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第八章
閉ざされた扉
しおりを挟むコン、コン――。
軽い音が扉を叩き、セラは目を覚ました。薄いカーテン越しに朝の光が差し込んでいるが、眩しさよりも鈍い痛みが頭を締めつける。昨夜の記憶が黒い影のように蘇るたび、それを追い払いたいと願った。
「セラ様、お目覚めの時間です……」
扉の向こうからリゼットの声がした。いつもの明るさはなく、どこか張り詰めた響きがあった。
「お入りなさい、リゼット」
重たい体を起こしながらセラが言うと、扉が静かに開いた。
「おはようございます。今日も良いお天気ですわ」
そう挨拶するリゼットの声は震えており、顔は無理に笑みを作ろうとして引きつっていた。
その表情を見た瞬間、セラは悟った。昨晩の出来事は夢ではない。――王が倒れたのは、紛れもない現実なのだ。
着替えを整えると、セラはリゼットと共に私室を後にした。王宮の回廊は朝の光を受けて大理石が白く輝き、壁には豪奢な織物が掛けられている。黄金の燭台、彩色豊かな絵画、金で彩られた装飾。昨日までなら人々の誇りを映す華やかさだったが、今はただ冷たく、重苦しく感じられる。美しさがかえって現実の惨さを強調し、セラの胸を締めつけた。
王の寝室の前には近衛兵とラファエルが立っていた。
彼は痩せた影のように佇み、瞳の下には深い陰を落としている。忠義を尽くすため片腕を失ったその姿は痛ましいはずなのに、今はどこか儚げで、かえって美しく見えた。苦悩を背負いながらも立ち続ける姿は、まるで陰に咲く花のようだった。
セラの胸に、複雑な痛みが走る。
「陛下のお顔を見たいのです」
声はかすれていた。
ラファエルは深く頭を垂れ、低い声で応じた。
「申し訳ありません、妃殿下。誰も通すなとのご命令です」
「なぜ……? 私は王妃です。なぜ王に寄り添うことが許されないのです!」
抑えていた不安があふれ、思わず声を荒げてしまった。
しかしラファエルの声音は冷静で、わずかな揺らぎもなかった。
「エドモンド様は……セラ様に見苦しい姿をお見せしたくないと仰せでした。王としての矜持を、最後まで保ちたいのです」
セラは言葉を失った。胸の奥で、ナイフで刺されたような痛みが広がる。王が自らを拒む理由、それが誇りゆえだと理解しても、悲しみは消えない。
ラファエルは視線を落とし、かすかに震える声で続けた。
「王をお守りできなかった私を……どうかお許しください」
憔悴した面差しは痛々しい。だがその影が、逆に彼を美しく見せた。忠臣としての苦悩が、その姿を一層研ぎ澄ませているように思えた。
セラは息を詰め、そして小さく首を振った。
「……私こそ取り乱しました。ごめんなさい。なにかあればすぐに知らせてください」
それだけを言い残し、重い足取りで踵を返す。
回廊を進むと、煌びやかな装飾の一つひとつが無言で見下ろしてくるように感じられた。黄金の柱も、磨かれた大理石の床も、豪奢な調度も――昨日までは勝利の象徴だったのに、今はすべてが皮肉な重石となって心を圧した。
心を鎮めるため、彼女は自然と薬草園へと足を向けていた。
朝露を帯びた葉が陽光を浴びて輝き、清らかな香りを風に乗せて放っている。聖女であった頃から寄り添ってきた緑の匂いが、せめてもの慰めだった。
しかし、その清らかな香りすら、不安に揺れる胸を完全には癒やしてくれなかった。
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