潜魔窟物語

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第二章『いざ潜魔窟へ』

第十六話『伝説の1人』

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 イントアを退けた3人は相変わらずゆっくりと探索を続け、ナシャが疲れを感じた頃に、ウルの号令で2日目の野営準備を始めた。

 現在、ナシャ達は8階層目まで到達していた。

 あと2階層降りれば潜魔窟内の街であるトインに到達するので、ナシャとしては街に向かったほうが手間が省けると考えていたが、ウルは休息を終えたらすぐに地上に戻ると主張した。

 その理由は、トインに行くための準備ができていないから、というものだった。

 イマイチ状況の掴めないナシャとハーシマであったが、ウルの言うことを信じて、少し眠ることにした。



 翌日、無事に潜魔窟から帰還した3人は、前回同様、赤肌堂で不用品を売り、それぞれ次の探索の準備のため解散し、次の集合は、潜魔窟を探索するパーティの数を考慮して1週間後となった。

 ウルは自宅で休息、ハーシマは魔術師ギルドで文献の確認をするとのことだったので、ナシャは潜魔窟に現れる怪物の種類を知るべく、青衣亭で冒険者からの噂話に耳を傾けることにした。 


 ナシャが酔っ払う冒険者から粘り強く話を聞いたところによると、リルンスのような小型の敵や、イントアのような中型の敵が多いようだが、中にはネージャのような大型の怪物も稀に出現するらしかった。

 聞いた情報を逐一メモしてしたナシャだったが、怪物の名前を聞いたところで観たことのない怪物の姿を想像することができないことに気付き、近々、戦士ギルドを訪れて資料を見てみようと考えていた。



 ハーシマは魔術師ギルドの資料室に籠もり、潜魔窟で生き残るために必要そうな知識が何かないか探していた。

 資料室の窓からは夏の日差しが入り込むが、室内は魔法のおかげで涼しさを維持している。 
 それでもハーシマの額にはうっすら汗が滲んでいた。

 潜魔窟の探索で、まだ自分がウルやナシャの足を引っ張っているのではないかという焦りをハーシマは感じていた。

「何かないかしら……」
 半ば資料の山に埋もれるようになりながら目の前の資料をペラペラとめくっていく。
 本来であれば、山ほどの資料を一遍に出すと、後片付けする資料室の司書がイヤな顔をするのだが、ハーシマの場合、大概の司書より蔵書に詳しく、きちんと正確に後片付けもするので、司書は安心してハーシマを放置していた。

 何冊目かの資料に目を通し終えたところで、不意に「ハーシマさん、お久しぶりです!」と声をかけられ、ハーシマは椅子から浮き上がるように体をビクつかせた。

「だだだだ、だ、誰ですか?」
 驚きの表情を浮かべながら視線を声の方へ向けると、視線が合った若い魔術師がにこやかに笑いながら軽く会釈した。

「レ、レンド君ですか!?」
 ハーシマは声をかけられた時よりも驚いていた。
 3年前に魔王の討伐に成功し、今は世界各地を巡る旅に出ているはずの魔術師ギルドの後輩である魔術師レンドが目の前に立っていたからだ。

「あははは、ハーシマさんは変わりないようですね」
 レンドは、ハーシマが懐かしさを覚える反応を示したので屈託のない表情で笑った。

「た、旅に出ていると聞いてましたが、戻ってきたのですか?」

「戻ってきたというより、僕1人だけ立ち寄った感じです。ギルドで確認したい資料があったので」

 レンドは棚から1冊の本を取り、数ページめくりながらハーシマに答えた。
 実際、レンドと共に魔王討伐を果たした戦士ドレープとレンジャーホリムは、現在、違う大陸に駐留していた。

「ところでハーシマさんはどうしたんですか?何か調べ物のようですが」
 今度はレンドがハーシマに質問を向けた。

 レンドが魔術師ギルドに加入した6年前からハーシマは調べ物の虫であることは有名だったが、ここまで熱心に何かを調べている姿は見たことがなかった。

「じ、実は最近、潜魔窟を探索しているのですが、何か生き残るためのヒ、ヒントが欲しくて」
 その言葉を聴いて、今度はレンドが驚きの表情を見せた。

「ハーシマさん、ようやく潜魔窟に入ったんですね!どんなパーティですか?」

「ひ、1人はヤタガ王国の兵士さんで、もう1人は遺品回収のウルさんです」

 極度の引っ込み思案のハーシマが、どんな経緯でレンドには思いも寄らないような個性的なパーティで潜魔窟に入るようになったか、レンドは大いに気になったが、それよりも気になることを話すことにした。

「ハーシマさんが欲しいヒントって、多分僕はわかる気がします」

「そ、そ、それは何ですか!?」
 ハーシマが予想どおりの反応をしたので、レンドはクスリと笑った。

「自分を信じることです。少なくとも僕はそうして生き残りました」
 レンドの表情は柔和と言っていいほど穏やかだったが、眼差しは力強かった。

「で、でも、私以外はみんな凄くて私があ、足を引っ張っていて……」
 ハーシマの表情が曇る。

「ハーシマさんは、この魔術師ギルドで学べる全ての魔法を使えますよね?」

「た、確かにそ、そうですが、ほとんどは役に立たないというか……」

「僕は全ての魔法を習得できてません。その時点で僕よりも優れてるとこがありますよ」

「で、でも、私はレ、レンドくんほどの才能がな、ないですから……」

 レンドは、再び懐かしさを覚えた。
 レンドの目には、ハーシマには魔術の才があるが、ハーシマ本人がそれを認めない、いや、気付いていないのだ。

「僕も才能は特にないと思いますよ。でも僕は、仲間が信じてくれる僕を信じてました。僕自身も仲間を信じていましたからね。だから僕は魔王と戦えたんです」

 レンドの言葉を聞いてなお、ハーシマは自分のダメなところを話そうとしたが、レンドの口にした「仲間が信じてくれる僕」という言葉が心に残り、話すのをとどまらせた。

「あ、偉そうなことを言ってすみません。僕も大したことないのに」
 レンドが申し訳なさそうにしたのでハーシマは思い切り頭を振った。

「目的のものが見つかったので、僕はまた僕の冒険に戻ります。ハーシマさんも頑張ってくださいね」
 最後にまた屈託のない笑顔を見せたレンドは、ハーシマと握手を交わすと静かに魔法を詠唱し、自分を仲間の元へと転送した。

 スッと姿を消したレンドの面影を手の平の温もりの中に見ながら、ハーシマはレンドの残した言葉に想いを馳せていた。
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