10 / 26
本編その10
しおりを挟む
4月1日になった。新しい部署での仕事がスタートした。
企画課のオフィスはあちらこちらに観葉植物が飾られており、雰囲気が柔らかい。 打ち合わせテーブルのそばに置かれたホワイトボードは随分と使い込まれている。スチールラックに詰め込まれたファイルは膨大な量である。
俺は果たしてここで成果をあげることができるだろうか。
緊張しながらデスク周りを整頓していると、声をかけられた。
「よろしくな、虎ノ瀬さん」
竜岡だった。奴は、俺の隣の席である。
「本社は広いな。迷子になりそうや。それに、物品が置かれている場所もよう分からん」
「早く慣れるしかないな」
「せやなぁ」
いつものように柔らかく微笑んだあと、竜岡は「しまった」と言った。
「関西弁は封印するって決めたのに……」
「どうしてだ」
「僕なりのケジメかな。ふるさとを引きずって横浜で暮らすのは女々しいって思ったんだ」
「竜岡さんはずっと関西だったのか」
「うん。出身は東大阪で、大学は京都。虎ノ瀬さんは……横浜生まれの横浜育ちでしょ?」
「よく分かったな」
俺にとって竜岡が異質に感じられるのは、育った環境の影響もあるかもしれない。
「生活面で困ったことがあれば、なんでも聞いてくれ」
「いいの? 助かる!」
ホーム・アドバンテージがある状態で竜岡に勝っても嬉しくない。俺は竜岡がスムーズに新生活を送れるよう、助けることにした。
10時から、ミーティングが始まった。
沢木企画課長が取り仕切るなか、自己紹介が行われた。
「大阪支社から来ました、竜岡光流です。よろしくお願いします」
「虎ノ瀬拓斗です。以前は営業部配属でした。よろしくお願い致します」
「期待してるわよ」
朗らかな微笑みを浮かべながら、沢木企画課長が俺と竜岡を見ている。なんだか嫌な予感がする……。
「竜岡さんと虎ノ瀬さん……タイガー&ドラゴンか! 面白そうな組み合わせね。ふたりはペアになって新型シューズの企画書を提出してください」
待ってくれ。俺には竜岡を倒すという目標がある。共闘しろと言われても困る。
一方、竜岡は嬉しそうである。
「僕らふたりとも企画業務は初めてですからね。虎ノ瀬さんと一緒なら心強いです!」
「斬新な企画、期待してるわよ」
「……頑張ります」
沢木企画課長がスケジュールを発表した。
「企画書の提出期限は4月18日。その後、社内コンペを行います。そして社内コンペの勝者には、5月の役員会議でプレゼンをしてもらいます」
「あの……スピード感が掴めないのですが、いつもそのようにタイトなスケジュールなんでしょうか?」
俺が疑問を呈すると、沢木企画課長が言った。
「いえ、このスケジュールで動くのは今回が初めてよ。経営戦略室からお達しがあってね、前年度よりも商品企画のスピードを上げないといけないのよ」
沢木企画課長は他にもクリアすべき課題を挙げた。
「うちはこれまで開発課の発言力が強すぎたわ。それに、競合他社のトライヴァースがデザイン性をウリにして市場を開拓している。プロダクトアウトではダメ。みなさんにはマーケットインで企画を考えてもらいたいの」
ブランドイメージに関するアンケートの調査結果をはじめとして、市場分析のための資料はすでに出揃っているとのことだった。あとは企画担当者である俺たちがデータをどう活かすかにかかっている。
「企画書は何本も出していいんですか?」
竜岡の発言に俺はのけ反りそうになった。こいつ、何を考えてるんだ? 企画のビギナーなのにそんなにネタを出せるわけがないだろう。
沢木企画課長は嬉しそうである。
「もちろん! うちは千本ノック方式だって聞いてるでしょ」
俺も負けじと質問をした。
「過去に却下された案も資料として残っているんでしょうか? どういった点がダメだったのか参考にしたいです」
「業務用サーバーの『不採用』フォルダを探してみてちょうだい。開発課から寄せられたイチャモンの数々、怒りを通り越して笑えるわよ」
開発課を黙らせるような企画を考えないといけないのか。プレッシャーが跳ね上がる。
「自由な発想でプランニングしてみてちょうだい」
「タイガー&ドラゴンにお任せください!」
竜岡は新しい仕事を前にビビっている様子はまるでない。むしろ楽しそうだ。
俺も負けるわけにはいかない。
企画課のオフィスはあちらこちらに観葉植物が飾られており、雰囲気が柔らかい。 打ち合わせテーブルのそばに置かれたホワイトボードは随分と使い込まれている。スチールラックに詰め込まれたファイルは膨大な量である。
俺は果たしてここで成果をあげることができるだろうか。
緊張しながらデスク周りを整頓していると、声をかけられた。
「よろしくな、虎ノ瀬さん」
竜岡だった。奴は、俺の隣の席である。
「本社は広いな。迷子になりそうや。それに、物品が置かれている場所もよう分からん」
「早く慣れるしかないな」
「せやなぁ」
いつものように柔らかく微笑んだあと、竜岡は「しまった」と言った。
「関西弁は封印するって決めたのに……」
「どうしてだ」
「僕なりのケジメかな。ふるさとを引きずって横浜で暮らすのは女々しいって思ったんだ」
「竜岡さんはずっと関西だったのか」
「うん。出身は東大阪で、大学は京都。虎ノ瀬さんは……横浜生まれの横浜育ちでしょ?」
「よく分かったな」
俺にとって竜岡が異質に感じられるのは、育った環境の影響もあるかもしれない。
「生活面で困ったことがあれば、なんでも聞いてくれ」
「いいの? 助かる!」
ホーム・アドバンテージがある状態で竜岡に勝っても嬉しくない。俺は竜岡がスムーズに新生活を送れるよう、助けることにした。
10時から、ミーティングが始まった。
沢木企画課長が取り仕切るなか、自己紹介が行われた。
「大阪支社から来ました、竜岡光流です。よろしくお願いします」
「虎ノ瀬拓斗です。以前は営業部配属でした。よろしくお願い致します」
「期待してるわよ」
朗らかな微笑みを浮かべながら、沢木企画課長が俺と竜岡を見ている。なんだか嫌な予感がする……。
「竜岡さんと虎ノ瀬さん……タイガー&ドラゴンか! 面白そうな組み合わせね。ふたりはペアになって新型シューズの企画書を提出してください」
待ってくれ。俺には竜岡を倒すという目標がある。共闘しろと言われても困る。
一方、竜岡は嬉しそうである。
「僕らふたりとも企画業務は初めてですからね。虎ノ瀬さんと一緒なら心強いです!」
「斬新な企画、期待してるわよ」
「……頑張ります」
沢木企画課長がスケジュールを発表した。
「企画書の提出期限は4月18日。その後、社内コンペを行います。そして社内コンペの勝者には、5月の役員会議でプレゼンをしてもらいます」
「あの……スピード感が掴めないのですが、いつもそのようにタイトなスケジュールなんでしょうか?」
俺が疑問を呈すると、沢木企画課長が言った。
「いえ、このスケジュールで動くのは今回が初めてよ。経営戦略室からお達しがあってね、前年度よりも商品企画のスピードを上げないといけないのよ」
沢木企画課長は他にもクリアすべき課題を挙げた。
「うちはこれまで開発課の発言力が強すぎたわ。それに、競合他社のトライヴァースがデザイン性をウリにして市場を開拓している。プロダクトアウトではダメ。みなさんにはマーケットインで企画を考えてもらいたいの」
ブランドイメージに関するアンケートの調査結果をはじめとして、市場分析のための資料はすでに出揃っているとのことだった。あとは企画担当者である俺たちがデータをどう活かすかにかかっている。
「企画書は何本も出していいんですか?」
竜岡の発言に俺はのけ反りそうになった。こいつ、何を考えてるんだ? 企画のビギナーなのにそんなにネタを出せるわけがないだろう。
沢木企画課長は嬉しそうである。
「もちろん! うちは千本ノック方式だって聞いてるでしょ」
俺も負けじと質問をした。
「過去に却下された案も資料として残っているんでしょうか? どういった点がダメだったのか参考にしたいです」
「業務用サーバーの『不採用』フォルダを探してみてちょうだい。開発課から寄せられたイチャモンの数々、怒りを通り越して笑えるわよ」
開発課を黙らせるような企画を考えないといけないのか。プレッシャーが跳ね上がる。
「自由な発想でプランニングしてみてちょうだい」
「タイガー&ドラゴンにお任せください!」
竜岡は新しい仕事を前にビビっている様子はまるでない。むしろ楽しそうだ。
俺も負けるわけにはいかない。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
百戦錬磨は好きすぎて押せない
紗々
BL
なんと!HOTランキングに載せていただいておりました!!(12/18現在23位)ありがとうございます~!!*******超大手企業で働くエリート営業マンの相良響(28)。ある取引先の会社との食事会で出会った、自分の好みドンピシャの可愛い男の子(22)に心を奪われる。上手いこといつものように落として可愛がってやろうと思っていたのに…………序盤で大失態をしてしまい、相手に怯えられ、嫌われる寸前に。どうにか謝りまくって友人関係を続けることには成功するものの、それ以来ビビり倒して全然押せなくなってしまった……!*******百戦錬磨の超イケメンモテ男が純粋で鈍感な男の子にメロメロになって翻弄され悶えまくる話が書きたくて書きました。いろんな胸キュンシーンを詰め込んでいく……つもりではありますが、ラブラブになるまでにはちょっと時間がかかります。※80000字ぐらいの予定でとりあえず短編としていましたが、後日談を含めると100000字超えそうなので長編に変更いたします。すみません。
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる