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雷神の覚醒
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深い闇の中で佇みながら、私は目の前に映る大画面で忌まわしい過去の映像を見ていた。
過呼吸を起こしそうになっても、吐き気をもよおしてもそれを止める術はない。何故なら、動画の再生は映像機器ではなく、私の心の中で再生されているのだから。
そこには幼い頃の私がいた。
恐らくは小学生の頃の自分だ。何故か私は誰かと楽しそうにおしゃべりをしていた。しかし、そこには私以外の誰もいない。まるで見えない何かに、いや、空気や壁にでも話しかけているみたいで自分のことながら気持ちが悪いと心底思ってしまった。
「あ、また双葉ちゃんが独り言を呟いているよ!」
名前と顔の分からないクラスメイトが私を指差しながら叫んだ。
すると、私の周囲に名前と顔の分からないクラスメイト達が現れて、私を一斉に指差しながらこう叫んだ。
「気持ち悪いから、何処かに行って!」と。
私は両手で顔を覆い隠しながらうずくまる。
もう止めて! そんな酷い事言わないで!
心の裡で悲痛な叫びを上げた瞬間、私の心の奥から何かが現れた。狂暴な力が込み上げ、意識が一瞬で遠のいた。
私はゆっくりと立ち上がると険相を浮かべながら名前も顔も分からないクラスメイト達に怒声を張り上げた。
「双葉を虐める奴は儂が許さん!」
私は人が変わったかのように凶悪で狂暴な面相を浮かべると、次々に張り手でクラスメイト達を薙ぎ払っていった。
「雷電丸、もう止めて!」
私は夢の中で叫び、目覚める。
周囲を見回すと、そこは自分の部屋だと気付く。
「またあの頃の夢……勘弁して」深く嘆息しベッドの上でぐったりとする。
窓から朝陽が差し込んできて目をしかめる。耳には小鳥のさえずりが聞こえて来る。普通の人間なら爽やかな朝、という感想を述べるのかもしれないが、生憎と私は普通の人間なんかじゃない。
いつも決まって、私は朝が来た感想をこう述べるのだ。
「憂鬱な今日がまた始まった」と。
早く一日が終わらないかな、と思いながらベッドから起き上がると、鏡に映った自分と目が合った。
「もう、私はあの頃の私じゃない」
私は部屋にある鏡に映る自分を睨みつけながらそう呟いた。
いつもの様に朝食を抜いて私は学校に向かった。
通学路を歩きながら、朝食を断った時の母の残念がる顔が思い浮かんだ。
毎朝、母はちゃんと朝食を用意してくれるのだが、いつも決まって私は食欲がないから、と言って食卓に着くことを拒んだ。
別に両親と顔を合わせたくないわけでも不満があるわけではない。ただ本当に食欲が湧かないのだ。
学校に近づくにつれ、教室に近づくにつれ陰鬱な気分は更に闇を深くしていった。
私は毎日、クラスを仕切っている女子グループから洗礼を受けていた。
教室に入り、私がまずしなくてはならないのは、自分の机の上に置かれた花瓶の移動だった。
花瓶の中にはそこら辺の草むらで摘んで来たような白い花が差されていた。
視線を感じ視線を向けると、そこには数人の女子生徒の姿があった。彼女達はニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべて私の反応を注視していた。
「良かったね、高天さん。今日もお花が綺麗だし」
女子グループのリーダー格の少女、静川のぞみさんはそう言うと、ぎゃはははは! と品の無い笑い声を上げた。取り巻きの娘達も一緒になって笑い声を上げる。
ほんの少し、我慢すればいい。私は自分にそう言い聞かせた。
私は愛想笑いを浮かべると、花瓶を片付ける。
それ以上の反応を示さないでいると、静川さんはつまらなさそうに舌打ちをした。
下手に逆らっても事態を悪化させるだけだし、だからといって無反応なのも相手をつけあがらせるだけ。私に出来ることは必要最低限な範囲であいつらの加虐心を満足させることだけ。
その時、一瞬だけ今朝見た夢がフラッシュバックする。
私の脳裏に鋼の肉体を持った大男の姿が過った。
私には人には言えない秘密がある。
荒唐無稽な内容で、かつての私はそれが普通だと信じて疑わなかった。
あれを二度と目覚めさせてはダメ。じゃないと……。
私の普通は、崩れ去ってしまうだろう。
あれから大した嫌がらせも受けずに、私は無事に放課後を迎えることが出来た。
静川さん達から毎日嫌がらせを受けているものの、直接的な虐めに発展しないのは私が適度な距離を保っているのが一番の理由だろう。
自他ともに認める学園カースト最底辺の存在。それが私こと高天双葉の本質だ。
そんな学園カーストの最底辺で惨めな青春期を過ごしている私にも楽しみがある。
それとは、相撲だ。子供の頃から相撲観戦が好きで今でも趣味にしている。
私は放課後、人目を避けながら毎日通っている場所がある。
それとは、私が通う千鶴高校に存在する相撲部だ。
相撲好きの自分にとって、同じ高校生とはいえ力士達の生の稽古現場を見学することは至上の喜びだった。
今日も隠れ潜みながら稽古現場を覗こうと相撲部の稽古部屋に近づいた時だった。
私は突然、全身に衝撃と冷たさを感じた。溺れる様な感覚を味わった後、自分がずぶ濡れになっていることを知った。
見ると、恐らくは相撲部のマネージャーであろう数人の女子生徒達の姿が見えた。その内の一人がバケツを手にしていた。
「あら、ごめんなさい。手が滑っちゃったわ」
名前も知らない女子生徒達はクスクスと嘲りに満ちた微笑を浮かべていた。
「キモ女が盗み見してんじゃねーよ。キモいのがうつるから消えろや」
「ご、ごめんなさい」
私は慌てて逃げ出した。
背後から嘲笑が響いて来る。
その時の私は、水をかけられた屈辱よりも去り際にあざけ笑われたことなどよりも、しばらくの間は相撲部の稽古を見学が出来なくなったことを何よりも悲しいと思った。
びしょ濡れになった女子高校生が歩いている姿は傍目にはどのように映っているのだろうか。
何があったのか心配してくれるのだろうか?
もしくは、制服で川を泳ぐような変人とでも映っていたのだろうか。
何はともあれ、ずぶ濡れになってトボトボと歩く私の姿は相当シュールに映っていたに違いない。
この世は地獄だ。
私は深く嘆息すると横断歩道の手前で立ち止まる。
消えてしまえばいいのに。
愛想笑いを浮かべる自分の姿がフラッシュバックする。そんな自分が情けなくてたまらなくなり、自分で自分を引き裂いてやりたい衝動に駆られた。
本当に自分が嫌になる。少しは言い返したり怒ったりした方が良かったのかな?
もしそんな蛮勇を実行しようものなら、明日の自分に降りかかる災いは苛烈なものとなり、たちまち学校生活は地獄と化すだろう。
消えることはいつでもできる。でも、その前に、今は可能な限り努力をすべきだと自分に言い聞かせる。
災いを自ら引き寄せる必要はない。ほんの少し我慢すれば、その内私の人生にも一筋の光が差すかもしれないのだから。
そんなことを考えていると横断歩道の信号が青になる。
早く帰って相撲中継を見なくちゃ。
歩き出した瞬間、周囲から悲鳴が上がった。
時間が停止した。
これが走馬灯というやつか、などと思う。
私の視線の先には静止した世界で私に向かって来る暴走トラックの光景が見えた。
一瞬で私は自分の未来を垣間見た。きっとこのまま、私はトラックにはねられて即死するのだろう。
惨めな私にはピッタリの死に方だ。まさか、暴走トラックに撥ねられて死ぬだなんて。でも、あまりにも突然すぎる。私にだってまだやり残したことが沢山ある。
そう思った瞬間、私は心の裡で思いっきり叫んでいた。
〈嫌だ! 私はまだ死にたくない! 大相撲を全場所観覧するという野望を達成するまで、私は死ねないんだ!〉
次の瞬間、私の目の前に、光り輝く謎の人物が現れた。とても懐かしくて切なくも苦しい感情で胸の中が溢れ返った。
それは、まわしに髷を結った大きな体の力士。
あ、あなたは、まさか!?
時間が動き出す。
私は険相を浮かべながら叫んでいた。
「どっこいせーい!!」
私は暴走トラックにぶちかましを仕掛けると、そのままトラックを掴み上げて投げ飛ばしてしまった。
トラックがクラッシュする爆音が響き渡った。
私はそのまま満足した様に蹲踞したまま一礼する。
たちまち私は我に返り恐る恐る自分の手を凝視した。
「ま、まさか、今のって……」
〈久し振りじゃな、双葉。会いたかったぞ!〉
とても懐かしく聞き慣れた男の声が頭の中に直接響いてきた。
「ら、雷電丸⁉ あ、貴方なの⁉」
私の抱えている秘密。それとは、伝説の大横綱と謳われた雷電丸の魂が身体の中に存在していること、であった。
過呼吸を起こしそうになっても、吐き気をもよおしてもそれを止める術はない。何故なら、動画の再生は映像機器ではなく、私の心の中で再生されているのだから。
そこには幼い頃の私がいた。
恐らくは小学生の頃の自分だ。何故か私は誰かと楽しそうにおしゃべりをしていた。しかし、そこには私以外の誰もいない。まるで見えない何かに、いや、空気や壁にでも話しかけているみたいで自分のことながら気持ちが悪いと心底思ってしまった。
「あ、また双葉ちゃんが独り言を呟いているよ!」
名前と顔の分からないクラスメイトが私を指差しながら叫んだ。
すると、私の周囲に名前と顔の分からないクラスメイト達が現れて、私を一斉に指差しながらこう叫んだ。
「気持ち悪いから、何処かに行って!」と。
私は両手で顔を覆い隠しながらうずくまる。
もう止めて! そんな酷い事言わないで!
心の裡で悲痛な叫びを上げた瞬間、私の心の奥から何かが現れた。狂暴な力が込み上げ、意識が一瞬で遠のいた。
私はゆっくりと立ち上がると険相を浮かべながら名前も顔も分からないクラスメイト達に怒声を張り上げた。
「双葉を虐める奴は儂が許さん!」
私は人が変わったかのように凶悪で狂暴な面相を浮かべると、次々に張り手でクラスメイト達を薙ぎ払っていった。
「雷電丸、もう止めて!」
私は夢の中で叫び、目覚める。
周囲を見回すと、そこは自分の部屋だと気付く。
「またあの頃の夢……勘弁して」深く嘆息しベッドの上でぐったりとする。
窓から朝陽が差し込んできて目をしかめる。耳には小鳥のさえずりが聞こえて来る。普通の人間なら爽やかな朝、という感想を述べるのかもしれないが、生憎と私は普通の人間なんかじゃない。
いつも決まって、私は朝が来た感想をこう述べるのだ。
「憂鬱な今日がまた始まった」と。
早く一日が終わらないかな、と思いながらベッドから起き上がると、鏡に映った自分と目が合った。
「もう、私はあの頃の私じゃない」
私は部屋にある鏡に映る自分を睨みつけながらそう呟いた。
いつもの様に朝食を抜いて私は学校に向かった。
通学路を歩きながら、朝食を断った時の母の残念がる顔が思い浮かんだ。
毎朝、母はちゃんと朝食を用意してくれるのだが、いつも決まって私は食欲がないから、と言って食卓に着くことを拒んだ。
別に両親と顔を合わせたくないわけでも不満があるわけではない。ただ本当に食欲が湧かないのだ。
学校に近づくにつれ、教室に近づくにつれ陰鬱な気分は更に闇を深くしていった。
私は毎日、クラスを仕切っている女子グループから洗礼を受けていた。
教室に入り、私がまずしなくてはならないのは、自分の机の上に置かれた花瓶の移動だった。
花瓶の中にはそこら辺の草むらで摘んで来たような白い花が差されていた。
視線を感じ視線を向けると、そこには数人の女子生徒の姿があった。彼女達はニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべて私の反応を注視していた。
「良かったね、高天さん。今日もお花が綺麗だし」
女子グループのリーダー格の少女、静川のぞみさんはそう言うと、ぎゃはははは! と品の無い笑い声を上げた。取り巻きの娘達も一緒になって笑い声を上げる。
ほんの少し、我慢すればいい。私は自分にそう言い聞かせた。
私は愛想笑いを浮かべると、花瓶を片付ける。
それ以上の反応を示さないでいると、静川さんはつまらなさそうに舌打ちをした。
下手に逆らっても事態を悪化させるだけだし、だからといって無反応なのも相手をつけあがらせるだけ。私に出来ることは必要最低限な範囲であいつらの加虐心を満足させることだけ。
その時、一瞬だけ今朝見た夢がフラッシュバックする。
私の脳裏に鋼の肉体を持った大男の姿が過った。
私には人には言えない秘密がある。
荒唐無稽な内容で、かつての私はそれが普通だと信じて疑わなかった。
あれを二度と目覚めさせてはダメ。じゃないと……。
私の普通は、崩れ去ってしまうだろう。
あれから大した嫌がらせも受けずに、私は無事に放課後を迎えることが出来た。
静川さん達から毎日嫌がらせを受けているものの、直接的な虐めに発展しないのは私が適度な距離を保っているのが一番の理由だろう。
自他ともに認める学園カースト最底辺の存在。それが私こと高天双葉の本質だ。
そんな学園カーストの最底辺で惨めな青春期を過ごしている私にも楽しみがある。
それとは、相撲だ。子供の頃から相撲観戦が好きで今でも趣味にしている。
私は放課後、人目を避けながら毎日通っている場所がある。
それとは、私が通う千鶴高校に存在する相撲部だ。
相撲好きの自分にとって、同じ高校生とはいえ力士達の生の稽古現場を見学することは至上の喜びだった。
今日も隠れ潜みながら稽古現場を覗こうと相撲部の稽古部屋に近づいた時だった。
私は突然、全身に衝撃と冷たさを感じた。溺れる様な感覚を味わった後、自分がずぶ濡れになっていることを知った。
見ると、恐らくは相撲部のマネージャーであろう数人の女子生徒達の姿が見えた。その内の一人がバケツを手にしていた。
「あら、ごめんなさい。手が滑っちゃったわ」
名前も知らない女子生徒達はクスクスと嘲りに満ちた微笑を浮かべていた。
「キモ女が盗み見してんじゃねーよ。キモいのがうつるから消えろや」
「ご、ごめんなさい」
私は慌てて逃げ出した。
背後から嘲笑が響いて来る。
その時の私は、水をかけられた屈辱よりも去り際にあざけ笑われたことなどよりも、しばらくの間は相撲部の稽古を見学が出来なくなったことを何よりも悲しいと思った。
びしょ濡れになった女子高校生が歩いている姿は傍目にはどのように映っているのだろうか。
何があったのか心配してくれるのだろうか?
もしくは、制服で川を泳ぐような変人とでも映っていたのだろうか。
何はともあれ、ずぶ濡れになってトボトボと歩く私の姿は相当シュールに映っていたに違いない。
この世は地獄だ。
私は深く嘆息すると横断歩道の手前で立ち止まる。
消えてしまえばいいのに。
愛想笑いを浮かべる自分の姿がフラッシュバックする。そんな自分が情けなくてたまらなくなり、自分で自分を引き裂いてやりたい衝動に駆られた。
本当に自分が嫌になる。少しは言い返したり怒ったりした方が良かったのかな?
もしそんな蛮勇を実行しようものなら、明日の自分に降りかかる災いは苛烈なものとなり、たちまち学校生活は地獄と化すだろう。
消えることはいつでもできる。でも、その前に、今は可能な限り努力をすべきだと自分に言い聞かせる。
災いを自ら引き寄せる必要はない。ほんの少し我慢すれば、その内私の人生にも一筋の光が差すかもしれないのだから。
そんなことを考えていると横断歩道の信号が青になる。
早く帰って相撲中継を見なくちゃ。
歩き出した瞬間、周囲から悲鳴が上がった。
時間が停止した。
これが走馬灯というやつか、などと思う。
私の視線の先には静止した世界で私に向かって来る暴走トラックの光景が見えた。
一瞬で私は自分の未来を垣間見た。きっとこのまま、私はトラックにはねられて即死するのだろう。
惨めな私にはピッタリの死に方だ。まさか、暴走トラックに撥ねられて死ぬだなんて。でも、あまりにも突然すぎる。私にだってまだやり残したことが沢山ある。
そう思った瞬間、私は心の裡で思いっきり叫んでいた。
〈嫌だ! 私はまだ死にたくない! 大相撲を全場所観覧するという野望を達成するまで、私は死ねないんだ!〉
次の瞬間、私の目の前に、光り輝く謎の人物が現れた。とても懐かしくて切なくも苦しい感情で胸の中が溢れ返った。
それは、まわしに髷を結った大きな体の力士。
あ、あなたは、まさか!?
時間が動き出す。
私は険相を浮かべながら叫んでいた。
「どっこいせーい!!」
私は暴走トラックにぶちかましを仕掛けると、そのままトラックを掴み上げて投げ飛ばしてしまった。
トラックがクラッシュする爆音が響き渡った。
私はそのまま満足した様に蹲踞したまま一礼する。
たちまち私は我に返り恐る恐る自分の手を凝視した。
「ま、まさか、今のって……」
〈久し振りじゃな、双葉。会いたかったぞ!〉
とても懐かしく聞き慣れた男の声が頭の中に直接響いてきた。
「ら、雷電丸⁉ あ、貴方なの⁉」
私の抱えている秘密。それとは、伝説の大横綱と謳われた雷電丸の魂が身体の中に存在していること、であった。
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