緑の魔法と香りの使い手

兎希メグ/megu

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13章:薬師の試験と王都での日々

149.薬師ギルドで衝撃の事実

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「姉上!」
「何だい、そんなに大きな声を出さずとも聞こえているよ。まあ、積もる話は後でしようじゃないか。わしはこの子の世話があるんでね」

 吹き抜けのホールで紳士の叫び声が響く響く。
 お陰で、そこのドアの影からこっそりこちらを見る人とか、二階とかの手すりから下を覗き込む人影が見えるんですけど。ちょ、ちょっと恥ずかしい。

 しかし、普段は殆ど放任の癖に、こんな時だけ私を盾にするのやめてくれませんかね、オババ様。
 ああ、ぱりっとした白シャツとベストをシルエットの綺麗なスラックスに合わせた立派な身なりの弟さんが、こちらを涙目で見てくるんですけど。
「あの、お弟子さん。貴方も何か言ってくれませんか」
「これ、若い子を脅すような事はお止め。悪いねぇベル、こんな情けない弟で」
「姉上っ」
 必死に話し掛けてくる、推定ギルドのお偉いさんな弟さんを軽くあしらい、滅多に見ないような優しい目で私を見ると、オババ様はギルドの扉の方へと向き直ってしまう。
 
 その背に弟さんは必死に話し掛けた。
「姉上、二十年も顔を見せずにそれはないでしょう!」
「なあに、裏を返せば二十年顔を見なくともやって来れたって事じゃろ。話が明日や明後日になっても問題ないって事さ」
「……そうやって言ってギルド長の話を蹴り、姿を消したのは姉上でしょう!」

 うわあ、これは派手な姉弟げんかだ。
 美人な受付嬢達が困った顔をしてるよ。

 そうして私達が恐々とオババ達の話を伺っていると、姉弟の話が終わったのか、オババ様が「ホテルに行くよ」 と声を掛けてくる。
 あ、そうだった。
 そう言えば、今日の宿も決まってないのよね。
 
 私は慌ててソファから腰をあげる。
 
 弟さんの悲痛な呼び声が響く中、薄情なオババ様は扉を開けてギルドから堂々と出て行く。
 あーあ、これ、本当にいいのかなぁ……。

 オババ様は石畳の大通りを走る馬車をひょいと呼び止めると、それに乗り込む。
 慌てて私達もそれに同乗し、20分くらい馬車で揺られてホテルへ向かう事になった。

 で、現在は馬車で揺られてる訳だけど。
「で、アレックスさんはオババ様の事情を知ってたんですか?」
「いや。オババの出奔はオレらが生まれた事の頃だろう? 流石に知らないさ。随分腕がいいとは思ってたが……成る程、王都の本部を率いる一族の出身とは、これまたすごい出自だな」
「ですねぇ」

 うんうんと頷く私達をよそに、詩人さんは訳知り顔だ。
 何でも、薬師ギルドの当時の長が天才と言わしめたという、凄腕薬師な長女の出奔の話は王都では割合と有名な話らしく、吟遊詩人はニュースを取り扱ってる新聞記者っぽいところがあるから、それなりに王都の過去の醜聞として先輩に聞いてたんですって。

「それが、オババ様とは知りませんでしたが。いやあ、私は随分と凄い方と旅をご一緒していたようですね」
 ベンチシートに座りしれっと言う彼は、どうにもこうにも胡散臭い。
 
  当のオババ様はって? 馬車に乗り込むとすぐに目を瞑って狸寝入りしてるよ。
 どうせ弟さんの事聞かれるの面倒とか思ってるんでしょう。オババ様って、結構秘密主義なとこあるからなぁ。

 私は思わず詩人さんに向け渋面を作る。
「うわあ、嘘っぽい」
「あの、ベルさんは私を疑いの目で見過ぎていると思うんですが……」
「ぽちが嫌がるぐらい後をつけ回すような人を、どうやって信じろって言うんです?」

 派手な竜の縫い付けのある帽子の下でさもショックという顔をしてるけど、目が笑ってるから冗談だって分かるんですよ!
 どうせ今も、オババ様の地上での活動内容とか弟子の私に聞こうって腹なんだろう。相変わらず油断も隙もないなあ、この詩人さん。
 
 じっとりと私が睨むと、彼はハハハと爽やかに笑顔で流した。むう。

 私はぽちをぎゅっと抱き締めて詩人さんを見ていると、まあまあと宥めるようにアレックスさんが私を止める。
 
 
「そうやってあれの調子に巻き込まれていると、余計な事を言わされるぞ?」
「それもそうですね」

 あっさり詩人さんから視線を切ったら切ったで、今度はしょんぼりした風に下を向くあたりがあざとい……うう、良心が疼くけど、無視しよう。ぽちも彼の胡散臭い笑顔が嫌なのか、私の方にグイグイ擦り寄ってくるし。
 
 まあ、よく考えたら私は薬師の試験も近いし、過去問もあるし。そうそうに片付けなければならない宿題もある訳だから、詩人さんに乗せられている場合じゃなかったんだった。
 
 うーん、残念だけれど観光は試験の後にして、今は試験勉強を頑張ろう。

 そうして、過去問の入った肩下げ鞄を軽く撫で、私は心新たに試験への意気込みを高めた。
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