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第八章『二つの村』
第六十話『ウト村の嘘』
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「ん……」
ゆっくりと揺られる感覚で、ハーシマは目を覚ました。
意識がはっきりしていき、今、ナシャに背負われていることに気づいた。
鍛え上げられた逞しい背中の感触と漂う汗の匂いに、ナシャへ異性を感じ、たちまち顔が赤くした。
「あ、あの、す、すみません、降ります!」
急に恥ずかしくなったハーシマは、慌てて声をあげた。
「目覚めたか。無事で良かった」
無事を知り安堵するナシャの笑顔を、ハーシマは何故か見ることができなかった。
やけに胸の鼓動が大きく感じた。
「ねぇちゃん、大丈夫か? 倒れる前のこと覚えてるか?」
気遣うように肩に手を添えるウルの声で、ハーシマは自分の身に起きたことを思い出した。
突然目の前が真っ白になり、遠のく意識の奥に、慈愛に満ちた存在を感じ、その存在から発せられる圧倒的な力に身を委ねた。
すると、女神の声をハーシマを通して聞かせることになった、ということのようだ。
「あと、ウ、ウルさんに対して怒ってました。め、女神様に対して、い、色目を使ったって」
「ちょっと待て! もしかしてあの頭痛と耳鳴りってのは……」
「は、はい、女神様からの罰です」
その言葉に、ウルは大袈裟なほど落ち込む素振りをした。
「それよりも、ラス村とウト村に伝えなければいけないのではないか?」
「おおそうだ、どうすればいい?」
一人冷静なナシャにより落ち着きを取り戻したウルは、ハーシマを見た。
「女神様は、ど、どちらの村人にもきちんと参拝してほしいようです。でも、め、女神像の周りに張られた結界に怯えて参拝にこないみたいです」
結界とは、女神像が魔物から自分を守るために張られた神秘の守護魔法で、魔物が付近に寄ると身を切るような苦痛を感じるそうだ。
そしてそれを見た村人は、神聖な力で守られているとは思わず、女神像を呪われた存在と認識してしまったそうだ。
そしてウト村は偽りの女神像を、ラス村は女神像に行く振りをして、海に対して祈りを捧げるようになった。
その結果、女神像は放置され、次第に力が衰え、二つの村を加護できなくなりつつあるようだった。
「女神様は、ウ、ウルさんが二つの村を説得できれば罰を消す、と言ってました」
ハーシマが申し訳なさそうに付け加えた。
その話を聞いたウルは「面倒なことに巻き込まれちまった……」と頭を抱えていたが、天を仰いで息を吐くと「しゃあねぇか……」と呟いた。
____
ウト村に戻った三人は、さっそく昨日話を聞いた男を捕まえて、もう一度話を聞いてみることにした。
男は昨日と変わらず『山恵』で、まだ昼過ぎであるのに酒を飲んでいた。
「おう、どうも! 女神像見てきたぜ!」
「そうか! 前の女神像より素晴らしいかっただろう?」
ウルが軽い調子で話しかけると、男は上機嫌で応じてきた。
「おう、すげぇ身体だったわ!」
「そうだろ? あれは俺が女神様から天啓を受けて作らせたんだぜ!」
そう言われたとき、ウルは酷い耳鳴りに襲われた。
『こいつか……』
つんざくような異音に顔をしかめそうになるのをこらえながら、ウルはハーシマに言われたことを思い出した。
女神から罰を与えられた代わりに、ウルは嘘を耳にすると耳鳴りがするようになった、と。
「へぇ、そりゃ大したもんだ。しかし、どうやって女神さんの声を聞いたんだ?」
「そりゃお前、前の女神像の辺りに魔物が見えてよ、それで参拝できずに危ないって思ってたら、その日の夜に女神様が俺の枕元に立っていったわけよ。『安全な所に像を建てなさい』ってな」
ハゲ頭を光らせ、男が得意気な顔をした瞬間だった。
「そうか、お前が嘘をついたやつか……」
そのウルの声は、ナシャもハーシマも聞いたことのない、低く、冷たく、鋭い声だった。
「なっ……」
あまりのウルの迫力に、男はたじろいだ。
「あれが女神? うちの魔術師に確認させたが、なんの加護もありゃしねぇガラクタだそうだ。それを後生大事に祈ってりゃ、そのうち痛い目にあうぜ」
「お、お前に、な、何がわかる!?」
「わかるんだよ……畑を見てきな、虫の予兆があるはずだぜ……」
ウルはハッタリを言ったが、女神がハーシマを通じて警告を発するくらいなので何かしらの変化が訪れているはずだと踏んだ。
そしてそれは、ハッタリではなくなった。
農夫の男が血相を変えて『山恵』に飛び込んできて、「虫が増えてきてる!」と告げたからだ。
ゆっくりと揺られる感覚で、ハーシマは目を覚ました。
意識がはっきりしていき、今、ナシャに背負われていることに気づいた。
鍛え上げられた逞しい背中の感触と漂う汗の匂いに、ナシャへ異性を感じ、たちまち顔が赤くした。
「あ、あの、す、すみません、降ります!」
急に恥ずかしくなったハーシマは、慌てて声をあげた。
「目覚めたか。無事で良かった」
無事を知り安堵するナシャの笑顔を、ハーシマは何故か見ることができなかった。
やけに胸の鼓動が大きく感じた。
「ねぇちゃん、大丈夫か? 倒れる前のこと覚えてるか?」
気遣うように肩に手を添えるウルの声で、ハーシマは自分の身に起きたことを思い出した。
突然目の前が真っ白になり、遠のく意識の奥に、慈愛に満ちた存在を感じ、その存在から発せられる圧倒的な力に身を委ねた。
すると、女神の声をハーシマを通して聞かせることになった、ということのようだ。
「あと、ウ、ウルさんに対して怒ってました。め、女神様に対して、い、色目を使ったって」
「ちょっと待て! もしかしてあの頭痛と耳鳴りってのは……」
「は、はい、女神様からの罰です」
その言葉に、ウルは大袈裟なほど落ち込む素振りをした。
「それよりも、ラス村とウト村に伝えなければいけないのではないか?」
「おおそうだ、どうすればいい?」
一人冷静なナシャにより落ち着きを取り戻したウルは、ハーシマを見た。
「女神様は、ど、どちらの村人にもきちんと参拝してほしいようです。でも、め、女神像の周りに張られた結界に怯えて参拝にこないみたいです」
結界とは、女神像が魔物から自分を守るために張られた神秘の守護魔法で、魔物が付近に寄ると身を切るような苦痛を感じるそうだ。
そしてそれを見た村人は、神聖な力で守られているとは思わず、女神像を呪われた存在と認識してしまったそうだ。
そしてウト村は偽りの女神像を、ラス村は女神像に行く振りをして、海に対して祈りを捧げるようになった。
その結果、女神像は放置され、次第に力が衰え、二つの村を加護できなくなりつつあるようだった。
「女神様は、ウ、ウルさんが二つの村を説得できれば罰を消す、と言ってました」
ハーシマが申し訳なさそうに付け加えた。
その話を聞いたウルは「面倒なことに巻き込まれちまった……」と頭を抱えていたが、天を仰いで息を吐くと「しゃあねぇか……」と呟いた。
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ウト村に戻った三人は、さっそく昨日話を聞いた男を捕まえて、もう一度話を聞いてみることにした。
男は昨日と変わらず『山恵』で、まだ昼過ぎであるのに酒を飲んでいた。
「おう、どうも! 女神像見てきたぜ!」
「そうか! 前の女神像より素晴らしいかっただろう?」
ウルが軽い調子で話しかけると、男は上機嫌で応じてきた。
「おう、すげぇ身体だったわ!」
「そうだろ? あれは俺が女神様から天啓を受けて作らせたんだぜ!」
そう言われたとき、ウルは酷い耳鳴りに襲われた。
『こいつか……』
つんざくような異音に顔をしかめそうになるのをこらえながら、ウルはハーシマに言われたことを思い出した。
女神から罰を与えられた代わりに、ウルは嘘を耳にすると耳鳴りがするようになった、と。
「へぇ、そりゃ大したもんだ。しかし、どうやって女神さんの声を聞いたんだ?」
「そりゃお前、前の女神像の辺りに魔物が見えてよ、それで参拝できずに危ないって思ってたら、その日の夜に女神様が俺の枕元に立っていったわけよ。『安全な所に像を建てなさい』ってな」
ハゲ頭を光らせ、男が得意気な顔をした瞬間だった。
「そうか、お前が嘘をついたやつか……」
そのウルの声は、ナシャもハーシマも聞いたことのない、低く、冷たく、鋭い声だった。
「なっ……」
あまりのウルの迫力に、男はたじろいだ。
「あれが女神? うちの魔術師に確認させたが、なんの加護もありゃしねぇガラクタだそうだ。それを後生大事に祈ってりゃ、そのうち痛い目にあうぜ」
「お、お前に、な、何がわかる!?」
「わかるんだよ……畑を見てきな、虫の予兆があるはずだぜ……」
ウルはハッタリを言ったが、女神がハーシマを通じて警告を発するくらいなので何かしらの変化が訪れているはずだと踏んだ。
そしてそれは、ハッタリではなくなった。
農夫の男が血相を変えて『山恵』に飛び込んできて、「虫が増えてきてる!」と告げたからだ。
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