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7話 覚悟と解放
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ニーノから不意打ちのように全てを見透かしたかのような言葉をかけられ、私は戸惑いのあまり返す言葉を見失ってしまった。
きっと今の私は絶望に引きつった酷い顔をしているに違いない。ここが薄暗い地下室で本当に良かった。そのおかげで今の私の顔をニーノに見られずにすんだだろうから。
私は心を落ち着ける為にゆっくりと深呼吸をする。自然と震えは止まり力強い気持ちがこみ上げて来る。
「今生の別れですって? ニーノ、冗談は止してちょうだい!」
「いいえ、冗談じゃないわ。だって、ミアお姉さまは聖女の力を覚醒させたのでしょう?」
まただ。どうしてニーノがそのことを知っているの⁉
「これよ」
ニーノはそう言って私に一輪の花を差し出して来る。それは白百合の花だった。
その時になってようやく私は気づいた。あの時、私が聖女の力を覚醒した時、聖女神殿内に辺りを埋め尽くすほどの白百合の花が舞い散った。
お父様達も何故か私の覚醒に気付き、それで慌てて聖女神殿に現れた様子だった。
つまり、あの時に現れた白百合の花は聖女神殿内のみならず城内に現れたのだ。だからリック君もそのことを知っていたのだろう。
「聖女が現れると白百合の花が祝福してくれるって伝説があるって本で読んだことがあるの。だから突然、この花が私の前に現れた時、ああ、そうなのね。遂にその日が来たんだって分かったの。そうしたらミアお姉さまが血相変えて現れものだからおかしくって」
ニーノはそう言ってクスクスと笑った。
「何が可笑しいの? 何も笑えることなんてないわ!」
ニーノのまるで他人事のような態度を前に、私は思わず声を荒らげてしまった。
私はしまった、と思いながらニーノに謝罪の言葉をかける。
「怒鳴ったりしてごめんなさい、ニーノ。私、ちょっと焦っていたからつい……」
「いいの。謝らないで、ミアお姉さま。私ね、嬉しいの。きっとミアお姉さまならこんな時、慌てて私のもとに駆けつけてくれるって信じていたから。自分の願い通りにミアお姉さまが来てくれたから、それで嬉しくって思わず笑ってしまったの」
私は馬鹿だ。今、本当に辛いのはニーノの方なのに。それなのにニーノを怒鳴ってしまうだなんて。
「ミアお姉さまがそんなに焦っているってことは、やっぱり決まったのでしょう?」
「な、なにが?」
私は思わず言葉を詰まらせてしまう。
そして、ニーノはごく自然に、いつものように穏やかな口調で呟いた。
「私の処刑日がよ」
ニーノはあくまでいつも通りに、それこそ今日のランチのメニューを当てて見せるかのような口調でそう断言した。
たちまち周囲は静寂の世界に包まれる。自分の心臓の鼓動音だけが頭の中でけたたましく響き渡っていた。
そんなことはないわ、って大声で否定したかった。でも、そんな嘘を吐くわけにはいかない。このままでは確実にニーノは処刑されてしまう。
ここで否定は意味を為さないことを悟った私は、ニーノに真実を打ち明けることにした。
「ええ、そうよ。どうやら私の聖女就任式に合わせてお父様は貴女を処刑するつもりなの。本当なら、私が聖女になった後、何とか恩赦をもらって貴女を救い出そうと思っていたのだけれども、今となってはその手は使えなくなってしまった。だからニーノ、私と一緒にお城から逃げましょう!」
「魔女を逃がしたとあっては、いくら聖女といえどもその資格を剥奪されてしまうわよ?」
「私は聖女の資格なんていらない! そんなものより私はニーノの方が大事なの! だからお願い。私と一緒に逃げて。このまま貴女をみすみす死なせるなんて真似は私には出来ないわ!」
私の声が地下牢内に木霊する。
すると、ニーノはフルフルと首を横に振って見せた。
「逃げ切れるわけがないってことはミアお姉さまにだって分かっているのでしょう?」
ニーノの言葉を私は否定することが出来なかった。
間違いなくこの地下牢からニーノを連れ出すことは容易いだろう。お願いすれば門番のリック君とガレンさんはいつも通り見て見ぬふりをしてくれるとは思う。
でもその後は? 何処に逃げるの?
私が答えあぐねていると、ニーノは言葉を続けた。
「いつもミアお姉さまによくしてくれる門番さん達にも迷惑をかけるわけにもいかないしね」
その時、私は胸をナイフで突き刺されたような感触を味わった。
確かにニーノの言う通りよ。私はそのことを失念していた。このまま二人で逃げた場合、職務怠慢でリック君とガレンさんが罰せられるのは当然のことだ。国家の大逆人たる魔女を逃した罪は死以外にないだろう。ニーノを救うことばかり考えていてそこまで考えが至らなかった。
私は何て酷い人間なんだろう。情けなさで涙がこぼれそうになってしまった。
「安心して、ミアお姉さま。私、とっくに覚悟は出来ていたから死ぬのは怖くないの。でも一つだけ心残りがあるの」
「それはなに?」
「一度でいい。ミアお姉さまに私の素顔を見てもらいたいのよ」
ニーノはそう言って鉄仮面に触れようと手を伸ばす。
「いけない、ニーノ! 触ってはダメ!」
ニーノが鉄仮面に指先を触れた瞬間、バチバチ! っと電撃が走った。
「きゃあああ⁉」
全身に電撃を浴びたニーノは悲鳴を上げて倒れ込む。
ニーノに被せられた鉄仮面には呪いが施されていた。手で触れるだけで凄まじい電撃が放たれ、無理矢理外そうとすればたちまち全身が黒焦げになってしまうだろう。
「ニーノ、大丈夫⁉」
私は慌ててニーノを抱き起す。
「えへへ、大丈夫よ、ミアお姉さま。慣れっこだから心配しないで」
「貴女まさか、何度もこんな危ない真似をしていたの⁉」
「うん。もしかしたら私も聖女の力に目覚めてこの鉄仮面の呪いを解除出来るかもって思ったから、何度か試してみたのよ」
「それはここから逃げる為じゃないわよね? まさか私に自分の素顔を見てもらいたいだけの理由でこんな危ない真似を繰り返していたの?」
「ごめんなさい」
ニーノは誤魔化す様にえへへと笑いながら頭を垂れた。
「でもね、その価値があると思ったの。私の生きた証をミアお姉さまにだけは残しておきたかったから」
私はハッとなり、奪う様にニーノの両手を掴み上げた。見るとニーノの手は火傷の痕だらけだった。恐らく長い間、何とか鉄仮面を外そうと試みていたことが分かる。
「ごめんね、ニーノ。私、何も気づいてあげられなくて……」
ニーノは必死に戦っていたんだ。助かる為じゃなく、自分の生きた証を残したいが為にこんなに手がボロボロになるまで頑張っていたのね。
「ニーノ、ちょっと待ってて。今、貴女を解放してあげるから……!」
覚悟は決まった。後は実行するだけ。
私はありったけの魔力を両手に込めると、そのまま鉄仮面に両手を置いた。
今の私になら鉄仮面の呪いを解除することが出来るはず。聖女の魔力はいかなる邪悪や呪いをも退ける力を持つ。例え女神がかけた呪いであっても可能なはずよ⁉
「ディスペル!」
私は全力で解呪の魔法を唱えた。神聖なオーラが鉄仮面を覆い包み、地下牢内は眩い光に照らし出される。
私の魔力に反応し、鉄仮面の呪いが悲鳴を上げるかのようにバチバチッと電撃を走らせる。だが、間もなく電撃は消滅し、鉄仮面を覆っていた魔素が砕け散るのが見えた。
そして、その瞬間は呆気なく訪れた。
パキン。乾いた音が響くのと同時に、ニーノの頭から鉄仮面が外れ石畳の上に落ちた。
そこにはまるで鏡に映ったかのように、私と同じ顔をしたニーノの姿があった。
きっと今の私は絶望に引きつった酷い顔をしているに違いない。ここが薄暗い地下室で本当に良かった。そのおかげで今の私の顔をニーノに見られずにすんだだろうから。
私は心を落ち着ける為にゆっくりと深呼吸をする。自然と震えは止まり力強い気持ちがこみ上げて来る。
「今生の別れですって? ニーノ、冗談は止してちょうだい!」
「いいえ、冗談じゃないわ。だって、ミアお姉さまは聖女の力を覚醒させたのでしょう?」
まただ。どうしてニーノがそのことを知っているの⁉
「これよ」
ニーノはそう言って私に一輪の花を差し出して来る。それは白百合の花だった。
その時になってようやく私は気づいた。あの時、私が聖女の力を覚醒した時、聖女神殿内に辺りを埋め尽くすほどの白百合の花が舞い散った。
お父様達も何故か私の覚醒に気付き、それで慌てて聖女神殿に現れた様子だった。
つまり、あの時に現れた白百合の花は聖女神殿内のみならず城内に現れたのだ。だからリック君もそのことを知っていたのだろう。
「聖女が現れると白百合の花が祝福してくれるって伝説があるって本で読んだことがあるの。だから突然、この花が私の前に現れた時、ああ、そうなのね。遂にその日が来たんだって分かったの。そうしたらミアお姉さまが血相変えて現れものだからおかしくって」
ニーノはそう言ってクスクスと笑った。
「何が可笑しいの? 何も笑えることなんてないわ!」
ニーノのまるで他人事のような態度を前に、私は思わず声を荒らげてしまった。
私はしまった、と思いながらニーノに謝罪の言葉をかける。
「怒鳴ったりしてごめんなさい、ニーノ。私、ちょっと焦っていたからつい……」
「いいの。謝らないで、ミアお姉さま。私ね、嬉しいの。きっとミアお姉さまならこんな時、慌てて私のもとに駆けつけてくれるって信じていたから。自分の願い通りにミアお姉さまが来てくれたから、それで嬉しくって思わず笑ってしまったの」
私は馬鹿だ。今、本当に辛いのはニーノの方なのに。それなのにニーノを怒鳴ってしまうだなんて。
「ミアお姉さまがそんなに焦っているってことは、やっぱり決まったのでしょう?」
「な、なにが?」
私は思わず言葉を詰まらせてしまう。
そして、ニーノはごく自然に、いつものように穏やかな口調で呟いた。
「私の処刑日がよ」
ニーノはあくまでいつも通りに、それこそ今日のランチのメニューを当てて見せるかのような口調でそう断言した。
たちまち周囲は静寂の世界に包まれる。自分の心臓の鼓動音だけが頭の中でけたたましく響き渡っていた。
そんなことはないわ、って大声で否定したかった。でも、そんな嘘を吐くわけにはいかない。このままでは確実にニーノは処刑されてしまう。
ここで否定は意味を為さないことを悟った私は、ニーノに真実を打ち明けることにした。
「ええ、そうよ。どうやら私の聖女就任式に合わせてお父様は貴女を処刑するつもりなの。本当なら、私が聖女になった後、何とか恩赦をもらって貴女を救い出そうと思っていたのだけれども、今となってはその手は使えなくなってしまった。だからニーノ、私と一緒にお城から逃げましょう!」
「魔女を逃がしたとあっては、いくら聖女といえどもその資格を剥奪されてしまうわよ?」
「私は聖女の資格なんていらない! そんなものより私はニーノの方が大事なの! だからお願い。私と一緒に逃げて。このまま貴女をみすみす死なせるなんて真似は私には出来ないわ!」
私の声が地下牢内に木霊する。
すると、ニーノはフルフルと首を横に振って見せた。
「逃げ切れるわけがないってことはミアお姉さまにだって分かっているのでしょう?」
ニーノの言葉を私は否定することが出来なかった。
間違いなくこの地下牢からニーノを連れ出すことは容易いだろう。お願いすれば門番のリック君とガレンさんはいつも通り見て見ぬふりをしてくれるとは思う。
でもその後は? 何処に逃げるの?
私が答えあぐねていると、ニーノは言葉を続けた。
「いつもミアお姉さまによくしてくれる門番さん達にも迷惑をかけるわけにもいかないしね」
その時、私は胸をナイフで突き刺されたような感触を味わった。
確かにニーノの言う通りよ。私はそのことを失念していた。このまま二人で逃げた場合、職務怠慢でリック君とガレンさんが罰せられるのは当然のことだ。国家の大逆人たる魔女を逃した罪は死以外にないだろう。ニーノを救うことばかり考えていてそこまで考えが至らなかった。
私は何て酷い人間なんだろう。情けなさで涙がこぼれそうになってしまった。
「安心して、ミアお姉さま。私、とっくに覚悟は出来ていたから死ぬのは怖くないの。でも一つだけ心残りがあるの」
「それはなに?」
「一度でいい。ミアお姉さまに私の素顔を見てもらいたいのよ」
ニーノはそう言って鉄仮面に触れようと手を伸ばす。
「いけない、ニーノ! 触ってはダメ!」
ニーノが鉄仮面に指先を触れた瞬間、バチバチ! っと電撃が走った。
「きゃあああ⁉」
全身に電撃を浴びたニーノは悲鳴を上げて倒れ込む。
ニーノに被せられた鉄仮面には呪いが施されていた。手で触れるだけで凄まじい電撃が放たれ、無理矢理外そうとすればたちまち全身が黒焦げになってしまうだろう。
「ニーノ、大丈夫⁉」
私は慌ててニーノを抱き起す。
「えへへ、大丈夫よ、ミアお姉さま。慣れっこだから心配しないで」
「貴女まさか、何度もこんな危ない真似をしていたの⁉」
「うん。もしかしたら私も聖女の力に目覚めてこの鉄仮面の呪いを解除出来るかもって思ったから、何度か試してみたのよ」
「それはここから逃げる為じゃないわよね? まさか私に自分の素顔を見てもらいたいだけの理由でこんな危ない真似を繰り返していたの?」
「ごめんなさい」
ニーノは誤魔化す様にえへへと笑いながら頭を垂れた。
「でもね、その価値があると思ったの。私の生きた証をミアお姉さまにだけは残しておきたかったから」
私はハッとなり、奪う様にニーノの両手を掴み上げた。見るとニーノの手は火傷の痕だらけだった。恐らく長い間、何とか鉄仮面を外そうと試みていたことが分かる。
「ごめんね、ニーノ。私、何も気づいてあげられなくて……」
ニーノは必死に戦っていたんだ。助かる為じゃなく、自分の生きた証を残したいが為にこんなに手がボロボロになるまで頑張っていたのね。
「ニーノ、ちょっと待ってて。今、貴女を解放してあげるから……!」
覚悟は決まった。後は実行するだけ。
私はありったけの魔力を両手に込めると、そのまま鉄仮面に両手を置いた。
今の私になら鉄仮面の呪いを解除することが出来るはず。聖女の魔力はいかなる邪悪や呪いをも退ける力を持つ。例え女神がかけた呪いであっても可能なはずよ⁉
「ディスペル!」
私は全力で解呪の魔法を唱えた。神聖なオーラが鉄仮面を覆い包み、地下牢内は眩い光に照らし出される。
私の魔力に反応し、鉄仮面の呪いが悲鳴を上げるかのようにバチバチッと電撃を走らせる。だが、間もなく電撃は消滅し、鉄仮面を覆っていた魔素が砕け散るのが見えた。
そして、その瞬間は呆気なく訪れた。
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