汝に我が尾と獣耳を捧げよう──。

ぱいん

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21話 伝説

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 私は、生まれてこんなに怒ったことはなかった。

「ミア! 謝るからいい加減に機嫌を直してくれ!」

 背後からルークの悲痛な声が聞こえてきても、私は聞こえないふりをしてそのまま森の中をスタスタと進んでいった。

「魔物は消滅したとはいえ、森の中には獰猛なモンスターもいる。一人で進んでは危険だぞ⁉」

 完全に無視します。

 しばらく口をきいてあげません。

 いくら何でも乙女のお腹の虫が鳴いたのを聞いてあんなに笑い転げるだなんて失礼にも程があるわ。

 これが百年の恋も冷めるというやつなのね?

 私は可能な限り頬を膨らませながら更に森の中を突き進む。

 沼地の瘴気を浄化した後、私は安堵のあまり盛大にお腹の虫を鳴り響かせてしまった。それも森の奥まで木霊する程に。

 それを聞いたルークは一瞬呆気にとられた後、お腹を抱えて大爆笑したのだ。

 私が怒ったのに気づいた時には後の祭り。ルークはしまった、と言わんばかりに表情を凍てつかせると慌てて謝罪の言葉を口にしてきた。

 断固謝罪は拒否します。私はそう決意すると、ルークの哀願を無視してひたすら森の中を突き進んでいたのだ。

 すると、ルークは俊敏な動きで私の前に回り込んで来た。

「ミア、お願いだから話を聞いてくれ!」

 私は頬を限界点を突破するくらいに膨らませながらキッとルークを睨みつけた。

 一瞬、ルークはビクッと身体を震わせると視線をあちこちに泳がせた。もしかして動揺しているの?

 ちょっと可哀想になったけれども私の怒りはおさまらない。

「笑って済まない……その、あまりに可愛らしい音色だったからつい不意をつかれ笑ってしまったんだ。決してミアを貶そうとして笑ったわけではないことを理解してもらえると有難い」

 まるで叱られた子供のようにシュンとすると、ルークは目を伏せながら謝罪の言葉を口にした。

 その時、私はルークの雄々しい黒の獣耳が落ち込んだ様に前に倒れ、萎れている光景を目の当たりにしてしまった。

 やっぱりルークは感情を獣耳に表すようだ。多分、本人にその自覚はないみたい。

 そう思うとたちまち可笑しくなってしまって、私は堪え切れず笑い出してしまった。

「アハハハハ、ルークったら魔王なのに子供のようにシュンとしちゃって」

 私の笑顔を前にしたルークはホッと安堵の息を洩らした。

 それと同時に、再び私のお腹の虫が鳴り響いた。

 私達はお互いに目を合わせると、同時にブッと噴き出した。

 しばらくの間、私とルークの笑い声が森の中に木霊した。

「ごめんね、ルーク。ちょっと大人げなかったわ」

「オレこそ済まない。でも、本当に可愛らしい音色だったから微笑ましくなってつい笑ってしまった」

「もういいから忘れてちょうだい! いくら可愛いって言われても全然誉め言葉になっていないから」

 ルークは分かった、と一言呟くと、安心したようにフッと微笑する。

「それはそうと、流石にオレも空腹だ。何かあればいいんだが……」

 すると、ルークの視線が止まった。

「いいものを見つけた。ミア、少しそこで待っていてくれ」

 ルークはそう言うと、俊敏な動きで森の中に入っていった。そして、すぐに戻ってくると、私に青い果実を手渡して来る。

「これは?」

「萎れてはいるが、夜の国名産の青りんごだ。酸味と甘みがきいていて美味いぞ」

 それは確かにリンゴだった。私の国で採れるものは赤色で大きさも一回り小さかった。

 ルークは私に食べるように促すと、先に一口青りんごに噛り付いた。

 私も続いて一口青りんごを噛り付く。

 ほのかな甘みと酸味が口の中に広がる。美味しい、と思いつつも脳裏にニーノの言葉が過った。

〈私、アップルパイは吐き気をもよおすほど大嫌いな食べ物なの。これでもう食べなくて済むかと思うと嬉しくて涙が出そう〉

 たちまち胸が締め付けられ、思わず目をしかめてしまう。

 私の様子に気付いたルークが心配そうな表情で話しかけて来た。

「ミアの口に合わなかったか?」

「ううん、そんなことない。とても美味しいわ」

 私は精一杯の笑顔を浮かべると、ニーノの言葉を振り払いながらムシャムシャ青りんごを食べ始める。

「そうか、なら良かった」

 安堵の表情を浮かべると、ルークも青りんごに噛り付いた。

「御馳走様。ルーク、ありがとう。とっても美味しかったわ」

「気に入ってくれたなら何よりだ」

 食欲も満たしたことでようやく人心地つくことが出来た。

「さあ、村に戻るとするか。もし疲れているなら少し休憩してから行くか?」

「それじゃ、ちょっと何処かに座って休みましょう? ちょうどルークに聞きたいこともあったし」

 ルークはそうか、と呟くと、近くにちょうど二人が座れそうな岩を見つける。

「ミア、ここに座ってくれ」

 ルークはそう言うと、纏っていた黒のマントを岩に敷くと座るように促して来る。

「ありがとう」

 私はルークの紳士的な行為を素直に受け入れ岩に座った。後に続いてルークも隣に座る。

「それで、聞きたいこととは何だ? まあ、この国に来たばかりなのだ。色々とあるだろう」

 確かに夜の国に関して知的好奇心は尽きない。色々と聞きたいことはある。

 でも、今、私が一番知りたいことはこの国に住んでいる獣人についてだ。

「単刀直入に聞くわ。どうしてこの国の獣人達は人間を恐れているの?」

 特に聖女に対する拒絶感は尋常ではなかった。憎悪を通り越して殺意を抱いているような感じだった。

「隠すつもりはなかったのだが、事実その通りだ。特に聖女に対する憎悪は根深いものになっている。だからしばらくの間、ミアには正体を隠してもらいたかったんだ」

「理由を聞いても?」

「獣人の人間に対する憎悪の根源の全ては夜の国に伝わる双子聖女の伝説によるものだ」

「夜の国にも双子聖女の伝説があるの?」

 ルークは頷くと、おもむろに語り始めた。

「かつて夜の国と光の国にまだ交流があった頃の話だ。当時、二つの世界はゲートと呼ばれる時空の歪で繋がり、危ういながらも友好関係を築き上げていた」

 それは初耳だった。夜の国と交流があったことなんて私の国の伝承には一切記載されていなかった。

 それにゲートという言葉も初耳だった。それって、ルークが使っていた転移魔法のことかしら?

「二つの世界が繋がった理由は定かではない。獣人と人間はお互いの文化の違いから畏怖し、憎悪し、罵り合った。それでも争いにならなかったのは当時の夜の国の魔王ジークフリートと光の国の双子聖女が友好の懸け橋となっていたからだと言われている」

 それも私の国には一切伝わっていない内容だ。ルークの話す内容は全てが驚きの連続だった。

「しかし、ある日、危うかった両国の友好関係は脆くも崩れ去った。突如として聖女と王国軍が攻めて来たのだ。戦いには勝ったが、大勢の死傷者を出したらしい。聖女がばら撒いた呪いによって夜の国は瘴気に冒され現在に至るというわけだ。幸いなことに当時の夜の魔王ジークフリートは重傷を負いながらも帰還することが出来たらしいが、ある日突然姿をくらまし二度と現れることはなかった。一説では光の国を呪いながら何処かの泉で憤死したとも言われているが定かではない。それ以来、獣人は人間を憎み恐れる様になった、というわけだ」

 ルークの話を聞き終えた私は夢に現れた謎の獣人の姿を思い出す。

 あの時、私の夢に現れた獣人はもしかして……。

 何かの点と点が繋がりかけたその時、周囲に複数の気配がした。

 咄嗟に気配のした方向に振り返ると、そこに驚きの光景が飛び込んでくるのだった。
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