悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。

ちんすこう

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14【ヤンデレBLルート突入なんて弟は認めてません!】

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「近頃は僕の屋敷に顔も出してくれないから、寂しかったよ」


 偶然とは思えないタイミングで襲来した金髪デコ――もとい、フレデリック。
 そして俺を守るため奴と斬り合いを始めた奏が、俺の傍を離れた途端。

 そいつは、背後に気配もなく立っていた。


「君は僕のことが嫌いになってしまったのかな……ユーリ」


 漆黒の目、髪に白磁の肌をもつ男は、薄い唇に甘い笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。


 ――この男、笑ってるくせになんでこんな不気味なんだ。


「ああ、その前に。婚約おめでとう。
 君が男とこんなことになるとは、少し意外だったけれどね」

 俺は『ユーリ』の体が感じている本能的な恐怖に鳥肌をたてながら、口元を引き攣らせる。

「……大変失礼なんですけど、あんたのお名前は?」

 どう見てもやんごとない身分だと思われる人に対する言葉遣いじゃなかったが。
 こいつにへりくだった言葉を遣おうとすると、喉に栓がされたように声が詰まった。

 身体が、この男にくだることを拒否している。

 失礼を承知で尋ねると、男は切れ長の目を驚いたように見開いた。

「本気で言ってるのかい?」
「……すみません。先日落馬事故に遭って、記憶が一部なくなってしまったんです」

 ――『けど恋』原作にはこんな奴がいなかったから、男の正体が掴めない。
 どうして本編にいないキャラが出てくるのか……完全に別ルートを開拓してしまったのか?

 とにかく、相手が何者か分からない状態で警戒を緩めるわけにはいかず、挑むような目で男を見つめていると――。


「――ぷはっ」


 男の顔がおもむろに緩んで、頬がわずかに染まった。


「あははははは!!」

「……!? な、なんですか?」


 男は年に見合わず、腹を抱えて豪快に笑う。
 そして目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、「いや、すまない」と謝った。

「面白いことになったな、と思ってね」
「なっ」

 人が事故で記憶喪失だって言ってるののなにが――!?

 口を開こうとした俺のすぐ横に男が顔を近付けてくる。
 どく、と心臓が嫌な軋み方をした。


「それじゃあ、『いつかと同じように』自己紹介をしてあげよう。
 僕はモーリス家伯爵として、当家を繁栄させるために色々な仕事をしている。
 有力者との交流が主だけどね、ほかにめぼしい産業に出資したり、将来有望な会社を買い上げたりもする」


 いつかと同じ……?

 その部分が引っかかる。
 出会ったときからユーリの身体が感じている嫌悪もあるし、やっぱりこの人と会うのは初めてじゃないんだろうか。

 小説のどこかに脇役として出てこなかったかと記憶を探ろうとしていると、大きな手が俺の肩に置かれた。
 触れられた部分が粟立って飛び上がりそうになる。が、身を屈めて耳元に唇を近付けられ、硬直した。

「だが君は、親しみをこめてファーストネームで呼んでくれるといい。――デイビッド、と」

 その名前を聞いてまた悪寒がする。

「デイ……ビッ、ド」

 口にした部分から苦味が走るような。

「そう。ユーリ」


 デイビッドは低く笑って――――囁いた。


「――忘れたくらいで僕から逃げられると思うな。

 自らが犯した罪から逃げられると思うな。

 君は、ユーリ・ホワイトハートであることからは逃れられない」

「どういうことだ」


 横のデイビッドを向くと、真っ黒な瞳が俺を見つめていた。

「君に贈った鳥は可愛かったろう?」
「――っあのカナリアはあんたが!?」

 虚空を映したような双眸が細められる。

「いかなる理由があろうと、ご主人様に牙を剥く犬はきちんと躾けなければならない」

 抽象的な言い回しばかりで頭が混乱する。
 本物のユーリならこいつが何を言っているのか分かるのか?

 言葉の意図を問いただそうとしたとき、デイビッドの向こう側の手に何かが握られているのが見えた。

 ――青いカエルだ。全身がぬらぬらと光っている。

 その目は真っ白に濁って、口を開けると紫色の舌と鋭い牙が覗いた。


「ああ、そうだ。

 そういえば君に心酔しているあの若い執事には、今まで君がいかに僕の忠実な犬だったのか、しっかり教えてあげておいたよ」

「執事? エドワードに何かしたのか!?」


 デイビッドは笑みを深めるだけで俺の問いかけには答えず、手にしていたカエルを放った。
 まずい、と気付いても丸腰の俺には攻撃をかわすすべはなく、その鋭い歯で首に噛みつかれる。

「――ぐあっ……!」

 目が白黒に明滅して、吐き気がこみ上げてくる。
 どっと脂汗が噴き出して、立っていることすらままならなくなっていく。

 暗く閉ざされていく瞼の中心で、デイビッドが悪魔のような笑みを見せていた。


「ユーリ。忘れたふりをしていようが、僕には分かるよ。
 君は僕を忘れられない。
 君の身体に刻まれてるだろう?

 僕の愛が」


 ――忘れるっつーか、俺そもそもユーリじゃねぇから!
 おめーが何言ってっかなんてさっぱり分かんねーよ!!


 倒れる直前に浮かんだのはそんなツッコミだったが……。
 それを奴に伝えることはできず、俺の意識はシャットダウンした。

 
♢◆♢


 ……ユマ。

 ユマ・ヴァイオレッタ。


 それは、俺が生涯でただ一人愛した女性の名前だった。

 月も見えない夜空の下――俺は吹雪の中で握り締めていた剣を手放して、その場に膝をつく。
 降り積もった白い雪には転々と鮮血が散らばっていた。


 過ちを犯してしまった。

 避けようのない間違いをしてしまったのだ。


 だから、いつの日かあなたにもう一度再会できたとしても、俺は……。

 もう二度と、あの綺麗な白い手を取ることは許されない。


「……ユマ。俺は」


 消えてしまいたい。


 口にした言葉は、吹きすさぶ雪の轟音に掻き消された。


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