女将ちゃん、ごっつあんです! ~伝説の大横綱、女子高校生に転生す~

ぱいん

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憤怒

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 私は深い深い闇の世界で佇んでいた。

 そして、昨日見た夢の様に、目の前にはモニター画面が映っていて目を背けたくなるような映像が映し出されている。

 ただし、それは昨日のような忌まわしい過去の映像ではない。間違いなくライブ中継されている映像だった。

 その内容とはこれだ。もう一人の私が食卓で朝食を爆食いしている光景だった。

 どんぶり飯を片手にもう一人の私は吸い込む様にテーブルに並べられた料理を平らげている。

 しばらくして全ての料理を食べ尽くした後、満足げに両手を合わせた。

「ごっちゃんでした、お母さん」もう一人の私は満足気な笑みを浮かべながら呟く。

「双葉、すごい食欲だな。成長期か?」

 お父さんは狼狽したような表情でもう一人の私を凝視しながら呟いた。

「いえいえ、お父さん。こんなの、ほんのつまみ食い程度ですよ。あ、お母さん。夜はこの倍の量を用意していただけると助かります」

「了解よ。お母さん、腕を振るっちゃうわね」とお母さんは嬉しそうにガッツポーズを取る。

「それでは、寺子屋に行って参ります」

 もう一人の私は二人に一礼すると、そのまま食卓を出て行った。

「まさか、相撲取りにでもなるつもりか、あいつ?」

 と、背後からお父さんの呟きが聞えて来るが、私はそんなわけないでしょう⁉ と叫んだ。

 しかし、私の叫びは誰にも聞こえはしない。いや、正確には一人だけ私の声が届いているはずだ。

 それこそがもう一人の私こと『雷電丸』だ。

 現在、私の身体の所有権は彼のものになっていて、私は精神世界で彼の見ている世界をモニター越しに眺めている様な状態になっていた。

 食事の後、私は鞄を持って学校に向かって通学路を歩いている。

『信じられない! あんなに食べるだなんて!?』

 現在、私の身体の支配権は雷電丸のものになっている。私は精神世界から彼に話しかけていた。

「毎朝、あれくらいは食べんと強い力士にはなれんのじゃ。この身体はひ弱すぎる。ワシが強い身体にしてやると言うんじゃ。ありがたく思え」と言いながら爪楊枝で歯の間を掃除する。

『それは私の身体なのよ!? 絶対に乱暴に扱わないで。あと、私、ダイエット中なのよおおぉぉぉ!?』

 改めて状況整理をしておこう。

 現在、私の身体を乗っ取っている男の名は雷電丸。かつて史上最強の大横綱と呼ばれた力士、なのらしい。

 別人の魂が私の体の中に入っている。それが普通だと思っていた時期があった。

 彼との付き合いは長い。私が物心ついた時には、既に友人だった。常に私の中にいて話しかけて来る。

 しかし、とある事件を最後に彼は私の前から姿を消した。

 いや、そうではない。私が彼を拒絶し、心の奥深くに閉じ込めてしまったのだ。

 私の脳裏に、前日の記憶が過った。

 昨日、私がトラックにはねられそうになった時、雷電丸が蘇り私の身体の支配権を奪い取った。そして、迫りくるトラックを投げ飛ばし私は一命をとりとめたのだ。

『雷電丸、今頃になってどうして現れたの⁉』

 私は助けてもらったお礼を言い忘れ、責める様に雷電丸を問い詰めた。あの時の私は死に直面した恐怖と焦りにより相当動揺していた。 

「双葉の悲鳴が聞こえ、慌てて起きた時にはもう鉄の猪トラックを投げ飛ばした後じゃった」

『それって、つまり。私のピンチに助けに現れてくれたってこと?』

「当たり前じゃろ。だってお主はワシの友じゃからな」そう言って雷電丸は無邪気な笑みを満面に浮かべる。

 雷電丸の笑顔、正確には私の身体を使って笑っているだけだが、彼の笑顔を見て私の胸はときめいた。

 残念ながらそれは男女の情愛からくるときめきではない。親友との再会を喜んでのものだ。

『ありがとう、雷電丸。そして、お帰りなさい』

 彼の笑顔と声を聞いて、ようやく私は落ち着きを取り戻すことが出来た。

「ああ、ただいま。また会えて嬉しいぞ、双葉!」

 屈託のない雷電丸の笑顔を見て私の胸の中は旧友に再会できた懐かしさと喜びで満たされた。
 
 と、昨日の出来事を思い出したところで、私は重要な問題を思い出した。 

『ところで、本当に夜には身体を返してくれるんでしょうね!?』

「心配すな。どうやら力を使い切らないと元に戻れないらしい。子供の時とは違うみたいじゃ」

 子供の頃、私は時々、雷電丸にお願いされると身体を貸してあげていた。それがあんな事件を引き起こすことになるだなんて。

「まだあの時のこと、怒っているのかの?」

『当たり前でしょ⁉ あんなことをしでかしておいて、あの後、大変だったんだからね⁉』

「張り手の一発や二発ごときで壊れるあ奴らが悪い」

『お願いだから、揉め事だけは起こさないでよね!?』

「分かった、分かった。大人しくしておるよ」

 学校に到着して教室に行くと、いつも通り、私の机の上には花瓶が置かれていた。

 いつもの見慣れた光景だが、私の心は焦っていた。何故なら、今、私の身体を動かしているのは雷電丸なのだから。

 雷電丸はポリポリと頬を掻く。

 彼が何かしでかす前に早く花瓶をどかしてもらわなければならない。

「双葉よ。この花瓶は何故置かれているのだ?」首を傾げながら訊ねて来る。

『何でもいいでしょ? さっさと花瓶を片付けて」

「いんや。そういうわけにもいくまい。毎朝、お主は花瓶を片付ける時がいつも辛そうじゃったからな。流石に気になるわい」

『見ていたの?』

「違う。感じていただけじゃ。お主の悲鳴が上がるのをな。いいから話せ。この花瓶は何のために置かれているんじゃ?」

 私は事情を話そうか迷いつつも、下手な誤魔化しは彼には通じないことをよく知っていた。何も考えていないように見えて、実は相当勘が鋭いのだ。ここは隠すよりも素直に事情を打ち明けておいた方が無難だと判断し、私は彼に囁いた。

 私、実は虐められているのよ、と。情けない姿を彼には見せたくはなかったが、暴れられるよりは遥かにましだろう。

「ほうか。そんな意味があったんじゃな」雷電丸は笑顔で呟くも額に青筋が浮かび上がっていた。

 あれ? もしかして雷電丸、怒っている? ちょっと嫌な予感しかしないんですけれども?

 私の予感は的中したみたいで、雷電丸は静川さん達のグループに振り向いた。
 
『ちょ、待って、雷電丸⁉ な、何をするつもり⁉」

 視線の先に、眉をしかめて不機嫌そうな静川さんの姿があった。

 雷電丸は私の声を無視して静川さんを睨みつけた。

「おい、陰キャ、こっちを見るなし。キモいんですけれども?」

 そして、雷電丸は無言のまま静川さんの前に歩いて行くと、そのまま張り手で静川さんの頬に張り手をぶちかました。

「ふんぎゃあああ⁉」と静川さんは黒板まで吹っ飛ばされて激しい衝突音を響かせた。

「高天、あんた、何を……⁉」と静川さんの取り巻きの女子たちは唖然とした声を張り上げる。

「貴様等も吹き飛べ!」

 雷電丸は叫ぶと、私を虐めていたグループの女子達を次々と張り手で薙ぎ払って行った。

 教室内に悲鳴が木霊する。

 たちまち教室内と私の心は騒然となった。

『雷電丸、あんた、何してくれちゃってるんですか⁉』

 しかし、私の絶叫は猛った雷電丸の耳には届かなかった。

「次、こんなふざけた真似をした奴は、鉄砲柱にくくりつけて柱稽古の的にしてやるからな。覚えておけい!!!」

 雷電丸の気迫に誰もが蒼白して絶句していた。

『大人しくするの、一分ともたなかった⁉』と、私の悲鳴が精神世界に空しく木霊するのだった。
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