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第七章『テマスの闘技場』
第五十二話『決闘』
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闘技場は、ナシャとキマーダによる最終決戦が火蓋を切って落とされる瞬間を待つ観客たちの熱気に満ち溢れていた。
賭けの倍率は、前回勝者のスロキノを退けたナシャに傾くかと思われたが、観客の血を求める声に応えないナシャへの反発が強いのか、キマーダが優勢になっていた。
ウルは、ナシャの勝利に金貨3枚を賭け、果実の盛り合わせを買ってから席に戻った。
ハーシマが手渡された果実を美味しそうに食べる姿を見て思わず微笑んだウルだったが、少し低い声で「ねぇちゃん、にぃちゃんに魔法で話しかける準備しとけ」と言った。
「どど、どういうことですか?」と困惑するハーシマに、ウルは「まだなんとも言えねぇ。杞憂だったらいいんだがな」と言うに留めた。
戦いが始まる前から、闘技場は「殺せ!殺せ!」と地響きを起こしそうなほどの大歓声に包まれていた。
姿を現したナシャに浴びせられる怒号には「死ね!」という声も混じっていて、ナシャは思わず苦笑した。
王命を差し置いてまで闘技場に赴き、わざわざダールに参戦してるのは、潜魔窟で生き残るための己の成長の為だ。
そしてナシャは、殺し合いが常の闘技場で殺さずに勝つことにこだわっていた。
腕自慢達が集まるところで、自分の全てを出さずに勝ち切るくらいのことができなければ、今後、ウルやハーシマは安心できないだろうし、守ることができないだろう。
フドとスロキノはかなりの強者であったことに間違いなく、一歩間違えればナシャとて危ない相手ではあった。
それでも勝てたのは、これまでの蛮族との戦いの経験と、潜魔窟で一度死んだことによって危機感が増したことで、全身の感覚が研ぎ澄まされているからだった。
今、ナシャの前に立っているキマーダは、表情は暗く冷たいが、途轍もない殺気を放っていた。
『……何かある?』
ナシャはキマーダの殺気の底に、何らかの思惑を感じ、心の中で呟いた。
だが、あえて「すまんが死んでやれん」とニヤリと笑った。
戦闘が始まるとすぐ、キマーダは雷光にも似た鋭さと勢いでナシャを攻め立てた。
心臓、頸動脈、関節の繋ぎ目、両目、武器を持つ手と、矢継ぎ早に急所という急所を正確に狙う双短剣を、ナシャはギリギリのところで受け止めていた。
上手く受け流し反撃に転じても素早い動きで回避し、ナシャは防戦を強いられた。
メイスと小盾は怒涛の短剣の連撃で激しく火花を散らす。
一部の攻撃は革鎧の表面まで迫っていたが、ナシャは巧みに体勢を制御して肉体にまでは届かせなかった。
『かなりやるな……』
わざと体勢を崩し攻撃を誘い、おびき寄せつつ攻撃を小盾で弾き飛ばし反撃に転じたが、メイスが空を抉り取っただけになり、ナシャは警戒度を一段階引き上げた。
キマーダとしても、圧倒的な攻勢を仕掛けているのに、未だナシャに傷ひとつ負わせられないことに苛立っていた。
短く息を吐き、左の短剣で脇腹を狙いつつ右の短剣を恐るべき鋭さと正確さで喉笛を切り裂きにかかる。
常人てあれば脇を貫かれ、首から血飛沫を吹き上げる結末であったが、ナシャは左の短剣を払い落としながら僅かに状態を反らせて右の短剣を空振らせた。
キマーダは、必殺の連携を回避され思わず目を見開いた。
無論、ナシャは余裕を持って回避したわけではない。まさに紙一重で回避できている。
しかし、ナシャが回避できているのは、キマーダの攻撃があまりにも正確であるからだった。
だが、ギリギリの攻防であることを悟られぬようにナシャはあえて表情を崩さず、平然を装っていた。
その結果、焦りと怒りから攻撃の苛烈さは増すものの狙いはやや単調になり、ナシャは反撃の隙を伺いやすくなっていった。
経験に裏打ちされた老獪なナシャの策に、キマーダは知らず知らず嵌まりかけていた。
だが、蹴りとともに巻き上げた砂埃による目潰しすら回避されたところで、キマーダは一度距離を置き、深呼吸をした。
そして口の中に隠していた人の耳には届かぬ音色の笛を吹いた。
誰にも悟られる罠を発動したことで覆面で覆われているキマーダの口元は、邪悪な笑みがこぼれていた。
ただ1人、罠を察知した者がいることも知らずに。
「ねぇちゃん、にぃちゃんに伝言だ」
「ひゃあ!」
夢中でナシャを応援していたハーシマだったが、突然ウルが耳元で囁いてきたので驚きの声をあげた。
「なな、なんて伝えれば?」
「下から突き上げる攻撃がくるが下に逃げろ、にぃちゃんならできる、とだけでいい。頼んだぞ」
ハーシマの問いにウルは端的に答え、席を立って何処かに行ってしまった。
ハーシマの頭の中に疑問符が大量に浮かんだが、とにもかくにもナシャに伝言を伝えることに集中することにして、杖を構え、呪文を唱えた。
「なななナシャさん」
平静な振りで必死に攻撃を避けていたナシャだったが、ハーシマの問いかけに気付き、後方に飛んで間を生み出した。
「うウルさんから、下からの攻撃は下に避けろとの伝言です!ナシャさんならできます!」
ハーシマは必死に脳内で繰り返した伝言を、ほぼ正確かつ手短かに言うことに成功した。
ナシャには何ら反応が見えなかったが、ハーシマにできることは、あとは無事に伝言どおりにナシャが動くことを祈るだけだった。
賭けの倍率は、前回勝者のスロキノを退けたナシャに傾くかと思われたが、観客の血を求める声に応えないナシャへの反発が強いのか、キマーダが優勢になっていた。
ウルは、ナシャの勝利に金貨3枚を賭け、果実の盛り合わせを買ってから席に戻った。
ハーシマが手渡された果実を美味しそうに食べる姿を見て思わず微笑んだウルだったが、少し低い声で「ねぇちゃん、にぃちゃんに魔法で話しかける準備しとけ」と言った。
「どど、どういうことですか?」と困惑するハーシマに、ウルは「まだなんとも言えねぇ。杞憂だったらいいんだがな」と言うに留めた。
戦いが始まる前から、闘技場は「殺せ!殺せ!」と地響きを起こしそうなほどの大歓声に包まれていた。
姿を現したナシャに浴びせられる怒号には「死ね!」という声も混じっていて、ナシャは思わず苦笑した。
王命を差し置いてまで闘技場に赴き、わざわざダールに参戦してるのは、潜魔窟で生き残るための己の成長の為だ。
そしてナシャは、殺し合いが常の闘技場で殺さずに勝つことにこだわっていた。
腕自慢達が集まるところで、自分の全てを出さずに勝ち切るくらいのことができなければ、今後、ウルやハーシマは安心できないだろうし、守ることができないだろう。
フドとスロキノはかなりの強者であったことに間違いなく、一歩間違えればナシャとて危ない相手ではあった。
それでも勝てたのは、これまでの蛮族との戦いの経験と、潜魔窟で一度死んだことによって危機感が増したことで、全身の感覚が研ぎ澄まされているからだった。
今、ナシャの前に立っているキマーダは、表情は暗く冷たいが、途轍もない殺気を放っていた。
『……何かある?』
ナシャはキマーダの殺気の底に、何らかの思惑を感じ、心の中で呟いた。
だが、あえて「すまんが死んでやれん」とニヤリと笑った。
戦闘が始まるとすぐ、キマーダは雷光にも似た鋭さと勢いでナシャを攻め立てた。
心臓、頸動脈、関節の繋ぎ目、両目、武器を持つ手と、矢継ぎ早に急所という急所を正確に狙う双短剣を、ナシャはギリギリのところで受け止めていた。
上手く受け流し反撃に転じても素早い動きで回避し、ナシャは防戦を強いられた。
メイスと小盾は怒涛の短剣の連撃で激しく火花を散らす。
一部の攻撃は革鎧の表面まで迫っていたが、ナシャは巧みに体勢を制御して肉体にまでは届かせなかった。
『かなりやるな……』
わざと体勢を崩し攻撃を誘い、おびき寄せつつ攻撃を小盾で弾き飛ばし反撃に転じたが、メイスが空を抉り取っただけになり、ナシャは警戒度を一段階引き上げた。
キマーダとしても、圧倒的な攻勢を仕掛けているのに、未だナシャに傷ひとつ負わせられないことに苛立っていた。
短く息を吐き、左の短剣で脇腹を狙いつつ右の短剣を恐るべき鋭さと正確さで喉笛を切り裂きにかかる。
常人てあれば脇を貫かれ、首から血飛沫を吹き上げる結末であったが、ナシャは左の短剣を払い落としながら僅かに状態を反らせて右の短剣を空振らせた。
キマーダは、必殺の連携を回避され思わず目を見開いた。
無論、ナシャは余裕を持って回避したわけではない。まさに紙一重で回避できている。
しかし、ナシャが回避できているのは、キマーダの攻撃があまりにも正確であるからだった。
だが、ギリギリの攻防であることを悟られぬようにナシャはあえて表情を崩さず、平然を装っていた。
その結果、焦りと怒りから攻撃の苛烈さは増すものの狙いはやや単調になり、ナシャは反撃の隙を伺いやすくなっていった。
経験に裏打ちされた老獪なナシャの策に、キマーダは知らず知らず嵌まりかけていた。
だが、蹴りとともに巻き上げた砂埃による目潰しすら回避されたところで、キマーダは一度距離を置き、深呼吸をした。
そして口の中に隠していた人の耳には届かぬ音色の笛を吹いた。
誰にも悟られる罠を発動したことで覆面で覆われているキマーダの口元は、邪悪な笑みがこぼれていた。
ただ1人、罠を察知した者がいることも知らずに。
「ねぇちゃん、にぃちゃんに伝言だ」
「ひゃあ!」
夢中でナシャを応援していたハーシマだったが、突然ウルが耳元で囁いてきたので驚きの声をあげた。
「なな、なんて伝えれば?」
「下から突き上げる攻撃がくるが下に逃げろ、にぃちゃんならできる、とだけでいい。頼んだぞ」
ハーシマの問いにウルは端的に答え、席を立って何処かに行ってしまった。
ハーシマの頭の中に疑問符が大量に浮かんだが、とにもかくにもナシャに伝言を伝えることに集中することにして、杖を構え、呪文を唱えた。
「なななナシャさん」
平静な振りで必死に攻撃を避けていたナシャだったが、ハーシマの問いかけに気付き、後方に飛んで間を生み出した。
「うウルさんから、下からの攻撃は下に避けろとの伝言です!ナシャさんならできます!」
ハーシマは必死に脳内で繰り返した伝言を、ほぼ正確かつ手短かに言うことに成功した。
ナシャには何ら反応が見えなかったが、ハーシマにできることは、あとは無事に伝言どおりにナシャが動くことを祈るだけだった。
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