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第九章『それぞれの潜魔窟』
第六十五話『魔術師としての素質』
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「姐さん、頑張ってくださいね! 応援してるんで!」
筋肉、もとい、スルトら元山賊たちが手を振り、ハーシマと別れを告げた。
元山賊たちが同行してくれたおかげで、ゴルドワまでの道のりでは危険はなかった。
むしろ、野営の準備から食事の面倒まで、ハーシマをもてなすように丁寧に接していた。
元山賊らしい粗暴な言動が見られることもあるが、不器用ながらも丁重に扱ってくれたことにハーシマは感謝し、スルトたちの姿が見えなくなるまで大きく手を振り返していた。
しかし、杖の先端に照明の魔法をかけ、不気味に照らし出された潜魔窟の入口の前に立つと、途端に一人であることが心細くなった。
入口を潜ろうとして躊躇してを何度も繰り返す。
しばらく逡巡していたもののナシャとウルが待っているだろうと考え、ハーシマは遠方伝達の魔法を唱え「こ、これから潜入します。じゅ、準備はいいですか?」と話すと、ナシャとウルの伝達用コインが温もりとともに二度震えた。
そのことに心強さを覚え、ハーシマは意を決して潜魔窟の入口を潜った。
内部は、薄暗い石畳の通路が伸びていた。
魔力感知の魔法を唱えたところ、付近には罠も魔物も反応はないようだった。
両手でぎゅっと杖を抱きかかえるようにして、ハーシマは一歩ずつ進み始めた。
足音だけが響く通路をしばらく歩くと、やや広めの空間に出た。
一見すると特になにかがあるわけではないが、ハーシマは危険な魔力の存在を感知した。
『大丈夫、戦える』
心の中で自分を励まし、感覚を研ぎ澄ますと、魔力を感じる方に向け火炎魔法を唱えた。
熱の塊が目の前に現れたことで、不意打ちを狙っていた幽鬼兵は苦痛の叫びをあげた。
幽鬼兵は、潜魔窟でよく見られる幽体の魔物で、倒すためには魔力が必要になる。
一般的には魔術師の魔法もしくは魔力が込められた武器での攻撃が有効である。
炎によって幽体を浄化された幽鬼兵の断末魔に呼ばれ、二体の幽鬼兵と一体の幽鬼が現れた。
ハーシマは炎の壁の魔法によって自分の周囲に防御用の壁を作り、幽鬼に対して火球の魔法を唱えた。
二度外したものの、三度目で直撃させることができ、幽鬼は炎に包まれた。
その間、勢いが弱まった炎の壁を、一体の幽鬼兵が無理やり突進して乗り越え、ハーシマに剣を振るった。
すんでのところで杖で受け止め、突風魔法で幽鬼兵を突き放すと、もう一度火炎魔法を唱え二体の幽鬼兵を一気に焼き払った。
すると、重い石を引きずるような音が鳴り響き、次の階層への道が開いたことをハーシマに告げた。
「こ、怖かったけど、なんとかなった……」
ハーシマは、初めての単独戦闘の緊張が解け、思わずその場にペタンと座り込んだ。
出現した宝箱を開けたところ、使い物にならないような魔力が込められた指輪が入っていただけだったので、ガクッと肩を落とした。
次の階層に続く階段を見つけたところで、ハーシマは二人に遠方伝達の魔法で呼びかけた。
「私は、つ、次の階層に行けます。お二人は、ど、どうですか?」
ウルからはすぐに、ナシャからは少しだけ間をおいて、二度の振動で返答があった。
ハーシマは胸を撫でおろし、階段を下り始めた。
――――
その後、二階層を三人は無事に下りていった。
ハーシマには二人の様子がわからなかったが、ハーシマの問いかけにすぐに反応するので、ハーシマとしては自分より順調に探索できているものだと思えた。
「二人とも、さ、さすがだな……」
少しだけ持ち前の後ろ向きの性格が顔をのぞかせたが、頭を振って、二人に頼らずに自分もついていけていると考え直すことにした。
幽鬼兵を再び退けたところで四階層目に続く道が開く音が響いた。
今まで夢中で潜魔窟に挑んでいたので気付かなかった空腹を感じ、ハーシマは周囲の安全を確認したうえで野営を提案してみたところ、二人からすぐに同意の反応があったので、ナシャが持たせてくれた簡易テントを張り、薪を集めて火を点けた。
ナシャが仕込んでくれた乾燥食料をお湯に入れると、あっという間にスープができあがり、良い香りが周囲に漂い、ハーシマを幸せな気持ちにした。
一口食べると、予想通りの美味だったので、ハーシマは思わず頬に手を当てて微笑んだ。
「ナ、ナシャさん、やっぱり美味しいです」
ハーシマが遠方伝達魔法でそう伝えると、ウルのコインが何度も震えたので、ハーシマは今度は声を出して笑った。
そのまま、ハーシマは今日のできごとを独白のように話し、ナシャとウルのコインは相槌を打つように時折震えた。
ハーシマの魔力は決して高いものではない。
魔法の威力は魔術師ギルドに所属している魔術師の中でも平凡なものであるし、高度な魔法を使うと精神をすぐにすり減らすようになる。
しかし、魔法の制御については話は違った。
この遠方伝達魔法は、使いこなすには相当の集中力と繊細な制御が必要となる。
ハーシマは現在、これを事もなげに使い、他の魔術師も自分と同様に使いこなすものと考えているが、ハーシマと同程度に使いこなすのは、魔王討伐を果たした若き天才魔術師レンドにも難しいことだった。
さらに言えば、遠方伝達魔法を魔力付与することは、ノーイス島のなかでは、ハーシマ以外できないことでもあった。
ハーシマはその性格故に自信を持てていないため、自分の才に気付かずにいるが、魔術師としての能力は他の魔術師に決して引けを取るものではないのだ。
筋肉、もとい、スルトら元山賊たちが手を振り、ハーシマと別れを告げた。
元山賊たちが同行してくれたおかげで、ゴルドワまでの道のりでは危険はなかった。
むしろ、野営の準備から食事の面倒まで、ハーシマをもてなすように丁寧に接していた。
元山賊らしい粗暴な言動が見られることもあるが、不器用ながらも丁重に扱ってくれたことにハーシマは感謝し、スルトたちの姿が見えなくなるまで大きく手を振り返していた。
しかし、杖の先端に照明の魔法をかけ、不気味に照らし出された潜魔窟の入口の前に立つと、途端に一人であることが心細くなった。
入口を潜ろうとして躊躇してを何度も繰り返す。
しばらく逡巡していたもののナシャとウルが待っているだろうと考え、ハーシマは遠方伝達の魔法を唱え「こ、これから潜入します。じゅ、準備はいいですか?」と話すと、ナシャとウルの伝達用コインが温もりとともに二度震えた。
そのことに心強さを覚え、ハーシマは意を決して潜魔窟の入口を潜った。
内部は、薄暗い石畳の通路が伸びていた。
魔力感知の魔法を唱えたところ、付近には罠も魔物も反応はないようだった。
両手でぎゅっと杖を抱きかかえるようにして、ハーシマは一歩ずつ進み始めた。
足音だけが響く通路をしばらく歩くと、やや広めの空間に出た。
一見すると特になにかがあるわけではないが、ハーシマは危険な魔力の存在を感知した。
『大丈夫、戦える』
心の中で自分を励まし、感覚を研ぎ澄ますと、魔力を感じる方に向け火炎魔法を唱えた。
熱の塊が目の前に現れたことで、不意打ちを狙っていた幽鬼兵は苦痛の叫びをあげた。
幽鬼兵は、潜魔窟でよく見られる幽体の魔物で、倒すためには魔力が必要になる。
一般的には魔術師の魔法もしくは魔力が込められた武器での攻撃が有効である。
炎によって幽体を浄化された幽鬼兵の断末魔に呼ばれ、二体の幽鬼兵と一体の幽鬼が現れた。
ハーシマは炎の壁の魔法によって自分の周囲に防御用の壁を作り、幽鬼に対して火球の魔法を唱えた。
二度外したものの、三度目で直撃させることができ、幽鬼は炎に包まれた。
その間、勢いが弱まった炎の壁を、一体の幽鬼兵が無理やり突進して乗り越え、ハーシマに剣を振るった。
すんでのところで杖で受け止め、突風魔法で幽鬼兵を突き放すと、もう一度火炎魔法を唱え二体の幽鬼兵を一気に焼き払った。
すると、重い石を引きずるような音が鳴り響き、次の階層への道が開いたことをハーシマに告げた。
「こ、怖かったけど、なんとかなった……」
ハーシマは、初めての単独戦闘の緊張が解け、思わずその場にペタンと座り込んだ。
出現した宝箱を開けたところ、使い物にならないような魔力が込められた指輪が入っていただけだったので、ガクッと肩を落とした。
次の階層に続く階段を見つけたところで、ハーシマは二人に遠方伝達の魔法で呼びかけた。
「私は、つ、次の階層に行けます。お二人は、ど、どうですか?」
ウルからはすぐに、ナシャからは少しだけ間をおいて、二度の振動で返答があった。
ハーシマは胸を撫でおろし、階段を下り始めた。
――――
その後、二階層を三人は無事に下りていった。
ハーシマには二人の様子がわからなかったが、ハーシマの問いかけにすぐに反応するので、ハーシマとしては自分より順調に探索できているものだと思えた。
「二人とも、さ、さすがだな……」
少しだけ持ち前の後ろ向きの性格が顔をのぞかせたが、頭を振って、二人に頼らずに自分もついていけていると考え直すことにした。
幽鬼兵を再び退けたところで四階層目に続く道が開く音が響いた。
今まで夢中で潜魔窟に挑んでいたので気付かなかった空腹を感じ、ハーシマは周囲の安全を確認したうえで野営を提案してみたところ、二人からすぐに同意の反応があったので、ナシャが持たせてくれた簡易テントを張り、薪を集めて火を点けた。
ナシャが仕込んでくれた乾燥食料をお湯に入れると、あっという間にスープができあがり、良い香りが周囲に漂い、ハーシマを幸せな気持ちにした。
一口食べると、予想通りの美味だったので、ハーシマは思わず頬に手を当てて微笑んだ。
「ナ、ナシャさん、やっぱり美味しいです」
ハーシマが遠方伝達魔法でそう伝えると、ウルのコインが何度も震えたので、ハーシマは今度は声を出して笑った。
そのまま、ハーシマは今日のできごとを独白のように話し、ナシャとウルのコインは相槌を打つように時折震えた。
ハーシマの魔力は決して高いものではない。
魔法の威力は魔術師ギルドに所属している魔術師の中でも平凡なものであるし、高度な魔法を使うと精神をすぐにすり減らすようになる。
しかし、魔法の制御については話は違った。
この遠方伝達魔法は、使いこなすには相当の集中力と繊細な制御が必要となる。
ハーシマは現在、これを事もなげに使い、他の魔術師も自分と同様に使いこなすものと考えているが、ハーシマと同程度に使いこなすのは、魔王討伐を果たした若き天才魔術師レンドにも難しいことだった。
さらに言えば、遠方伝達魔法を魔力付与することは、ノーイス島のなかでは、ハーシマ以外できないことでもあった。
ハーシマはその性格故に自信を持てていないため、自分の才に気付かずにいるが、魔術師としての能力は他の魔術師に決して引けを取るものではないのだ。
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