」
胸を押さえて悲しげな顔をしてみせると、倉知は首がもげそうなほど激しく横に振った。
「違う、そうじゃなくて! あの! ……俺、そ、そういうの、したこと、……なくて……、だから、やり方とか、よくわからないし」
もごもごと言い訳を続けていたが、途中から聞いていなかった。
「倉知君て」
「は、はい?」
「童貞?」
返事はなかったが、あまりの赤さに答えは聞かなくてもわかる。
キスも、セックスも未経験。だから倉知はこんなにも清らかなのだろうか。
自分の気持ちを確かめるために、こいつのファーストキスを奪うのは心苦しいと思わないでもなかったが、細かいことはもうどうでもいい。
だって、めちゃくちゃキスしたい。どんな反応をするのか、見てみたい。好奇心だけで、男にキスしたいなんて、普通思わない。
答えは出た。
倉知の手を取って、引いた。ベッドの上に無理やり座らせると、逃げないように体をまたぎ、膝に乗る。
倉知は真っ赤な顔で、目を白黒させていた。
「いい?」
「えっ」
「キスしたい」
倉知の体は小刻みに揺れ、ガチガチに緊張していた。赤い頬を手のひらで撫でると、びくっと大げさに肩を震わせた。顔を近づける。親指で唇に触れると、泣きそうな顔になった。
「いい?」
合意の上での行為だと、確認したかった。倉知は痙攣のような動きで何度もうなずいた。
「目、閉じないの?」
「閉じたら見えないし、もったいない」
「何それ」
面白いことを言う。でも確かに一理ある。反応を逐一見ていたい。
澄んだ瞳を見つめながら、軽く、唇を触れ合わせた。柔らかい感触。目が合った。音を立てて何度も吸っていると、その目がうっとりと、細くなる。
「ちょっと舌出して」
「え?」
頬を染めてうつろな目で俺を見る。
「べーって」
操られるように倉知が舌を出す。その舌先に自分の舌を触れ合わせた。舐めてから、ちゅ、と軽くキスをして、絡めとる。
「んっ、うー」
びくびくと、面白いほど体を震わせ俺の肩を弱々しい力で押してくる。目をギュッと閉じて精一杯抵抗している。
やばい、可愛い。
倉知の舌を甘噛みする。吸って、絡めて思う存分蹂躙していると、倉知が俺の胸を乱打し始めた。
「痛い。何?」
唇を離すと、倉知が真っ赤な顔でぜえぜえしながら、「息ができない」とこぼした。
「可愛いな」
堪らず抱きついた。そのまま体重をのせて押し倒す。倉知が驚いた顔で俺を見上げた。
とっくに勃起していることはわかっている。そして俺も、股間が苦しい。
ベルトを外しながら言った。
「しよっか」
「え? 何を?」
とぼけているわけじゃなく、本気で何をするのかわかっていない。
ピュアすぎるだろ。
「セックス」
ニヤニヤしてしまった。エロ親父か、俺は。
倉知はさしずめ生娘だ。恥ずかしそうに目を逸らし、唇を噛んでいる。
「すげえ硬くなってるね」
倉知にまたがったまま、軽く体を揺する。尻の下で倉知の下半身がムクムクと育っていくのがわかった。
「うわ、あ、な、なに……、何、これ」
倉知は戸惑っている。涙目だ。他人に刺激されたことなど一度もないのだ。
新雪地帯に踏み入る感覚。最初の一歩を、足跡を、俺がつける。
ゾクゾクした。
「ちょっと待って、動かないで」
倉知が俺の膝をつかんで、必死に訴える。
「気持ちいい? 出そう? 俺もほら、すげえ勃ってきた」
動きを止めて、ファスナーを下ろす。引きずり出したペニスを、倉知が目を見開いて凝視してくる。羞恥が消えて、性欲が勝ったらしい。目が、爛々としている。
「倉知君のも見せて」
ズボンとパンツを一気に膝まで下げて、むき出しにする。フル勃起したペニスが勢いよく頭をもたげた。
「上も脱いで。筋肉見せてよ」
シャツを強引に胸元までめくりあげ、「おお」と感嘆の声を上げた。
「すっげ」
腹と胸を揉むように撫でると、倉知が「あっ」と声を裏返らせる。下半身に視線を落とす。ギンギンに勃起したペニスの先から、我慢汁がにじみ出ていた。
「もしかして限界?」
「あの、ちょっと、触らないで」
倉知が慌てて上体を起こしたが、もう遅い。しっかりと握り締め、先のほうをこすってやると、三往復目であっけなく精液が飛んだ。吐き出される白濁液を見ながら、しつこく手を上下させる。よほど溜まっていたのか、面白いほど出る。
「んーっ、んっ……」
倉知が口を抑え、再びシーツに倒れ込む。首を仰け反らせて無言で体を痙攣させている。
手の中で脈打つペニス。鍛えられた筋肉。柔らかい女の体とはまったくの別物。
こいつはまぎれもなく男だが、どういうわけか可愛くて、もっと喘がせて、もっと気持ちよくしてやりたい、という欲求が腹の底で煮えたぎっていた。
倉知の体に覆いかぶさり、耳元でささやいた。
「気持ちよかった?」
「はっ、はあっ……、う、ん……」
荒い息を吐きながら、倉知は素直に小さくうなずいた。そして、目元を赤くして、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ごめんね、手、汚しちゃって」
「ん、おう。いいよ、もっと汚れるから」
「え?」
密着した状態で股間をこすり合わせた。二本のペニスを手のひらでくっつけて、腰を揺する。倉知の精液のおかげで、ぬるぬるで気持ちがいい。
「えっ、あっ、あっ、あ、やめ、加賀君……っ」
身もだえる倉知を押さえつけ、首筋に唇を押しつけた。強く吸って、噛んで、舐めながら、体を揺すった。
「はっ、ん、んっ、う、……んんっ」
倉知の喘ぎが大きくなっていく。鼻から抜けたような声が、可愛い。男なのに、可愛い。
「あー、やばい、気持ちいい」
調子よく腰を振っていると、俺の下で倉知が「あーっ」と悲鳴を上げた。手のひらに生温かい感触。滑りがさらによくなり、俺もすぐに果てた。
折り重なる。二人分の乱れた呼吸の音。それが落ち着くと体を起こし、精液で濡れたあちこちをティッシュで拭い、汚れた服を着替えて、ベッドの端に並んで腰かけた。
二人同時に息をつく。
顔を見合わせた。妙な気恥しさがある。
頭を掻いて肝心なことを忘れていることに気がついた。
「そういや返事は?」
付き合おう、に対する返事をもらっていない。
「え? 返事?」
「俺と付き合ってくれる?」
倉知が天井を見上げて、ゆっくりと顔を手で覆い、はあああ、と長い溜息を吐いた。
「こんなことしといて、今さら?」
「はは、だよね」
倉知が俺に向き直り、すごく真面目な顔つきで、丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ちなみに今のは本番じゃないから」
「……え?」
「次はちゃんとセックス、しような」
何も知らない無垢な男にセックスの快感を叩きこんでやろう。
首をかしげる倉知に、笑ってキスをした。
〈おわり〉
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