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第四章『訪れる試練』
第二十三話『勇者の凱旋』
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ナシャがウェスセスを訪れて、およそ1か月が経過した。
季節は夏から秋へと移り変わる頃で、朝晩はやや涼しさを感じるようになった。
トインからウェスセスに戻った翌日の夜明け頃、宿泊している青衣亭の一室で目覚めたナシャは、顔を洗い眠気を払うと外に出た。
ひと伸びしてからゆっくりと柔軟体操をし、その後メイスを振り始めた。
心地よい朝の涼気のなかではあるが、ナシャはすぐに全身から汗を吹き出し始めた。
決して激しい動きではないが、一つ一つの動きに意味を持たせ集中しているからこそ、熱を帯びている。
完全に日が昇ったところでメイスを腰に戻し、青衣亭に戻った。
店主が作る朝食のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「おはようございますで申し訳ございません」
食卓の上にナシャの分の食事を乗せて店主が独特の挨拶をする。
「いつもありがとう」
ナシャが短く礼を述べる。
この1か月ですっかりお馴染みとなったやりとりだ。
野菜の盛り合わせと目玉焼き、それに干し肉のローストを平らげたナシャは、軽く仮眠ととると、戦士ギルドへと足を向けた。
普段、戦士ギルトを訪れる者は少ない。
新たに潜魔窟に挑もうとする者が少ないこともあるが、一度戦士ギルドに認められた者は冒険に夢中になるか、若しくは命を落とすため、再訪する者も少ないのだ。
そんななか、ナシャは潜魔窟を抜けるたびに戦士ギルドを訪れ、猩々を思わせる試験官と語らい、乱取りをすることにしていたので、人が少ないのは都合が良かった。
だが、この日は少し様子が違った。
戦士ギルドの前に、若干の人だかりができていたのだ。
「すまぬ、どうした?」
ナシャが顔なじみの試験官に声をかけた。
「おす、今日はドレープが来たんだわ。それで魔王を倒した奴の顔を一目見に来る奴が来ているってわけだわ」
髭面のいかつい顔に似合わず柔和な笑みを見せた試験官がナシャの問いに答えた。
どれどれとナシャも顔をのぞかせるも人だかりに遮られているせいか、よく見えない。
その様子を見て、試験官は「おい、こっちこい。紹介したい奴がいる」と声をあげた。
すると、人だかりを割って、一人の女性が現れた。
ナシャよりだいぶ若く、細い。少女と言っても差し支えないように思える。
小柄でクリンとした目が愛らしい。
「どうしました?私に紹介したい人って……?」
見た目に反し、声はやや低い。が、愛嬌がある。
「こいつはナシャって言って、最近戦士ギルドの認証を受けた奴だが兵士ってこともあり見どころがある。ナシャよ、こいつが3年前に魔王を倒した戦士ドレープだ……どうした?」
試験官が含みのある笑みを浮かべながら、あえてナシャの呆気に取られた様子を見て驚いてみせた。
それも無理はない。
魔王を倒したほどの戦士、となれば、どうしても先入観として男性を思い浮かべてしまうものだ。
「あ、いや、すまない。私はヤタガ王国のナシャと申す。魔王討伐を果たした勇者と会えて光栄に思う」
ナシャを面白がる周りの様子で我に返ったナシャは、ドレープに謝罪しながら握手を求めた。
「私は仲間に恵まれましたから。こちらこそ知り合えて光栄でございます」
柔和な笑みをたたえながらドレープは握手に応じた。
その手は柔らかくしなやかだった。
腰には刺剣を帯びている。
一般的なものよりやや太く、片刃のものだ。
「おう、ドレープ。兵士さんと乱取りしてみろよ。結構強いぜ」
試験官が面白がってドレープに提案を出した。
ナシャは知り合って間もないのに突然乱取りをするのは失礼になると感じていたが、ナシャとしてもドレープの実力を知りたい気持ちもあった。
「もちろん、喜んで」
ドレープは屈託のない笑顔を見せ、乱取り用の直剣を持った。
「では、頼む」
ナシャも乱取り用のメイスを持ち、一礼した。
「はじめ!」
試験官の声と同時にナシャはドレープに勢いよく駆け寄り、強烈なメイスの一振りを繰り出す。
ドレープはそれを半歩だけ下がり避けると、素早く鋭い突きを放った。
ナシャは僅かに身をよじり、厚い装甲で突きの威力をいなすと、ドレープの腹めがけてメイスを突き出す。
それも最小限の回避動作で避けると、突きと斬り払いの連携をナシャに見舞う。
恐ろしいほどの正確で鎧のつなぎ目を狙っている。
ナシャはそれも何とか避け、メイスを左手に持ち替え、横薙ぎにメイスを払った。
ドレープはそれも僅かな動きで避けたが、ナシャの狙いもそこにあった。
メイスを振るった勢いをそのまま、空いている手でドレープの身体を掴んだ。
そのまま床に投げつけようとしたが、ドレープは身体を掴まれた力に抵抗せず逆に勢いをつけて床に転がるようにしたので、かえってナシャの体勢が崩れた。
その隙にドレープはナシャの膝の裏を器用に足で叩き、ナシャを転ばせた。
ナシャも突然の体勢変化に対応しようと身体を回転させ立ち上がったが、目前に剣を突きつけられた。
「ん、まいった」
ナシャが素直に白旗を揚げた。
ここまで見事に制圧されたのは訓練兵の頃以来だった。
「そこまで!さすがのアンタもドレープに負けたか!」
試験官が手を挙げ乱取りを止め、感嘆の声を上げた。
「素晴らしい腕前だ。私もまだ未熟だと思い知らされた……」
ナシャはやや意気消沈していた。
「いえ、私も必死でしたので勝敗はどちらに転んでもおかしくなかったと思います」
ドレープが謙遜して顔の前で手を振るう。
しかし、ナシャはわかっていた。
もちろん、乱取りなのでナシャは全力ではなかった。
だが、ドレープが隠し持つ実力の底は見えなかった。
殺気すら感じられずアッサリとナシャの技を返してきたのだ。
戦場で遅れを取ったことのないナシャにとって、いくら魔王を討伐した勇者もはいえ、自分よりかなり若い女性に負けたことが悔しかった。
乱取りを終え、再びドレープと握手を交わしたナシャは、戦士ギルドを後にし人のいない所まで移動すると、空に向かって吼えた。
季節は夏から秋へと移り変わる頃で、朝晩はやや涼しさを感じるようになった。
トインからウェスセスに戻った翌日の夜明け頃、宿泊している青衣亭の一室で目覚めたナシャは、顔を洗い眠気を払うと外に出た。
ひと伸びしてからゆっくりと柔軟体操をし、その後メイスを振り始めた。
心地よい朝の涼気のなかではあるが、ナシャはすぐに全身から汗を吹き出し始めた。
決して激しい動きではないが、一つ一つの動きに意味を持たせ集中しているからこそ、熱を帯びている。
完全に日が昇ったところでメイスを腰に戻し、青衣亭に戻った。
店主が作る朝食のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「おはようございますで申し訳ございません」
食卓の上にナシャの分の食事を乗せて店主が独特の挨拶をする。
「いつもありがとう」
ナシャが短く礼を述べる。
この1か月ですっかりお馴染みとなったやりとりだ。
野菜の盛り合わせと目玉焼き、それに干し肉のローストを平らげたナシャは、軽く仮眠ととると、戦士ギルドへと足を向けた。
普段、戦士ギルトを訪れる者は少ない。
新たに潜魔窟に挑もうとする者が少ないこともあるが、一度戦士ギルドに認められた者は冒険に夢中になるか、若しくは命を落とすため、再訪する者も少ないのだ。
そんななか、ナシャは潜魔窟を抜けるたびに戦士ギルドを訪れ、猩々を思わせる試験官と語らい、乱取りをすることにしていたので、人が少ないのは都合が良かった。
だが、この日は少し様子が違った。
戦士ギルドの前に、若干の人だかりができていたのだ。
「すまぬ、どうした?」
ナシャが顔なじみの試験官に声をかけた。
「おす、今日はドレープが来たんだわ。それで魔王を倒した奴の顔を一目見に来る奴が来ているってわけだわ」
髭面のいかつい顔に似合わず柔和な笑みを見せた試験官がナシャの問いに答えた。
どれどれとナシャも顔をのぞかせるも人だかりに遮られているせいか、よく見えない。
その様子を見て、試験官は「おい、こっちこい。紹介したい奴がいる」と声をあげた。
すると、人だかりを割って、一人の女性が現れた。
ナシャよりだいぶ若く、細い。少女と言っても差し支えないように思える。
小柄でクリンとした目が愛らしい。
「どうしました?私に紹介したい人って……?」
見た目に反し、声はやや低い。が、愛嬌がある。
「こいつはナシャって言って、最近戦士ギルドの認証を受けた奴だが兵士ってこともあり見どころがある。ナシャよ、こいつが3年前に魔王を倒した戦士ドレープだ……どうした?」
試験官が含みのある笑みを浮かべながら、あえてナシャの呆気に取られた様子を見て驚いてみせた。
それも無理はない。
魔王を倒したほどの戦士、となれば、どうしても先入観として男性を思い浮かべてしまうものだ。
「あ、いや、すまない。私はヤタガ王国のナシャと申す。魔王討伐を果たした勇者と会えて光栄に思う」
ナシャを面白がる周りの様子で我に返ったナシャは、ドレープに謝罪しながら握手を求めた。
「私は仲間に恵まれましたから。こちらこそ知り合えて光栄でございます」
柔和な笑みをたたえながらドレープは握手に応じた。
その手は柔らかくしなやかだった。
腰には刺剣を帯びている。
一般的なものよりやや太く、片刃のものだ。
「おう、ドレープ。兵士さんと乱取りしてみろよ。結構強いぜ」
試験官が面白がってドレープに提案を出した。
ナシャは知り合って間もないのに突然乱取りをするのは失礼になると感じていたが、ナシャとしてもドレープの実力を知りたい気持ちもあった。
「もちろん、喜んで」
ドレープは屈託のない笑顔を見せ、乱取り用の直剣を持った。
「では、頼む」
ナシャも乱取り用のメイスを持ち、一礼した。
「はじめ!」
試験官の声と同時にナシャはドレープに勢いよく駆け寄り、強烈なメイスの一振りを繰り出す。
ドレープはそれを半歩だけ下がり避けると、素早く鋭い突きを放った。
ナシャは僅かに身をよじり、厚い装甲で突きの威力をいなすと、ドレープの腹めがけてメイスを突き出す。
それも最小限の回避動作で避けると、突きと斬り払いの連携をナシャに見舞う。
恐ろしいほどの正確で鎧のつなぎ目を狙っている。
ナシャはそれも何とか避け、メイスを左手に持ち替え、横薙ぎにメイスを払った。
ドレープはそれも僅かな動きで避けたが、ナシャの狙いもそこにあった。
メイスを振るった勢いをそのまま、空いている手でドレープの身体を掴んだ。
そのまま床に投げつけようとしたが、ドレープは身体を掴まれた力に抵抗せず逆に勢いをつけて床に転がるようにしたので、かえってナシャの体勢が崩れた。
その隙にドレープはナシャの膝の裏を器用に足で叩き、ナシャを転ばせた。
ナシャも突然の体勢変化に対応しようと身体を回転させ立ち上がったが、目前に剣を突きつけられた。
「ん、まいった」
ナシャが素直に白旗を揚げた。
ここまで見事に制圧されたのは訓練兵の頃以来だった。
「そこまで!さすがのアンタもドレープに負けたか!」
試験官が手を挙げ乱取りを止め、感嘆の声を上げた。
「素晴らしい腕前だ。私もまだ未熟だと思い知らされた……」
ナシャはやや意気消沈していた。
「いえ、私も必死でしたので勝敗はどちらに転んでもおかしくなかったと思います」
ドレープが謙遜して顔の前で手を振るう。
しかし、ナシャはわかっていた。
もちろん、乱取りなのでナシャは全力ではなかった。
だが、ドレープが隠し持つ実力の底は見えなかった。
殺気すら感じられずアッサリとナシャの技を返してきたのだ。
戦場で遅れを取ったことのないナシャにとって、いくら魔王を討伐した勇者もはいえ、自分よりかなり若い女性に負けたことが悔しかった。
乱取りを終え、再びドレープと握手を交わしたナシャは、戦士ギルドを後にし人のいない所まで移動すると、空に向かって吼えた。
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