潜魔窟物語

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第八章『二つの村』

第五十八話『ウト村の反論』

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 ハーシマの提案で、近くの川から水を汲み女神像や祭壇を清めてから、三人はウト村に向かった。

 ラス村の証言がアテにならないこと、女神像の荒れ果てた現状を考えると、日暮れ前までにウト村まで到着していないと安全に進めるとは思えなかった。

 しかし、その予想はおおいに外れた。
 ウト村に近づくにつれ、道路はどんどん綺麗に整備されていき、ウト村まで伸びる階段にはところどころ街灯が設置されているほどだった。

「ラス村とは大違いだな」
 ナシャが石畳の階段を眺めながら、ラス村の階段との違いをしみじみ感じていた。
 ハーシマもコクコクと頷いた。

「でも、おかしくねぇか?」
 ゆっくりと音もなく階段を登るウルが疑問を口にした。

「確かに道は整備されているが、あくまでこの辺のことであって、女神像の辺りは見た通り。ここの連中も女神像には行っていないのは間違いないよな」
「た、確かにそうですね」
「だが、この道を見れば、何かしらの目的があって整備していることになる。それを確かめよう」

 ハーシマが息切れし始めたころに階段を登り切り、三人の前にウト村の牧歌的な景色が広がった。
 丘陵地に様々な畑が入り交じり、パッチワークのような美しいものだ。
 少し離れた場所には幾つもの風車が建てられていて、農村地の趣を醸し出している。

 村は、川沿いの街道に並ぶようにして建物が林立し、奥には噴水を中心に据えた広場があった。

 広場の入口近くにある『山鳩亭』を宿に定め荷物を置くと、三人は、広場を挟んで宿の反対側にある『山恵』という酒場に入った。

 中は、仕事を終えたであろう牧夫で賑わっていた。
 給仕の案内で奥まった席に案内され、ナシャは果実酒、ウルとハーシマは黒豆茶を注文して喉を潤した。

 山鳥の香草焼きや野菜をふんだんに使ったスープが食卓に並んだところで、一人の男が声をかけてきた。
 50代ほどと見られ、頭は綺麗に禿げ上がって艶やかだった。

「お前たち、どっから来た?」
 ニヤニヤと笑いながらハーシマの横に座り、ハーシマの手を握った。
 ナシャの厳しい視線にも気付かずハーシマに笑いかける様子をみるに、どうやらすっかり酔っ払っているらしい。

「あんたたち、どこからきた?」
 ハーシマの手を撫でながら男が愛想よく話し始めた。

「元はウェスセスだがラス村からこっちに来たんだ。悪ぃがウチのねぇちゃんが困ってるから手を離してくれや」
 酔っ払いが気分を害すると面倒であることを知っているウルが、さりげなくハーシマに助け舟を出した。

「いやぁめんこいねぇ。俺の嫁を質に入れてあんたを迎えたいわ!」
 何がそんなに面白いのかわからないが、男は高笑いした。

「すまんが、渓谷の女神像について、何か知らぬか?」
 これ以上酔いが回られると情報収集もままならないと考えたナシャが要件を伝えた。

「あぁ、ラス村から来たんだったら話は聞いてるんだろうけど、あいつら嘘ついてるから信じるなよ。実はな……」
 男の目つきがやや鋭くなり、ウト村に伝わる話をし始めた。

 男の話はこうだった。

 ラス村で伝わっている話のとおり、昔、ラス村とウト村に悲惨な出来事はあったらしい。
 海が赤く染まり、魚が死んでいったこと。
 虫が大量に発生し、農作物を食い尽くしてしまったこと。
 それぞれの村人は女神像に祈りを捧げ、災厄から救われたこと。

 ただし、ここからが違った。

「あいつら、こっそり女神像を清めに行っているとか言ってたろ?でも、そんなことしてねぇんだよ」
 男が食卓を叩き、料理が揺れた。
「ウト村の連中は何もしてないと言ってたが、それはどうなんだ?」
「おまえらが見たかどうか知らんが、女神像は新しく俺たちが作ったんだよ。あいつ等には任せてられねぇからな」
 男は憤然としていた。

 どうやら、ナシャたちが見た女神像は別のもので、現在は別の所に建立されていて、そこまでの道を改めてウト村で整備したらしい。

「あ、明日でも、わ、私たちも見させてもらっていいですか?」
「本当ならよそ者は歓迎しねぇけど、ねぇちゃんみたいな別嬪さんなら話は別だ」
 男はニヤケ顔でハーシマの太ももを撫でようとしたが、さりげなくナシャが間に入ってそれを防いだ。


 男から新たな女神像までの道のりを聞き、食事を終えてから三人は宿に戻った。

「明日、さっそく向かってみよう」
「そ、そうですね」
 ナシャの提案にハーシマが頷いたが、ウルだけは浮かない顔をして考え込んでいる様子だった。

「ウル殿は反対か?それとも別の気になることがあるのか?」
 ナシャの声掛けにようやく顔を上げたウル。

「おれ、普段、ねぇちゃんに対してあぁなのか?」
 妙に神妙な面持ちだ。

「お、お尻を触るのは、やっぱりちょっと嫌です……」
 ハーシマが顔を赤らめた。

「そ、そうか……」
 コミュニケーションの一部だと思っていた行為が、客観的な視点で見るとひどい行為であったことに気付き、ウルは一人反省することになった。
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