浮気の境界線

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「なかなか抜け出せそうにないですね」
「そうだね」
 おれは助手席で能天気に外の景色を眺めている男の子を横目でちらりと見た。自分も昔あった、年上の人とドライブに行って渋滞に捕まったことを思い出す。確かに助手席に座っているだけだと車が動かないことへの苛立ちや早く帰りたいという焦りは何も感じないものなのだろう。
 スマホから流れる陽気な音楽だけが車内の空間を埋めている。
「大学はどこ行ってるの?」
 言った後で、あまりにプライベートな質問すぎただろうかと思った。しかしこの場の空気がそろそろ音楽だけでは持ちそうになかったのだから仕方ない。
 おれの心配を他所に、彼は、
「ここからだと少し距離あるんですが、〇〇大学に通ってます」
 この地域ではかなり有名な大学名を口にした。
「結構有名なところ通ってるんだね」
「名前だけは有名ですね。けど入ってみると結構馬鹿な子多いですよ」
「大学受験頑張ったんだね」
「はい、ぼく広島の、広島の中でも更に田舎出身なんですけど、ずっと閉鎖された地域で暮らしていくのが嫌で、頑張って高校3年間勉強しました。田舎独特の、その地域に住んでいる人のことならどこの誰がどうしているのかほとんど筒抜けな暮らしに馴染めなかったんです」
 自分の実家もそこまで田舎ではないが、どこの大学に行くだとか、どこに就職するだとか、そういったプライベートなことをご近所さん達と喋る母親に辟易したことを思い出した。
「ほら、ぼく、ゲイなんで、周りの友達とか幼馴染が学校で異性と付き合ってデートしたっていう話題で持ちきりなときに、クラスでたった一人だけ孤立してしまったんです。その頃は同じ性的マイノリティの人たちとの出会い方なんて知らなかったし、当たり前のように異性に恋して当たり前のように付き合って、それが誰も不自然だとは思わない生活を強いられていて、このまま自分を押し殺して生きていく選択ができなかったんです。だから親には高校入学したときから県外の大学に進学したいって伝えてて、そしたらこの地域でも名前の通っている大学じゃないと許さないって言われ、そんなの選択肢がかなり狭められて、もう必死で勉強しました。ぼくの高校生活は勉強して勉強して、勉強以外にほとんど記憶がないくらいなんです」
 窓の外を眺めながら話し終えた彼は、ふふっと思い出したように笑ってこっちを向いた。
「都会ってすごいですよね。こんなにたくさん人がいて、ぼくたちみたいなLGBTの人にも簡単に会えて、夢の中にいるみたいです」
 田舎から出てきた純粋な少年を犯す汚い大人のおれ、という縮図が思い浮かんだ。スマホが震えて画面を確認すると彼氏から明日はよく行く近所のインドカレー屋でお昼ご飯を食べたいというメッセージが送られてきていた。
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