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手錠
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※有限の時間のつづき
「手錠ってありますか?」
品出しの手を止めて、思わず「手錠?」と聞き返す。
百均には大抵のものが揃っている。だから「これはどこに置いてありますか?」と訊ねられることは日常茶飯事だ。でも手錠を所望する客に遭遇したのは初めてだった。
若い男性の二人連れだ。一人は細身の綺麗な人で、もう一人は童顔の背の高い人だった。困惑を顔に出さないように、腰を上げてもう一度訊き直す。聞き間違いという可能性もある。
「手錠、ですか?」
爽やかなイケメンが、美しく微笑みながらうなずいた。
「はい、おもちゃの手錠です」
手錠は、ある。というか、あった。今は置いていない。百均は商品の入れ替わりが激しい。ハロウィンなんかの時期には奇抜なデザインのものもあった。でも残念ながら、現在は取り扱っていない。その一言を飲み込んで個人的な疑問を投げかけた。
「何に使うんですか?」
彼の背後にいた背の高い男性が途端に赤面した。しまった、とてもプライベートなことを訊いてしまった。でもこの反応だと、何に使うのか白状したのも同然だ。
気づいたことに、気づかれてはいけない。お客様に不快な思いにさせられない。
「子どものおもちゃですので、大人の方だとサイズが、と思って」
そういう意味での質問だった、という言い訳なのだが、喋れば喋るほど、恥ずかしい空気になってしまう。赤面した男性が、居たたまれない様子で背中を向けてしまった。
「あっ、あのぅ、申し訳ありません、今、取り扱いがなくて」
美形の彼が頭を掻く。
「あー、そうなんですか。三件目なんですけど、やっぱないもんですね」
「三件目!?」
叫んでしまった。周囲の客が一斉にこっちを見た。だって、手錠を探して三件も店を回るなんて、どんな情熱だと思うではないか。
口中でもごもごと謝ってから、咳払いをする。
「お客様、あの、手錠ですが、百均のものですと耐久性というか、その、使い方によってはすぐに壊れてしまって、なので」
ハッとして言葉を切った。まずい、とても失礼なことを言ったかもしれない。壊れるような激しい使い方をすると決めつけた言い方だった。
「はは、ですよね。プレイには使えないですよね」
「やはり!?」
再び叫んでしまった。視線が痛い。身をすくめて口を塞ぐ。
「もう、行きましょう」
後ろの彼がヒソヒソ声で懇願し、イケメンの手首をつかむ。真っ赤なままで私に頭を下げ、足早に出入り口に向かおうとするのを急いで止めた。見回してから、声を潜めて提案する。
「あのぅ、もっとしっかりしたものだと、大人のおもちゃ屋さんとか、あっ、ネットだと簡単に見つかると思います」
だから四件目に行く必要はない。
そう言いたかったのだが、伝わったのかはわからない。
引きずられていく美形の彼が、私に向かって敬礼をした。ように見えた。
もうそろそろ営業が終わる時間だ。いつもなら疲れ切って、早く終われと念じるのだが、今日は違う。
とても晴れやかで、やる気が漲っていた。
品出しを再開する。商品のスタンドミラーの中に、笑顔の自分がいた。
〈おわり〉
「手錠ってありますか?」
品出しの手を止めて、思わず「手錠?」と聞き返す。
百均には大抵のものが揃っている。だから「これはどこに置いてありますか?」と訊ねられることは日常茶飯事だ。でも手錠を所望する客に遭遇したのは初めてだった。
若い男性の二人連れだ。一人は細身の綺麗な人で、もう一人は童顔の背の高い人だった。困惑を顔に出さないように、腰を上げてもう一度訊き直す。聞き間違いという可能性もある。
「手錠、ですか?」
爽やかなイケメンが、美しく微笑みながらうなずいた。
「はい、おもちゃの手錠です」
手錠は、ある。というか、あった。今は置いていない。百均は商品の入れ替わりが激しい。ハロウィンなんかの時期には奇抜なデザインのものもあった。でも残念ながら、現在は取り扱っていない。その一言を飲み込んで個人的な疑問を投げかけた。
「何に使うんですか?」
彼の背後にいた背の高い男性が途端に赤面した。しまった、とてもプライベートなことを訊いてしまった。でもこの反応だと、何に使うのか白状したのも同然だ。
気づいたことに、気づかれてはいけない。お客様に不快な思いにさせられない。
「子どものおもちゃですので、大人の方だとサイズが、と思って」
そういう意味での質問だった、という言い訳なのだが、喋れば喋るほど、恥ずかしい空気になってしまう。赤面した男性が、居たたまれない様子で背中を向けてしまった。
「あっ、あのぅ、申し訳ありません、今、取り扱いがなくて」
美形の彼が頭を掻く。
「あー、そうなんですか。三件目なんですけど、やっぱないもんですね」
「三件目!?」
叫んでしまった。周囲の客が一斉にこっちを見た。だって、手錠を探して三件も店を回るなんて、どんな情熱だと思うではないか。
口中でもごもごと謝ってから、咳払いをする。
「お客様、あの、手錠ですが、百均のものですと耐久性というか、その、使い方によってはすぐに壊れてしまって、なので」
ハッとして言葉を切った。まずい、とても失礼なことを言ったかもしれない。壊れるような激しい使い方をすると決めつけた言い方だった。
「はは、ですよね。プレイには使えないですよね」
「やはり!?」
再び叫んでしまった。視線が痛い。身をすくめて口を塞ぐ。
「もう、行きましょう」
後ろの彼がヒソヒソ声で懇願し、イケメンの手首をつかむ。真っ赤なままで私に頭を下げ、足早に出入り口に向かおうとするのを急いで止めた。見回してから、声を潜めて提案する。
「あのぅ、もっとしっかりしたものだと、大人のおもちゃ屋さんとか、あっ、ネットだと簡単に見つかると思います」
だから四件目に行く必要はない。
そう言いたかったのだが、伝わったのかはわからない。
引きずられていく美形の彼が、私に向かって敬礼をした。ように見えた。
もうそろそろ営業が終わる時間だ。いつもなら疲れ切って、早く終われと念じるのだが、今日は違う。
とても晴れやかで、やる気が漲っていた。
品出しを再開する。商品のスタンドミラーの中に、笑顔の自分がいた。
〈おわり〉
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