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第六章『廃都ゴルドワ』
第三十九話『廃都へ』
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ハーシマからの願いを受けてから2日後、三人はウェスセスを離れ、ノーイス島の北端にある遺跡、廃都ゴルドワへと旅立った。
2日を要したのは、主に旅の必需品を揃えるためだった。
ハーシマの荷物が多いのは普段と変わらないが、今回はナシャとウルも大荷物を背負っている。
ウェスセスから約25シリ(1シリ=約1.8km)ほど離れている廃都までの道中には街がないので馬車が通じていないほか、山岳を越える必要があることから、どうしても大がかりな準備が必要になるのだ。
「テハザまでの遠征を思い出すな」
額にうっすらと汗を滲ませたナシャがポツリと呟いた。
テハザとはヤタガ王国と敵対関係にある蛮族の大規模拠点であり、南北を貫く山脈の中ほどの盆地にある難攻不落を誇る場所だ。
背の高い木々に挟まれるように延びている登山道が、まさにテハザまでの道のりにナシャには見えた。
「この辺は大型の肉食獣が出るが、こちらの気配を示してやれば無闇に近づいてこない。あいつらも臆病なんだ」
涼しげな表情のウルが背負う大きなナップサックに取り付けられた小さな鈴が、歩くたびにカラカラと音を立てる。
「そ、そうなん、ですね……」
ハーシマは玉のような汗をかきながら、息をゼェゼェと切らせている。
山登りになったところで、ウルから息を吸おうとせずリズムよく息を吐いていけと言われたものの、気が付けば全身が空気を求めるようになり。息があがってしまっていた。
そんな状態でも、ウルから「肉食獣に食べられたくなかったら会話しろ」という言い付けを守ろうと必死になっている。
こればかりは経験が物を言うので、ナシャはあえてハーシマの荷物を持ったりせず助言を与えるだけに留めた。
これからハーシマが成長するためには経験が何より必要であると、ナシャは考えていた。
太陽の位置が昼であることを木々の影から読み取ったウルが辺りを見回し、その地形から近くに泉があることを思いだし、泉のそばでナシャとハーシマに休憩することを伝え、疲労感が顔にありありと浮かぶハーシマにかすかに喜びの色が見えた。
それを隣で見たナシャは思わず微笑み、ウルに「わかった、ハーシマ殿もお待ちかねのようだ」と答えた。
木々と膝元辺りまで伸びる草花をかきわけて泉に到着した3人は、それぞれ重い荷物を降ろし、大きく伸びをした。
「さ、さすがに、つ、疲れました」
ハーシマはそう言うと、泉のそばの倒木に腰かけ、水筒の水を飲み干した。
「綺麗な泉だが、念のため沸かしておくか」
ナシャもゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み干し、泉の水を汲もうとしたが、病原菌が気になった。
体調を壊してはどうしようもないのを、兵役の中で身をもって知っているのだ。
「あー、水はおれが作っておく。にぃちゃんは飯の準備をしてくれ」
ウルが手際よく火を起こし、たちまち炎の温もりが辺りを包む。
ナシャは持ってきた保存食と調味料、現地調達した野菜類と小動物の肉で瞬く間に数品の料理を作った。
「や、やっぱりナシャさんの作る料理はお、美味しいです!」
料理を一口食べ、ハーシマの笑顔が輝いた。
「そう言ってもらえると有難い」
ナシャはそう言い、自分も一口食べる。
「そういえばにぃちゃん、死後の世界ってどんな感じだった?」
肉を旨そうに頬張りながら、ウルが無遠慮に聞いてきた。
「そうだな……故郷だった。妻と息子と会えたし馴染みの顔もいた。天国か地獄かは私にはわからないが、あれが死後の世界であるなら悪くないな、と思ったかな」
ナシャがゆっくりと言葉を紡いだ。
「そうか……よく戻ってこれた、いや、よく戻ったな……」
ウルは幾人もの遺品を回収し、中にはナシャのように復活を果たす者もいたが、復活をした者は口を揃えて、死後の世界は良いところで離れがたい場所だったと言っていたのを思い出した。
「なにか、違和感があったのでな」
ナシャが思ったままのことを話した。
居心地の良さがあったが、同時にどうしても消せない違和感があった。
「い、違和感とはどんな感じの?」
当初はウルの質問にデリカシーのなさを感じていたハーシマも、ナシャが気にしているように見えなかったので気になることを質問した。
「都合が良いのだ」
「都合?」
ナシャの答えに、ハーシマとウルが同時に声を出した。
「何か、私が死後の世界を好きになるような、留まりたいと思えるような、そんな世界だった。向こうでは死ぬ前のことを思い出せなくなっていたし、死んだことを受け入れるような雰囲気に満ちていたんだ。それが私にはどうしようもなく都合が良いものに思えた」
ナシャは復活してから、死ぬ前のことを鮮明に思い出せることを気付き、死後の世界で感じていた違和感が自分にとって間違いのない感覚だと考えていた。
「そうか。まぁしかし、次はないからな。一度復活した者はもう復活できないし、潜魔窟内でなければ復活の対象じゃないから、お前ら気を付けろよ」
少し冷めたスープを一気に飲んだウルが注意を促し、2人はコクンとうなずいた。
2日を要したのは、主に旅の必需品を揃えるためだった。
ハーシマの荷物が多いのは普段と変わらないが、今回はナシャとウルも大荷物を背負っている。
ウェスセスから約25シリ(1シリ=約1.8km)ほど離れている廃都までの道中には街がないので馬車が通じていないほか、山岳を越える必要があることから、どうしても大がかりな準備が必要になるのだ。
「テハザまでの遠征を思い出すな」
額にうっすらと汗を滲ませたナシャがポツリと呟いた。
テハザとはヤタガ王国と敵対関係にある蛮族の大規模拠点であり、南北を貫く山脈の中ほどの盆地にある難攻不落を誇る場所だ。
背の高い木々に挟まれるように延びている登山道が、まさにテハザまでの道のりにナシャには見えた。
「この辺は大型の肉食獣が出るが、こちらの気配を示してやれば無闇に近づいてこない。あいつらも臆病なんだ」
涼しげな表情のウルが背負う大きなナップサックに取り付けられた小さな鈴が、歩くたびにカラカラと音を立てる。
「そ、そうなん、ですね……」
ハーシマは玉のような汗をかきながら、息をゼェゼェと切らせている。
山登りになったところで、ウルから息を吸おうとせずリズムよく息を吐いていけと言われたものの、気が付けば全身が空気を求めるようになり。息があがってしまっていた。
そんな状態でも、ウルから「肉食獣に食べられたくなかったら会話しろ」という言い付けを守ろうと必死になっている。
こればかりは経験が物を言うので、ナシャはあえてハーシマの荷物を持ったりせず助言を与えるだけに留めた。
これからハーシマが成長するためには経験が何より必要であると、ナシャは考えていた。
太陽の位置が昼であることを木々の影から読み取ったウルが辺りを見回し、その地形から近くに泉があることを思いだし、泉のそばでナシャとハーシマに休憩することを伝え、疲労感が顔にありありと浮かぶハーシマにかすかに喜びの色が見えた。
それを隣で見たナシャは思わず微笑み、ウルに「わかった、ハーシマ殿もお待ちかねのようだ」と答えた。
木々と膝元辺りまで伸びる草花をかきわけて泉に到着した3人は、それぞれ重い荷物を降ろし、大きく伸びをした。
「さ、さすがに、つ、疲れました」
ハーシマはそう言うと、泉のそばの倒木に腰かけ、水筒の水を飲み干した。
「綺麗な泉だが、念のため沸かしておくか」
ナシャもゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み干し、泉の水を汲もうとしたが、病原菌が気になった。
体調を壊してはどうしようもないのを、兵役の中で身をもって知っているのだ。
「あー、水はおれが作っておく。にぃちゃんは飯の準備をしてくれ」
ウルが手際よく火を起こし、たちまち炎の温もりが辺りを包む。
ナシャは持ってきた保存食と調味料、現地調達した野菜類と小動物の肉で瞬く間に数品の料理を作った。
「や、やっぱりナシャさんの作る料理はお、美味しいです!」
料理を一口食べ、ハーシマの笑顔が輝いた。
「そう言ってもらえると有難い」
ナシャはそう言い、自分も一口食べる。
「そういえばにぃちゃん、死後の世界ってどんな感じだった?」
肉を旨そうに頬張りながら、ウルが無遠慮に聞いてきた。
「そうだな……故郷だった。妻と息子と会えたし馴染みの顔もいた。天国か地獄かは私にはわからないが、あれが死後の世界であるなら悪くないな、と思ったかな」
ナシャがゆっくりと言葉を紡いだ。
「そうか……よく戻ってこれた、いや、よく戻ったな……」
ウルは幾人もの遺品を回収し、中にはナシャのように復活を果たす者もいたが、復活をした者は口を揃えて、死後の世界は良いところで離れがたい場所だったと言っていたのを思い出した。
「なにか、違和感があったのでな」
ナシャが思ったままのことを話した。
居心地の良さがあったが、同時にどうしても消せない違和感があった。
「い、違和感とはどんな感じの?」
当初はウルの質問にデリカシーのなさを感じていたハーシマも、ナシャが気にしているように見えなかったので気になることを質問した。
「都合が良いのだ」
「都合?」
ナシャの答えに、ハーシマとウルが同時に声を出した。
「何か、私が死後の世界を好きになるような、留まりたいと思えるような、そんな世界だった。向こうでは死ぬ前のことを思い出せなくなっていたし、死んだことを受け入れるような雰囲気に満ちていたんだ。それが私にはどうしようもなく都合が良いものに思えた」
ナシャは復活してから、死ぬ前のことを鮮明に思い出せることを気付き、死後の世界で感じていた違和感が自分にとって間違いのない感覚だと考えていた。
「そうか。まぁしかし、次はないからな。一度復活した者はもう復活できないし、潜魔窟内でなければ復活の対象じゃないから、お前ら気を付けろよ」
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