潜魔窟物語

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第十章『深部潜魔窟』

第七十三話『トインへの試練』

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 猫飼屋を出発し、しばし歩くと、三人の目の前に大きな門が見えてきた。
 リニオにたどり着いたときに抜けてきた門と違い、こちらは禍々しい文様に彩られていて、ハーシマの表情が僅かにこわばった。

「こりゃ、あからさまに危ないですよって伝えてくるな」
 ウルがいつもの軽口をたたく。

「そのほうが親切だ。最初から警戒できる」
 ナシャも鼻をフンと鳴らし、門を見上げる。

「ひとまず、入ってみましょうか。今度は一緒に、入れるんですよね?」
 ハーシマが不安げに二人を見た。
 ナシャとウルとしてもそこを知りたかったから、ハーシマの問いかけに同時に首を傾げて、笑った。

「まず、入ろう。先頭はウル殿、ハーシマ殿は入ってすぐに魔力感知の呪文を頼む。私が後衛を務める。いつもどおりだが、これがいいだろう」
 ナシャの指示に、二人は頷いた。


 門をくぐった瞬間、ウルが両手を広げ二人の動きを制止した。
 ウルはその場にしゃがみこみ、短剣を取り出し、蜘蛛の糸を払うように虚空を切った。
 すると、ゆっくりと石造りの天井が下りてきた。
 幸いにして天井板はさほど厚みがなかったので、天井裏を歩くことで奥に進むことができたが、そのまま通過していたら三人は圧し潰されていたに違いなかった。

「よ、よく気付きましたね」
 大きな瞳を見開き、ハーシマが驚嘆した。

「なーんか、性格が悪いというか、そんな雰囲気があったんで、念のため確かめてみただけだがな。案の定だ。俺じゃなきゃ全員あの世行きだったな」
 ウルはからからと笑って言ったが、その言葉は真実であることを二人は知っていた。
 目に見えない糸など、普通の人間に気付けるわけがないのだ。

「とはいえ、この上もゆっくりと歩くわけにはいかないようだ。急ごう」
 ナシャが上を見上げると、巨大な刃が所狭しと真上から突き出ていた。天井板が元の場所に戻ったら、三人に待っているのは死だけだ。

 ハーシマは突き刺された姿を想像したようで顔を青くしたので、ウルはそっと背中を押して先を急ぐように促した。

 ――――

 細い石造りの通路を抜けると、鬱蒼とした森にたどり着いた。
 この場所もやはり潜魔窟なのだろう。常識が通用する場所ではない景色だった。
 そこかしこから獣と魔物の唸り声が聞こえる。

 ナシャは指輪に祈りを込め、メイスに炎を纏わせた。
 獣対策には炎、これは相場が決まっている。
 薄明りのなか、ナシャの精悍な顔がぼんやりと照らされる。

 数匹のリルンスがこちらの様子をうかがっているのが見えたが、そのうちの一匹が突然巨大な棍棒によって叩き潰された。
 2ケーブ(約3.6メートル)ほどもある巨人だが、顔の中心に大きな目が一つと顔を裂かんばかり開かれた大きな口が特徴的だった。
 それが二匹、現れた。

「二人は右を」
 短く言葉を吐くとナシャは左側の一つ目巨人の前に躍り出た。
 自分の半分ほどの小人を、まるで害虫を叩き潰すかのような勢いで、ナシャの身体と変わらぬ大きさの棍棒で振るってきた。
 ナシャはこれを素早く体を横に捌いて回避すると、巨人の脛めがけてメイスを叩き込もうとした。
 これを思いのほか軽快な動きで足をあげて避けると、そのままナシャを蹴飛ばそうとした。
 まともに当たれば鍛錬を重ねたナシャであっても無事では済まされない重さと速度を持った蹴りは、ナシャの幻影だけを吹き飛ばした。
 蹴りを寸前までひきつけてから回避したナシャは、ガラ空きの一つ目巨人の太ももに灼熱を帯びたメイスを全力でぶつけた。
 肉と体毛が焼ける不快な匂いと巨人の苦痛の咆哮が辺りを包んだ。

「どいつもこいつも、デカブツは動きが雑で容易い……」
 そう断じる冷静なナシャの表情とは裏腹にメイスは内情を示すかのようにさらに赤熱し、輝きを増した。

 もう一方の一つ目巨人は、さらに悲惨な目にあっていた。
 ウルが変幻自在な動きで翻弄してくるうえにハーシマの魔法攻撃が確実に傷を負わせていく。ハーシマに対処しようとするとウルが背後から短剣で斬りつけるのだから、一つ目巨人としてはたまったものではなかった。

「ウルさん、動きを止めます」
 ハーシマは短く呪文を詠唱すると、一つ目巨人の足元から植物のツタが生えてきて、
 全身を絡めとった。

「よし、助かるわ」
 ウルは素早く背後に回り込み、頭部の付け根に深々と短剣を突き立てた。
 さしもの巨人も、急所を一突きにされれば致命傷となり、地に伏した。
 土埃が立ち上り、振動と地響きが伝わってきた。

 ナシャの支援に回ろうと振り返ると、ナシャも既にもう一匹の頭蓋を粉々に砕いていた。


「思いのほか、手応えがないな……」
 潜魔窟に挑む者の多くを簡単に屠る一つ目巨人を事もなげに仕留めるのだから、三人は以前より格段に強くなっていた。

 だからこそ、試練がこの程度で済むわけがないことを予見していた。
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