潜魔窟物語

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第五章『復活に向かって』

第三十三話『戻ってきた幸福』

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 最愛の家族との感動の再会をしたナシャだったが、ふと沸き上がった疑問をカノに向けた。

「そういえば、あなたもいらしたと言っていたが、あれはどういう意味だ?」
「私もよくわかってはいませんが、ここは死後の世界だと思ってますから。だから、あなたも命を落としてしまったのかな、と」
 カノの表情に僅かな悲しみの色が差す。
 愛する者との再会は至上の喜びではあるが、愛する者の死の果てのことであるから、やや複雑な感情になるのも無理はない。

「そうだ、私は冒険の最中に敵に襲われたのだ」
 ナシャは自らの死因を今一度思い返し、首筋を押さえた。
 だが、不思議なことに、つい先程の体験であるはずなのに、やや記憶が曖昧になっている気がした。

「無敵の父さまが、まさか」
 サムが驚きの声をあげる。

「私より強い者は世の中にまだたくさんいるさ」
 ぼんやりした記憶の向こうにある敗北感をナシャは思い出していた。
 誰に敗北したかは、定かでなくなっている。

「でも、またこうしてあなたと再会できて私もサムも幸せです、ね?サム?」
 カノが息子に同意を求めて視線を送ると、サムも大きく頷いた。


 その日、ナシャ達は慎ましくも幸福に満ち溢れた晩餐を催し、会えなかった時間を埋めるように家族は語らい、一緒の時間を過ごした。


 翌朝。
 ナシャが目覚めると、食欲をそそる芳ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
 食卓を見ると、カノが朝食を準備していた。

「あら、お目覚めですか?」
 ナシャが起きたことに気づいたカノが、微笑みを投げ掛けた。

「あぁ、おはよう」
 ナシャも微笑みながら挨拶を返す。
 心地よい朝日が窓から差し込み、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 そして、小鳥のさえずりに混じって、掛け声のようなものもかすかに耳に入ってきた。

「あの子、あなたの言いつけを守って、毎朝の訓練を日課にしているのですよ」
 窓の外を見ながらもカノは手際よく料理を続けている。

 洗面器で顔を洗い、しっかりと目を覚ますと、ナシャはサムの元へ向かった。

 サムは、訓練用の木人に向かい、懸命に木剣を振るっていた。
 木人に刻まれた傷を見るに、多くの時間を訓練に費やしてきたことが伺えた。

 しばし遠目から息子の様子を見てから、ナシャは「おはようサム」と声をかけた。

「あ、おはようございます、父さま!」
 サムは訓練を中断し、満面の笑みで尊敬する父に挨拶する。
 額に滲んだ汗の量が、真剣に訓練に励んでいたことを物語っている。

「かなり訓練したのだな、良い動きだ」
 ナシャに誉められ、サムは跳び跳ねて喜んだ。

「父さま、一度乱取りをしていただけませんか?」
 一通り喜んだあとで、サムはおずおずとナシャにお願いしてきた。

 ナシャは頷き、木人のそばにある訓練用のメイスを手に取った。

 サムに向き直り「こい」と告げると、サムは子どもとは思えぬほどの速度で接近し、ナシャの胸元に突きを伸ばした。

 ナシャは体軸をそのままにわずかに回転しながら、サムの突きを横から払う。

 サムは払われた勢いに逆らわず、素早く体を回転させて体勢を戻すと、ナシャの腕と膝元を狙った連撃につなぐ。

 ナシャはこれをメイスの柄で受け止め、少し大きめの動きでメイスを横に薙ぎ、サムはこれを慌てながら姿勢を低くして避け、距離をとった。

 サムが気合とともに再び接近し、関節や急所を狙って懸命に木剣を振る。
 サムが幼いころ、ナシャが教えた動きだ。

 教えを忠実に守っていたことに無性に喜びを感じつつ、ナシャはサムの攻撃の隙に乗じて木剣を払い落とし、メイスを目の前で寸止めしてみせた。

「ここまで。よく訓練を重ねたな」
 ナシャがサムに笑いかけた。

「さすが父さまです!全然通用しませんでした!」
 サムは、訓練の結果、ナシャに攻撃が全く通用しなかったのに、とても嬉しそうだった。

 自分の実力より、尊敬する父親が強いことの方が嬉しかったのだ。


「2人とも、朝食の準備ができましたよ!ちゃんと汗を拭いて手を洗ってくださいね!」
 親子の訓練が終わるタイミングを見計り、カノが声をかけた。

 その声を聞き、ナシャはサムの背中を押して、家に戻っていった。

 失われた幸せが戻ってきたことに、喜びを感じながら。
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