浮気の境界線

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 なんてリテラシーの低い子なのだろう。今のこの時代、おれがこの動画をSNSにでも投稿すれば世界中に自分の小便動画が配信されるというのに、そんなこと危惧すらしていないかのような反応を示す男の子を見て思う。
「その動画で何するんですか?」
「ん、たまに観返す」
「何するつもりですか?」
 聞かれて、きっとこう言ってほしいのだろうという言葉を口にする。
「オナニーのおかずにさせてもらうね」
 彼はおれの発言に満足したのか、えー変態ですねえ、とキスをせがんできた。舌を絡めるように、唾液を交換するように熱い口づけ。大学生だというこの子は一体どんな大学に通っているのだろう。全入時代といわれる今、名門と呼ばれる大学以外は案外容易く入学することができると聞く。大学でもアプリを使って同じゲイに出会い、強引にやられたりしているのだろうか。
「そろそろ出よう」
 やんわりとキスを押しのけながら帰り支度をする提案をしてみる。
「はい」
「帰りも送ってくよ。最初待ち合わせしたコンビニでいい?」
「ありがとうございます」
 床に転がっていたボクサーパンツを拾って履く。すぐ横に彼の着ていた服が落ちていたので渡しながら、
「ちょっと最後に一本、タバコ吸っていい?」
「あ、タバコ吸うんですね。いいですよ」
「吸う?」
「吸わないです」
「そっか、ごめんね、一本だけ」
 おれは椅子に座り、ズボンのポケットからタバコとライターを取り出して火を点ける。深く吸い込んでから細く長い煙を吐き出すと、身体の力が抜けて頭がぼうっとする。
「タバコの煙で輪っか作れますか?」
 タバコが珍しいのかしげしげとこちらを見ながら彼は聞いてきた。
「若いときに何度か挑戦してみたんだけどね、おれできないんだよ」
「そうなんですね」
「あれ案外難しいんだよ」
 おれの隣に腰を下ろした彼はテーブルの上に置きっ放しになっているタバコを持ち上げ、
「これ美味しいんですか」
「んー、美味しいときと不味いときがある」
「どういうことです?」
「気分次第ってこと」
「今は?」
「美味しいよ」
 彼はそのままおれの肩に頭を載せてきた。
「少し眠くなってきました」
「家で寝なよ」
「ちょっとだけ寝ちゃ駄目ですか」
「駄目です。さ、帰るよ」
 強引に立ち上がってホテルの会計を済ませ、ぐずる男の子を車へと誘導する。
「…また会ってくれますか」
「そうだね、また都合が合えば」
 シートベルトを締めながらおれは答える。
「また会いたいです」
「会って何したい?」
「今日みたいなこと」
「今日みたいなことって」
「…掘ってください」
「掘るだけでいいの?」
「…意地悪ですね」
「そんなことないよ」
「たくさんキスもしてください」
 シフトレバーに置いたおれの左手に彼の右手が重なる。たった数時間、ちょっとセックスしただけであたかも恋人同士のように振る舞おうとする男の子に嫌気がした。
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