電車の男ー同棲編ー番外編

SilentNight

　クリスマスにはそれほど関心がない。
　キリスト教徒でもないし、ここぞとばかりにイチャつく相手もいない。俺にとっては普通の日。ただの十二月二十五日だ。
　だから普通に残業だってする。
　でも、周囲が浮かれている中で、一人だけ除け者にされたような虚しさがある。
　一人、二人と帰っていく。残っているのは数人。
　イラつきをキーボードにぶつけた。
　フロアに響く凶悪な音色。それに歌声が被さった。
　誰かがクリスマスソングを歌っている。透き通るような、清らかな歌声。まさに、天使の歌声だ。
　手が止まる。怒りが消えた。
　耳を澄まし、目を閉じる。
　一面の銀世界。もみの木に降り積もる雪。鈴の音が響く。夜空を駆ける、トナカイとサンタクロース。
　歌声が、ふいに止み、映像も消えた。
　目を開けると、歌っていたらしい本人と目が合った。
「お疲れ様、お先に」
　加賀がコートを羽織り、軽やかに手を振った。
「メリークリスマス」
　鼻歌を続行し、フロアを出て行く。
　いい大人が浮かれてやがる。笑い声が知らずに漏れた。
　息を吐く。
　残業はやめた。俺も帰ろう。
　そうだ、ケーキを買おう。別にクリスマスだからじゃない。ただ、食べたいだけだ。
　パソコンの電源をオフにする。
　今夜はSilent night。
　静寂が、ふさわしい。

〈おわり〉