127 / 162
さくら
しおりを挟む
〈倉知編〉
穏やかな日だ。たまにふわりと吹く風が心地よく、日差しが眩しい。
すっかり春だ。上着がいらなくなった。そう言って、半袖をチョイスすると「それは寒くない?」と加賀さんはおかしそうに笑っていたが、暑がりの俺にはちょうどいい。
満開の桜が咲き誇る河川敷を、並んで歩いている。
近所で一番桜の綺麗な場所だ。花見がてら散歩するか、と言い出したのは加賀さんだった。
キラキラしている。
加賀さんが、キラキラしている。
黒い髪が、白い肌が、輝いている。眩しい。神々しい。キラキラだ。
「キラキラしてる」
加賀さんが言った。視線の先を目で追う。川面に太陽が反射して、キラキラしていた。川の流れに合わせて、光が躍っているように見えた。
「綺麗ですね」
「な、綺麗だな」
優しく笑う加賀さんに、胸が締めつけられる。
好きだ。
桜の花びらが落ちてきて、絹の髪に着地した。反射的に手が伸びたが、すぐに止めた。このままにしておこう。なんだか可愛くて気に入った。もっとたくさん降ってこないだろうか、とひそかに期待する。
「あ、あの赤毛の子めっちゃ可愛い」
「え」
加賀さんが俺を見上げて呆れた顔になる。
「お前、俺ばっか見てんなよ。前見てみ」
前方に視線を向けた。ジャージ姿の女の子が桜の下で立ち止まってスマホを見ている。中学生か高校生かどちらか。可愛いかどうかはさておいて、赤毛というのがよくわからない。彼女の髪は、黒い。
「触っていいかな」
「えっ? どこを?」
「どこって、頭とか、背中とか?」
「やめてください、痴漢じゃないですか」
「なんでだよ」
なんでって、と反論の科白を飲み込んだ。彼女の、スマホを持っていないほうの手からリードが伸びていて、犬が道端の雑草を必死に食べていた。まさに必死という感じで、剥き出しの歯が少し怖いと思ってしまったが、加賀さんの目から見ると「可愛い」のだろう。
「くるんってなったしっぽがめっちゃ可愛い」
「はあ」
加賀さんは犬が好きだ。だから犬を見つけるレーダーが人より優れていて、いつもこんなふうに食いつくのだ。可愛いと顔を綻ばせる加賀さんを見るのは好きだが、ほんの少し、本当にわずかだが、犬に嫉妬してしまう自分がいる。
いや、少しじゃない。大いに嫉妬する。
犬が加賀さんにしっぽを振って、飛びついて、顔を舐めたりしようものなら、それは俺のです、と大声で叫んでしまうかもしれない。
犬と飼い主の後ろを、無言で通り過ぎる。少し振り返って様子を窺ったが、犬も彼女もこちらには気づいていない。
「撫でないんですか?」
「ん、なんかめっちゃ一生懸命草食ってたから。邪魔しちゃ悪いかなって」
「優しい」
「はは」
風が吹いて、加賀さんの髪が揺れ、花びらが飛んだ。ああ、と残念そうな声が出た。
「何?」
「いえ、なんでも」
「あ、倉知君、ストップ」
加賀さんが足を止めた。つられて立ち止まると、加賀さんの手が俺の髪に触れた。
「ちょっと屈んで。花びらついてる」
「ああ、はい」
「やっぱやめた。なんか可愛いからつけとこ」
同じことを思ったとは言わずに、「取ってください」と笑う。
「あらあら、仲良しねぇ」
ほのぼのとした声をかけてきたのは、老婦人だった。杖をついて歩く旦那さんを、支えるようにして腕を組んでいる。
「はい、仲良しです」
加賀さんが答えて、俺の手に指を絡めた。
「いつまでも仲良くね」
上品に会釈をした彼女は、嬉しそうにウフフと笑っていた。小さくて丸い、寄り添う二つの背中を見送って、「幸せそうですね」とつぶやいた。
「多分、あっちから見たら俺らもそう見えたよ」
「そう、ですかね」
「うん、そうです」
「うん、……ですね」
だって、本当に幸せだ。
うんうんと頷き合って、歩き出す。
手は、繋いだまま。
暖かい春の空気が頬を撫で、頭の上を、薄桃色の花びらがひらひらと舞っている。
〈おわり〉
穏やかな日だ。たまにふわりと吹く風が心地よく、日差しが眩しい。
すっかり春だ。上着がいらなくなった。そう言って、半袖をチョイスすると「それは寒くない?」と加賀さんはおかしそうに笑っていたが、暑がりの俺にはちょうどいい。
満開の桜が咲き誇る河川敷を、並んで歩いている。
近所で一番桜の綺麗な場所だ。花見がてら散歩するか、と言い出したのは加賀さんだった。
キラキラしている。
加賀さんが、キラキラしている。
黒い髪が、白い肌が、輝いている。眩しい。神々しい。キラキラだ。
「キラキラしてる」
加賀さんが言った。視線の先を目で追う。川面に太陽が反射して、キラキラしていた。川の流れに合わせて、光が躍っているように見えた。
「綺麗ですね」
「な、綺麗だな」
優しく笑う加賀さんに、胸が締めつけられる。
好きだ。
桜の花びらが落ちてきて、絹の髪に着地した。反射的に手が伸びたが、すぐに止めた。このままにしておこう。なんだか可愛くて気に入った。もっとたくさん降ってこないだろうか、とひそかに期待する。
「あ、あの赤毛の子めっちゃ可愛い」
「え」
加賀さんが俺を見上げて呆れた顔になる。
「お前、俺ばっか見てんなよ。前見てみ」
前方に視線を向けた。ジャージ姿の女の子が桜の下で立ち止まってスマホを見ている。中学生か高校生かどちらか。可愛いかどうかはさておいて、赤毛というのがよくわからない。彼女の髪は、黒い。
「触っていいかな」
「えっ? どこを?」
「どこって、頭とか、背中とか?」
「やめてください、痴漢じゃないですか」
「なんでだよ」
なんでって、と反論の科白を飲み込んだ。彼女の、スマホを持っていないほうの手からリードが伸びていて、犬が道端の雑草を必死に食べていた。まさに必死という感じで、剥き出しの歯が少し怖いと思ってしまったが、加賀さんの目から見ると「可愛い」のだろう。
「くるんってなったしっぽがめっちゃ可愛い」
「はあ」
加賀さんは犬が好きだ。だから犬を見つけるレーダーが人より優れていて、いつもこんなふうに食いつくのだ。可愛いと顔を綻ばせる加賀さんを見るのは好きだが、ほんの少し、本当にわずかだが、犬に嫉妬してしまう自分がいる。
いや、少しじゃない。大いに嫉妬する。
犬が加賀さんにしっぽを振って、飛びついて、顔を舐めたりしようものなら、それは俺のです、と大声で叫んでしまうかもしれない。
犬と飼い主の後ろを、無言で通り過ぎる。少し振り返って様子を窺ったが、犬も彼女もこちらには気づいていない。
「撫でないんですか?」
「ん、なんかめっちゃ一生懸命草食ってたから。邪魔しちゃ悪いかなって」
「優しい」
「はは」
風が吹いて、加賀さんの髪が揺れ、花びらが飛んだ。ああ、と残念そうな声が出た。
「何?」
「いえ、なんでも」
「あ、倉知君、ストップ」
加賀さんが足を止めた。つられて立ち止まると、加賀さんの手が俺の髪に触れた。
「ちょっと屈んで。花びらついてる」
「ああ、はい」
「やっぱやめた。なんか可愛いからつけとこ」
同じことを思ったとは言わずに、「取ってください」と笑う。
「あらあら、仲良しねぇ」
ほのぼのとした声をかけてきたのは、老婦人だった。杖をついて歩く旦那さんを、支えるようにして腕を組んでいる。
「はい、仲良しです」
加賀さんが答えて、俺の手に指を絡めた。
「いつまでも仲良くね」
上品に会釈をした彼女は、嬉しそうにウフフと笑っていた。小さくて丸い、寄り添う二つの背中を見送って、「幸せそうですね」とつぶやいた。
「多分、あっちから見たら俺らもそう見えたよ」
「そう、ですかね」
「うん、そうです」
「うん、……ですね」
だって、本当に幸せだ。
うんうんと頷き合って、歩き出す。
手は、繋いだまま。
暖かい春の空気が頬を撫で、頭の上を、薄桃色の花びらがひらひらと舞っている。
〈おわり〉
82
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる