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26話 思い出の地
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街の喧騒の中、私とルークは見つめ合っていた。
ルークの潤いを帯びた真紅の瞳に見つめられた瞬間、私の答えは決まった。
この想いを抑えることは出来ない。まだ出会ったばかりだから、お互いのことをよく知らずに結婚なんて出来ない。最初はそう思った。
けれども、実は最初から私もルークと同じ想いだったのだ。夢で出会い、黒百合の花を渡された瞬間に私の恋は始まっていたんだと思う。彼と触れ合いたい。心を通じ合わせたい。そして、彼に愛されたいって思っていた。心の底では恋人になることを願い、結婚すらしたいと願っていたことに気付いた。いや、正直になれたというのが正解だろうか?
私はルークに保留にしていた答えを告げようと決意する。
「ルーク、私ね……」
その時、私は通行人と接触し、石畳の上に倒れそうになった。
ルークはすかさず私を抱き止め、胸の中に引き寄せた。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっとよろけてしまっただけだから」
「そう言えば喉が渇いたな。飲み物も買って来るからそこで待っていてくれ」
そう言ってルークは近くの露店に向かった。
私はルークの背中に手を伸ばしながらため息を吐いた。
〈自分の気持ちを伝えようとせっかく決心したのに。運命の神様は本当に悪戯ね〉
心の裡で見たこともない運命の女神様に対して毒を吐いていると、私は近くで花売りをしていた獣人の女性に声をかけられた。
女性は全身が白のモフモフの毛に覆われていた。羊の獣人だろうか?
「聖女ミア様、良ければ好きな花を持って行っておくれな」
「いえ、そんな、悪いですよ……!」
「そんなことは言わずに。さあ、見て行っておくれな」
彩の鮮やかな様々なお花がお店には並べられていた。
その中でも私が一番気を引いたのは黒百合の花だった。
「ミア様にはそれはもう必要ないんじゃないかい?」
「それはどういう意味ですか?」
「黒百合は想い人の枕元にそっと置き、相手がそれを受け取れば、二人は永遠に結ばれるという伝説がある花なんだよ。ミア様はもうとっくにルーク様から貰っているんでしょう?」
「あれ? もしかして、あの時のって……⁉」
私の脳裏に、夢でルークが私に黒百合の花を差し出して来た時のことを思い出した。私はそれを受け取り、目が覚めると何故か枕元に黒百合が置かれていた。
その意味を理解してしまった瞬間、私の頬が熱を帯びるのを感じた。
私、もうとっくにルークのプロポーズをOKしていたってことじゃない!
驚愕の真実を知り、私に衝撃が走った。
「ミア、飲み物を買って来たぞ」
私が茫然と立ち尽くしていると、いつの間にか戻っていたルークに声をかけられた。
「ひゃう⁉ る、ルーク、いつからそこに⁉」
「何をそんなに驚いているんだ? つい今しがただが……?」
ルークの顔を見た瞬間、あの時私に捧げて来た求愛の言葉と、今聞いたばかりの黒百合の伝説が同時に頭に過ると、それは一瞬で混ざり合った。
「おや? 顔が赤いな。風邪でも引いたか?」
どれ? と言いながらルークは少し屈むと自分の額を私の額にくっつけて来た。
ルークの吐息とぬくもりを味わいながら、私は更に顔の赤みを濃くさせた。
「熱いな。疲れたのなら無理をせず城に帰ろう。デートはいつでも出来るからな」
「いいえ、大丈夫よ⁉ これは風邪とかじゃないから……!」
すると、花屋の女性が私に一輪の黒百合を手渡して来る。
「どうやらミア様にはこれがまだ必要みたいだね」
花屋の女性は私の耳元に顔を寄せながら小さく囁く。
「プロポーズの返事は、その黒百合を持ったままするのが礼儀だよ。私も若い頃は頬を染めながら黒百合の花を持って旦那に返事をしたもんさ」
彼女は最後に「頑張りなよ、聖女様!」と力強く私の背中を押してくれた。
「なんの話だ?」
訝し気にルークが訊ねて来る。
「いえ、なんでも……! そうそう、私、喉がカラカラなの。飲み物、ありがとうね」
私は誤魔化す様に話題を逸らすと、ルークから飲み物を受け取った。
口の中にクリーミーな味わいと甘さが広がる。
「あら、これ、甘くて美味しいわ」
私はそう言って瞳を輝かせる。
「ヤギの乳に果物の汁を混ぜたものだ。オレの好物でもある」
そう言ってルークは黒尾をパタパタさせながら一口飲んだ。
黒尾をパタつかせながらドリンクに夢中になっているルークの姿を見て、可愛らしいと思ってしまった。
〈戦いの時はあんなにも激しく頼もしい上に、こんな風に子供っぽい一面も見せるなんて。ルークってば、ちょっと可愛いかも〉
「オレの顔に何かついているのか? さっきからニヤニヤしているようだが?」
まずい。どうやら顔に出てしまっていたみたいだ。
「いえ、別に何でもないの。気にしないで?」
すると、ルークは私が持っている黒百合をジッと見つめて来た。
「黒百合がどうかしたの?」
「次に行く場所が決まったぞ」
そう言ってルークはニコッと笑った。
「とっておきの秘密の場所がある。本当は最後に連れて行ってやろうと思っていたんだが気が変わった」
すると、ルークは私の手を取ると「今から行くぞ」と言うと、私の手を引いて歩き始めた。
「何処に連れて行ってくれるの?」
「着いてからのお楽しみだよ」
ルークはまるで子供のような無邪気な笑顔を浮かべながらそう言った。
その時、記憶に残っている獣人の少年とルークの姿が重なる。
今、何か大切なことを思い出しかけたような……?
「さあ、早く行くぞ!」
ルークは急かす様に、そしてとても楽しそうに言いながら私の腕を引いて行った。
「はいはい、分かったからもう少しゆっくり行きましょう」
「善は急げと言うだろう? 早くあの場所をミアに見せたくてうずうずしているんだ」
まるで子供ね。そういうところも魔王らしくなくて可愛いと思った。
それから、私はルークに引かれて街の外にある丘に来ていた。
ここに何があるのかしら? などと思いつつも不思議な感覚が込み上げて来た。
どうしてだろう? 私、この風景に見覚えがある……⁉
これがデジャブというものなのだろうか? いや、見覚えがあるどころか懐かしさすら覚えた。
何か妙だ。でも、嫌な気持ちは全くしなかった。
「着いたぞ」
ルークの声で立ち止まると、私の鼻腔を甘い香りがくすぐる。
目の前には辺り一面に咲き誇る黒百合の姿が広がっていた。黒百合は日差しに照らされキラキラと宝石の様に輝いていて、まるで私達を歓迎するかのように揺れ動いていた。
奥の方に大きな墓標が佇んでいるのが見えた。
「ここは王家の墓地。あそこに佇んでいるのがオレの両親の墓だ」
その時、一陣の風が吹き抜け、無数の黒百合の花びらが舞い散る。
ルークは私に振り返ると、少年のように澄んだ真紅の瞳で私を見つめながら静かに話し始めた。
「ミア、覚えていないか? ここはオレ達があの日、初めて出会った場所だ」
刹那、私の目の前に眩い光が現れると、周囲はたちまち闇夜の世界に包まれた。そして、真夜中の黒百合の花畑の中で見つめ合う幼い獣人の少年と幼い頃の私の姿が見えた。
この幻は、まさか……⁉
記憶が奔流となって私の頭の底から噴き出るような錯覚を味わった。
幻が消えると、そこには獣人の少年が成長した姿があった。
私の頬を熱い涙が伝い落ちるのが分かった。
どうして私、こんな大切な記憶を忘れてしまっていたんだろう⁉
そうして私は呟く。
「あの時の男の子がルークだったの……⁉」
「そうだよ、ミア」
そうしてルークはあの頃の幼い男の子のようにニッコリと微笑むのだった。
ルークの潤いを帯びた真紅の瞳に見つめられた瞬間、私の答えは決まった。
この想いを抑えることは出来ない。まだ出会ったばかりだから、お互いのことをよく知らずに結婚なんて出来ない。最初はそう思った。
けれども、実は最初から私もルークと同じ想いだったのだ。夢で出会い、黒百合の花を渡された瞬間に私の恋は始まっていたんだと思う。彼と触れ合いたい。心を通じ合わせたい。そして、彼に愛されたいって思っていた。心の底では恋人になることを願い、結婚すらしたいと願っていたことに気付いた。いや、正直になれたというのが正解だろうか?
私はルークに保留にしていた答えを告げようと決意する。
「ルーク、私ね……」
その時、私は通行人と接触し、石畳の上に倒れそうになった。
ルークはすかさず私を抱き止め、胸の中に引き寄せた。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっとよろけてしまっただけだから」
「そう言えば喉が渇いたな。飲み物も買って来るからそこで待っていてくれ」
そう言ってルークは近くの露店に向かった。
私はルークの背中に手を伸ばしながらため息を吐いた。
〈自分の気持ちを伝えようとせっかく決心したのに。運命の神様は本当に悪戯ね〉
心の裡で見たこともない運命の女神様に対して毒を吐いていると、私は近くで花売りをしていた獣人の女性に声をかけられた。
女性は全身が白のモフモフの毛に覆われていた。羊の獣人だろうか?
「聖女ミア様、良ければ好きな花を持って行っておくれな」
「いえ、そんな、悪いですよ……!」
「そんなことは言わずに。さあ、見て行っておくれな」
彩の鮮やかな様々なお花がお店には並べられていた。
その中でも私が一番気を引いたのは黒百合の花だった。
「ミア様にはそれはもう必要ないんじゃないかい?」
「それはどういう意味ですか?」
「黒百合は想い人の枕元にそっと置き、相手がそれを受け取れば、二人は永遠に結ばれるという伝説がある花なんだよ。ミア様はもうとっくにルーク様から貰っているんでしょう?」
「あれ? もしかして、あの時のって……⁉」
私の脳裏に、夢でルークが私に黒百合の花を差し出して来た時のことを思い出した。私はそれを受け取り、目が覚めると何故か枕元に黒百合が置かれていた。
その意味を理解してしまった瞬間、私の頬が熱を帯びるのを感じた。
私、もうとっくにルークのプロポーズをOKしていたってことじゃない!
驚愕の真実を知り、私に衝撃が走った。
「ミア、飲み物を買って来たぞ」
私が茫然と立ち尽くしていると、いつの間にか戻っていたルークに声をかけられた。
「ひゃう⁉ る、ルーク、いつからそこに⁉」
「何をそんなに驚いているんだ? つい今しがただが……?」
ルークの顔を見た瞬間、あの時私に捧げて来た求愛の言葉と、今聞いたばかりの黒百合の伝説が同時に頭に過ると、それは一瞬で混ざり合った。
「おや? 顔が赤いな。風邪でも引いたか?」
どれ? と言いながらルークは少し屈むと自分の額を私の額にくっつけて来た。
ルークの吐息とぬくもりを味わいながら、私は更に顔の赤みを濃くさせた。
「熱いな。疲れたのなら無理をせず城に帰ろう。デートはいつでも出来るからな」
「いいえ、大丈夫よ⁉ これは風邪とかじゃないから……!」
すると、花屋の女性が私に一輪の黒百合を手渡して来る。
「どうやらミア様にはこれがまだ必要みたいだね」
花屋の女性は私の耳元に顔を寄せながら小さく囁く。
「プロポーズの返事は、その黒百合を持ったままするのが礼儀だよ。私も若い頃は頬を染めながら黒百合の花を持って旦那に返事をしたもんさ」
彼女は最後に「頑張りなよ、聖女様!」と力強く私の背中を押してくれた。
「なんの話だ?」
訝し気にルークが訊ねて来る。
「いえ、なんでも……! そうそう、私、喉がカラカラなの。飲み物、ありがとうね」
私は誤魔化す様に話題を逸らすと、ルークから飲み物を受け取った。
口の中にクリーミーな味わいと甘さが広がる。
「あら、これ、甘くて美味しいわ」
私はそう言って瞳を輝かせる。
「ヤギの乳に果物の汁を混ぜたものだ。オレの好物でもある」
そう言ってルークは黒尾をパタパタさせながら一口飲んだ。
黒尾をパタつかせながらドリンクに夢中になっているルークの姿を見て、可愛らしいと思ってしまった。
〈戦いの時はあんなにも激しく頼もしい上に、こんな風に子供っぽい一面も見せるなんて。ルークってば、ちょっと可愛いかも〉
「オレの顔に何かついているのか? さっきからニヤニヤしているようだが?」
まずい。どうやら顔に出てしまっていたみたいだ。
「いえ、別に何でもないの。気にしないで?」
すると、ルークは私が持っている黒百合をジッと見つめて来た。
「黒百合がどうかしたの?」
「次に行く場所が決まったぞ」
そう言ってルークはニコッと笑った。
「とっておきの秘密の場所がある。本当は最後に連れて行ってやろうと思っていたんだが気が変わった」
すると、ルークは私の手を取ると「今から行くぞ」と言うと、私の手を引いて歩き始めた。
「何処に連れて行ってくれるの?」
「着いてからのお楽しみだよ」
ルークはまるで子供のような無邪気な笑顔を浮かべながらそう言った。
その時、記憶に残っている獣人の少年とルークの姿が重なる。
今、何か大切なことを思い出しかけたような……?
「さあ、早く行くぞ!」
ルークは急かす様に、そしてとても楽しそうに言いながら私の腕を引いて行った。
「はいはい、分かったからもう少しゆっくり行きましょう」
「善は急げと言うだろう? 早くあの場所をミアに見せたくてうずうずしているんだ」
まるで子供ね。そういうところも魔王らしくなくて可愛いと思った。
それから、私はルークに引かれて街の外にある丘に来ていた。
ここに何があるのかしら? などと思いつつも不思議な感覚が込み上げて来た。
どうしてだろう? 私、この風景に見覚えがある……⁉
これがデジャブというものなのだろうか? いや、見覚えがあるどころか懐かしさすら覚えた。
何か妙だ。でも、嫌な気持ちは全くしなかった。
「着いたぞ」
ルークの声で立ち止まると、私の鼻腔を甘い香りがくすぐる。
目の前には辺り一面に咲き誇る黒百合の姿が広がっていた。黒百合は日差しに照らされキラキラと宝石の様に輝いていて、まるで私達を歓迎するかのように揺れ動いていた。
奥の方に大きな墓標が佇んでいるのが見えた。
「ここは王家の墓地。あそこに佇んでいるのがオレの両親の墓だ」
その時、一陣の風が吹き抜け、無数の黒百合の花びらが舞い散る。
ルークは私に振り返ると、少年のように澄んだ真紅の瞳で私を見つめながら静かに話し始めた。
「ミア、覚えていないか? ここはオレ達があの日、初めて出会った場所だ」
刹那、私の目の前に眩い光が現れると、周囲はたちまち闇夜の世界に包まれた。そして、真夜中の黒百合の花畑の中で見つめ合う幼い獣人の少年と幼い頃の私の姿が見えた。
この幻は、まさか……⁉
記憶が奔流となって私の頭の底から噴き出るような錯覚を味わった。
幻が消えると、そこには獣人の少年が成長した姿があった。
私の頬を熱い涙が伝い落ちるのが分かった。
どうして私、こんな大切な記憶を忘れてしまっていたんだろう⁉
そうして私は呟く。
「あの時の男の子がルークだったの……⁉」
「そうだよ、ミア」
そうしてルークはあの頃の幼い男の子のようにニッコリと微笑むのだった。
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