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四章 冷たい部屋からの救出
二十三話 夢から覚めても、貴方がいて。(2)
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「けほっ……何か、言いましたか」
「いいえ、大した事では。ただ、織部さんがいつもと違うように見えて、心配です」
にこりと笑う彼だが、何だか笑みが弱々しい。
そんな白銀の内心を知らず、伊都は彼の言葉に喜んでいた。
(白銀さんが、心配してくれた)
熱でセーブ出来ていない顔は喜色が溢れている。いろいろダダ漏れ過ぎている伊都に、白銀はうっと唸り、僅かに頬を染めた。
「今日の織部さんは本当に……いつもより無防備でいらっしゃって心配ですのでお邪魔してもいいですか? 食欲が無くても食べられそうなものを持ってきたんです」
一緒に食べましょう。そう言われて、伊都は慌てて大きく頷いた。
部屋に上がって貰い、客用のクッションを取り出すとローテーブルの前に置く。
伊都の部屋はユニットバス付きのワンルームだ。私的なそこに、男性を入れたのは父親以外初めての事である。
熱のせいか妙にテンションが上がっていて、常にない程に無防備な伊都は、大喜びで差し入れを受け取ると中からおかゆを取り出した。
「白銀さんも食べますよね?」
「そうですね、お邪魔でなければ」
「お邪魔だなんて。嬉しいです」
小鍋にレトルトおかゆを二人分移し、ガスレンジで暖める。
弾む声と素直に浮かぶ笑みは、巣穴の中で過ごす時の伊都のようだ。白銀はその様子に、微妙に困惑したまま、きちんと正座の姿勢でいる。
「足、崩して楽にしていて下さい。あ、お茶を……」
「いえ、織部さんは風邪を引いているのですからお構いなく」
「いえいえ、私が構いたいんです」
親しげで直截な伊都の物言いに目を見張った白銀は、言われた通りに胡座をかいた。
ぐつぐつと煮えるおかゆがふんわりと米の香りを広げだし、電気ケトルが盛大に湧く音に紛れて戸惑い混じりに白銀が呟く。
「巣穴の魔女みたいだ……」
現在、熱で浮かされた伊都のテンションは完全に振り切れていた。
(そういえば、白銀さんとは外食ばかりご一緒するけれど、いつもはちゃんと自炊されてるのかしら)
お弁当のおにぎり用に塩気のあるおかずは結構常備している。鮭のほぐしや梅干し、海苔の佃煮などを、浅漬けと一緒に添えて出せば、彼は嬉しそうに食べていた。
(うん、和食は嫌いじゃなさそう……今度、いつもの喫茶店や故郷だけでなく、他の店にもお誘い出来たらいいな)
伊都は余計な事を考えながら食事を進める。
いつもの後ろ向きな伊都なら考えそうもない積極性だ。
食欲が無かった筈だが、白銀と一緒のお陰か一人分のおかゆをぺろりと完食した。
薬を出して飲もうとした時、当たり前の事を思い出す。
今日は平日、火曜日だ。
「あの、お仕事は」
「今日は半休を取っていますので余裕ですよ。私も例の閉じ込めが原因で体調を崩す可能性もありましたから、用心して取りました」
さすがは自己管理の出来ている男、白銀である。急のトラブルの後も用意周到だ。
「それより織部さん、本当に大丈夫ですか?」
白銀が不安そうに聞いてくる。
気持ちは分かる。
「ええと……多分大丈夫ではないです」
(今日の私、いろいろおかしいわよね。でも何だか楽しいんだもの)
今日の伊都は、熱の引いた時が恐ろしいぐらいの振り切れぶりだ。
(白銀さんが私の部屋にいるのよ? ふふふ、夢みたい)
それはまるで夢の続きのようで……。
「そうですか、では私は一旦自宅に帰り……」
席を立とうとした白銀が目を見張った。
「気をつけて帰って下さいね」
そんな事をいいながら、伊都は笑顔を浮かべたまま、泣いていたのだから。
「いいえ、大した事では。ただ、織部さんがいつもと違うように見えて、心配です」
にこりと笑う彼だが、何だか笑みが弱々しい。
そんな白銀の内心を知らず、伊都は彼の言葉に喜んでいた。
(白銀さんが、心配してくれた)
熱でセーブ出来ていない顔は喜色が溢れている。いろいろダダ漏れ過ぎている伊都に、白銀はうっと唸り、僅かに頬を染めた。
「今日の織部さんは本当に……いつもより無防備でいらっしゃって心配ですのでお邪魔してもいいですか? 食欲が無くても食べられそうなものを持ってきたんです」
一緒に食べましょう。そう言われて、伊都は慌てて大きく頷いた。
部屋に上がって貰い、客用のクッションを取り出すとローテーブルの前に置く。
伊都の部屋はユニットバス付きのワンルームだ。私的なそこに、男性を入れたのは父親以外初めての事である。
熱のせいか妙にテンションが上がっていて、常にない程に無防備な伊都は、大喜びで差し入れを受け取ると中からおかゆを取り出した。
「白銀さんも食べますよね?」
「そうですね、お邪魔でなければ」
「お邪魔だなんて。嬉しいです」
小鍋にレトルトおかゆを二人分移し、ガスレンジで暖める。
弾む声と素直に浮かぶ笑みは、巣穴の中で過ごす時の伊都のようだ。白銀はその様子に、微妙に困惑したまま、きちんと正座の姿勢でいる。
「足、崩して楽にしていて下さい。あ、お茶を……」
「いえ、織部さんは風邪を引いているのですからお構いなく」
「いえいえ、私が構いたいんです」
親しげで直截な伊都の物言いに目を見張った白銀は、言われた通りに胡座をかいた。
ぐつぐつと煮えるおかゆがふんわりと米の香りを広げだし、電気ケトルが盛大に湧く音に紛れて戸惑い混じりに白銀が呟く。
「巣穴の魔女みたいだ……」
現在、熱で浮かされた伊都のテンションは完全に振り切れていた。
(そういえば、白銀さんとは外食ばかりご一緒するけれど、いつもはちゃんと自炊されてるのかしら)
お弁当のおにぎり用に塩気のあるおかずは結構常備している。鮭のほぐしや梅干し、海苔の佃煮などを、浅漬けと一緒に添えて出せば、彼は嬉しそうに食べていた。
(うん、和食は嫌いじゃなさそう……今度、いつもの喫茶店や故郷だけでなく、他の店にもお誘い出来たらいいな)
伊都は余計な事を考えながら食事を進める。
いつもの後ろ向きな伊都なら考えそうもない積極性だ。
食欲が無かった筈だが、白銀と一緒のお陰か一人分のおかゆをぺろりと完食した。
薬を出して飲もうとした時、当たり前の事を思い出す。
今日は平日、火曜日だ。
「あの、お仕事は」
「今日は半休を取っていますので余裕ですよ。私も例の閉じ込めが原因で体調を崩す可能性もありましたから、用心して取りました」
さすがは自己管理の出来ている男、白銀である。急のトラブルの後も用意周到だ。
「それより織部さん、本当に大丈夫ですか?」
白銀が不安そうに聞いてくる。
気持ちは分かる。
「ええと……多分大丈夫ではないです」
(今日の私、いろいろおかしいわよね。でも何だか楽しいんだもの)
今日の伊都は、熱の引いた時が恐ろしいぐらいの振り切れぶりだ。
(白銀さんが私の部屋にいるのよ? ふふふ、夢みたい)
それはまるで夢の続きのようで……。
「そうですか、では私は一旦自宅に帰り……」
席を立とうとした白銀が目を見張った。
「気をつけて帰って下さいね」
そんな事をいいながら、伊都は笑顔を浮かべたまま、泣いていたのだから。
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