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雪島真冬
夢
しおりを挟むある日突然普通に話せるようになった好奇心旺盛真冬。
リハビリ的なものなので気持ち短めです。
ーーー
(李世side)
雪が降り始めた、冬の日の朝の事だった。
冬休みで予定も無かったのでゆっくり遅くまで眠っていたら、10時頃に体の上に何か乗っている感覚があって、
………目が覚めて初めに視界に入ったのは、寝ている自分の上に乗る友人の姿だった。
「………ん……、なにしてるのぉ………真冬。」
寝ぼけ気味で機嫌の悪そうな少し枯れた声でそう言うと、無口な彼はボクの何故か胸ぐらを掴んで、
「っ……!」
「…りせ、……李世…!!」
…普段なら聞けるはずのないその幼い少年のような声に、咄嗟に目が覚めた。
「……え、真冬………?」
体を上半身だけ起こしては乗っかる真冬と向かい合うように、
「……おはよう。李世…。」
………目の前の友人は、ほんの少しだけ微笑んでみせた。
ーーー
「声が出るようになった……?」
昨日コンビニで買っておいたハム入りのサンドイッチを食べながら話していると、
「…うん…、朝起きたら突然。…喉が痛くなくて、」
真冬はボクが用意したココアを飲んで、吃りもなく聞き取れる声で話してくれて、
「…嘘、少しずつならまだ分かるけど……突然、何の後遺症もなく……?」
真冬の緘黙症が完治していた。
…そもそも真冬の症状は人前で声が出ず、親しい人としか話せないというもので、……でも喉も弱かったから話せる人ともあまり話せなくて、
……だから、普段は声が小さくなったりすぐに喉が痛くなったり、…普通には話せない子だった。
それが急に、なんの障害もなく話せるというのは………とても難しいはずで、
……でも、
「あーあー……、…あいうえお、かきくけこ………、……
………すごい………、…声が出てくれる。」
………真冬は、ごく普通の人間と同じように話せていた。
「……真冬、…話せるようなって嬉しい?」
疑問は残ってるけど、とりあえず少し嬉しそうな真冬に聞いてみると、
「…うんっ、うん…!うれしい、夢みたい。」
…そう言って、滅多に見せない笑顔を向けた。
「……そっか…!」
………友人として嬉しいはずなのに、
(………気持ち悪い)
目の前の“普通の人間”に、一切の興味が無くなったような気がした。
「…ねぇ、李世」
それでも悟られないように笑って、
「うん、なぁに?」
「…これから、一緒に買い物…行きたい。」
珍しく、真冬からデートのお誘いが来て、
「買い物かぁ……じゃあ人の少ない「隣町の、ショッピングモール………」…え、あそこ人多いよ…?」
真冬は微笑んで、ボクの目を真っ直ぐ見ては
「…うん、だから行ってみたい。」
ーーー
「はぐれないようにしてね、1人になったら大変………」
電車で数十分、隣町のショッピングモールは冬休みということもあって案の定混んでいた。
「…平気、1人で迷子センター行ける……!」ドヤ
「…あのねぇ、…まあスマホ使えばいいんだけどさ」
今までもはぐれた時はトークアプリを使ってた訳だし。
「……李世、あのお店、行きたい。」
「…え、あの雑貨屋?店員さん話しかけてきそうな雰囲気すごいけど………」
今まで真冬とは一度も行ったことがない。
「……うん、だから。」
「…あんまり無理しない方がいいと思うけどなぁ………」
もしかしたら急に………なんてこともあるかもしれないし、
……ただ不思議と、それを望んでいる自分がいる事にも、少しだけ気付いてた。
「なにかお探しですか~?」
…そして入店して数秒、光の速さで店員さんが来た。
若い女の人で、甘い声をしていていかにもおしゃれな見た目をしていて、
「…あ、えーっと「…はんかち、欲しくて」……!」
当たり前のようにボクが喋ったら、遮るように真冬が喋って、
「ハンカチですね!こちらです。このデザインとかお客様にお似合いになりますよ。」
「あ…、……いいかも…、……じゃあこれにします。」
………普通に会話が出来てる。
(どうしよ……なんか、変な気持ちになる……………)
………怖い、
真冬が、ボクの元からいなくなりそう……………
ーーー
「真冬、そのお店セルフレジじゃないよ」
「…大丈夫、ポイントカードとレジ袋の事聞かれても答えられるから。」
……不安だ。
「…ねぇ李世、…買い物って、楽しいんだね。」
そう言って笑う真冬が、
どこかに行ってしまいそうで怖かった。
「……あれ…?」
そして気が付けば足が止まっていて、
ふと顔を上げたら、真冬の姿が無かった。
「ま……真冬?!」
……はぐれてしまった。こんな人混みで……………
(まずい……喋れない真冬が、こんな所にいたら………、)
早く探さないと、…そう思った次の瞬間、
「……すみません…、すみません!
………李世……!」
綺麗な声が、耳元で響いて、
「ま……真冬……!」
「っ良かったぁ………先に行ってごめん。」
真冬は、人混みをかき分けてボクの所に戻ってきたらしい。
すれ違う人に「すみません」なんて、今までの真冬なら言えなかった。
だから人とぶつかることを恐れて、人混みを避けて有人レジを避けて、人と関わる事を必死に避けてきたのに、
「………真冬……………」
………今の真冬は、ボクの知ってる真冬じゃない。
……………知らない誰か。
ーーー
あれ以来真冬は人混みを気にせず歩けるようになった。
毎日が充実しているような、自分を拘束する枷から解放されたような、突然広くなった自分の世界が嬉しくて楽しくてたまらないと言うように、
……ボクの知っている狭い世界に閉じ込められていた真冬は、…もういなくなってしまった。
「バイト…僕でも出来るかな………」
「…!……やめた方がいいんじゃないかな、また話せなくなるかもしれないし、…真冬に無理して欲しくない。」
「李世が言うなら」と求人サイトを閉じて、少しだけ寂しそうな顔をして、
「……あのね、僕今すごく楽しい。
夢、見てるみたい。」
……なんて、
「そうだねぇ……真冬が楽しそうでボクも嬉しい。」
本当に夢なら良かったのに。
ーーー
真冬はまた自分が喋れなくなることに酷く怯えていた。
だからそれを利用した。
「……あ、すみませ………ッえ…?!!」
人にぶつかった真冬は、そのぶつかった男に無理矢理腕を引っ張られて人気の無い路地に連れ去られた。
「な……に、………ッや"…ッ!!」
その男に暴行されて、犯されて
動画を撮られて、散々に殴られて
喉を潰されて
初めこそ助けを求めて出していた声は、段々と小さくなって、
……それが終わった頃にはもう、声なんて少しも出ていなかった。
ーーー
「………」
……ボクの作戦通り、真冬はあれ以来すっかり元に戻ってしまった。
「真冬はいつも通り無口だな、…なんか久しぶりに会ったから新鮮。」
「冬休みの間も無口でしたよ~。ねっ、真冬!」
冬休みの間に起きたあの事は、ボクと真冬だけの秘密で
やっぱりボクは何も出来ないゴミみたいな真冬が好きなんだって、
虚ろな目で今日もボクの隣で本を読んでいる真冬に笑いかけた。
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