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4【弟、お兄ちゃんに婿入りする(俺は認めてないです)】
しおりを挟むホワイトハート邸は、子爵家の屋敷だけあってハデハデな造りをしている。
王都からは少し離れた郊外。
緑豊かな土地に、大きなお屋敷が威風堂々と建っている図だ。
『けど恋』の世界観は中世から近世のイギリスあたりをモデルにしているのか、建物は典型的な石レンガ造りをしている。
正確に測ったわけじゃないけど、玄関だけで日本の家のリビングをゆうに越えていそうだ。
その広い大理石の床の中心で、ポニーテールの伯爵殿が待っていた。
俺は混乱した事態をおさめるため、こいつには「帰れ」と言ったはずだ。戻ってこいなんて言った覚えはない。
「あっ。来た来た、兄ちゃーん」
「おま、なんで戻ってきたんだよ……奏!」
手を振って無邪気な笑顔を向けてくる弟に、俺は肩を落とした。
後ろに二人従者を従えた奏は頬を膨らませて、不服そうに言う。
「えー? 兄ちゃんに言われたから一回家に帰ったんだけど。
ソファに座ってよく考えたら、『おかしくね?』って思って」
「なにが」
「家族なのに別々の家で寝泊まりするって」
「あのな」
ああ、忘れてた。
こいつ、高校生にもなって筋金入りのブラコンなんだった。
俺は額を抑えつつ奏に顔を近づけて、小声で囁いた。
「いまは家族じゃないだろが。
カイがユーリの家にお泊りするシーンなんか『けど恋』になかっただろ!」
「もうすぐ家族になるでしょ。条例改正が済みしだい兄ちゃんは俺と結婚するんだから」
「誰も嫁ぐとは言ってねぇ! 議会の私的利用反対!」
声を潜めたまま怒鳴ると、奏の頬がぷくーっと膨らんでいく。
「やめろやめろ高校生男子が! イケメンだからって何でも許されると思うなよ!」
「兄ちゃん、つれない。でもいいもん」
ふんっとそっぽを向いた奏は、一瞬で機嫌を取り戻して満面の笑みで振り返った。
「気付いたんだよね、兄ちゃんが来ないなら自分が行けばいいんだって!
俺がホワイトハート家に婿入りすればいいんでしょ? それなら兄ちゃんも文句ないよね!」
弟が、俺に婿入りしようとしてきます。
……待て待て待てなにをどうこねくり回してそのぶっ飛んだ発想にたどりついたんだ。
「っつーわけで! 俺、今日からこの家にお世話になりまっす!」
「はあああああああ!!!???」
騒ぎを聞きつけて、食堂で待っていたレジーナやユマたちも出てきた。
「なっ、なんですのこの大荷物はぁ!!?」
金切り声を上げてのけ反ったのは我が妹、その視線の先には開かれた玄関のドアがある。
外には荷馬車が待機していて、シートがめくられると山のような荷物が積み込まれていた。
カイの使用人たちは勝手に玄関を開けて、その荷物をうちの屋敷に運び込む。
「きゃああああ! い、いったい何をするの! 領域侵犯! 不法侵入! 不法占拠ですわ!!!
これが紳士のやることですのーーーー!?」
「むっ。人聞きの悪い」
悲鳴を上げるレジーナに、奏は俺の手を取って微笑む。
「俺は、君の兄さまを護衛するために来たんだよ。
フレデリックのやつ、あの様子じゃいつまた乗り込んできてもおかしくないだろう?」
「あ、あなたの手なんて借りなくても! ユーリ兄さまはお強くてあらせられるのよ!」
あ゛っ。
ふふんっと誇らしげな笑みを浮かべて胸を反らせる彼女に、俺はひくりと頬を引き攣らせた。
「あなただってご存知でしょう?
お兄さまは子爵の位を継承する前に、王都で剣術と魔術を修められましたのよ。
そんなお方があのデコ助ごときに護衛が必要だと思いまして?」
たしかにそう、たしかにそうなんだ。
ユーリ・ホワイトハート『は』、文武両道の秀才だ。
だからこそ本編のおよそ二年前、当時十六歳にしてこの家の最年少当主になれたんだろう。
が。
『羽白ゆう』は。
ドのつく凡人だ!!!
通知表を見れば五科目の評価は三、体育も三。
赤点で補習を受けたことはない。
マラソン大会ではなんの声援も浴びない集団のまんなかを走っておりました。
部活は帰宅部だったし、剣なんて振れるわけがない。
「ね、お兄さま! こんな男いなくてもお兄さまなら大丈夫ですわよね!」
「あ、あう……!」
ハァアアッ、キラッキラな目が痛い! やめて、そんな目で見ないでぇ!
「ふうん……? 『ゆう』兄ちゃん、あいつに突然襲いかかられても平気なんだ?」
「当然でございましょ!」
唯一事情を知っている奏はにやにやと笑みを浮かべている。つーか、今わざと俺の名前を呼んだな!
『ユーリ』ならフレデリックなんて歯牙にもかけないだろう。実際、原作ではとっくに撃ち殺してるし。
だけど『ゆう』は……。俺は……!
「そっかー、それは残念だなあー。俺が兄ちゃんの騎士やりたかったのにな。
自慢じゃないけど、俺は剣の腕には自信があるんだけどなー」
一方で、そう、奏は。
高校ではオタ活とそのためのバイトを優先して帰宅部だったが、小学五年生から中学三年間まで、地元の剣道クラブに入っていた。
生まれ持った運動神経と、一度ハマるとのめり込みやすい性質もあって、かつては全国大会で優勝までした手練れだ。
俺とは基礎体力から違うし、あとついでに成績優秀だ。
カイという器を乗りこなす程度にはハイスペックな人間が、俺の義弟である。
――しょ、正直こいつの助けはすっごく欲しい……!
俺の『けど恋』知識はガチ勢の奏に比べたらカスみたいなもんだし、フレデリック対策の他にも助けてもらいたいことが山ほどあるしぃ……!
「……お、お兄さま?」
「兄ちゃーん? どうしよっかなー、俺もう帰っちゃおっかなー」
黙り込んでいると、妹と弟が――かたや不安そうな顔で、もう一方は余裕の笑みを浮かべて眺めてきていた。
くぅっ……ごめんレジーナ! 奏お前笑ってんじゃねーよ!
「じ……実は最近、お腹の調子が悪くてですね」
「はい???」
目を丸くするレジーナに胸を痛めながら、俺は奏を上目遣いに見上げた。
「体調が戻ればもちろんフレデリックなんか目じゃないんだけど、剣でズシャーッとやって魔法でバーンって瞬殺できるんだけど、その……。
うちには使用人たちと年頃の女の子もいることだし、調子が戻るまで、ウィングフィールド伯爵のご助力を得られるととてもありがたいと言いますか……」
「お兄さま? なにを仰っているの?」
ああ、ばつが悪すぎて日本の国会議員みたいになってるよ、遠回しすぎるよ……。
まだ俺の手を握っていたカイの手を握り返して、やけくそスマイルを浮かべてみせた。
「つまりだね。
お試し期間もなしにプロポーズ断るのって、よくないよな!
てことで、カイ! お前しばらくうちで過ごしていけよ!」
「いぇーい、やったあ!」
「お兄さまあああああああああああ!!!?」
……申し訳ない! 誠に遺憾であります、妹よ。
兄ちゃんは義弟と同棲生活(仮)をスタートすることになりました。
……ま、まぁ大丈夫だよな! 婿入りは認めてないし!
お試し期間って言ったってホントに弟とお付き合いするわけじゃないしな!
……な、なぁ……?
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