同期×ライバル=恋?

古井重箱

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本編その9

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 竜岡を上回る成績を叩き出したい。あの、いつも余裕たっぷりな男に焦りや敗北感を刻みつけてやりたい。
 たぎるようなパッションを抱きつつ、俺は粛々と仕事をこなしていった。営業は前のめりすぎてもいけない。すべてはクライアントの話をよく聞くことから始まる。
 通常どおりの成績しか出せないまま3月が過ぎていった。
 廊下の片隅、あるいは喫煙室や給湯室で人事異動の噂が流れるようになった。
 ざわざわした雰囲気のオフィスで、俺は開発課に提出する資料を作成していた。取引先の店舗から寄せられた現場の声をまとめたものだ。
 ミヨシギアはユーザーの意見を出発点として製品を考える、マーケットインという手法が不得手である。
 これまでのように開発課主導のプロダクトアウトで新商品に着手しても、課題であるユーザーの若返りは望めないだろう。開発課は職人気質の社員が多く、忌憚のない意見を述べたら猛烈に反論されるに違いない。
 開発課とやり合うのは気が重いと思っていると、倉橋営業課長からメールが届いた。

『16時に営業部長室に来てください』

 もしかして内示か?
 指定された時刻に営業部長室に行くと、予想どおり異動を言い渡された。

「私が企画課に転属ですか?」

 思わず聞き返してしまった。
 俺は企画職に求められる柔軟な発想があまり得意ではない。ルールに則って決められたことを行う方が性格的に合っている。営業の仕事でもオーソドックスなやり方しか試したことがない。
 
「せっかくのお話ですが、本当に私でよろしいのでしょうか。企画課は希望者が多いと伺っておりますが」

 夏野営業部長は大らかに微笑んだ。

「クリエイティブに興味があるタイプばかり集めても、面白いアイディアは出てこない。虎ノ瀬くんのような実務家が必要なんだ。営業の仕事で培った現場感覚をぜひ活かしてほしい」
「承知しました」

 自席に戻った俺は、しばし呆然となった。企画課の課員は、アイディア千本ノックと称して、何本もの企画書を作成するらしい。果たして俺にできるだろうか?
 開発課に提出する資料を仕上げていると、17時になった。
 三沢さんが「みんな、社内掲示板に注目!」と声を上げた。

「4月1日付の人事異動が発表されたぜ!」

 俺は社内掲示板を開いた。
 ああ、やっぱり虎ノ瀬拓斗は営業第一課から企画課に転属と書かれている。
 ん?
 大阪支社の異動メンバーを見て、俺は固まった。竜岡が本社の企画課に転属になるらしい。
 つまり、俺と竜岡は同じ部署で働くことになるのか。

「虎ノ瀬、よかったな。これからは竜岡は敵じゃなくて、おまえの仲間だ」
「いえ。俺は仕事であいつに勝ちたいです。竜岡よりもいい企画を考えてやります!」
「なんでおまえは竜岡が絡むと、闘争心むき出しになっちゃうの」
「自分でもよく分かりません。ただ言えるのは、あいつは俺とは異質な存在だということです。だから、竜岡が認められると自分が否定されたような気になる……」

 三沢さんはため息をついた。

「おまえが短距離走やってたのは知ってるけどさ。会社員の仕事ってのはチームワークだぞ。同期をライバル視するのは程々にな」
「……はい。ご忠告ありがとうございます」

 俺は拳を両方とも握りしめた。
 アイディア千本ノックを恐れている暇などない。勝負はもう始まっているんだ。
 会社帰りに俺は書店に立ち寄り、商品企画に関する本を買い漁った。
 重たい紙袋を抱えてアパートに戻る。
 夕飯を済ませたあと、俺は本を開いた。3C分析やMVVといった、企画に関する用語を頭に叩き込む。
 待ってろよ、竜岡。
 俺に負けて悔しいっていう気持ちをおまえに植えつけてやる。

『今夜の晩ごはん。大根炊いたでー』

 竜岡から写真付きのメッセージが届いた。
 俺は『おやすみ』というスタンプを返すだけにとどめた。
 竜岡は毎日、他愛のないメッセージを寄越すが、俺は奴と馴れ合う気はない。俺にとって竜岡は、倒すべきライバルだ。
 まぶたが重たくなってきた。
 俺は保冷剤をタオルに包み、目元に押し当てた。竜岡に勝つためにはどんな努力だってしてみせる。
 こうして春の夜が更けていった。
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