悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。

ちんすこう

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3【でもお兄ちゃんも、弟のことが大好きみたいです。】

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「――と、いうような流れがございました」


 彼女が失神していた間のことをかいつまんで説明すると、レジーナの白く愛らしい顔は、みるみる真っ赤に染まっていった。

「お戯れが過ぎますわ!
 なんですの、今日のあのお方は!? まるで別人だわ!」
「そうだねえ」

 声を荒らげる彼女に、俺はなんだか生暖かい笑顔で相槌を打つことしかできなかった。ほんとに別人だからな。

「わたくしの知っているカイ様は、慎み深くて、わたくしにとろけるような笑顔を向けてくださる貴公子ですのよ?」

 言われて、『けど恋』について思い返してみる。

 アニメでは描かれていなかったが、原作小説とコミカライズにはカイとレジーナの出会いもあったはず。

 ――あ、そうだ。

 孤児だったカイが独学で学んだ魔術を使って、森でお妃を刺客から守り、褒美として騎士の称号を授かった直後のことだ。

 最下級とはいえ貴族の仲間入りを果たしたカイは舞踏会に参加して、レジーナのお相手をする。
 そこでレジーナはカイの笑顔に惚れて、自分の階級を利用してカイを婚約者に仕立て上げたんだ。
 『とろける笑顔』っていうのは多分、一緒に踊ったときのものだろう。そりゃ仏頂面でダンスを踊る奴はいないと思う。

 綺麗な思い出を語ってまた怒りがこみ上げてきたのか、レジーナはフォークで皿を叩く。

「それが――あんっっな横暴が許されまして!?」
「こら、食器をそんな風に扱っちゃいけません」
「大勢の前でわたくしとの婚約を破棄するなんて!」
「レジーナ!」

 癇癪を起こして皿を叩きまくるので、強めに叱る。
 すると、レジーナは唇を尖らせて眉を下げた。

「お兄さま、ひどいですわ! 今までそんな風にわたくしを叱ったことなんてありませんのに!」
「あのね、レジーナ」
「ひどい!」

 うう、そんな今にも泣きそうな顔しないでくれよ。
 子供を泣かせてるみたいで後ろめたくなっちゃうだろ。

 こっちまで情けない顔になりそうなのをぐっとこらえて、微笑を浮かべる。
 フォークを握り締めている拳をそっと上から握って、諭すように言った。

「カイは『君と結婚したい』とか、『婚約できて嬉しい』とか、一度でも口にしたことがある?」

 透明なマリンブルーの瞳を覗きこむと、レジーナはその目をはっと瞠って、気まずそうに視線を逸らした。……立場を利用して強引に約束を取りつけた自覚はあったらしい。

「それはパワハラといってね、やってはいけないことなんだよ」
「ぱわはら?」
「そう」

 首を振って、おだやかに語りかける。

「身分を盾にして他人になにかを強制すること。
 権力は自分の欲望を叶えるためじゃなくて、みんなの願望を実現させるために行使するものなんだよ」
「……難しくてよく分かりませんわ」

 ……そういや、俺ってあの冷酷無比なユーリ・ホワイトハートなんだった。

 どの口が言ってんだよって感じになっちゃってるけど、レジーナは俯いてぽつりと零す。

「よく分かりませんけど、お兄さまがわたくしのために言ってくださっているのは分かります……」

 え。

 なんだ。


 レジーナ嬢、意外と素直でいい子じゃないか?


「ぱわはらは、やってはいけないことですわ」
「そっか。じゃあ、うちの使用人たちにももっと優しくできるね?」

 暗にユマのことをほのめかすと、レジーナはむっと押し黙る。
 が、手を握って静かに見つめていると、やがて小さく頷いた。

「君はいい子だな」

 頭を撫でてくしゃくしゃすると、レジーナは顔を真っ赤にして手を振り払った。

「なっ。わたくしはお子様じゃなくってよ!?」

 あ、やば。つい奏の小さい頃を思い出しちゃったんだよな。

「ごめんごめん」
「もうっ」

 俺は軽く謝って、乱れた金髪を整えてやりながら、昔のことを考えた。


◇◆◇


『奏、どうして友達を叩いたりしたんだよ? 駄目じゃんか』

『だって』


 ふっと瞼の裏に蘇る記憶。

 あれはそう、あいつがまだ小学校に上がったばかりのころのことだ。
 俺は下校中に、奏が友達と喧嘩しているのを見つけた。
 泣いて逃げ帰る奏の同級生たちを尻目に、唇を尖らせる奏に視線を合わせた。

『なにか理由があるの?』

 奏は涙で潤んだ目を逸らしながら、「うん」と頷く。

『あいつら、おれんちのこと“ニセモノ家族”って言った。おれとゆう兄ちゃんの親が違うからって』
『……それは、ムカッときたよな』

 俺も当時はまだ小学三年生だったもので、こういうときどう諭してやればいいのか分からなかった。
 でも、

『だからって、人を叩くのはだめだ』
『けどあいつら、兄ちゃんの悪口言ったんだ! “血繋がってないからお前の兄貴はブッサイクだな”って!!!』
『ウッ!!!』

 せきを切ったようにわんわんと泣き始めた奏の前で、俺は予期せぬクリティカルヒットを喰らっていた。小三の子供に「お前の兄貴ブッサイクだな」は無慈悲にも程があると思う。

『あいつら最低だよ!! ゆうくんはブサイクなんかじゃないもん!! とっても普通だもん!!』
『待って、待って奏、ぼくたった今削られてるから! フォローになってないから!』

 奏は、ぐす、ひっく、と赤子のように泣きじゃくりながら、俺の胸に飛び込んできた。

『おれにとってはまじ美人だもん~、ゆう兄ちゃんは可愛いんだもん~』
『う、うーん……それはどうかな……?』

 奏は額をぐりぐりと胸元に押しつけて俺のトレーナーを鼻水漬けにしながら、背中に腕を回してくる。
 嗚咽を上げてしがみついてくる小さな身体に、俺はいたたまれない気持ちになった。

『ああ……多分、あいつらは奏がかっこいいから焼きもち妬いたんだな。
 でもお前イケメンだし、文句付けるところないからぼくを狙ってきたんだよ』
『おれ、かっこいいの?』

 そこ拾うのかよ。と思いつつ、「うん。かっこいい、かっこいい」と返してあげた。

『……えへへ』
『……はあ。奏の顔はかっこいいけどな。性格も優しくないと、ダサいよ』

「え゛」と固まる奏に、俺は体を離してその肩を掴みながら言った。

『兄ちゃんは見た目ばっかり気にしてる奴より、中身がかっこいい奴のほうが好きだな』
『中身ってなに? どういうこと? どうやったらお兄ちゃんの好きな奴になれる?』

 奏は泣きそうだったくせに、すっかり涙も引っ込んで食いついてきた。俺は吹き出しそうになりながら質問に答える。

『そうだなぁ……誰かに意地悪されても、相手を叩いたりしない人かな。
 それから、どんなときでも笑顔でいられる男』

 幼い顔がきゅっとしかめられて、首を傾ける。

『なんで? やり返したらだめなの?』
『うん』

 俺は頷いて――深く頷いて、奏の目を見つめる。
 薄く茶色がかった大きな瞳はきらきら輝き、ありったけの信頼を俺に寄せていた。

 ――ニセモノ家族でも、弟より全然かっこよくない兄ちゃんでも。


『……やり返してもいいのは、そうしないと死んじゃいそうなときだけだよ。
 人を叩くのは……誰かを傷付けるのは、すっごく怖くて。
 すごく悲しいことだから』
『……うぅ……兄ちゃんの言うこと、むずかしい』

 困った表情で言う弟が可愛くて、今度こそ吹きだしてしまった。

『そっか、むずかしいか』
『うん。でも』

 奏は真剣な目をして、俺の両手を握る。

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