編み物魔女は、狼に恋する。〜編み物好きOLがスパダリ狼さんに夢と現実で食べられる話。

兎希メグ/megu

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三章 現実、月曜日。冷たい場所に閉じ込められました。

一話 現実、月曜日。冷たい場所に閉じこめられました。

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(どうして、こんな事に……)

 その場所は夏だというのに、冷たさが押し寄せてくる。
 そこは大きな冷蔵室。
 漬け物の素材の鮮度保持や、在庫の管理などに使っているプレハブサイズの冷蔵場所だ。

 そこに、織部伊都と白銀理一は、目下閉じこめられていた。

 来客の接客中、何故か工場長である灰谷に呼ばれて、『サボってねぇで漬け物のストックを整理してこい』 と冷蔵室に押し込まれたところ……。

 いわゆる見せ筋肉、体造りが趣味の巨体の灰谷と病み上がりのか細い伊都。
 見た目、暴漢に襲われているような姿だった為か、白銀がそこに慌てて飛び込んで……。

『一緒に頭冷やしたらどうだ、色男。ハハッ。明日には出してやるよ!』

 ……そんな流れで、一緒に、冷蔵室に閉じこめられたというのが現状である。

 今日は、たまたま会社に用があって白銀が来る日で。
 でも、飛び込みのアポがあって、時間がずれてしまいほぼ終業近い時間に現れて……。
 そこで、例のストック整理の、命令で。


(ああどうしよう、また迷惑を掛けてしまった……)
 伊都は小さく震えながら、罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
(また、私がしっかりしてないから、関係のない白銀さんに……)

 これが間の悪い事に、自分の机にスマホを置き忘れてきてしまっている為、応援を呼ぶのも難しい。

「くしゅん」

 場違いにもくしゃみが出てしまい、伊都は慌てて口を塞ぐ。
 指先まで蒼白となり震えている伊都に、心配そうな顔で白銀が半袖姿の伊都に夏スーツの上着を掛けてくれる。

「伊都さん、大丈夫ですか」

 ふわりと包み込まれるその匂いは、夢の中にも感じた、彼の匂い。思わずホッと、息を吐く。
 その匂いは絶大で、恐慌状態の伊都を落ち着かせてくれる。

(そうだ、今は悲観してる場合じゃない、何とか、外の人に気づいて貰わないと……)

 この冷蔵室は旧型で、外部でかんぬきを落としてしまうと、内部からは開く事が出来ない。
 外部の気温に左右されるが、平均約三度程の温度の中、長時間居ては丈夫な人でも風邪を引いてしまうだろう。
 だが、パートの人達は案外時間きっかりに上がる人が多い。扉前で揉め始めた頃には完全に退けていた感じだったので、扉近くで叫んだところで職場の人間に気づかれる事はないだろう……。

(……そうだよね、灰谷さんだって、そこは分かってて私を閉じこめたのよね)

 冷静になればなるほど、状況は詰んでいる。伊都は悔しさに唇を噛みしめた。

(何で、灰谷さん、何でこんな事……)

 足下は冷えているのに、彼の上着に包み込まれた上半身は暖かい。
 冷えた頭で考えたのと同時、彼の体温の移った上着に焦りはじめる。

 伊都はぱっと、顔を上げて上着を肩から外した。
「……あ、だ、駄目です。白銀さんが風邪を引いてしまいます」
 伊都は彼へ上着を返そうとするが、かじかんだ手からさらりと抜き取られた上着は、また伊都の肩を包むように彼女の体を包み込んでしまう。
 いつもよりずっと近い距離。彼の手が、彼女の肩をそっと叩く。
 労るように。
「私は平気ですよ。これでも鍛えていますから」
 高い位置から見下ろされるのは、いつもは怖い。だのに、彼が切れ長の目を優しく細めてにこり、と笑い掛けるのはどちらかと言えば胸が騒ぐ。
「で、でも……」
 どうしよう、と慌てる伊都に、彼は言う。
「男の私より、伊都さんに風邪を引かせたら何だか私が悪者のようじゃないですか? これでいいんです。ここは私に花を持たせて下さい」

「あ……それも、そうですね」
 ……現実の彼は、とても口が上手いのだったと伊都は実感する。

(夢の中では、どっちかというとぶっきらほうなのに)
 所詮夢とは思うのに、今日はいつもよりこんな近くで。
(いつもは、テーブルを挟んだ距離。近いようで遠くって、なのに、今日は)
 こんなにも近くにいて、リラックスして話しているのだから、夢の影響は強いのだろう。
(なんだか、ちょっと……いつもと違う)

 それはこの、非現実的な状況にも関わっているのだろうが。

「それにしても……寒いですね」

 まるで巣穴の、夜のよう。
 しんと冷える空気の中で睦みあった記憶は作り物の筈なのに、どうしてこんなにも二人でいるのが当たり前のように感じるのだろう。
 と、現実逃避している場合じゃなくて。

「しかし、工場長は本当に何を考えてこんな事を……」
 白銀が伊都の気持ちを代弁するように呟く。
「鵜飼さん……いや、彼女をこんな場所に呼ぶのは……」
 スマホの連絡帳を眺めながら、必死に呼び出す相手を探している彼の前で、伊都は不安というよりも、困惑に胸が塞いでいた。

(本当……灰谷さんは、何の為に、こんな)
 伊都はきゅっと唇を噛み。
(こんな、愚かな事をする人だと、思わなかったのに……)
 悔しい気持ちを抱えたまま、何でもなかった筈の今日を思い出す。
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