溺愛されても勘違い令嬢は勘違いをとめられない 

あおくん

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1 エルリーナは勘違いする

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「お父様!私の婚約を取り消してください!!」


雲一つない晴天の空の下、気持ちのいい風が吹き、誰もが心地よく過ごしていた中一つの屋敷が騒然となる事件が起こった。
原因は愛情たっぷりに育てた愛娘の一言である。
レイアント公爵家の当主でもあり、愛娘の父親でもある公爵は娘の放った一言にワナワナと手を震わせながら顔を青ざめた。

「エ、エルリーナよ…。一体あの男に何をされたのだ!?」

公爵が言う“あの男”とは、エルリーナの"将来の"婚約相手でもあり、この国の第一王子であるアルフォンス・イルガ王子殿下である。
本来ならば公爵の言葉は王子殿下を貶していると思われ許されるものではないが、ここは公爵家。
身内以外誰も聞いていない為、咎めたり諭すものは誰一人いなかった。

「誤解しないでくださいませ、お父様。
私はアル様には何も仰られていませんし、されてもいません」

エルリーナは憮然とした態度で父の言葉を否定する。
婚約関係を解消したくなるようなことを言われてもいないし、されてもいないのならば何故と公爵は思った。
そして理由を問おう時、エルリーナが悲し気な表情で口を開く。

「…ただ私は知ってしまったのです……。この先、アル様の大事な方となるお人が、私の前に現れるということを…」

「な!?」

「そして私は嫉妬に狂い、醜く醜態を晒してしまうのですわ…!」

「ななな!?」

ほろりと、決して嘘ではない本気の涙がエルリーナの目から流れ出る。
愛娘の涙を見て公爵は思った。娘を泣かせるとはなんて男なのだ、と。
生涯大事にすると誓ったあの言葉は嘘だったのかと。

ここだけの話だが、エルリーナと王子殿下との婚約関係は正式に成立していない。
そもそも王家と貴族内で一番の権力を持つ公爵家が婚姻を結んではパワーバランスが崩れてしまうという意見も確かにあり、例え殿下自らの希望であろうがすぐに認めることが出来なかったのだ。
その為王子殿下には複数の婚約者候補がいるのである。
その候補者の中にエルリーナがいるだけで、正式な婚約者として選ばれるのは王子殿下が成人を迎えるあと二年後の春。

だが、先ほども告げた通りエルリーナが候補者の中の一人であることは、王子殿下自らの希望である。
王宮に公爵と共に訪れた幼いエルリーナに、これまた幼かった王子殿下が一目惚れしたのだ。
「かわいい…」と口にした殿下に王と王妃が凝視した後、助太刀として二人に場を設けたあの時、自分の息子のシャイな部分を見た王と王妃は悶えた。
いつもならば大人相手でも臆することなく堂々とした態度をとる、見た目はまだまだ幼い息子だったが実は中身は自分たちと変わらない大人なのではないかと、実の息子ながら才能を褒めるどころか怪しんでしまうくらい出来が良すぎた息子が、彼女の前では顔を赤らませ、もじもじと恥ずかしそうな態度を取ったのだ。
((なんでも出来る子だと思ってた息子に、こ~~~んな可愛い部分があっただなんて!!!))と、両陛下は内心足をバタつかせたながら、エルリーナを仮ではあるが婚約者として認めたのだ。
寧ろ息子の可愛くて年相応な姿を見れるのならばと、エルリーナ以外考えていないところもある。
反対していた貴族たちに青筋を立てながらも、引き攣った笑顔で打開策として婚約者候補を集め、候補の前でエルリーナを可愛がってもいた。

そして成長した王子殿下のエルリーナに対する熱が冷めることはなかった。
それでも建前上婚約候補者たちと等しく親睦を深める必要があった為交流を取ってはいたが、王子殿下の熱いまなざしはエルリーナだけに向けられていた。
そもそも親睦を深める為交流していたといっても、王子殿下の隣には必ずエルリーナがいたし、たまに出席する王妃殿下もエルリーナを可愛がる。
そんな場にいてどうしてエルリーナではなく自分が選ばれる可能性を見出すことが出来よう。
必然的に応援ムードになるし、「はいはい。微笑ましい微笑ましい。だからはやくくっつけ」と候補者の令嬢たちは皆思っていた。
つまり、候補者と言っても実質的にはエルリーナが王子殿下の婚約相手に選ばれるということは既に決められていることなのだ。
文句を口にする者たちを抑えるためではあるが、ある意味婚約前の花嫁準備期間ともいえる。

それほどまでに愛している筈のエルリーナの他に女を作る殿下がある意味衝撃的だったのだ。
そして衝撃すぎて親バカを発揮させる手前に、少しだけ開けられていた扉が開く。

「…父上、エルリーナの話は真に受けなくて大丈夫ですよ」

ブルブル震えたままの公爵と、悲し気に俯くエルリーナの他、新たな人物が姿を現した。
エルリーナの兄であるベルガート・レイアントだ。
レイアント公爵家の嫡男として、エルリーナより先に学園に入学し、優秀な成績を修めている人物だ。

「ベルガート!真に受けるなというのはどういうことだ!
エルリーナはこんなにも悲しんでいるのだぞ!」

「だから、その悲しみが現実から受けた物じゃないってことですよ。
エルリーナ。君も殿下に相談なく、勝手に話を進めようとするのは兄として感心しないな」

「お兄様!?ですが私は!」

「ベルガート一体どういうことだ!?」

食ってかかる妹と父親の姿に、ベルガートは深いため息をついた。

「……とりあえず、まずは父上の誤解をときましょうか」

部屋の扉に寄りかかるように背を預けていたベルガートは父の執務室に設置されているソファ迄進み、そのまま腰を下ろす。
そのベルガートの様子を見たエルリーナと公爵もソファへと腰を下ろした。

「じゃあエルリーナ、君に質問するよ。
君はもうすぐ学園へ入学する年になっただろう?他の子と友情を育むために巷で流行っているという恋愛小説を購入した。
間違いないかい?」

ベルガートの質問に対し、エルリーナはコクリと頷いた。

エルリーナが今年入学する学園とは、貴族の子息令嬢が通う由緒正しい学園である。
殆どの貴族は幼少期から家庭教師を雇い教育を施しているが、それだけでは身に着かない社交性を育む場として、成人を迎える三年前から学園へと入学させるのだ。
勿論勉学についても学ぶが、社交性を高めることを第一に考えている為、学園内では頻繁にサロンを活用し生徒同士で現在の国内の経済状況をどうみるかから始まり、服やアクセサリーの流行、所有している土地で作り出されている物を利用しての特産物を考えたり、身近なものでは学園内での改善すべき点などを議論する場が頻繁に開かれていた。

そんな学園に馴染む為エルリーナは巷で流行っている小説を読んで、共通の話作りのネタを探していたとベルガートは記憶している。

「その小説がどうだというのだ?
若き乙女なのだエルリーナは。恋愛小説を読んでも問題にはならないだろう」

公爵は不思議そうに首を傾げた。
公爵が告げたように、まだまだ若い女性のエルリーナが恋愛小説を読んで夢に浸り、また親しくなった者との話題をだしても問題にはならないだろう。
だがそうではない。とベルガートは首を振る。

「父上。エルリーナは純粋であるために、例えただの小説でも問題になってしまうんですよ」

現に今。と告げるベルガートに、更に疑問符を浮かべる姿を見せる父。
エルリーナはそんな二人のやりとりを見る為にきょろきょろと忙しなかった。

「どういうことだ?」

「それを答える前に…エルリーナ。もう一つ質問に答えてくれ。
君はその小説を読んですぐに父上のところに来た。であっているかい?」

そう問われたエルリーナは、またコクリと頷く。
ベルガートは痛くなった頭を押さえた。
そして(ホウレンソウを覚えさせよう)と決意する。
ホウレンソウとは、報告・連絡・相談の略で、エルリーナに欠けている心得である。

「父上。エルリーナは小説を読み、現実世界と結びつけてしまったのです。
小説の中身は、高位貴族と婚約関係にあった第二王子が低位貴族と恋に落ち、婚約を解消し、運命の相手との恋を成就させる物語です。
更に詳しく言うとなると、その高位貴族の令嬢は嫉妬に狂い、低位貴族へあらゆる嫌がらせを行い、その姿が悪に見えるということで悪役令嬢と呼ばれていること。
その悪役令嬢は家族にも見放され、そして国外追放になってしまうという内容が書かれているのです」

「お兄様も小説をお読みになったの?」

「可愛いエルリーナが嫌がらせを行うなどあり得ない!しかも家族にも見放され!?
私達がそんなことをするわけがないだろう!?」

エルリーナと公爵の二人同時にベルガートに問いかける。
ベルガートは再び溜息をついてから一人ずつ答えた。

「その本は読んでないよ。教えてもらっただけさ。
ただエルリーナが今腕に抱えている本と似た物語が学園でも流行っているんだ」

「まぁ、そうなのですね」

「ああ。だがそれが問題でね。
実際にとある迷惑な伯爵家の令息と子爵家の令嬢との婚約破棄問題があって………いやこれはいい。
つまりね、その内容と似ている全ての本について少し殿下と問題視しているんだよ」

「アル様と?」

「そう。高位貴族を悪として書かれているのはその本だけじゃないからね。
流行せた理由に悪意があるのではないかという見方をしているんだ。
あと父上。小説の内容をお話ししただけでレイアント家とは無関係なので、座ってください」

息子の言葉に居心地悪そうに座り直す父の姿に、ベルガートは内心で何度目かの溜息をついた。
エルリーナが可愛いと言っても、もう三年すれば成人となるのに、まだ子離れできないのかこの父親はという目で見てしまうのも無理はない。

だがここで問題なのは婚約破棄された悪役令嬢が追放され、運命の相手と結ばれる王子の恋愛物語が学園でも流行っている点だ。
それが話のネタとして終わらせるのならば問題はない。
王子殿下はエルリーナより一つ年上な為、先に入学しエルリーナにとって居心地の良い学園生活を送れるようにせっせと動いていたというのに、何故か悪役令嬢と運命の恋というキーワードだけが流行ってしまった。

そして実際に、前から気にくわないと後に語った伯爵令息が、子爵令嬢を悪役として断罪しようとした事件が起こってしまったのだ。

エルリーナより二つ上のベルガートは、一つ年下である殿下に相談を受け、共にこの流行りを終わらせるべく動いていた最中、家に帰り殿下からの伝言を妹に告げようと屋敷中を彷徨っていた中で聞こえた婚約解消を願うエルリーナの声に震えた。
そしてエルリーナが手にしている本は、巷で流行っている恋愛物語であることも震える原因となった。

「つ、つまりアル様は他の女性と恋はしない…?」

「この先一生エルリーナだけを愛していくと思っているし、本人もそう誓っているよ。
それに今日家に帰ってきたのも殿下からエルリーナに伝言を預かっているからなんだ」

「アル様から…?」

先ほどまでは暗い顔をしていたというのに、伝言を預かっていると告げただけで目を輝かせる妹の姿にベルガートはくすりと笑う。
第一、王子としての教育もあるのにエルリーナとの学園生活を見越して行動しているに加え、エルリーナに会うために少しでも時間を作ろうと努力なさっている殿下の愛をこうも軽く扱っているだなんて、妹ながら怖いなとベルガートは思った。

「“来週の週末リーナの都合がよければ一緒に出掛けないか?”だそうだ」

リーナというのはアルフォンスだけが呼ぶエルリーナの愛称である。
エルリーナはベルガートから聞いた伝言を聞いて、嬉しそうに笑ったのであった。

偶然の産物ではあるが、こうしてアルフォンス第一王子殿下は愛する人から婚約解消を願われることを阻止できたのである。





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