同期×ライバル=恋?

古井重箱

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本編その18

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 竜岡の部屋は青と白でコーディネートされていた。
 フローリングはピカピカに磨かれているし、モノは整理整頓されている。室内の様子から竜岡のマメな性格が伺えた。
 壁際に本棚が置かれている。

「すごい……。見事にミステリーばっかりだな」
「僕は好きになったらとことん追いかけたいタイプやから」
「竜岡さんって意外と執着心が強いのか? 人や物事と一定の距離を保っているように見えるけど」
「そういう風に思ってもらえるように振る舞ってるだけや。僕は恋した人とは四六時中一緒にいたい。毎日声が聞きたい」
「情熱的なんだな」

 俺はローテーブルに案内された。竜岡は食事の準備を始めている。

「具材を切るの、手伝うよ」
「いいってば、キッチン狭いし。本でも読んでて」
「それじゃ、お言葉に甘えて……」

 本棚からミステリーに関する評論を抜き取る。ページをめくれば、書き込みが目に飛び込んできた。まるでフォントみたいな几帳面な文字。竜岡によるメモだ。

「……よく勉強してるな」
「僕、要領悪いねん。思ったことは一旦言葉にしないと、ようまとまらん」

 評論を本棚に戻す。
 本棚を見渡せば、真っ白な文庫本があった。背表紙にはタイトルが記されていない。一体何の本だろう?
 本棚から取り出して中身を読もうとした瞬間、俺は手を止めた。これは竜岡の日記ではないか。そういえば、全ページ白紙の文庫本が市販されていると聞いたことがある。
 たまたま開いた4月1日のページには、「人生、薔薇色!」と書かれていた。
 人の日記を盗み見るのはお行儀が悪すぎる。
 俺は文庫本を本棚に戻した。

「虎ノ瀬さん。その本棚の一番のお宝は、僕の日記やで」
「すまない! 日記だと知っていたら、手に取らなかった」
「素直なお人やなぁ。そういうところが、たまらなく好きや」
「その……好き好き言ってくるの、やめろ。妙な気分になる」

 竜岡がキッチンを離れ、俺のそばに近づいてくる。そして、ずいっと身を乗り出してきた。ほとんど鼻と鼻が触れそうになる。

「僕は虎ノ瀬さんが好きや。それっていけないこと?」
「……俺にとって、竜岡さんはライバルだ。好きとか嫌いとか、そういう観点から考えたことはない」
「鈍ちんやなぁ。まあ、開発しがいがあるけど」

 さらりと前髪を撫でられた。
 まるで恋人を慈しむような仕草だった。俺は大いに困惑した。どうして竜岡は俺にそんな真似をしているんだ?

「あ、新手の嫌がらせか?」
「そうかもな」

 竜岡は笑うと、キッチンに戻った。そしてローテーブルに置かれたカセットコンロの上に、鍋をのせた。
 ほかほかと湯気を立てながら、具材が煮えている。
 俺と竜岡はポン酢で常夜鍋を食べた。

「うまいな。毎晩食べても飽きない味や」
「ほうれん草に豚肉だからな。栄養バランスがいいよな」
「豆腐も食べて。ネギも旨いで」
「ありがとう」

 こうやって鍋を食べていると、仕事のストレスが軽くなっていく。竜岡と俺ならば、新しい企画を考えられるのではないか。そんな楽観的な気持ちになる。

「竜岡さん。社内コンペ、勝とうな」
「もちろん」
「それで、肝心の企画だけど……」

 俺の声をかき消すように、隣の部屋から音楽が聴こえてきた。ずんずんとお腹に響くビート。アグレッシブなボイスパーカッション。俺がふだん接したことがないタイプの音楽だ。
 音量はやがて低くなった。
 その代わりに、トントントンという足踏みのような音が聴こえてくる。
 竜岡がため息をついた。

「お隣さん、ストリート・ダンスをやっててな。部屋でも練習しはるんや」
「へえ……」
「熱心な方でな。イベントがあるから見に来てほしいって言われて。フライヤーもろた」

 俺はフライヤーを見せてもらった。
 渋谷でダンスフェスティバルが行われるらしい。

「ストリート・ダンスってどんな感じなんだ?」
「動画、たくさんあるよ」

 俺は竜岡のスマホで動画を視聴した。
 音楽に合わせたキレッキレのパフォーマンス以前に、俺はダンスチームが履いている靴が気になった。

「全員、Vバードのスニーカーじゃないか!」
「まあ、ヒップホップ・カルチャーと親和性が高いブランドだからね」
「竜岡さん……。ストリート・ダンサー向けのスニーカーなんてのはどうだ? ミヨシギアの技術があれば、クッション性が高くて軽い靴を提供できるんじゃないか」

 俺の発言に、竜岡は目を見開いた。

「その発想はなかった……」
「ストリート・ダンスのパフォーマーはおそらく、デザイン性も重視していると思う。外部デザイナーとコラボできたらベストだな」
「虎ノ瀬さん、冴えてる! 待って。僕、メモを取るから」

 竜岡はノートにペンを走らせた。

「うおーっ! 燃えてきたで! 仕事に行くのが楽しみや」
「なあ。ダンスフェスティバルっていつなんだ?」
「明日や」
「行ってみよう! 出場者にシューズに関するヒアリングができるかもしれない」
「虎ノ瀬さん、頼もしいな。惚れ直したで」

 俺と竜岡はお隣さんに挨拶に行った。
 お隣さんは竹谷さんという若い男性だった。ピアスをいくつもつけている。でも、目が優しい。

「イベント、来てくれるんすか? 嬉しいっす!」
「あの、私たちは仕事でシューズの企画を担当してるのですが、竹谷さんのお仲間に簡単なヒアリングをさせていただくことは可能ですか?」
「パフォーマンスが終わったあとなら大丈夫っすよ」

 話がまとまった。
 竜岡の部屋に戻った俺は、ガッツポーズを取った。

「ミヨシギアの新たな歴史を作るぞ!」
「僕、虎ノ瀬さんの笑顔……大好きや」

 懐にぎゅっと抱きつかれる。俺は竜岡の髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「あかん。幸せすぎて、死にそうや」
「何を言ってやがる。明日、イベントでヒアリングをして、月曜日には企画書をまとめるぞ!」
「まあ、仕方ないか。僕は虎ノ瀬さんの仕事熱心なところが大好きや」

 俺は竜岡と、明日の待ち合わせ場所について話し合った。

「お邪魔しました」
「また来てね」

 竜岡のアパートを出ると、細い三日月が輝いていた。
 今の段階では、ストリート・ダンサー向けのシューズは思いつきにすぎない。でも、これから形にしていきたい。希望の光は淡いけれども確かにそこにあるのだ。
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