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23話 決意
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私の故国神聖ライセ王国では毎年地竜の被害が深刻化していた。竜は人を襲う。その目的は捕食の為。毎年、幾つもの村や街が竜に攻撃され、多数の犠牲者を出していた。
竜には様々な種類があり、最も数が多く頻繁に目撃されるのが飛竜と地竜だ。
数こそ地竜より飛竜の方が遥かに上回っていたのだけれども、脅威レベルならば桁が違う。飛竜は翼の生えた大きなトカゲといった印象が強く、並みの冒険者でも対処が可能な強さでしかない。でも、地竜は生息数こそ少ないけれども獰猛な性格と巨岩を彷彿させる巨躯を誇り、対処するには騎士団を動員しなければならないほどの脅威レベルを持っていた。
地竜を見たら逃げろ。決して戦おうとは思うな。お前は勇者ではない。いや、勇者ですら逃げ出すだろう。
というのが地竜に対する一般的な常識だった。
しかし、その地竜は現在、こんがりと丸焼きにされ美味しそうな匂いを漂わせながら村の広場に置かれていた。
ちょっとドラゴンを狩って来ると言い残し、ルーク達は村から出て行った。そして小一時間して戻ってくると、まるで散歩から帰って来たかのような様子でドラゴンを持ち帰ってきたのだ。
私は見たことは無かったけれども、噂以上に地竜は大きかった。村で一番大きな建造物である教会の倍以上はあるだろうか?
「地竜の血抜きは終えておりますので、ルーク様、後はよろしくお願いいたします」
ベルさんがかしこまりながらルークにそう言うと、ルークは炎の魔眼で地竜を一瞬で丸焼きにしてしまったのだ。
私はその光景をただ茫然と見守るしか術は無かった。
脂が焼ける匂いに村中の獣人達が歓声を上げ、盛り上がったムードになる中、私は一人途方に暮れていた。
どうしよう……。やっぱり食べないと失礼にあたるわよね?
私の国ではモンスターを食べる習慣は無い。いや、そもそも人を捕食するモンスターを食べていいものなのだろうか? その血肉の源は人間だろうし、夜の国では獣人ということになる。
怖いもの見たさはあったけれども、食べてはいけないような気がするわ。
私がそう思い悩んでいると、笑顔を浮かべたルークがやって来る。
「浮かない顔をしているが、どうしたんだ、ミア?」
「いえ、何でもないわ。ちょっと夜の国の食文化に驚いていただけ」
「ミアの国では何を食べていたんだ?」
「少なくともモンスター料理は聞いたことがないかな? 私の国では鶏とか豚、牛とかのお肉が最も好まれて食べられているのよ」
次の瞬間、ルークの表情が強張った。真紅の瞳は大きく見開かれ小さく口を開けていた。
「どうしたの、ルーク……?」
すると、ルークは慌てた様子で私に近づくと、私の口を右手で塞ぎ周囲をキョロキョロ見回した。
「ミア、今の話、絶対に誰にも言うなよ? 言えば大騒ぎになる」
私が頷くと、ルークはホッとしたような表情を浮かべて口から手を離した。
「何をそんなに慌てているの?」
「例えばだ。オレ達獣人が人間を好んで食らっていると知ったら、ミアはどう思う?」
「それは怖いとか、酷いとかって思うけれども?」
「オレ達獣人は様々な獣をルーツにしているんだ。オレは黒狼をルーツに進化した獣人。ベルは猫が進化した獣人だ。中には豚や牛をルーツに持つ獣人もいる。オレが何を言いたいか分かるか?」
私はハッとなった。確かにそうだ。私達もお猿さんとかを食べることは無い。それと同じことなら、私達が好んで牛や豚を食べていると知られれば大騒ぎになるだろう。
「もしかして、かつて人間と獣人がお互いを忌み嫌い合っていたのって、食文化も影響していたのかな?」
「一理ある。モンスターを好んで食す獣人を人間は嫌悪し、牛や豚を好んで食す人間を獣人達が憎悪する、か。あり得る話だ」
なかなか難しい問題だった。
ルークから教えてもらった双子聖女の伝説によれば、当時の夜の魔王と双子聖女は両国の懸け橋となって必死に友好関係を築こうと尽力していたらしい。政治や宗教の問題以上に食文化によって種族間で諍いが起こっていたならば友好を結ぶどころではないだろう。両種族間を取りまとめようとしていた魔王と双子聖女の苦労は想像に難くなかった。
「ミア、嫌なら無理をしてドラゴンを食べることはない。他にも山菜料理や果物なども用意しているそうだから、そちらを食べてくれ。村人達にはオレから上手く誤魔化しておくから」
「いえ、是非ともご馳走にあずからせていただくわ」
「大丈夫か?」
ちょっと勇気は必要だけれども、私の居場所はもうここだけ。なら、私の方が歩み寄り夜の国を理解するしかない。我がままを言ってこの国の食文化を拒絶することは許されないことだと思った。
それに、自分達と同じものを食べられない者を仲間として、家族として受け入れるとは思えなかった。
「私、もっと夜の国のことを知りたい。なら、ドラゴンの味も覚えておかなくっちゃね」
「そうか」
ルークはそう言って柔和な微笑を口元に浮かべた。その時、ルークのモフモフの黒尾がパタパタ動くのが見えた。
これはきっと、喜びを表しているのね?
また一つルークのことが分かったような気がして、嬉しさのあまり思わず笑みがこぼれた。
「何を笑っている?」
「内緒よ」
これは私だけの秘密。ルークにだけは教えてあげないと心に決めた。
その時、ベルさんが大声で私達を呼ぶ声が聞こえた。
「ルーク様、ミア様! 宴の準備が整いました。どうか主賓席までおいでください!」
「さあ、行きましょう、ルーク。私、お腹ぺこぺこよ。遠慮なく夜の国の名物、ドラゴンの丸焼きを堪能させてもらうわ」
そう言って私はルークに手を差し伸べる。
「ああ、行こう。今日ばかりは宴を楽しむとしようか」
ルークは私の手を取ると、しっかりと握って来る。
私達は手を繋ぎ合い、広場に用意された主賓席に向かった。
今の私とルークのように、いつか獣人と人間が手を取り合う日が来ればいい。
そんなことを想いながら私もルークの手を力強く握り返した。
この日の記憶を私は絶対に忘れない。
例えこの先、私に惨たらしい未来が待ち構えていたとしても、確かに幸福はあったと挫けずに頑張れると思ったから。
この日、私は夜の国に一つの奇跡をもたらした。
それは小さなことだったかもしれないけれども、大いなる希望の一歩だった。
私は絶対に夜の国から全ての瘴気を浄化してみせる。
しかし、それは、これから起こる悲劇の幕開けであることをこの時の私は知る由もなかった。
竜には様々な種類があり、最も数が多く頻繁に目撃されるのが飛竜と地竜だ。
数こそ地竜より飛竜の方が遥かに上回っていたのだけれども、脅威レベルならば桁が違う。飛竜は翼の生えた大きなトカゲといった印象が強く、並みの冒険者でも対処が可能な強さでしかない。でも、地竜は生息数こそ少ないけれども獰猛な性格と巨岩を彷彿させる巨躯を誇り、対処するには騎士団を動員しなければならないほどの脅威レベルを持っていた。
地竜を見たら逃げろ。決して戦おうとは思うな。お前は勇者ではない。いや、勇者ですら逃げ出すだろう。
というのが地竜に対する一般的な常識だった。
しかし、その地竜は現在、こんがりと丸焼きにされ美味しそうな匂いを漂わせながら村の広場に置かれていた。
ちょっとドラゴンを狩って来ると言い残し、ルーク達は村から出て行った。そして小一時間して戻ってくると、まるで散歩から帰って来たかのような様子でドラゴンを持ち帰ってきたのだ。
私は見たことは無かったけれども、噂以上に地竜は大きかった。村で一番大きな建造物である教会の倍以上はあるだろうか?
「地竜の血抜きは終えておりますので、ルーク様、後はよろしくお願いいたします」
ベルさんがかしこまりながらルークにそう言うと、ルークは炎の魔眼で地竜を一瞬で丸焼きにしてしまったのだ。
私はその光景をただ茫然と見守るしか術は無かった。
脂が焼ける匂いに村中の獣人達が歓声を上げ、盛り上がったムードになる中、私は一人途方に暮れていた。
どうしよう……。やっぱり食べないと失礼にあたるわよね?
私の国ではモンスターを食べる習慣は無い。いや、そもそも人を捕食するモンスターを食べていいものなのだろうか? その血肉の源は人間だろうし、夜の国では獣人ということになる。
怖いもの見たさはあったけれども、食べてはいけないような気がするわ。
私がそう思い悩んでいると、笑顔を浮かべたルークがやって来る。
「浮かない顔をしているが、どうしたんだ、ミア?」
「いえ、何でもないわ。ちょっと夜の国の食文化に驚いていただけ」
「ミアの国では何を食べていたんだ?」
「少なくともモンスター料理は聞いたことがないかな? 私の国では鶏とか豚、牛とかのお肉が最も好まれて食べられているのよ」
次の瞬間、ルークの表情が強張った。真紅の瞳は大きく見開かれ小さく口を開けていた。
「どうしたの、ルーク……?」
すると、ルークは慌てた様子で私に近づくと、私の口を右手で塞ぎ周囲をキョロキョロ見回した。
「ミア、今の話、絶対に誰にも言うなよ? 言えば大騒ぎになる」
私が頷くと、ルークはホッとしたような表情を浮かべて口から手を離した。
「何をそんなに慌てているの?」
「例えばだ。オレ達獣人が人間を好んで食らっていると知ったら、ミアはどう思う?」
「それは怖いとか、酷いとかって思うけれども?」
「オレ達獣人は様々な獣をルーツにしているんだ。オレは黒狼をルーツに進化した獣人。ベルは猫が進化した獣人だ。中には豚や牛をルーツに持つ獣人もいる。オレが何を言いたいか分かるか?」
私はハッとなった。確かにそうだ。私達もお猿さんとかを食べることは無い。それと同じことなら、私達が好んで牛や豚を食べていると知られれば大騒ぎになるだろう。
「もしかして、かつて人間と獣人がお互いを忌み嫌い合っていたのって、食文化も影響していたのかな?」
「一理ある。モンスターを好んで食す獣人を人間は嫌悪し、牛や豚を好んで食す人間を獣人達が憎悪する、か。あり得る話だ」
なかなか難しい問題だった。
ルークから教えてもらった双子聖女の伝説によれば、当時の夜の魔王と双子聖女は両国の懸け橋となって必死に友好関係を築こうと尽力していたらしい。政治や宗教の問題以上に食文化によって種族間で諍いが起こっていたならば友好を結ぶどころではないだろう。両種族間を取りまとめようとしていた魔王と双子聖女の苦労は想像に難くなかった。
「ミア、嫌なら無理をしてドラゴンを食べることはない。他にも山菜料理や果物なども用意しているそうだから、そちらを食べてくれ。村人達にはオレから上手く誤魔化しておくから」
「いえ、是非ともご馳走にあずからせていただくわ」
「大丈夫か?」
ちょっと勇気は必要だけれども、私の居場所はもうここだけ。なら、私の方が歩み寄り夜の国を理解するしかない。我がままを言ってこの国の食文化を拒絶することは許されないことだと思った。
それに、自分達と同じものを食べられない者を仲間として、家族として受け入れるとは思えなかった。
「私、もっと夜の国のことを知りたい。なら、ドラゴンの味も覚えておかなくっちゃね」
「そうか」
ルークはそう言って柔和な微笑を口元に浮かべた。その時、ルークのモフモフの黒尾がパタパタ動くのが見えた。
これはきっと、喜びを表しているのね?
また一つルークのことが分かったような気がして、嬉しさのあまり思わず笑みがこぼれた。
「何を笑っている?」
「内緒よ」
これは私だけの秘密。ルークにだけは教えてあげないと心に決めた。
その時、ベルさんが大声で私達を呼ぶ声が聞こえた。
「ルーク様、ミア様! 宴の準備が整いました。どうか主賓席までおいでください!」
「さあ、行きましょう、ルーク。私、お腹ぺこぺこよ。遠慮なく夜の国の名物、ドラゴンの丸焼きを堪能させてもらうわ」
そう言って私はルークに手を差し伸べる。
「ああ、行こう。今日ばかりは宴を楽しむとしようか」
ルークは私の手を取ると、しっかりと握って来る。
私達は手を繋ぎ合い、広場に用意された主賓席に向かった。
今の私とルークのように、いつか獣人と人間が手を取り合う日が来ればいい。
そんなことを想いながら私もルークの手を力強く握り返した。
この日の記憶を私は絶対に忘れない。
例えこの先、私に惨たらしい未来が待ち構えていたとしても、確かに幸福はあったと挫けずに頑張れると思ったから。
この日、私は夜の国に一つの奇跡をもたらした。
それは小さなことだったかもしれないけれども、大いなる希望の一歩だった。
私は絶対に夜の国から全ての瘴気を浄化してみせる。
しかし、それは、これから起こる悲劇の幕開けであることをこの時の私は知る由もなかった。
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