5 / 53
3【でもお兄ちゃんも、弟のことが大好きみたいです。】
しおりを挟む「――と、いうような流れがございました」
彼女が失神していた間のことをかいつまんで説明すると、レジーナの白く愛らしい顔は、みるみる真っ赤に染まっていった。
「お戯れが過ぎますわ!
なんですの、今日のあのお方は!? まるで別人だわ!」
「そうだねえ」
声を荒らげる彼女に、俺はなんだか生暖かい笑顔で相槌を打つことしかできなかった。ほんとに別人だからな。
「わたくしの知っているカイ様は、慎み深くて、わたくしにとろけるような笑顔を向けてくださる貴公子ですのよ?」
言われて、『けど恋』について思い返してみる。
アニメでは描かれていなかったが、原作小説とコミカライズにはカイとレジーナの出会いもあったはず。
――あ、そうだ。
孤児だったカイが独学で学んだ魔術を使って、森でお妃を刺客から守り、褒美として騎士の称号を授かった直後のことだ。
最下級とはいえ貴族の仲間入りを果たしたカイは舞踏会に参加して、レジーナのお相手をする。
そこでレジーナはカイの笑顔に惚れて、自分の階級を利用してカイを婚約者に仕立て上げたんだ。
『とろける笑顔』っていうのは多分、一緒に踊ったときのものだろう。そりゃ仏頂面でダンスを踊る奴はいないと思う。
綺麗な思い出を語ってまた怒りがこみ上げてきたのか、レジーナはフォークで皿を叩く。
「それが――あんっっな横暴が許されまして!?」
「こら、食器をそんな風に扱っちゃいけません」
「大勢の前でわたくしとの婚約を破棄するなんて!」
「レジーナ!」
癇癪を起こして皿を叩きまくるので、強めに叱る。
すると、レジーナは唇を尖らせて眉を下げた。
「お兄さま、ひどいですわ! 今までそんな風にわたくしを叱ったことなんてありませんのに!」
「あのね、レジーナ」
「ひどい!」
うう、そんな今にも泣きそうな顔しないでくれよ。
子供を泣かせてるみたいで後ろめたくなっちゃうだろ。
こっちまで情けない顔になりそうなのをぐっとこらえて、微笑を浮かべる。
フォークを握り締めている拳をそっと上から握って、諭すように言った。
「カイは『君と結婚したい』とか、『婚約できて嬉しい』とか、一度でも口にしたことがある?」
透明なマリンブルーの瞳を覗きこむと、レジーナはその目をはっと瞠って、気まずそうに視線を逸らした。……立場を利用して強引に約束を取りつけた自覚はあったらしい。
「それはパワハラといってね、やってはいけないことなんだよ」
「ぱわはら?」
「そう」
首を振って、おだやかに語りかける。
「身分を盾にして他人になにかを強制すること。
権力は自分の欲望を叶えるためじゃなくて、みんなの願望を実現させるために行使するものなんだよ」
「……難しくてよく分かりませんわ」
……そういや、俺ってあの冷酷無比なユーリ・ホワイトハートなんだった。
どの口が言ってんだよって感じになっちゃってるけど、レジーナは俯いてぽつりと零す。
「よく分かりませんけど、お兄さまがわたくしのために言ってくださっているのは分かります……」
え。
なんだ。
レジーナ嬢、意外と素直でいい子じゃないか?
「ぱわはらは、やってはいけないことですわ」
「そっか。じゃあ、うちの使用人たちにももっと優しくできるね?」
暗にユマのことをほのめかすと、レジーナはむっと押し黙る。
が、手を握って静かに見つめていると、やがて小さく頷いた。
「君はいい子だな」
頭を撫でてくしゃくしゃすると、レジーナは顔を真っ赤にして手を振り払った。
「なっ。わたくしはお子様じゃなくってよ!?」
あ、やば。つい奏の小さい頃を思い出しちゃったんだよな。
「ごめんごめん」
「もうっ」
俺は軽く謝って、乱れた金髪を整えてやりながら、昔のことを考えた。
◇◆◇
『奏、どうして友達を叩いたりしたんだよ? 駄目じゃんか』
『だって』
ふっと瞼の裏に蘇る記憶。
あれはそう、あいつがまだ小学校に上がったばかりのころのことだ。
俺は下校中に、奏が友達と喧嘩しているのを見つけた。
泣いて逃げ帰る奏の同級生たちを尻目に、唇を尖らせる奏に視線を合わせた。
『なにか理由があるの?』
奏は涙で潤んだ目を逸らしながら、「うん」と頷く。
『あいつら、おれんちのこと“ニセモノ家族”って言った。おれとゆう兄ちゃんの親が違うからって』
『……それは、ムカッときたよな』
俺も当時はまだ小学三年生だったもので、こういうときどう諭してやればいいのか分からなかった。
でも、
『だからって、人を叩くのはだめだ』
『けどあいつら、兄ちゃんの悪口言ったんだ! “血繋がってないからお前の兄貴はブッサイクだな”って!!!』
『ウッ!!!』
堰を切ったようにわんわんと泣き始めた奏の前で、俺は予期せぬクリティカルヒットを喰らっていた。小三の子供に「お前の兄貴ブッサイクだな」は無慈悲にも程があると思う。
『あいつら最低だよ!! ゆうくんはブサイクなんかじゃないもん!! とっても普通だもん!!』
『待って、待って奏、ぼくたった今削られてるから! フォローになってないから!』
奏は、ぐす、ひっく、と赤子のように泣きじゃくりながら、俺の胸に飛び込んできた。
『おれにとってはまじ美人だもん~、ゆう兄ちゃんは可愛いんだもん~』
『う、うーん……それはどうかな……?』
奏は額をぐりぐりと胸元に押しつけて俺のトレーナーを鼻水漬けにしながら、背中に腕を回してくる。
嗚咽を上げてしがみついてくる小さな身体に、俺はいたたまれない気持ちになった。
『ああ……多分、あいつらは奏がかっこいいから焼きもち妬いたんだな。
でもお前イケメンだし、文句付けるところないからぼくを狙ってきたんだよ』
『おれ、かっこいいの?』
そこ拾うのかよ。と思いつつ、「うん。かっこいい、かっこいい」と返してあげた。
『……えへへ』
『……はあ。奏の顔はかっこいいけどな。性格も優しくないと、ダサいよ』
「え゛」と固まる奏に、俺は体を離してその肩を掴みながら言った。
『兄ちゃんは見た目ばっかり気にしてる奴より、中身がかっこいい奴のほうが好きだな』
『中身ってなに? どういうこと? どうやったらお兄ちゃんの好きな奴になれる?』
奏は泣きそうだったくせに、すっかり涙も引っ込んで食いついてきた。俺は吹き出しそうになりながら質問に答える。
『そうだなぁ……誰かに意地悪されても、相手を叩いたりしない人かな。
それから、どんなときでも笑顔でいられる男』
幼い顔がきゅっと顰められて、首を傾ける。
『なんで? やり返したらだめなの?』
『うん』
俺は頷いて――深く頷いて、奏の目を見つめる。
薄く茶色がかった大きな瞳はきらきら輝き、ありったけの信頼を俺に寄せていた。
――ニセモノ家族でも、弟より全然かっこよくない兄ちゃんでも。
『……やり返してもいいのは、そうしないと死んじゃいそうなときだけだよ。
人を叩くのは……誰かを傷付けるのは、すっごく怖くて。
すごく悲しいことだから』
『……うぅ……兄ちゃんの言うこと、むずかしい』
困った表情で言う弟が可愛くて、今度こそ吹きだしてしまった。
『そっか、むずかしいか』
『うん。でも』
奏は真剣な目をして、俺の両手を握る。
59
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる