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21【結婚式準備】
しおりを挟む結婚式は、一週間後の昼に執り行われることになった。
それまでに向こうから攻め込まれることはないのかと訊いてみたが、奏の見立てではその心配はほぼないらしい。
「デイビッドの消息は掴めてないけど、あの爆撃を受けて無傷ではいられないと思う。
回復するまでには若干時間がかかるはずだよ。
一週間でもまだ足りないくらいだけど……それくらいになれば、たぶん兄ちゃんが結婚するって知らせが届けば、きっとあいつは這ってでも止めにくる」
奏がたびたびデイビッドと思考をシンクロさせているのはやっぱりちょっと怖いが、おかげであの男の行動が予測できるので目をつむる。
奏の意見を採って、式を開くまでの間に準備を整えておこうという話になった。
……とはいえ、敵を迎え撃つ用意に関しては奏のほうで勝手に進めているらしい。
戦力・頭脳ともに役に立てない俺は首を突っ込むわけにもいかず、漠然と一週間を過ごしている。
「なあ、奏」
「ん?」
「それ、何に使うつもりなんだ?」
することがないので奏の部屋にお邪魔して、机に向かっている弟にちょっかいをかける。
奏はたまにどこかへ出かける以外はずっと自室に引きこもり、何かの研究に励んでいた。
いまも勉強モード用の眼鏡をかけ、髪を一本にまとめて熱心に何かしている。
前回ここに運び込まれたときは媚薬でまともな状態じゃなかったので、辺りを見渡す余裕はなかったが。
落ち着いて見てみると奏の部屋は壁際にぎっしりの本棚が並び、机には顕微鏡などの実験器具、何かの図が散乱していた。小さな研究室みたいだ。
ベッドに座って観察していると、奏は足の生えた人参を鷲掴んで怪しげな液体を注入する。
「あ、これは遊んでるだけ」
「遊び!?」
てっきり作戦に必要な魔物を育成しているのかと思えば、奏はしゃあしゃあと「やってみたかったんだよね、マンドラゴラの改造!」と言ってのける。
「マン……なんて?!」
「土から引っこ抜くと悲鳴を上げる怪物だよ。
ファンタジー小説ではメジャーな生き物だけど、現実にはいないからさ。
声帯はあるのか、あるなら取ったらどうなるのかなって、本読んでるときから気になってたんだ」
みてみて、と子供がするようにマンなんちゃらを見せてくる。
人参に似ているそれは、よく見ると人面植物だった。苦悶の表情を浮かべて大口を開けているのに、声は出ない。
そいつは……腹をかっ裂かれていた。
パッと見ただのくり抜かれた野菜だが、顔がついているので気味が悪い。
「そしたらこいつ、お腹の中に声帯があったんだよ。
この、こっちに切り分けてる根っこみたいなやつね。これを刈り取れば叫べないらしい。
あっ、研究書によるとマンドラゴラに痛覚はないそうだから安心して!」
「つ、痛覚云々の問題なのか……?
というか、遊んでて本当に大丈夫なんだろうな」
奏は無邪気な笑顔で頷いて見せた。
「そっちのほうはほとんど煮詰まってきてるから平気。だから、たまには息抜きも大事だよねぇ」
そう言いながら、人面人参の穴開き腹に何かの薬草を詰め込む。
その薬草ぽいのも、壁に掛けられた棚にさまざまな種類のものが突っ込まれていた。
日本の奏の部屋を彷彿とさせる物の密集具合。
奏は草を詰めた人参を火で炙りながら、目をらんらんと輝かせて頬を紅潮させている。
「ああ、『けど恋』の世界にこんなに浸れるなんて幸せ~! 薬草とか魔物とか、片っ端から集めてんの!」
「オ、オタクの性……けど、カイって元のストーリーで実験なんかしてなかっただろ。いいのか? そういうの」
俺は、悪役令息らしからぬ行動を起こすときには妙に緊張する。
そうだけど、と奏は次の実験台――目が四つある兎の耳を掴みながら平然と言う。
「多少は原作で描かれてないことをしても大丈夫みたい。
こないだ薬草と治癒魔法を併用した病気治療の論文書いて、国王に賞もらったけど特に問題ないし」
「こ、国王!? 賞!?」
「うん。あとインターネットやりたいからPCに似た媒体開発してみてるけど、チートだとか言われて罰されることもないし」
「しれっと原作を超えるな!!」
『けど恋』はあくまで恋愛小説というジャンル柄、本筋に関わる部分以外はあまり描かれてない。
カイは完全無欠の王子様キャラなので裏でこういうことをしてても不思議じゃないんだけど。
「倫理的にまずいことはしてないし、スパダリキャラがブレなければ何してもよくない?
むしろ色々功績を上げといたほうが、この後の展開にも説得力が生まれるっていうか」
「原作の描写不足を補ってんじゃねぇよ!」
……と、なんだか全然ほっといて大丈夫そうなので、俺はマッドサイエンティストの部屋を後にすることにした。それと単純に、全く話についていけなくて怖い。
◇◆◇
じゃあいま暇な自分にできることは何だろうな、と考えた結果、結婚式の準備をしようという結論に至った。
奏がデイビット対策をしたり休憩と称してオタ活に励んでいる間に、俺は屋敷の人たちに声をかけたのだった。
「行きますよ、ユーリ様!」
「ちょ、ちょっと待ってユマ、ぐえええっ!!」
と言ってもやっぱり俺は門外漢で、使用人の人たちが着々と式場や当日の段取りを整えてくれている間、コルセットで引き絞られていた。
「ゆっ、ユマ! ユマ様! これやばっ……ぎえええええ!!!」
「ユーリ様! あと少しの辛抱です!」
俺にできることと言えば、当日の服選びくらいしかなかったのである。
それで、衣裳候補その一。
奏がご所望のウェディングドレス、ゼ〇シィに載ってるような真っ白なやつ。
試着とはいえ、まさか自分が着ることになるとは思わなかったけど……。
「ぐへぇ……」
「わぁ……! お美しいですよ、ユーリ様!」
魔法で浮き出た姿見で、ドレスを纏った自分を確認する。
「うわぁ……」
お嫁さんになるのが夢だった人なら、ここで感嘆の溜め息がこぼれるのかもしれない。けど、俺は『うへぇ……』と引くときと同じトーンで頬をひくつかせる。
色白な肌によく映える真っ白な布地。
スカートの広がり方は控えめで、その裾や胸元にスパンコールが光っている。
金髪に白いヴェールを纏い、その周りは何かしらの魔法がかけられているのかピンクのバラの花びらが宙を舞っていた。
「素敵です!」
「うーん……」
男らしい骨ばった肩がガッツリ出ているのはともかくとして、素材が良いので見れないものではない。
元の羽白ゆうの体でこんなの着せられたら卒倒もんだが。
ユマは興奮気味に手持ちのカメラで撮影しまくり、「び、美少年の花嫁! 純白のユーリ様! はぁはぁ……」と目を輝かせている。
写真を撮るのは奏に後で見せてやるため、ってのが大義名分のはずだけど、ユマ個人の邪念が感じられるような……。
「えっと。
次はこの、『シロムク』って衣裳ですね」
和服の概念がない人たちにどうやって白無垢を教えるのかと思ったが、奏が召喚したあっちの世界のカタログでうまく伝わったらしい。
着つけの仕方も魔法でどうにかしたのか、俺はあれよという間に和装に着替えさせられていた。
「ああ、綺麗だわ!!!」
「お、帯が苦しい……!」
今度は鏡に、あのぽっこり膨らんだ白い帽子の下から、ユーリの西洋風のご尊顔が覗いている。
青い瞳の下、透き通るような頬に薄い紅をのせて、唇には真っ赤な口紅がちょこんと塗られている。
ドレスより着物の方が体型が隠れるので、中性的な美人が誕生していた。
ユーリすげぇ……男なのに可愛い。
鏡を見て自分で自分に赤面するという訳の分からない状態になってしまう。
それほど綺麗に見えた衣裳だったが……。
「まっっったく趣味が悪いですわね!!!
これだから下賎の者は!!!」
そこへ、レジーナが飛び込んできた。
「お嬢様!」
「ったくどきなさいな! お兄さまにはこれしかないでしょ!」
服を持って駆け寄ってきたレジーナに、一瞬でお色直しさせられる。
ホワイトハート家伝統の婚礼衣装だという青いコートに白いパンツを着て、鏡の前で一回転すると、女性陣から歓声が上がった。
「流石お麗しいわ、お兄さま!」
「男装ユーリたんハァハァ!!!」
ユマ様の情緒が不安定なのはともかくとして、女性用の服よりはなんだかほっとする。着心地も前の二つに比べてまだゆとりがあるし、だいぶ着やすい感じだ。
「やはりお兄さまはこれで確定ですわ。
あとはカイの方ですけれど、まああの男も顔だけはよろしいからどうとでもなるでしょ」
「ですがお嬢様、花嫁ユーリたん……こほん、ドレス姿のユーリ様も捨てがたく……」
「ほんとに分かってないわねユマ!! やっぱりわたくし貴女とは一生分かり合えないわ!!」
なんだかんだ楽しそうな二人に苦笑していると、ドアが数回のノックののちに開かれた。
「衣装合わせの途中で失礼いたします」
「エドワード!」
いつも通り優雅な仕草でスマートに入ってきたエドワードの腕には、男性物のスーツが携えられていた。
「え? お前、もしかしてそれ……」
「誠に勝手ながら、私も坊っちゃまの衣裳候補をお持ちいたしました」
こっくりと頷いて、上等な仕立ての服を俺に差し出してくる。
「こちらの服は、奥様がいずれ貴方にと手配していた代物なのですよ」
「そうなのか。じゃあ、袖を通さないわけにいかないな」
エドワードは優美に微笑んで、スーツにかけられていたカバーを外した。
「それでは、失礼」
今度はエドワードにされるがまま着替えさせられて、ネクタイまできゅっと締められる。
さすが日頃からスーツを着慣れているだけあって、手早く仕上げられ。
皆の前に立つと、全員からため息が零れた。
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