青の向こうへ君と2人で

あさひてまり

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第一楽章 始まりの音(side花岡蒼良)

2.吹奏楽部とその先輩

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新緑の季節とは良く言ったもので、五月の窓の外は目に眩しい。

すっかり薄紅の面影をなくした桜の木が薫風にサワサワと揺れる。

「蒼良、教室移動!」

後頭部をペシリと叩かれて振り返ると、拓真がリコーダー片手に立っていた。

「あ~、次音楽か。」
「お前よく窓の外見てトリップしてるよな。」
「んー…視力回復しようと思って。」
「視力悪いん?」
「両目1.5」
「良すぎだろ!」

ゲラゲラ笑う拓真と連れ立って4階の音楽室へと向かう。

高校生の適応能力とは凄まじいもので、ほんの1ヶ月前まで教室に漂っていた余所余所しさは消えかけている。

中でも蒼良と拓真は相性が良かったのか、クラス内では既にニコイチの扱いになっていた。

「今日から本格的に部活始まるから、帰り蒼良一人になるけど大丈夫か?」

中学から引き続き陸上部を続ける事にした拓真の心配顔に蒼良は顔を顰める。

この男は自分を小学生だとでも思ってるんだろうか。

「蒼良、ちっさいから心配なんだよなぁ。」
「俺はちっさくない、平均だから!」

164センチは平均ど真ん中…とまではいかないが小さくはない…筈だ。

高1の5月の段階で176センチある上に筋肉もあるハンマー投げゴリラと一緒にしないでもらいたい。

そんな拓真だが、高校で部活を続けるつもりは無かったらしい。

ところが、待ち構えていた中学時代の先輩に仮入部に引っ張られて行き…気付いたら入部届にサインしていたと言う。

変な催眠にかけられたのでは?と聞く蒼良に拓真は嘆いた。

『これが運動部の宿命なんだ』と。

先輩の命令には「はい」か「YES」しかないらしい。

体育会系とは恐ろしいものだ。

「いいよなぁ、吹部の先輩は女子が多いし、お淑やかで優しそうで。」

遠い目をする拓真だが、それは大きな誤解だと蒼良は声を大にして言いたい。

吹奏楽部は確かに文化部だが、その中では限りなく運動部に近いと思う。

まず、上下関係が非常に厳しい。

先輩に敬語は当たり前として、廊下などで出くわした時の挨拶は必須。

「こんちは」や「お疲れ様っす」などは論外であり、「こんにちは」や「さようなら」と明瞭に言わなくてはならない。

全校集会の時なんかは、すれ違う先輩がいないかと神経を尖らせていたものだ。

そして、軍隊なのでは?と言うレベルの返事。

「一年生集まって」「はい!」
「誰か指揮台運んで」「はい!!」
「アルトサックス8小節目から」「はい!!!」

さらには、どんな喧噪の中でも先輩が鳴らす手の音を聞き逃してはならない。

三回手を叩く=先輩が支持を出す合図なので、その場は一瞬で静まり返るのだ。

特に部長クラスは、同級生を含めた部員総勢80人をそれだけで黙らせていた。

これらの掟を破ろうものなら、しっっかりとしたお叱りを受ける。

また、物理的に運動部よろしく走り込みや筋トレをする事もあるのだ。

肺活量の向上やしっかりした腹筋は音を真っすぐ支える…ブレたり揺れる事なく演奏するのに必須だから。

と、まぁ学校によって多少の違いはあるものの、拓真がイメージするほど吹奏楽部は甘くない訳だが。

それを言って中学の話しを自らを蒸し返すつもりは、蒼良には毛頭なかった。

だから曖昧に笑って、やや息を弾ませながら4階の階段を登り切る。

目的の音楽室まで、後少しーー

「…ッこんにちは!!」

前から歩いて来た人影に、長年鍛えられたセンサーがオート反応した。

脊髄反射で挨拶した蒼良自身も、された側も驚いて固まる。

「え…?花岡君!?」

目の前で口許を抑える女子生徒は良く知っている。

木南風花きなみふうか…蒼良の母校である藤ヶ崎中学の吹奏楽部でフルート担当だった先輩だ。

「「ここの高校だったの!?」んですか!?」

台詞が被るほどお互いに驚いていた。

そして、蒼良には苦い思いもあった。

(態々遠くて吹奏楽部が盛んじゃない高校を選んだのに、まさか関係者がいるなんて…)

「えっと…久しぶりだね。」
「…お久しぶりです。失礼します。」

戸惑いつつ話し掛けてきた木南の横を蒼良はすり抜ける。

向けられる視線の中に込められたものを見たくなくて、足早に。

「え、おい!蒼良!?」

慌てて追いかけてくる拓真にも構っていられなかった。

「待って、花岡君…!」

静止する先輩の声を無視して歩き続けた。

でも、いいんだ。

俺はもう、部員じゃない。

誰の後輩でもないんだから。
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