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婚約破棄されました。
6 姫巫女の記憶(3)
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『オトメゲーム、というのは確か、君が時折言うあのおかしな記憶、ですか?』
私は自室で、世界樹……樹のお母様から見せられる己の記憶を他人目線で見返しつつ、困惑する友人の言葉に答える。
「ええ、そう。その辺りは、この記憶の続きにあるから詳しくは省くけど……まあ、そういう、なんて言うのかしら。美しい絵が付いた恋愛物語を眺める遊びよ。私のやっていたそれは、まるで目の前に美しい殿方が立っているように見える技術が使われた、ちょっとリッチな作りのものだったけれど」
『……それはまた、随分と君は、面白い記憶を持つのですね』
「回りくどく言っても分かるわよ。恋愛物語の記憶を今世まで覚えているなんて、喪女の妄想は激しいとでも思っているんでしょ? もう。でもまあ近いものはあるのかもね。私は本当にあの世界が好きで……あの世界で過ごした仮初めの記憶が、大事だったから」
『フレイア……』
「まあ、今思えば前世の事なんて、樹のお母様に記憶を委ねていなければ早晩消えていたような、遠い遠い昔のこととしか思えない何か、ですけどね。時折見返しては懐かしむ日記に書かれた色あせた記録そんなものよ。……だって、私は私、フレイア=イグ=ドラージュですもの」
そんな話をしながら、私達は今日起こった喜劇の記憶を再び眺める。
◆◆◆
十七年こちらで過ごしたので、ややもすればおぼろげな乙女ゲームの内容を、私は必死に思い出す。
彼女の名はピュアリア・フレーゲル。
フレーゲル男爵家の娘。
新興貴族で、しかも祖父の代で名ばかりの爵位である準男爵を買い、功績だか付け届けだか分からないけれどまあとにかく、親の代で何とか下位爵位の男爵を掴んだ、商家上がりの弱小貴族だ。
で、あるが為、伯爵家以上の高位貴族が集うこの場で見知られぬのは当然といえば当然。
ここ数年、ようやく貴族名鑑の端の端に乗っかった、そんな家柄なのだし。
まあ、その男爵はといえば、彼の商才を惜しんだ寄親に、近頃では避暑地の経営を任されているというけれど……。
しかしながら、この場の誰もその顔を覚えていないだろう彼女の事を、私は知っていた。
あの、顔立ちは整っているけれどどこか地味な、赤茶色の髪にこげ茶色の瞳の、平民っぽい色合いの少女。
まさしく乙女ゲーのザ・ヒロインの風格を持つ彼女を、私は……知って、いたのだ。
(まさか、よりにもよってあの運営の冗談ネタを本気で成立させるなんて……ある意味、狂気よね)
前世の私はゲーマーで、ゲームという形で、この世界を背景とした物語をプレイしていた。
だからこそ、嫌なことに現状を理解してしまう。
――王妃陛下しか使用出来ない、庭園で。
次期王太子の妃殿下となる辺境伯家令嬢のお披露目を目的とした茶会で。
王太子が、幼なじみにして姫巫女候補であるヒロインを虐めたと辺境伯家令嬢を糾弾し。
――あげく、婚約破棄する。
そして、ヒロインは国教会の高位神官の証である姫巫女である為、低位貴族でありながらも、王族に迎えられるのだった。そして二人は末長く幸せに暮らしました。
という、無理のある筋書き。
……このシチュエーション、前世、乙女ゲー「ととのを」 のエイプリルフールネタでやった記憶があるわー。
と、私は一人内心に唸っている訳である。
ツブヤイターというSNSの公式アカウント発言では、「禁断のあのルートが解禁!? 凜々しきあの方とのラブロマンス! 一日限りの公開を、どうぞお見逃しなく!」 とアナウンスされ……うん、そう、本編では絶対にあり得ない、お祭りシナリオだよという前提を、しっかりがっちり言い聞かせた上で、公開されたそれ。
私は、べたべたと隙間なくくっつくヒロインと王太子を前にして、扇子の裏で隠れてため息を吐いた。
よりによって、ヒロインさんはこの公式にして非公式な、「四月馬鹿」 ルートを選ぶのか、と、内心に頭を抱えたのだ。
記憶にある乙女ゲーは、ごく平凡なものだった。
基本的には美麗な3Dキャラクターモデルを眺めながら、豪華ボイスの声優さんの美声を聞きつつ、途中途中で挟まる二択または三択の吹き出しセリフを選んでいき、選択によりもたらされる、
グッド、ノーマル、バッドの三つのエンディングを目指すというもの。
毎日配られる無料の栞を消費して、物語を進めるオーソドックスなソーシャルタイプの乙女ゲーで、課金アイテムは好感度を高めるヒロインに着せるアバターアイテム、好感度の調整が出来るヒーローへ贈るプレゼントアイテム、物語を進める為の栞セットなどがあったと記憶している。
肝心の物語は、主人公である男爵令嬢ピュアリアの父が寄親に委託され、代官として領地経営する避暑地で起こる。
身体の弱い第三王子の静養に訪れた避暑地で、そのご友人である英雄候補達との、淡い一夏の恋を描いた、ロマンチックなストーリーだ。
本来の攻略対象である英雄らは、貴族家三男や一代爵位である騎士爵家の息子達で、男爵令嬢に現実的に届きやすいような設定である。
しかも、ピュアリアは男爵家の一人娘であるから、入り婿としてもなかなかマッチしている。
そんなゲームだからこそ、私としてはこの状況に困惑している。
転生ヒロインだろうピュアリアが、よりにもよって、エイプリルフールネタを本気で狙うのか、と。
私は自室で、世界樹……樹のお母様から見せられる己の記憶を他人目線で見返しつつ、困惑する友人の言葉に答える。
「ええ、そう。その辺りは、この記憶の続きにあるから詳しくは省くけど……まあ、そういう、なんて言うのかしら。美しい絵が付いた恋愛物語を眺める遊びよ。私のやっていたそれは、まるで目の前に美しい殿方が立っているように見える技術が使われた、ちょっとリッチな作りのものだったけれど」
『……それはまた、随分と君は、面白い記憶を持つのですね』
「回りくどく言っても分かるわよ。恋愛物語の記憶を今世まで覚えているなんて、喪女の妄想は激しいとでも思っているんでしょ? もう。でもまあ近いものはあるのかもね。私は本当にあの世界が好きで……あの世界で過ごした仮初めの記憶が、大事だったから」
『フレイア……』
「まあ、今思えば前世の事なんて、樹のお母様に記憶を委ねていなければ早晩消えていたような、遠い遠い昔のこととしか思えない何か、ですけどね。時折見返しては懐かしむ日記に書かれた色あせた記録そんなものよ。……だって、私は私、フレイア=イグ=ドラージュですもの」
そんな話をしながら、私達は今日起こった喜劇の記憶を再び眺める。
◆◆◆
十七年こちらで過ごしたので、ややもすればおぼろげな乙女ゲームの内容を、私は必死に思い出す。
彼女の名はピュアリア・フレーゲル。
フレーゲル男爵家の娘。
新興貴族で、しかも祖父の代で名ばかりの爵位である準男爵を買い、功績だか付け届けだか分からないけれどまあとにかく、親の代で何とか下位爵位の男爵を掴んだ、商家上がりの弱小貴族だ。
で、あるが為、伯爵家以上の高位貴族が集うこの場で見知られぬのは当然といえば当然。
ここ数年、ようやく貴族名鑑の端の端に乗っかった、そんな家柄なのだし。
まあ、その男爵はといえば、彼の商才を惜しんだ寄親に、近頃では避暑地の経営を任されているというけれど……。
しかしながら、この場の誰もその顔を覚えていないだろう彼女の事を、私は知っていた。
あの、顔立ちは整っているけれどどこか地味な、赤茶色の髪にこげ茶色の瞳の、平民っぽい色合いの少女。
まさしく乙女ゲーのザ・ヒロインの風格を持つ彼女を、私は……知って、いたのだ。
(まさか、よりにもよってあの運営の冗談ネタを本気で成立させるなんて……ある意味、狂気よね)
前世の私はゲーマーで、ゲームという形で、この世界を背景とした物語をプレイしていた。
だからこそ、嫌なことに現状を理解してしまう。
――王妃陛下しか使用出来ない、庭園で。
次期王太子の妃殿下となる辺境伯家令嬢のお披露目を目的とした茶会で。
王太子が、幼なじみにして姫巫女候補であるヒロインを虐めたと辺境伯家令嬢を糾弾し。
――あげく、婚約破棄する。
そして、ヒロインは国教会の高位神官の証である姫巫女である為、低位貴族でありながらも、王族に迎えられるのだった。そして二人は末長く幸せに暮らしました。
という、無理のある筋書き。
……このシチュエーション、前世、乙女ゲー「ととのを」 のエイプリルフールネタでやった記憶があるわー。
と、私は一人内心に唸っている訳である。
ツブヤイターというSNSの公式アカウント発言では、「禁断のあのルートが解禁!? 凜々しきあの方とのラブロマンス! 一日限りの公開を、どうぞお見逃しなく!」 とアナウンスされ……うん、そう、本編では絶対にあり得ない、お祭りシナリオだよという前提を、しっかりがっちり言い聞かせた上で、公開されたそれ。
私は、べたべたと隙間なくくっつくヒロインと王太子を前にして、扇子の裏で隠れてため息を吐いた。
よりによって、ヒロインさんはこの公式にして非公式な、「四月馬鹿」 ルートを選ぶのか、と、内心に頭を抱えたのだ。
記憶にある乙女ゲーは、ごく平凡なものだった。
基本的には美麗な3Dキャラクターモデルを眺めながら、豪華ボイスの声優さんの美声を聞きつつ、途中途中で挟まる二択または三択の吹き出しセリフを選んでいき、選択によりもたらされる、
グッド、ノーマル、バッドの三つのエンディングを目指すというもの。
毎日配られる無料の栞を消費して、物語を進めるオーソドックスなソーシャルタイプの乙女ゲーで、課金アイテムは好感度を高めるヒロインに着せるアバターアイテム、好感度の調整が出来るヒーローへ贈るプレゼントアイテム、物語を進める為の栞セットなどがあったと記憶している。
肝心の物語は、主人公である男爵令嬢ピュアリアの父が寄親に委託され、代官として領地経営する避暑地で起こる。
身体の弱い第三王子の静養に訪れた避暑地で、そのご友人である英雄候補達との、淡い一夏の恋を描いた、ロマンチックなストーリーだ。
本来の攻略対象である英雄らは、貴族家三男や一代爵位である騎士爵家の息子達で、男爵令嬢に現実的に届きやすいような設定である。
しかも、ピュアリアは男爵家の一人娘であるから、入り婿としてもなかなかマッチしている。
そんなゲームだからこそ、私としてはこの状況に困惑している。
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