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本編その6
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竜岡のお気に入りだというカフェに入った。
店内は間接照明の柔らかな光に満ちていた。軽快なジャズが程よいボリュームで流れている。
俺と竜岡はカウンター席に案内された。ふたり並んで、スツールに腰を下ろす。
「ここのカレー、絶品なんよ」
「それは楽しみだな」
注文を済ませたあと、俺は言った。
「社内表彰おめでとう。営業のナレッジ共有システム、すごくいいアイディアだな。どうやって思いついたんだ?」
「僕ね、定時に帰りたいの。ラクして稼ぎたいの。だから機械に頑張ってもらう仕組みを考えたんよ」
「プログラミング、得意なんだな」
「いやいや、嗜む程度だよ。本職のSEには遠く及ばない」
思ったよりも謙虚なんだな。竜岡に対する印象が変わる。
「あのさ、虎ノ瀬さん。図々しいお願いなんやけど、『さかさまの霧』、読み終わったら僕のアパートに送ってくれない? もちろん着払いで」
「別に元払いでいいよ。さっきはたまたま俺の方が先に見つけただけだから」
「ほんま? いい人やなぁ」
俺たちは住所を教え合った。竜岡はご機嫌である。
「虎ノ瀬さんってミステリー小説が好きなんやね。僕もかなりのマニアやで。ネットにレビューを投稿しとる」
「そうなのか」
「ハンドルネームは、サラサラ脳髄や」
「えっ」
驚きのあまり、思わず声が出た。
俺は竜岡の人懐っこい笑顔をガン見した。こいつが俺よりもフォロワー数の多いレビュアー、サラサラ脳髄なのか?
「その反応、もしかして虎ノ瀬さんもレビューサイト見とる?」
「まあな」
「そうなんや! レビューの投稿は?」
「……一応、してる」
「ハンドルネーム教えて! どんな作品が好きなのか知りたい」
竜岡の瞳がキラキラと輝く。期待を募らせた視線を向けられたのに、冷たく断ることはできなかった。
「折原紺だ」
「おーっ。本格ミステリー警察の折原さんか」
「なんだよ、その呼び名は」
「だって、折原さんのレビュー、特殊設定ありの作品に厳しいから」
「俺は魅力的な謎と、探偵による論理的な解決を兼ね備えた作品が好きなんだよ」
「じゃあ、理想はやっぱりエラリー・クイーン?」
「そうだな」
カレーが運ばれてきた。
俺たちはしばし、会話を中断した。ここのカレー、深みがあるのにクドくなくて最高だな。夢中になって食べていると、竜岡と目が合った。竜岡は柔和な微笑みを浮かべている。
「美味しそうに食べるね」
ライバル視していた男に温かなまなざしを向けられている。俺はこの状況をどう受け止めていいか分からなくなった。
営業成績を競い合っているからといって、あからさまにツンツンした態度を取るのは大人げない。だからといって、友人のように親しくするのはいかがなものか。
「デザートは頼まなくて大丈夫?」
「ああ。竜岡さん、俺はそろそろ失礼する」
「残念やな。僕はもうちょっとお話したかったけど……」
「俺はひとりで古書店街を散策したい。それじゃあな」
「分かった。またどこかで会えたらいいね」
会計を済ませた俺は、カフェの外に出た。
再び、本の街を歩く。
せめて趣味では竜岡に勝てるように、俺は古いミステリー小説を買い漁った。
店内は間接照明の柔らかな光に満ちていた。軽快なジャズが程よいボリュームで流れている。
俺と竜岡はカウンター席に案内された。ふたり並んで、スツールに腰を下ろす。
「ここのカレー、絶品なんよ」
「それは楽しみだな」
注文を済ませたあと、俺は言った。
「社内表彰おめでとう。営業のナレッジ共有システム、すごくいいアイディアだな。どうやって思いついたんだ?」
「僕ね、定時に帰りたいの。ラクして稼ぎたいの。だから機械に頑張ってもらう仕組みを考えたんよ」
「プログラミング、得意なんだな」
「いやいや、嗜む程度だよ。本職のSEには遠く及ばない」
思ったよりも謙虚なんだな。竜岡に対する印象が変わる。
「あのさ、虎ノ瀬さん。図々しいお願いなんやけど、『さかさまの霧』、読み終わったら僕のアパートに送ってくれない? もちろん着払いで」
「別に元払いでいいよ。さっきはたまたま俺の方が先に見つけただけだから」
「ほんま? いい人やなぁ」
俺たちは住所を教え合った。竜岡はご機嫌である。
「虎ノ瀬さんってミステリー小説が好きなんやね。僕もかなりのマニアやで。ネットにレビューを投稿しとる」
「そうなのか」
「ハンドルネームは、サラサラ脳髄や」
「えっ」
驚きのあまり、思わず声が出た。
俺は竜岡の人懐っこい笑顔をガン見した。こいつが俺よりもフォロワー数の多いレビュアー、サラサラ脳髄なのか?
「その反応、もしかして虎ノ瀬さんもレビューサイト見とる?」
「まあな」
「そうなんや! レビューの投稿は?」
「……一応、してる」
「ハンドルネーム教えて! どんな作品が好きなのか知りたい」
竜岡の瞳がキラキラと輝く。期待を募らせた視線を向けられたのに、冷たく断ることはできなかった。
「折原紺だ」
「おーっ。本格ミステリー警察の折原さんか」
「なんだよ、その呼び名は」
「だって、折原さんのレビュー、特殊設定ありの作品に厳しいから」
「俺は魅力的な謎と、探偵による論理的な解決を兼ね備えた作品が好きなんだよ」
「じゃあ、理想はやっぱりエラリー・クイーン?」
「そうだな」
カレーが運ばれてきた。
俺たちはしばし、会話を中断した。ここのカレー、深みがあるのにクドくなくて最高だな。夢中になって食べていると、竜岡と目が合った。竜岡は柔和な微笑みを浮かべている。
「美味しそうに食べるね」
ライバル視していた男に温かなまなざしを向けられている。俺はこの状況をどう受け止めていいか分からなくなった。
営業成績を競い合っているからといって、あからさまにツンツンした態度を取るのは大人げない。だからといって、友人のように親しくするのはいかがなものか。
「デザートは頼まなくて大丈夫?」
「ああ。竜岡さん、俺はそろそろ失礼する」
「残念やな。僕はもうちょっとお話したかったけど……」
「俺はひとりで古書店街を散策したい。それじゃあな」
「分かった。またどこかで会えたらいいね」
会計を済ませた俺は、カフェの外に出た。
再び、本の街を歩く。
せめて趣味では竜岡に勝てるように、俺は古いミステリー小説を買い漁った。
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