女将ちゃん、ごっつあんです! ~伝説の大横綱、女子高校生に転生す~

ぱいん

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報復

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 静川のぞみさんを含めた彼女達のグループ全員が雷電丸に張り手をかまされてから、教室は騒然となった。

 一応、雷電丸は手加減をしたと言っていたが、それでもトラックを投げ飛ばすほどの膂力を持つ彼の張り手を喰らわされて無事であるはずもない。意識を失った彼女達は全員、保健室に運ばれていった。

 これで私の高校生活も終わったわ、と諦めきっていたのだが、その後に来た教師に事情を説明するクラスメイトは皆無であり誰もが口をつぐんでいた。

 まあ、騒ぎの事情を説明したところで、学園カースト最底辺と自他ともに認める私が彼女達を張り手で薙ぎ払い気絶させたなどという荒唐無稽の話を信じる者は皆無だろう。

 おかげで退学の危機は去ったが、それでも問題は山積している。静川さん達がやられっぱなしなわけがない。この後に起こるであろう報復のことを考えるだけで私の胃はキリキリと痛んだ。

『疲れた……私、これからどうやって生きて行けばいいの?』

「だらしがないのう。ワシはまだ暴れたりてはおらんぞ。ガハハハハ!」

『だから! 暴れるなって言ったでしょうが!?』

 しかし、そんな大騒動が起こっても、その後の受業はつつがなく行われた。朝の一件など誰も気にした様子もなく、午後の受業も終わり、間もなく学校での一日が終了しつつあった。

 休み時間になってもクラスメイト達は私のことなど気に留める様子もなく、噂話の1つも私の耳に入っては来ない。私を恐れて近寄ろうとしない、わけではなく、それが通常運行であったからだ。

 変化があるとすれば、クラスのボス的存在であった静川グループがいなくなったことで、多少空気が清浄されて息苦しさがなくなったことくらいだろうか。皆、友人関係にないクラスメイトの動向など気にも留める様子もないみたいだ。自分に被害さえ及ばなければどうでもいいのだろう。

 おかげで助かったが、それはそれで切ない気持ちになった。誰も私に微塵も関心を持っていないことを再認識してしまったからだ。

 明日のことを思うだけで憂鬱な気持ちになったが、今日はそのまま帰宅しようと教室を出る。

 しかし、災いが明日来るという予想が大分甘かったことを私は思い知る。

 教室を出たところで、私は現在、最も会いたくない人物と遭遇してしまった。

 目の前に頬にガーゼを張り付けた小柄な少女━━静川のぞみさんが私を待ち構えていたのだ。

「おい、キモ女。ちょっと面貸せよ」静川さんは殺気立った面立ちでこちらに来るように片手で合図をする。

「あん? お主、誰じゃ?」雷電丸は首を傾げながら呟いた。そこに演技をしている様な素振りは微塵も感じられなかった。

 こいつ、マジですか? 今朝、自分が叩きのめした相手をもう忘れちゃったわけ⁉

『今朝、あなたが張り手で叩きのめした静川のぞみさんでしょうが!?』

 私がすかさず指摘すると、雷電丸は逡巡の後、ぽんと手を叩いてガハハハハ! と笑い出した。

「おうおう、そうか、すまんのう。ワシ、コバエの顔なんざ皆同じに見えるもんじゃから、忘れてしまっておったわ」

「なにをブツブツと一人芝居してんのよ。いいから来いっての」

 苛立ちを露わにしながら、静川さんは雷電丸の腕、正確には私の腕を掴んで歩き始めた。

「ああ、分かった、分かった。モテる男は辛いのう」

 雷電丸は豪快に笑いながらそのまま静川さんに連れられて歩き始めた。

 一方の私といえば、精神世界でこれから行われるであろう報復に恐怖し、今にも意識を失いそうになっていた。

 私達はそのまま体育館の裏側に連れて行かれた。

 そこには静川さんのグループが待ち構えていて、きっと私は彼女達からリンチを受けるのだろう、と思っていたのだが、事態は想像を遥に超えるほど絶望的だった。

 そこにいたのは見慣れた女子達ではなく、見たこともない不良系のオラついた男子グループであったのだ。

 あひいいいいいいい⁉ 私ごときに怖い先輩達を招集したっての⁉ これから行われるのは報復のリンチなんかじゃない。歴然とした公開処刑だ。

 完全に終わった。学校生活もろとも、私の人生は終了した模様です。

「こいつが例のキモ女か?」金髪の男子生徒ヤンキーがにやつきながら静川さんに話しかける。

「うん、そう。やっちゃってよ。私、こいつに酷い目にあわされたんだから」

 静川さんは金髪の男子生徒ヤンキーに寄り添いながら私を睨みつけて来た。

「なんじゃ。逢引きじゃのうて報復か。しかも他力本願とは情けないのう。訂正しよう。お主はコバエじゃのうて蛆虫野郎じゃ」

「ふん、強がっていられるのも今の内だし。先輩、あのキモ女をやっちゃって。最悪殺しちゃっても大丈夫だし。私のお友達に市議をしているパパさんがいるから、いくらでももみ消せるからね」

「なら遠慮なくぶち殺してやるぜ」

 金髪の男子生徒ヤンキーが合図をすると、その他大勢のヤンキー達が私達を取り囲んだ。

『あわわわわ⁉ 土下座したら許してもらえるかしら?』

「双葉よ、案ずるな。お前のことは儂が守ってやる。この命を賭してでもな⁉」

 雷電丸……と、私は胸が熱くなった。何故ならば……。

『だから! それは私の身体なの! 貴方が死んだら、私も同時にお陀仏になっちゃうのよ⁉』

 胸に込み上げた熱の正体は雷電丸に対する怒りであった。いくら感動的な台詞を並べられても、雷電丸の死はそのまま私の死に直結するのだ。たまに忘れてしまうことがあるが、今、現実的な生命の危機に瀕しているのは間違いなく私の本体なのだ。

「またキモ女がブツブツと独り言をほざいているし。マジキモいし」静川さんは汚物でも見るかのように蔑んだ眼差しを私に向けて呟いた。

 すると、雷電丸は周囲を見回すと、つまらなさそうに嘆息する。

「ふむ。ちと物足りないが、まあいい。少し遊んでやろうか」

 雷電丸はそう呟きながら、自分を中心に足で地面に大きな円を描く。それはまるで土俵のように見えた。
 
「かかってこんかい、蛆虫どもめらが!!」

 雷電丸は円の中心で四股を踏み、威嚇の怒声を張り上げる。その時、小さな地震が起きたかのような震動が響いた。

 雷電丸の怒声に不良たちは身体を震わせる。まるで彼の底知れぬ力を肌で感じ、恐れを抱いているかのように見えた。。

「お前ら、ビビってんじゃねえ! かかれ!」

 金髪の男子生徒ヤンキーが号令をかけると、その他のヤンキー達が一斉に雷電丸に襲いかかってきた。

 殺される! と私が恐怖で目を背けようとした瞬間、信じられない光景が飛び込んで来た。

 バチン! と乾いた音が響き渡った。そして、ヤンキーの一人がまるで鳥が飛ぶかのように空を舞い、落下して近くの木の枝に引っかかる様にぶら下がった。

 突然の事態に、その場にいた誰もが戦慄して立ち止まっていた。

「おっと、力の加減を間違ってしまったの。危うく富士山まで吹き飛ばしてしまうところじゃったわい」

『あの、雷電丸? ここは北海道よ?』と、私は思わず突っ込みを入れてしまった。

「さあ、面倒じゃからまとめてかかって来い。大丈夫、今度は優しく投げ飛ばしてやるからの」ボキボキと拳を鳴らす。

「う、う、うわあああああああ!!」

 ヤンキー達は怯えた表情で一斉に雷電丸に襲いかかった。彼等は明らかに怯えていたが、本能が危機を察して思わず反撃に出てしまった感じだった。

 そんな怯え切った彼等を雷電丸は次々と優しく叩きのめして行った。

 ヤンキーの身体は宙を舞い、次々と地面に落下していった。瞬く間に辺り一面はヤンキーの屍で埋め尽くされる。

 そして、あっという間にリーダー格の金髪の男子生徒ヤンキー一人を残すのみとなった。
 
「お主でしまいか? なら、特別じゃ。稽古をつけてやろう。ぶちかましで来んかい!!!」

「う、うわああぁぁ⁉」金髪の男子生徒ヤンキーは絶叫しながらバットで雷電丸に殴りかかる。

 バットが雷電丸の頭に直撃し、鈍い音が響き渡る。
 金髪の男子生徒ヤンキーは勝利を確信しニヤッと笑うも、その顔が絶望に塗れた。
 破壊されたのは雷電丸の頭蓋ではなく叩いたバットの方だった。木製のバットはミシミシと音を立てて砕け散った。

「道具を使ってこの程度とは片腹痛い。フンドシ持ちから出直して来んかい!!」

 雷電丸は金髪の男子生徒ヤンキーの腰を掴み上げると、そのまま地面に投げ伏せた。

 金髪の男子生徒ヤンキーは悲鳴を上げる間もなく地面に叩きつけられ、そのまま大の字になって地面に転がっていた。口からは泡を噴き完全に意識を失っている様子だった。

 決まり手は腰投げ。ここまで見事な腰投げを私は初めて見た。あまりの感動に私は身体が打ち震えるのが分かった。先程まで抱いていた恐怖心は何処かに吹き飛んでしまっていた。

「ごっちゃんです」蹲踞そんきょしたまま一礼する。

 すると、雷電丸は近くで腰を抜かして顔を蒼白させている静川さんに気付いた。

「まだ後片付けが残っておったの」

 雷電丸はる静川さんにに近寄ると、グッと胸ぐらを掴み上げて強引に立たせた。

「や、止め……こ、殺さないで……!」静川さんの顔が恐怖に凍てつく。

『雷電丸! もう止めてあげて。彼女、怖がっているわ』

 しかし、雷電丸は私の言葉を無視するかのように片手を上げた。

 静川さんの怯えた悲鳴が小さく響き渡る。

 そして、雷電丸は軽く静川さんの頬を撫でるように叩いた。

「痛みを知らん奴は一生クズのままじゃ。覚えておけ」

 雷電丸はそう言うと、優しく静川さんを下に降ろしてやった。

『雷電丸、貴方、実は優しかったのね?』

「怯えた猫を虐める趣味はないでの」

 私は今朝、静川さん達を情け容赦なく叩きのめしたことを思い出したが、あえて突っ込まないことにした。

 その時、私はふと静川さんに目線を移す。何故か彼女は頬を紅潮させ、うっとりとした表情で私を、正確には雷電丸を見つめていた。

 その時の私は、静川さんってば具合でも悪くなったのかな? と、ちょっと心配になってしまった。

 多分大丈夫よね。それよりも、心配なのは雷電丸に薙ぎ払われたヤンキー達の方だった。

『雷電丸、まさかこの人達、死んでないわよね?』

「案ずるな、双葉よ。儂の相撲は人を殺めん。だが、もし間違いが起こったとしても、その時はその時じゃ!」そう言って、雷電丸はガハハハハ! と豪快に笑った。

 私はその時になって、ようやく事態の深刻さを実感した。
 
『静川さんだけじゃなくって、上級生の怖い人たちまで叩きのめすだなんて……私、これで終わっちゃったわ』
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