老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第六章

戒め

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 セラは全てを聞き終えると、オリヴィアに実家で沙汰を待つよう伝えた。
 扉が閉じ、オリヴィアの足音が遠ざかっていく。
  一人残された室内に、ひとときの静寂が落ちる。
 セラはすぐに、控えていたリゼットに目を向けた。
 「陛下をこちらへお通しして」
 「かしこまりました」
 リゼットは次の間へと続くカーテンの陰に隠されていた扉を開き、すぐにもどってきた。その後ろには黒衣の王エドモンドがいる。金の瞳が鋭く光り、憤りが浮かんでいる。
「すべて聞いていた。あの娘、なんと不敬な!」
  低い声に怒りが滲み、空気が張り詰める。
 セラは落ち着いたまま、首を横に振った。
 「陛下。どうか落ち着いてくださいませ」
 自ら茶を注ぎ、琥珀色の液を杯に満たして差し出す。
  エドモンドは黙って受け取ったが、なお怒りを収めきれず、低く吐き捨てた。
「王妃であるそなたを愚弄し、令嬢たちを唆していたのだぞ。断じて許せぬ」
 セラは一口茶を含み、静かに返す。
 「確かに、軽率で不遜な振る舞いでした。ですが、同時に気づかされました。私の考えが――あまりに古いものだったと」
 エドモンドの眉が寄る。
 「古い?」
「ええ。私は“国のために側室となるのは名誉”と信じて疑いませんでした。ですが今の若い令嬢たちにとっては、名誉よりも自由と恋こそが望み。長い戦乱を生き抜いた世代だからこそ、なおさら強くそう願うのでしょう」
 セラは茶器を置き、真っ直ぐに夫を見た。
 「彼女たちの思いを知らず、昔ながらの価値観を押しつけていたのは、むしろ私の方だったのです。そしてそれを、あなたにも強いてしまった。申し訳ございません」
 エドモンドは杯を握りしめたまま沈黙した。
  やがてセラはふっと微笑んだ。
「それにしても、オリヴィアのしたたかさといったら。私が贈り物を受け取らぬのを逆手に取り、父を出し抜き、己の欲しいものを手に入れようとする才覚。あきれると同時に見事でもありました」
 「あの厚かましさは父親譲りだ」
 「ですから、どうか今回の件はお咎めなしに。彼女は嘘をつきましたが、国を貶める悪意からではありません。ただ、同じ若い娘たちを救いたいという思いもあったのです」
 エドモンドは深く息を吐き、怒気を少しずつ収めていった。
「……そなたがそう望むならば」
 セラは微笑み、柔らかな声で続けた。
 「ありがとうございます。それと、側室選びは保留にいたしましょう」
「保留だと?」
「はい、肝心の陛下も嫌がっておられます。急いては事を仕損ずると申します。ゆっくりと、あなたの心のままに」
 
 エドモンドの瞳が鋭く光った。
 「だが、宰相やほかの貴族どもが黙ってはおらぬだろう」
「のろりくらりとかわしていけばよいのです。今は、私の病気が癒えたことを祝ってくださいませんか」
 その言葉に、エドモンドの瞳が揺れた。
 「……そうだな」
 二人はようやく肩の力を抜き、温かな茶をすする。優しい沈黙が流れ、次第に宰相たちをどうやって説き伏せるかの策を語り合う。

久しぶりの夫婦の時間を過ごす。それがとても心地よかった。
彼が本当に愛する人を見つけるにこしたことはない。しかしその時、自分はどう思うだろう。セラの心にいいようのない痛みが走る。

私にも、恋する気持ちがあったのだわ。あの若い令嬢達のように。

ふわりと夏の終わりを告げる風がカーテンを揺らす。

 しかし、セラとエドモンドが考えた策が実行されることはなかった。
 数週間後、南方で反乱の狼煙が上がり、王宮は騒然となる。
  側室選びどころではない嵐が、王国を覆い始めていた。



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