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第九章『それぞれの潜魔窟』
第七十二話『慈愛の女神』
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食卓を囲んで、猫飼屋の女主人が作った鍋物を三人は食した。
今まで食べたことのない味付けであり、ナシャは調味料や調理法などを詳しく聞き、女主人はナシャを潤んだ目で見ながら丁寧に説明した。
その様子を複雑そうな表情で見つめるハーシマを、ウルは楽しそうに眺めていた。
食後、話題は、リニオと呼ばれる場所のことと、この先の行き先のことに移った。
女主人が食卓に膝をぶつけたり猫の踏みそうになったりしながら話すには、リニオは、潜魔窟に挑むものへの支援と試練を兼ね備えた道の終着点として女神キホルが魔の力に対抗して作り出したものであり、個々人で挑んだ試練を乗り越えたものには女神の祝福が与えられ、この場所にたどり着くとのことだった。
そして、この先にはトインへと続く道があるが、最後の試練が待ち構えているそうだ。
「おそらく、強敵が待っているのだろう。だが、ここで屈するわけにはいかない」
「そうですね。ここまで来たなら、ト、トインまでたどり着きたいですね」
「なに、いけるさ。俺がついてるからな」
「仲間たちの信頼感が素敵。好き……」
それぞれが力強く決意し、この日は休むことにした。
次の目標はトインへの到達。そして更なる深度潜魔窟への挑戦。
次なる目標を考えながらナシャは、寝床に横になりながら、手のひらを見つめていた。
蛮族を打ち破り、魔物を屠ってきたこの手。
魔物と看過していたとはいえ、家族の姿をしたものすら打ち砕いた。
『もしかしたら私は血を求めているのだろうか?』
そんな疑念が脳裏をよぎったが、自らが恥じるような戦いはしてこなかったはずだと言い聞かせた。
誇りあるヤタガ王国の兵士として常に正々堂々と戦ってきた自負がナシャを支えていた。
ハーシマとウルもそれぞれ、潜魔窟へ思いを馳せていた。
全く想定していない形で潜魔窟に挑むことになったものの、様々な試練を経て、今は女神の加護の元にいるのだから、退屈とは無縁の生活になったことが楽しくなっていた。
ハーシマは気心の知れた仲間を得たことを喜び、ウルは若者の成長を心から楽しんでいた。
魔王が潜むはずの潜魔窟に挑むため、かけがえのないのものを得たことが不思議な運命に感じられた。
――――
「気を付けてくださいね。この丘を降りて左に曲がって、いや右に曲がって少し歩けばトインへと続く道がありますから。準備は大丈夫? 忘れ物ない? あ、忘れ物と言えばこれ渡すの忘れてたわ。この護符は女神キホルの加護を宿しているので、必ずあなたたちを助けてくれます」
女主人はそう言って、三人に掌大の護符を渡してきた。表面には女神の肖像が描かれていて、裏面には一条の線が引かれていた。
「心遣い感謝する」
「あ、これは結婚の申し込み……?」
ナシャのお礼に、女主人は誰にも聞こえないように意味不明なことを言ったが、その表情で雰囲気を察したハーシマとウルはそれぞれ表情を崩した。しかし、ナシャだけは何も感じることなく平静でいた。
「んじゃ、出発するか」
新たな鎧に身を包んだウルが背負い袋を肩掛けした。鎧はウルのために設えたかのようであり、非常に身体に馴染んでいた。
「はい、頑張りましょうね」
ハーシマも力強く返事し、さりげなくナシャとの距離をいつもより半歩だけ縮めた。
「では、トインまで。無事に進もう」
ナシャの声で三人は歩みを始めた。
女主人が手を振って見送っていたので、三人はそれぞれ手を振り返した。
丘を下り、女主人の姿が見えなくなるころ、三人はただならぬ雰囲気を背後に感じ振り返った。
祈りを捧げるようにしていた女主人は、次第にその姿を変え、神々しいまでの光を放った。
光のなかに、確かに見た。
慈愛の眼差しを向ける、女神キホルの姿を。
今まで食べたことのない味付けであり、ナシャは調味料や調理法などを詳しく聞き、女主人はナシャを潤んだ目で見ながら丁寧に説明した。
その様子を複雑そうな表情で見つめるハーシマを、ウルは楽しそうに眺めていた。
食後、話題は、リニオと呼ばれる場所のことと、この先の行き先のことに移った。
女主人が食卓に膝をぶつけたり猫の踏みそうになったりしながら話すには、リニオは、潜魔窟に挑むものへの支援と試練を兼ね備えた道の終着点として女神キホルが魔の力に対抗して作り出したものであり、個々人で挑んだ試練を乗り越えたものには女神の祝福が与えられ、この場所にたどり着くとのことだった。
そして、この先にはトインへと続く道があるが、最後の試練が待ち構えているそうだ。
「おそらく、強敵が待っているのだろう。だが、ここで屈するわけにはいかない」
「そうですね。ここまで来たなら、ト、トインまでたどり着きたいですね」
「なに、いけるさ。俺がついてるからな」
「仲間たちの信頼感が素敵。好き……」
それぞれが力強く決意し、この日は休むことにした。
次の目標はトインへの到達。そして更なる深度潜魔窟への挑戦。
次なる目標を考えながらナシャは、寝床に横になりながら、手のひらを見つめていた。
蛮族を打ち破り、魔物を屠ってきたこの手。
魔物と看過していたとはいえ、家族の姿をしたものすら打ち砕いた。
『もしかしたら私は血を求めているのだろうか?』
そんな疑念が脳裏をよぎったが、自らが恥じるような戦いはしてこなかったはずだと言い聞かせた。
誇りあるヤタガ王国の兵士として常に正々堂々と戦ってきた自負がナシャを支えていた。
ハーシマとウルもそれぞれ、潜魔窟へ思いを馳せていた。
全く想定していない形で潜魔窟に挑むことになったものの、様々な試練を経て、今は女神の加護の元にいるのだから、退屈とは無縁の生活になったことが楽しくなっていた。
ハーシマは気心の知れた仲間を得たことを喜び、ウルは若者の成長を心から楽しんでいた。
魔王が潜むはずの潜魔窟に挑むため、かけがえのないのものを得たことが不思議な運命に感じられた。
――――
「気を付けてくださいね。この丘を降りて左に曲がって、いや右に曲がって少し歩けばトインへと続く道がありますから。準備は大丈夫? 忘れ物ない? あ、忘れ物と言えばこれ渡すの忘れてたわ。この護符は女神キホルの加護を宿しているので、必ずあなたたちを助けてくれます」
女主人はそう言って、三人に掌大の護符を渡してきた。表面には女神の肖像が描かれていて、裏面には一条の線が引かれていた。
「心遣い感謝する」
「あ、これは結婚の申し込み……?」
ナシャのお礼に、女主人は誰にも聞こえないように意味不明なことを言ったが、その表情で雰囲気を察したハーシマとウルはそれぞれ表情を崩した。しかし、ナシャだけは何も感じることなく平静でいた。
「んじゃ、出発するか」
新たな鎧に身を包んだウルが背負い袋を肩掛けした。鎧はウルのために設えたかのようであり、非常に身体に馴染んでいた。
「はい、頑張りましょうね」
ハーシマも力強く返事し、さりげなくナシャとの距離をいつもより半歩だけ縮めた。
「では、トインまで。無事に進もう」
ナシャの声で三人は歩みを始めた。
女主人が手を振って見送っていたので、三人はそれぞれ手を振り返した。
丘を下り、女主人の姿が見えなくなるころ、三人はただならぬ雰囲気を背後に感じ振り返った。
祈りを捧げるようにしていた女主人は、次第にその姿を変え、神々しいまでの光を放った。
光のなかに、確かに見た。
慈愛の眼差しを向ける、女神キホルの姿を。
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