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03.弁当屋と魔法技師
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「来たなら早くそのサンドイッチをよこせ」
「くださいでしょ! もうさー、ロイはいつも横柄がすぎる!」
「それを咎めるものなどおらん」
「きーっっ!」
リグとエリスを送り出した後、シズクが卵サンドを作ってやってきたのは魔法技師ロイの工房だ。
市街地から少しだけ離れた場所にあるその工房は、森の中にある大きなログハウスだ。三つあるログハウスのうち一つがロイ専用である。
専用のテラスにはロッキングチェアやテーブルが置いてありパッと見た感じはおしゃれなカフェテラスなのだが、残念ながら関係者以外は立ち入り禁止である。
ロイにも弟子が数人いるのだが、自分専用の工房に一人で籠って作業することが多い。見渡しても誰もいないところを見ると、今日も一人で作業をしていたようである。
「昨日から何も食べてなかったから、丁度良かったんだ。ほら、早くしろ」
「昨日からって……」
今日は徹夜仕事をしていたようで、ようやく作業が終わったところにシズクが昼食を持ってやってきたので休憩することにしたようだ。
作業スペースから移動し、カフェテラスの椅子にどかりと座る。手に持っているものを早くよこせと言わんばかりにテーブルをバンバン叩いて催促される。
ふとシズクが室内の作業台に視線を移すと、徹夜仕事の完成品であろう立派な剣が豪奢な布の上に丁寧に置かれている。
「これは近衛騎士団団長アッシュの剣だ。オレが作ったものでとても大事に使っていただいている。大事に扱ってもらえていると思うと、整備にも力が入るというものだ。シズクは見たことがあるか? アッシュはとても聡明で……こんな俺にも優しくしてくれるんだ」
シズクから奪い取るようにサンドイッチを取り上げておきながらも、ロイはとても大事で愛おしそうにその剣を見る。
柄頭には細かい蔦のような紋章が刻まれ、あまり見たことのない深い緑色の宝石が埋め込まれている。グリップ部分は持ちやすそうに加工され、鍔にもその横にある鞘と思われるものも、柄頭と同じ蔦のような紋章がある。その剣身は傷ひとつなく磨がれ白く光を纏っているように見えた。
見れば見るほど、本当に美しい。
「近衛騎士団の団長さんはいつ取りに来るの?」
「時間があればいつ来てもいいようにとは伝えているが忙しい人だからな、しばらくは来ないと思うぞ。なんだ、お前会いたいのか」
「こんな刀を扱う人だもん。きっと凄い人なんだろうなって思ってさ」
「かたな? お前は相変わらず変な言葉を使う」
「あ、そっか。これは剣だよね」
刀と剣の差があるのか?なんてロイが気になり始めてしまい、片方にだけ刃があって少し反り返ってて、などと思い出しながらしどろもどろになりながら説明をしていると、リリンっと鈴が鳴った。
「ん? 今日はお前の他に人が来る予定などなかったはずだが……」
入り口にインターホンのようなものがあって、それを押すと呼び鈴が鳴る仕組みである。
以前仕組みをロイに説明されたが、その説明でシズクがイメージ出来たのは糸電話。その糸電話の仕組みを根掘り葉掘り聞かれさらに実験まで付き合わされ、疲れ果てたことを思い出してつい笑ってしまった。
「なんだ。急に笑い出したりなどして」
「いや、ちょっと糸電話のこと思い出しちゃって」
「おぉ、あったな。あれ。面白い実験も出来て良かった」
そんな話をしていると弟子の一人が、テラスに客人を案内してきた。
シズクの知っている青年がともう一人すらりと背の高い優し気なとても綺麗な男性が立っていた。
「あれ? エドワルド。どうしてここに?」
「ちょっと用事で。シズクは?」
「私も野暮用があってねー」
とエドワルドを話をしていると、先ほどまでかなり横柄な態度で椅子に座っていたロイが、大きな体が隠しきれずそこにいる事がバレバレなのにシズクの後ろに隠れるようにして様子を窺っているではないか。
「ロイ、こんにちわ。僕の剣の整備は……」
「ア、アッシュ。よく、来たな」
「団長、この前お願いしたばかりなのに終わっているはずないじゃないですか」
「いや、ロイならば……と思ったのだが、どうでしょうか」
「終わっている」
「本当ですか? さすがロイです」
ロイに話しかけている見たことのない男の人に向かって、エドワルドが若干呆れ気味の表情を向けているがその当の本人はとても満足そうな笑みをたたえている。
ロイはと言えば……、まだシズクの後ろから前に出ようとしない。
「えっと……」
「シズクは団長に会った事なかったよね。我がユリシス王国の近衛騎士団の団長アッシュ・グリフィン・ライト様だよ。団長、彼女は……」
「こんにちは。君がお弁当屋さんのシズク・シノノメだね。貴方の事はエドからよく聞いているよ。今日は君もロイに用事が? あぁ、ロイ。顔色が悪いよ? また徹夜してしまったのかい?」
先ほど団長の話をしている時はあんなにも流暢に自慢するように話をしていたというのに、当の本人と折角話しかけてくれててもロイはずっとシズクの後ろに隠れ、小さく頷いるばかりだ。いつもの毒舌も横柄な態度もこれっぽっちも表に出てこない。そしてちらちら見てるくせにあまり話さない。
それが何とも不思議で、後ろを振り返って小言の一つでも言ってやりたいのだが、初対面のアッシュに失礼かもしれないとシズクは一度だけロイを肘で小突いてやった。
「はい、お店の屋台をロイにメンテナンスしてもらっているんです。今日はその日で……」
質問に答えていると、机の上に置いてあった食べかけのサンドイッチをアッシュが見つけた。
「これは?」
「ロイと一緒にお昼ご飯食べようと思って作ってきたんです。まだちょっとあるんでよかったらどうぞ」
「それはありがたいですね。いただこうかな」
「俺も、俺も! シズクのサンドイッチ食べるの初めてだ! 今日ここに来るのちょっと面倒くさかったけど、来て良かった」
笑顔のエドワルドはサンドイッチにかぶりついて美味しそうに食べている。中の卵には隠し味に粒マスタードを入れているものと、小さく切ったチーズの入ったものの二種類を持ってきている。
エドワルドが一瞬目をぎゅっと閉じたので、もしかしたら粒マスタードが混ざり切っていなかったのかもしれない。しかしすぐに目を見開いて食べ進めていたので、お気に召したと思っておくことにする。
「エドはね、近衛騎士団勤務の時にもね、君のお弁当を買ってきては美味しそうに食べて周りのみんなに自慢する割には、絶対に分けたりしないんですよ。酷いですよね」
「違います! 前に少し分けたら、全部食べられちゃった事があって……」
「ならみんなの分も買ってきてくれていいんですよ?」
「嫌です」
エドワルドとアッシュは軽快に会話をしながら美味しそうに食べてくれているのだが、やはりまだ後ろにロイが隠れたままだ。
「ロイ?」
小声で話しかけてみるが、どこかいつもと違う態度に心配になってしまう。
流石に観念したのか、ようやくおずおずとシズクの背中から顔を出したかと思うと、作業台の上に会った剣を大事そうに抱えてそれをアッシュに渡した。
「なんでも、ない。アッシュ。これを。何かあればいつでも持ってきてくれ。じゃぁな。ゆっくりしていくといい」
「ゆっくりも何も、ロイは今日忙しいんですか?」
「ちょっとこいつの分のメンテナスあるから、……忙しい」
「そうですか。ゆっくり話でもしたかったんですけれど。今度お茶にもいきましょう」
ロイはびっくりしたような顔をして、それでも、今度なと小さく返事をして………。
その耳が赤く見えたのはシズクの気のせいか。
ロイはすれ違いざまエドワルドにも一礼すると、下を向いたまま工房の奥にあるシズクの屋台のメンテナンスを始めてしまった。
アッシュとエドワルドはいつもの事だと言ったようにロイを目で見送ると、サンドイッチに手を伸ばした。
「ねぇシズク。明日の朝ごはんは甘い卵焼き食べたい気分になると思うんだ!」
「そういう気分なの? ふふふ。じゃぁ明日は甘い卵焼き準備しておくね」
「やった!」
「その甘い卵焼きとやらを、今度僕にも分けてくださいね。エド」
「絶対に嫌です」
エドワルドが明日の朝ごはんのリクエストをして、二人は帰っていってしまった。
何故かシズクがアッシュとエドワルドを見送り、少しだけ静かになった工房の奥で黙々と作業をしているロイにシズクが話しかける。
「ねぇ、ロイ」
「夕方にはメンテナンス終わらせてるから……」
「そうじゃなくって。アッシュさんやエドワルドにいつもあんな態度で話をしてるの?」
ぶっきらぼうを通り越して不機嫌そうに見えたことが気になって、シズクはロイに詰め寄ってしまった。
「まぁな」
先ほどまで後ろに隠れてコミュ障をこじらせたような感じだったのが、今はいつもシズクが接しているロイに戻っている。
「私はアッシュさんの事は知らないけど、めちゃくちゃいい人そうだったじゃん。それにエドワルドだってすっごくいい人なんだよ! それをあんなぶっきらぼうにさー」
「うるさいっ。お前には関係ないだろう。口出しするな」
「心配してんのに。何なのその態度っ」
「心配なんてしてもらわなくても結構だ。もうお前帰れ!」
「帰りたいけどまた屋台取りに来るの面倒くさいでしょうがっっ!」
屋台は盗まれたならしばらくすれば家の倉庫に勝手に戻ってきてしまうが、そうでなければ自分で取りに来なくてはいけないのだ。
奥歯がギリギリ鳴るような腹立たしさを感じながらも、子供みたいな口喧嘩をしてしまった事に若干後悔し始めていたので、工房の隅に座って勝手に拝借したお茶を飲みながらシズクは自らの気持ちを落ち着かせる。
さっきロイはなんであんな態度を取ったんだろう。
アッシュとエドワルドが来る前には、あんなにアッシュの事を誇らしげに話していたのに。
剣の点検と整備を徹夜でするほどだったし。
なんだか今度は良く分からなくなってきたシズクは、夕方まで黙々と作業するロイを観察しながら何故なのかを考えいた。作業が終了して工房から追い出されても尚、全く答えは出てこなかった。
シズクに対する態度は例えば友達に接するものと考える。ならばあの態度は何なのか。引っかかるような気がするのだがピンとくるものが思い浮かばない。
最終的には、『憧れていたアッシュと話すときにはさすがに横柄な態度に出れないから極度のコミュ障のような感じ』になってしまうのでは?と結論付た。
「明日は甘い卵焼きか。私も甘い卵焼き派だからほんと親近感あるな」
ロイには追い出されるように帰らされたが別に喧嘩したわけではないし、次に会った時にはいつも通りあの横柄な態度でいつものように口悪く出迎えてくれるだろう。
今朝あった《いい事があるような予感》は当たったような当たらないような一日だったが、最終的には悪くなかったかもな、と思いながらシズクは夕暮れの空に流れる雲を追いながら家路を急いだ。
「くださいでしょ! もうさー、ロイはいつも横柄がすぎる!」
「それを咎めるものなどおらん」
「きーっっ!」
リグとエリスを送り出した後、シズクが卵サンドを作ってやってきたのは魔法技師ロイの工房だ。
市街地から少しだけ離れた場所にあるその工房は、森の中にある大きなログハウスだ。三つあるログハウスのうち一つがロイ専用である。
専用のテラスにはロッキングチェアやテーブルが置いてありパッと見た感じはおしゃれなカフェテラスなのだが、残念ながら関係者以外は立ち入り禁止である。
ロイにも弟子が数人いるのだが、自分専用の工房に一人で籠って作業することが多い。見渡しても誰もいないところを見ると、今日も一人で作業をしていたようである。
「昨日から何も食べてなかったから、丁度良かったんだ。ほら、早くしろ」
「昨日からって……」
今日は徹夜仕事をしていたようで、ようやく作業が終わったところにシズクが昼食を持ってやってきたので休憩することにしたようだ。
作業スペースから移動し、カフェテラスの椅子にどかりと座る。手に持っているものを早くよこせと言わんばかりにテーブルをバンバン叩いて催促される。
ふとシズクが室内の作業台に視線を移すと、徹夜仕事の完成品であろう立派な剣が豪奢な布の上に丁寧に置かれている。
「これは近衛騎士団団長アッシュの剣だ。オレが作ったものでとても大事に使っていただいている。大事に扱ってもらえていると思うと、整備にも力が入るというものだ。シズクは見たことがあるか? アッシュはとても聡明で……こんな俺にも優しくしてくれるんだ」
シズクから奪い取るようにサンドイッチを取り上げておきながらも、ロイはとても大事で愛おしそうにその剣を見る。
柄頭には細かい蔦のような紋章が刻まれ、あまり見たことのない深い緑色の宝石が埋め込まれている。グリップ部分は持ちやすそうに加工され、鍔にもその横にある鞘と思われるものも、柄頭と同じ蔦のような紋章がある。その剣身は傷ひとつなく磨がれ白く光を纏っているように見えた。
見れば見るほど、本当に美しい。
「近衛騎士団の団長さんはいつ取りに来るの?」
「時間があればいつ来てもいいようにとは伝えているが忙しい人だからな、しばらくは来ないと思うぞ。なんだ、お前会いたいのか」
「こんな刀を扱う人だもん。きっと凄い人なんだろうなって思ってさ」
「かたな? お前は相変わらず変な言葉を使う」
「あ、そっか。これは剣だよね」
刀と剣の差があるのか?なんてロイが気になり始めてしまい、片方にだけ刃があって少し反り返ってて、などと思い出しながらしどろもどろになりながら説明をしていると、リリンっと鈴が鳴った。
「ん? 今日はお前の他に人が来る予定などなかったはずだが……」
入り口にインターホンのようなものがあって、それを押すと呼び鈴が鳴る仕組みである。
以前仕組みをロイに説明されたが、その説明でシズクがイメージ出来たのは糸電話。その糸電話の仕組みを根掘り葉掘り聞かれさらに実験まで付き合わされ、疲れ果てたことを思い出してつい笑ってしまった。
「なんだ。急に笑い出したりなどして」
「いや、ちょっと糸電話のこと思い出しちゃって」
「おぉ、あったな。あれ。面白い実験も出来て良かった」
そんな話をしていると弟子の一人が、テラスに客人を案内してきた。
シズクの知っている青年がともう一人すらりと背の高い優し気なとても綺麗な男性が立っていた。
「あれ? エドワルド。どうしてここに?」
「ちょっと用事で。シズクは?」
「私も野暮用があってねー」
とエドワルドを話をしていると、先ほどまでかなり横柄な態度で椅子に座っていたロイが、大きな体が隠しきれずそこにいる事がバレバレなのにシズクの後ろに隠れるようにして様子を窺っているではないか。
「ロイ、こんにちわ。僕の剣の整備は……」
「ア、アッシュ。よく、来たな」
「団長、この前お願いしたばかりなのに終わっているはずないじゃないですか」
「いや、ロイならば……と思ったのだが、どうでしょうか」
「終わっている」
「本当ですか? さすがロイです」
ロイに話しかけている見たことのない男の人に向かって、エドワルドが若干呆れ気味の表情を向けているがその当の本人はとても満足そうな笑みをたたえている。
ロイはと言えば……、まだシズクの後ろから前に出ようとしない。
「えっと……」
「シズクは団長に会った事なかったよね。我がユリシス王国の近衛騎士団の団長アッシュ・グリフィン・ライト様だよ。団長、彼女は……」
「こんにちは。君がお弁当屋さんのシズク・シノノメだね。貴方の事はエドからよく聞いているよ。今日は君もロイに用事が? あぁ、ロイ。顔色が悪いよ? また徹夜してしまったのかい?」
先ほど団長の話をしている時はあんなにも流暢に自慢するように話をしていたというのに、当の本人と折角話しかけてくれててもロイはずっとシズクの後ろに隠れ、小さく頷いるばかりだ。いつもの毒舌も横柄な態度もこれっぽっちも表に出てこない。そしてちらちら見てるくせにあまり話さない。
それが何とも不思議で、後ろを振り返って小言の一つでも言ってやりたいのだが、初対面のアッシュに失礼かもしれないとシズクは一度だけロイを肘で小突いてやった。
「はい、お店の屋台をロイにメンテナンスしてもらっているんです。今日はその日で……」
質問に答えていると、机の上に置いてあった食べかけのサンドイッチをアッシュが見つけた。
「これは?」
「ロイと一緒にお昼ご飯食べようと思って作ってきたんです。まだちょっとあるんでよかったらどうぞ」
「それはありがたいですね。いただこうかな」
「俺も、俺も! シズクのサンドイッチ食べるの初めてだ! 今日ここに来るのちょっと面倒くさかったけど、来て良かった」
笑顔のエドワルドはサンドイッチにかぶりついて美味しそうに食べている。中の卵には隠し味に粒マスタードを入れているものと、小さく切ったチーズの入ったものの二種類を持ってきている。
エドワルドが一瞬目をぎゅっと閉じたので、もしかしたら粒マスタードが混ざり切っていなかったのかもしれない。しかしすぐに目を見開いて食べ進めていたので、お気に召したと思っておくことにする。
「エドはね、近衛騎士団勤務の時にもね、君のお弁当を買ってきては美味しそうに食べて周りのみんなに自慢する割には、絶対に分けたりしないんですよ。酷いですよね」
「違います! 前に少し分けたら、全部食べられちゃった事があって……」
「ならみんなの分も買ってきてくれていいんですよ?」
「嫌です」
エドワルドとアッシュは軽快に会話をしながら美味しそうに食べてくれているのだが、やはりまだ後ろにロイが隠れたままだ。
「ロイ?」
小声で話しかけてみるが、どこかいつもと違う態度に心配になってしまう。
流石に観念したのか、ようやくおずおずとシズクの背中から顔を出したかと思うと、作業台の上に会った剣を大事そうに抱えてそれをアッシュに渡した。
「なんでも、ない。アッシュ。これを。何かあればいつでも持ってきてくれ。じゃぁな。ゆっくりしていくといい」
「ゆっくりも何も、ロイは今日忙しいんですか?」
「ちょっとこいつの分のメンテナスあるから、……忙しい」
「そうですか。ゆっくり話でもしたかったんですけれど。今度お茶にもいきましょう」
ロイはびっくりしたような顔をして、それでも、今度なと小さく返事をして………。
その耳が赤く見えたのはシズクの気のせいか。
ロイはすれ違いざまエドワルドにも一礼すると、下を向いたまま工房の奥にあるシズクの屋台のメンテナンスを始めてしまった。
アッシュとエドワルドはいつもの事だと言ったようにロイを目で見送ると、サンドイッチに手を伸ばした。
「ねぇシズク。明日の朝ごはんは甘い卵焼き食べたい気分になると思うんだ!」
「そういう気分なの? ふふふ。じゃぁ明日は甘い卵焼き準備しておくね」
「やった!」
「その甘い卵焼きとやらを、今度僕にも分けてくださいね。エド」
「絶対に嫌です」
エドワルドが明日の朝ごはんのリクエストをして、二人は帰っていってしまった。
何故かシズクがアッシュとエドワルドを見送り、少しだけ静かになった工房の奥で黙々と作業をしているロイにシズクが話しかける。
「ねぇ、ロイ」
「夕方にはメンテナンス終わらせてるから……」
「そうじゃなくって。アッシュさんやエドワルドにいつもあんな態度で話をしてるの?」
ぶっきらぼうを通り越して不機嫌そうに見えたことが気になって、シズクはロイに詰め寄ってしまった。
「まぁな」
先ほどまで後ろに隠れてコミュ障をこじらせたような感じだったのが、今はいつもシズクが接しているロイに戻っている。
「私はアッシュさんの事は知らないけど、めちゃくちゃいい人そうだったじゃん。それにエドワルドだってすっごくいい人なんだよ! それをあんなぶっきらぼうにさー」
「うるさいっ。お前には関係ないだろう。口出しするな」
「心配してんのに。何なのその態度っ」
「心配なんてしてもらわなくても結構だ。もうお前帰れ!」
「帰りたいけどまた屋台取りに来るの面倒くさいでしょうがっっ!」
屋台は盗まれたならしばらくすれば家の倉庫に勝手に戻ってきてしまうが、そうでなければ自分で取りに来なくてはいけないのだ。
奥歯がギリギリ鳴るような腹立たしさを感じながらも、子供みたいな口喧嘩をしてしまった事に若干後悔し始めていたので、工房の隅に座って勝手に拝借したお茶を飲みながらシズクは自らの気持ちを落ち着かせる。
さっきロイはなんであんな態度を取ったんだろう。
アッシュとエドワルドが来る前には、あんなにアッシュの事を誇らしげに話していたのに。
剣の点検と整備を徹夜でするほどだったし。
なんだか今度は良く分からなくなってきたシズクは、夕方まで黙々と作業するロイを観察しながら何故なのかを考えいた。作業が終了して工房から追い出されても尚、全く答えは出てこなかった。
シズクに対する態度は例えば友達に接するものと考える。ならばあの態度は何なのか。引っかかるような気がするのだがピンとくるものが思い浮かばない。
最終的には、『憧れていたアッシュと話すときにはさすがに横柄な態度に出れないから極度のコミュ障のような感じ』になってしまうのでは?と結論付た。
「明日は甘い卵焼きか。私も甘い卵焼き派だからほんと親近感あるな」
ロイには追い出されるように帰らされたが別に喧嘩したわけではないし、次に会った時にはいつも通りあの横柄な態度でいつものように口悪く出迎えてくれるだろう。
今朝あった《いい事があるような予感》は当たったような当たらないような一日だったが、最終的には悪くなかったかもな、と思いながらシズクは夕暮れの空に流れる雲を追いながら家路を急いだ。
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