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アイラと廉
その11-03
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『――その時は、どうぞ、私の両親の場にも立ち寄ってみて、ください。両親も――皆さんにお会いできるのを、楽しみにしているでしょうから』
『そうですか? お訪ねすることができれば、よろしいでしょうにね』
その返答は、間違っていなかったものらしい。
その結果に安堵すべきなのか、アイラは、ほとほと疲れ切っていた。
(早く終わってよ……)
珍しく、アイラにしては弱気な発言だったが、意にそぐわない行動を取り続ける苦痛も、わかってもらいたいものだ。
それから食事が運ばれてきて、廉の両親の会話が混じって、廉の兄の仕事の話も少し上がっていた。
なんとなく、他愛無い会話にはならなかったが、ある程度の会話の入った食事を済ませることも終わって、その夕食会を、アイラはやっと終えていたのだった。
『お会いできて、本当に光栄でした。もし、イギリスにいらっしゃることがあれば、また、私達のところにも寄ってくださいね』
『ありがとうございます。皆さんも、今日はありがとうございました。どうぞ、お体にお気をつけて――』
『ありがとうございます。明日の飛行機も、快適な旅になるといいですわね』
『ありがとうございます……』
長い挨拶が続いていたが、一体、いつになったら終わるのだろう、と言うアイラの心の叫びを聞こえたのか、廉の兄がそこで口を挟んできた。
『ホテルはどこなんだ?』
『空港の近くに取ってありまして』
『車は?』
『ありません。ロンドンでレンタルするよりは、タクシーの方が正確なので』
『そうか。だったら、私の車で送っていこう』
「あら、それがいいわね」と、廉の母親も賛成のようで、廉の兄の車を停めている所に向かうと言うので、全員がその場でまた挨拶を交わし、やっと、その夜を終えていたのだった。
『――疲れましたか?』
廉の兄が運転する車の後ろに乗っているアイラは、何となく下を向いたまま、短く返事をする。
『いえ……』
『うちの――両親は、少々、堅苦しい所があるようでして』
『いえ……』
『でも、初めてお会いするものでね。一応、興味はあったんだと思うんですが』
『はあ……』
たった一語だけの返答ばかりが返ってきて、それを隣で見ている廉は、疲れ切っているアイラを片目に、かなりの同情もみせていた。
『一度、シンガポールで会っています』
『確か――シンガポールでお会いした、背の高い女性です、っていう、紹介があったかな』
『その、女性です』
『ああ、そうか』
廉の兄は、簡単に、納得しているようだった。
『そんなに長く付き合っていたんだな』
『そうでもありませんが』
『そうかな? シンガポール――に誘われたのは、廉が、まだ、大学在住の頃だっただろうと思うが』
『そうですね』
『あの時は、私もインターンで忙しい身だったもので、シンガポール行きも断ってしまった』
『仕事ですから、仕方がないですね』
『そうだな。廉もアメリカで仕事が見つかっているようだし、イギリスには戻ってこないんだ』
『今のところは、そうですね』
『お父さんは、イギリス在住が長いから、このまま、イギリスで退職ではないかという話だそうだ』
『そうですか。でも退職まで、まだ時間があると思いますが』
『それで、2~3年はどこかに移動させられるのかもしれないが、このまま、イギリスに戻ってくるような話が出ているらしい。今の政府の官僚とも、かなり顔見知りでいるようだから』
『なるほど』
兄弟ではあるのに、随分と、淡々とした会話が続いている。
それでも、アイラが予想した以上には、かなり、二人で喋ることは喋るようなのではある。
それには、アイラも多少の驚きをみせていた。
仕事の話から逸れて、政治論や行政論が出てくる兄弟の会話も、かなり不思議なものだった。
そうこうして、アイラと廉は、ホテルの前でやって来ていたのだった。
『お会いできて光栄でした』
『私も、とても光栄に思います……』
しおらしく、仕方なく、微かにうつむいたまま、それを口に出すアイラに、なぜかは知らないが、廉の兄が、そこで、くすっと笑っていた。
『私の両親はいないので、堅苦しくしなくても、いいんですけどね』
それを言われて、アイラは少し顔を上げていた。
アイラを見下ろしている瞳が、なんだか笑いを堪えているような色を見せ、廉の兄が、くすっと、また笑った。
『廉は、ものすごい美人の彼女を連れてきたんだな』
『そうですね』
抜け抜けと、廉もそんなことを口にする。
『もしかして、ものすごい相手の数から、奪ってきたのかな?』
『そうではないですけどね』
『じゃあ、運が良かっただけのようだ』
『そう――とも言いますが』
廉の兄は、また、くすっと笑い、その腕を上げて、コツンと、廉の肩を突付くようにした。
『すごい美人だから、驚いたな。案外、面食いなんだな』
『そういうんでもないですけど』
『けど、美人が彼女だ』
『そうですね』
あっさり認める廉に、廉の兄もおかしそうに口を上げ、
『まあ、仕事を頑張るように』
『お兄さんも』
『俺は仕事が忙しいから、アメリカに行く機会もないかな』
『そうですか』
『だから、廉が戻ってくるしかないだろうな』
『一応、努力します』
『そうだな。それじゃあ』
廉の兄は簡単に弟に挨拶をして、アイラの方にもちょっと向いた。
『明日は、気をつけて。お会いできて、光栄でしたよ』
それから身軽に車に乗り込んでいき、ホーンを2~3鳴らして、廉の兄もまた、その場を走り去って行ったのだった。
「――レンのお兄ちゃんだけが、以外だったわ」
「そうかな」
「そうよ。医者だから、どんなに頭の固い男がやって来るのかと思ってたけど、普通のお兄ちゃんだったわ」
アイラらしい形容の仕方で、廉もちょっと笑いながら、
「あの人も寮生活が長いから、寮では、色々、学ぶことがあっただろうし」
「レンも学んだわけ?」
「まあ、色々と」
それ以上の深い説明はなかったが、廉はアイラの肩を押し出して、ゆっくりとホテルの中に入りだしていた。
「それで、普通の男になるの? 両親が堅苦しいのに?」
「それは知らないけど、俺の兄は、ああ見えても、意外に、お茶目な人だから」
「あの人が?」
「そう。学校にいっている間、イジメに来る奴を無視しながら、どうやってイジメ返すか――とか、教えてもらったし」
「へえぇ……」
それは以外――と、アイラの疲れも吹っ飛んで、アイラの興味が沸きだしてくる。
「レンがイジメに遭ってるなんてね。無言で、相手を叩きのめしそうだけど」
「そんなことはないけどな」
「そうよ」
「父親が外交官でも、やっぱり俺は日本人だから、イジメくらいは遭うさ」
その経験はアイラにだってあるから、廉が経験してきたであろう学校生活も、なんとなく簡単に想像ができた。
「でも、イジメ返したんでしょう?」
「返してはいないな」
「だったら、何したの?」
「特別なことはしてないよ」
「それだけ?」
「そう。イジメてる相手が何もしてこないと、イジメ返すよりも、さっさと諦めるパターンが多いから」
「それは――そうかもしれないけどね」
「アイラなら、簡単に、イジメ返しそうだ」
「当たり前じゃない」
やられっ放しの方が、おかしいというもの。
『そうですか? お訪ねすることができれば、よろしいでしょうにね』
その返答は、間違っていなかったものらしい。
その結果に安堵すべきなのか、アイラは、ほとほと疲れ切っていた。
(早く終わってよ……)
珍しく、アイラにしては弱気な発言だったが、意にそぐわない行動を取り続ける苦痛も、わかってもらいたいものだ。
それから食事が運ばれてきて、廉の両親の会話が混じって、廉の兄の仕事の話も少し上がっていた。
なんとなく、他愛無い会話にはならなかったが、ある程度の会話の入った食事を済ませることも終わって、その夕食会を、アイラはやっと終えていたのだった。
『お会いできて、本当に光栄でした。もし、イギリスにいらっしゃることがあれば、また、私達のところにも寄ってくださいね』
『ありがとうございます。皆さんも、今日はありがとうございました。どうぞ、お体にお気をつけて――』
『ありがとうございます。明日の飛行機も、快適な旅になるといいですわね』
『ありがとうございます……』
長い挨拶が続いていたが、一体、いつになったら終わるのだろう、と言うアイラの心の叫びを聞こえたのか、廉の兄がそこで口を挟んできた。
『ホテルはどこなんだ?』
『空港の近くに取ってありまして』
『車は?』
『ありません。ロンドンでレンタルするよりは、タクシーの方が正確なので』
『そうか。だったら、私の車で送っていこう』
「あら、それがいいわね」と、廉の母親も賛成のようで、廉の兄の車を停めている所に向かうと言うので、全員がその場でまた挨拶を交わし、やっと、その夜を終えていたのだった。
『――疲れましたか?』
廉の兄が運転する車の後ろに乗っているアイラは、何となく下を向いたまま、短く返事をする。
『いえ……』
『うちの――両親は、少々、堅苦しい所があるようでして』
『いえ……』
『でも、初めてお会いするものでね。一応、興味はあったんだと思うんですが』
『はあ……』
たった一語だけの返答ばかりが返ってきて、それを隣で見ている廉は、疲れ切っているアイラを片目に、かなりの同情もみせていた。
『一度、シンガポールで会っています』
『確か――シンガポールでお会いした、背の高い女性です、っていう、紹介があったかな』
『その、女性です』
『ああ、そうか』
廉の兄は、簡単に、納得しているようだった。
『そんなに長く付き合っていたんだな』
『そうでもありませんが』
『そうかな? シンガポール――に誘われたのは、廉が、まだ、大学在住の頃だっただろうと思うが』
『そうですね』
『あの時は、私もインターンで忙しい身だったもので、シンガポール行きも断ってしまった』
『仕事ですから、仕方がないですね』
『そうだな。廉もアメリカで仕事が見つかっているようだし、イギリスには戻ってこないんだ』
『今のところは、そうですね』
『お父さんは、イギリス在住が長いから、このまま、イギリスで退職ではないかという話だそうだ』
『そうですか。でも退職まで、まだ時間があると思いますが』
『それで、2~3年はどこかに移動させられるのかもしれないが、このまま、イギリスに戻ってくるような話が出ているらしい。今の政府の官僚とも、かなり顔見知りでいるようだから』
『なるほど』
兄弟ではあるのに、随分と、淡々とした会話が続いている。
それでも、アイラが予想した以上には、かなり、二人で喋ることは喋るようなのではある。
それには、アイラも多少の驚きをみせていた。
仕事の話から逸れて、政治論や行政論が出てくる兄弟の会話も、かなり不思議なものだった。
そうこうして、アイラと廉は、ホテルの前でやって来ていたのだった。
『お会いできて光栄でした』
『私も、とても光栄に思います……』
しおらしく、仕方なく、微かにうつむいたまま、それを口に出すアイラに、なぜかは知らないが、廉の兄が、そこで、くすっと笑っていた。
『私の両親はいないので、堅苦しくしなくても、いいんですけどね』
それを言われて、アイラは少し顔を上げていた。
アイラを見下ろしている瞳が、なんだか笑いを堪えているような色を見せ、廉の兄が、くすっと、また笑った。
『廉は、ものすごい美人の彼女を連れてきたんだな』
『そうですね』
抜け抜けと、廉もそんなことを口にする。
『もしかして、ものすごい相手の数から、奪ってきたのかな?』
『そうではないですけどね』
『じゃあ、運が良かっただけのようだ』
『そう――とも言いますが』
廉の兄は、また、くすっと笑い、その腕を上げて、コツンと、廉の肩を突付くようにした。
『すごい美人だから、驚いたな。案外、面食いなんだな』
『そういうんでもないですけど』
『けど、美人が彼女だ』
『そうですね』
あっさり認める廉に、廉の兄もおかしそうに口を上げ、
『まあ、仕事を頑張るように』
『お兄さんも』
『俺は仕事が忙しいから、アメリカに行く機会もないかな』
『そうですか』
『だから、廉が戻ってくるしかないだろうな』
『一応、努力します』
『そうだな。それじゃあ』
廉の兄は簡単に弟に挨拶をして、アイラの方にもちょっと向いた。
『明日は、気をつけて。お会いできて、光栄でしたよ』
それから身軽に車に乗り込んでいき、ホーンを2~3鳴らして、廉の兄もまた、その場を走り去って行ったのだった。
「――レンのお兄ちゃんだけが、以外だったわ」
「そうかな」
「そうよ。医者だから、どんなに頭の固い男がやって来るのかと思ってたけど、普通のお兄ちゃんだったわ」
アイラらしい形容の仕方で、廉もちょっと笑いながら、
「あの人も寮生活が長いから、寮では、色々、学ぶことがあっただろうし」
「レンも学んだわけ?」
「まあ、色々と」
それ以上の深い説明はなかったが、廉はアイラの肩を押し出して、ゆっくりとホテルの中に入りだしていた。
「それで、普通の男になるの? 両親が堅苦しいのに?」
「それは知らないけど、俺の兄は、ああ見えても、意外に、お茶目な人だから」
「あの人が?」
「そう。学校にいっている間、イジメに来る奴を無視しながら、どうやってイジメ返すか――とか、教えてもらったし」
「へえぇ……」
それは以外――と、アイラの疲れも吹っ飛んで、アイラの興味が沸きだしてくる。
「レンがイジメに遭ってるなんてね。無言で、相手を叩きのめしそうだけど」
「そんなことはないけどな」
「そうよ」
「父親が外交官でも、やっぱり俺は日本人だから、イジメくらいは遭うさ」
その経験はアイラにだってあるから、廉が経験してきたであろう学校生活も、なんとなく簡単に想像ができた。
「でも、イジメ返したんでしょう?」
「返してはいないな」
「だったら、何したの?」
「特別なことはしてないよ」
「それだけ?」
「そう。イジメてる相手が何もしてこないと、イジメ返すよりも、さっさと諦めるパターンが多いから」
「それは――そうかもしれないけどね」
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