汝に我が尾と獣耳を捧げよう──。

ぱいん

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18話 希望の灯

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 一筋の光が私に降り注ぎ、眩しさに思わず目をしかめる。

 騒然とした声はその後に起こった。

 駆けつけた村人達が口々に驚きの声を上げ、中には悲鳴を上げる者もいた。

 何が起こったの?

 目の端で白銀の髪が揺らいでいるのが見えた。

 いけない! 頭からローブが落ちているわ⁉ 

 白銀の髪が露わになり、不運なことに何故か降り注いだ日差しのせいで輝きを放ち悪目立ちをしてしまっていた。

 私は慌ててローブを目深に被り直すも時既に遅し。私の正体に気付いた村人達は怯えた表情で固まっていた。

「人間だ! 人間がいるぞ!」

 誰かが吠えるように叫んだ。たちまち殺気立った空気が立ち込める。

 私はこの空気を知っている。あの時、処刑場に引きずり出された時と同じだった。村人達は唸り声を発しながら私に殺意を上乗せした憎悪の眼差しを向けて来る。

「皆、落ち着け。彼女は大丈夫だ、怯える必要はない!」

 私を庇う様にルークが前に出てくると、村人達をなだめるように叫んだ。

 ルークの姿を見た村人達は唸り声を発するのを止め、一歩後退る。

「しかし、ルーク様、かつて聖女が我々に何をしたのかお忘れですか⁉」

 村長は怒りの形相で叫んだ。その怒りの矛先は私というよりは別の何かに向いているような感じがした。

 それって、かつて聖女が獣人に何か酷い仕打ちをしたってことなのかしら?

 私の脳裏に故国に伝わる双子聖女の伝説が過る。

「ミアは魔女ではない! 良いから落ち着け。ミアは我が庇護下にある。忌まわしい伝説のようにミアが皆を傷つけ陥れることは無いと魔王ルークの名の許にオレが保証しよう」

 ルークの必死の叫びが村人達に届いたのか、殺気立った空気はおさまった。

「ルーク様がそこまでおっしゃるなら……」

 村長はしぶしぶそう答え、深々と頭を垂れた。

「それより村長、魔石灯はどうなった? この村の魔石灯は先日、オレが魔力を充填したばかりだと記憶しているが?」

「魔石灯は正常に作動しておりました。ですが昨日から近くの沼地より異常なまでの瘴気が噴き出るようになってしまい、魔物達が活性化してしまったのです」

 村長の報告を聞き、ルークの表情が曇り出す。

「ねえ、ルーク。その魔石灯って何なの?」

「魔除けの効果のある魔道具のことだ。見ての通り夜の国は瘴気に包まれているのでな、魔物を村や街に侵入させない為に魔石灯は必要不可欠な物なのだ。魔王の魔力を注いでいる為、余程のことがなければ魔物は侵入出来ないはずなのだが……。ほら、あそこで煌々と輝いているのがその魔石灯だ」

 ルークの指し示す先には、ぼんやりとした明かりを灯すランプのようなものが木の枝先に括りつけられているのが見えた。

「仕方がない。城の者に言って村に魔石灯を届けさせよう。今の倍もあればしばらくの間は魔物の侵入を防ぐことが出来るはずだ」

「それは有り難いことです。これでしばらくは村も落ち着くでしょう」

 村長はそう言って安堵の息を洩らした。

 いいや、それではダメよ。魔石灯に魔除けの効果があるとしても、それはただの一時しのぎにしかならない。原因の根本をどうにかしないといつまで経ってもいたちごっこにしかならないわ。

「ねえ、ルーク、ちょっといい?」

 私はルークのローブの裾を引っ張り口を彼の耳元に寄せる。

「何だ、ミア?」

「お願いがあるんだけれども聞いてくれる? 実は……」

 私がルークの耳元でお願いを呟いた瞬間、たちまち彼の目がギョッと見開いた。

「ミア、それは本気で言っているのか?」

「ええ、本気よ。きっと私の力が役に立つと思うの」

「しかし、あまりにも危険すぎる……!」

 私達のやり取りを見ていた村長さんは訝し気な表情を浮かべると、首を傾げながらルークに話しかけて来る。

「ルーク様、何か問題でもございましたかな?」

 私はルークの前に出ると、村長さんに話しかけた。

「村長さん、瘴気は私が何とかしてみせます!」

「ミア、止せ!」

 私はルークの制止を聞かず、そのまま言葉を続けた。

「これから瘴気の発生源である沼地に赴き、聖女の力で瘴気を浄化します!」

 たちまち周囲は騒然とした空気に包まれた。

 村長さんを始め、その場に居た獣人達は動揺した表情を浮かべていた。

 すると、何処からか苛立ちに塗れた怒声が響いて来る。

「そんなことが出来るわけがない! オレ達を騙すつもりか⁉」

 その声を皮切りに、再び彼等は私に憎悪と苛立ちの眼差しを向け始めた。この場にルークがいなければ、私はとっくの昔に彼等の手によってなぶり殺しのめに合っていただろう。それ程の殺気が周囲には立ち込めていた。

 けれども、私は怯まずに言葉を続けた。

「先程、私は魔物を浄化しました! その証拠に空を見てください。私の浄化魔法によって空を覆っていた一部の瘴気が浄化され、光が差しています!」

 私はそう叫びながら天に向かって指を差した。

 一筋の光は相変わらず私を照らし続けていた。その光を見た獣人達の口から、次々と感嘆の声が洩らされる。

「私の名はミア、聖女ミアです! 皆さんにお願いがあります。どうか私に皆さんを救うチャンスをください。きっと沼地の瘴気を浄化し、皆さんが平穏な生活が送れるように全力を尽くします!」

 夜の国が長年瘴気に苦しめられ続けて来た原因は、この国に神聖魔法の使い手がいなかったことに尽きる。魔王であるルークの力をもってしても滅ぼすことが出来なかった魔物を私は先程浄化魔法で完全に消滅させることが出来た。

 この光もそう。空を覆っているのが黒雲ではなく瘴気であるならば、先程私が放った浄化魔法の余波で空の瘴気も浄化し、光が差したのだ。

 きっと瘴気の発生源である沼地も浄化することが出来ると、私は確信した。

「魔女の言うことなど信じられるか⁉」

 怨嗟の塊のような叫びが響き渡る。そうだそうだ! と賛同する怒声が後に続いた。

 再びニーノに処刑されそうになった時の記憶が脳裏を過る。あの時、私に怨嗟の言葉を吐きかけてきたのは愛すべき民衆だった。魔女と罵られ、深い暗闇に叩き落されるような絶望感を味わった。

 でも、今はルークがいる。彼が傍にいると分かっているだけで魔女と罵られようとも私の心はびくともしなかった。

 村人達の罵声に対し、ルークは鋭い眼光を放ち私の前に出ようとする。でも、私はそれを制し、黙っているように彼に目で合図を送った。

 ルークは納得してはいない様子だったけれども、大人しく一歩後ろに下がってくれた。

「私のことは魔女でも何とでもお呼びください。言葉だけで皆さんの信頼を得ようとは微塵も思っておりません。聖女ミアの名の許に皆さんにお約束致します。私は必ず瘴気を浄化し、皆さんに平和と安寧をもたらすことを!」

 私は「どうかお願いします!」と付け加えると頭を垂れた。

 その瞬間、殺伐とした空気はおさまり静寂が流れた。

「ミア殿、瘴気の浄化などと、代々の偉大な魔王様でも成し遂げられなかったことが本当に可能なのですかな?」

 神妙な面持ちで村長さんが訊ねて来る。

「今は信じて待っていてください、としか言いようがありません」

 すると、村長さんは、ふむ、と唸ると顎を撫でた。

「皆の者、ここはミア殿を信じてみてはどうだろうか?」

 村長さんはそう言うと、異論を唱えだそうとする者に対し、手を上げてそれを制した。

「ミア殿、私どもを御救いくだされ。どうかこの通りですじゃ」

「お任せください。必ずや夜の国に希望の光を灯すことを御約束致します!」

 既に私の心にだけは希望の灯が燃え盛っていた。
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