32 / 102
31.白鬚のさんたと生姜焼き
しおりを挟む
時は少し遡る。
今日は年の終わりの七日ほど前。
来週グリューワインを飲んで、ぐたぐだになったシズクをおんぶして帰る途中に強烈な一撃を食らうとはこれっぽっちも知らないエドワルドは、夕暮れの屋台街をヴォーノボックスに向かって歩いていた。
シズクを連れてリエインに行く際の護衛をベルディエットに強引に頼まれ、エドワルドはその間の休みをもぎ取るためにそれが決まった後からほとんど休みなく働いていた。
年明けからすぐシズクと一緒にリエインにいけるのが楽しみで忙しさもさほど気にならないが、流石に疲れはする。
夜中の街の警備から午前中の鍛錬、やっと先ほど午後から夕方までの街の警備を終え、ようやく明日の昼まで待機となった今日、数日ぶりにようやく癒しを求めてシズクの待つ屋台に向かったのだ。
いや別に俺の事だけ待っててくれるわけじゃないけど……。
会えたらきっと満面の笑みで迎えてくれるはず、と疲れはいるが足取り軽やかに道を進む。
収穫祭であふれかえっていた観光客は今はほとんどおらず、もうすぐ年が終わるからか街は何となくせわしない。がやがやと賑やかな夕暮れ時に、ようやく見えてきたその店にシズクはもちろんいた。
いたが、なんだか様子がおかしい。
鼻の下にちょび髭よろしく白い綿を付け、頭には白いボンボンのついた赤い三角帽子をかぶってニヨニヨしている。
「あ! エドワルド! 久しぶりだね! 疲れてそうだけど……、でも元気そうでよかった! ご飯食べていく?」
エドワルドの顔をじっと見た後、疲れた顔を見抜かれはしたが心配され過ぎることはなくシズクは鼻の下の白い綿をふわふわと揺らしながら笑顔で迎えてくれた。
「久しぶり。ちょっと忙しくってなかなか来れなくってゴメンね。っていうか、それ何?」
とてもいい笑顔だ。しかし白い髭のアンバランスさが逆にエドワルドには可愛く見えてはいるのだが、どんなに可愛くともどうにも笑いが込み上げてきてしまうので仕方なく笑いながらシズクに聞いてしまった。
「これはね、私の故郷の伝わるサンタクロースのコスプレです」
「さんたくろーす? のこすぷれ、とは?」
「架空の人物の衣装の真似なんだけれど……」
シズク曰く、年の終わり近くのくりすますと言う日に空を駆けるソリに乗って世界中の良い子の子供たちにプレゼントを配る恰幅のいい白い髭のおじいさんの事を言うらしい。それにしても架空の人物とは言え世界中の子供にプレゼントを配るとは、モデルになった人物はどういう人なのか気になりはする。
「サンタさんのモデルになった人が赤い服を着ていたり凄い白い髭だったらしいよ。私も詳しくないからこれ以上はあまり知らないんだけれどね」
「凄い髭と言う割には、何というか……。ふっ……。ちょび髭じゃない?」
話すたびに鼻の下で白い綿がふわふわと揺れるのを見る度に、込み上げる笑いをこらえるのが大変だ。
「そう! シュシュリカマリルエルにね、いい感じの赤い三角帽子と白い綿が欲しいってお願いしたんだけれど、忙しいからって言ってこれだけ渡されてー。本当は顎のあたりからお腹の方まで髭があるからそうしたかったんだけど……、ちょっとエドワルド聞いてる!?」
どうしても一生懸命説明しているシズクの真面目な表情と、シズクの鼻の下で心もとなさそうな様子で揺れる髭を模した白い綿のギャップが面白すぎる。本人としては渾身の仮装なのだろうが、込み上げてくる笑いをどうしても噛み殺せないが、安心して欲しい。ちゃんと話は聞いている。
「聞いてる、聞いてるって」
「怪しいなぁ……。お夕飯前だけれどうちでご飯食べていく?」
少し迷ったが、家で食べるよりも今はシズクの作った食事が食べたい気持ちが勝った。
二つ返事でお願いすると、自分から進めてきたくせに料理長に悪いなといいながら何かを準備し始めてくれてた。
今日は総菜ではなく直接作ってくれるようだ。
大きなフライパンに薄く切ったケーパをを入れ炒め始めると、景気のいい音があたりに響いた。
ケーパは生で食べると独特の辛みがある。加熱すると甘くなって食べやすくはなるのだが、スープの具に入れるぐらいでこのユリシスではあまり人気はない。エドワルドもケーパのステーキを食べたことがあったがあまりおいしくは感じなかった。
その炒めたケーパの中にピギーの肉を入れる様だが、すでに何かに漬けていたようでその中から肉だけを取り出してケーパと合わせて焼き始めた。ジュージューといい音と、甘辛い香りが食欲をそそる。
「夕飯前だから、気持ち少なめにしておくね」
漬け汁を上から回し入れるさっと炒めるととさらにいい香りがする。
口元の白い綿を器用によけながら菜箸を使って味見の為に口に入れ小さく頷いた後、小ぶりのドンブリに白米をよそい細かく切ったサラダ菜を敷き、さらにその上に焼いていたピギー肉を乗せた。
「はい。生姜焼き丼です。疲れた身体に染みわたるよ。ご賞味あれ」
そう言って小首をかしげたと同時に、鼻の下のふわふわ白い綿がとうとう口元からぽろりと落ちてしまった。
どうやってついていたのかと尋ねると、お米を手に取ってすり潰すと糊のようになるのでそれで付けていたのだと教えてくれた。
「ただこの国のお米はあまり粘性がないからすぐとれちゃうけどね」
先ほどまであった白い髭もどきの綿がとれ、ようやく見慣れたシズクの顔がお目見えしたのだが、鼻の下に糊にしていた白い米粒の欠片が残ってしまっている。
「シズク、ちょっとご飯が……」
手招きして屋台のカウンター越しに、鼻の下の米粒を取ろうと顔に手を伸ばすと、なんの警戒もせずシズクが目を瞑った。
白い米粒を取るだけでよかったのに、つい触りたくなってシズクのその頬をひとなでするとエドワルドは自分の指先が、じわじわと熱くなるのを感じた。
「え? 鼻の下もほっぺたもどっちにも付いてた? 恥ずかしいな……」
シズクが目を瞑ったまま、そう言うと頬がほのかに赤く染まりくすくすと警戒心なく笑う。
ぎゅうっと胸が締め付けられるようで、シズクの頬に触れた指先がどんどん熱を増しているように思う。
「別に目は瞑らなくってもよくない? ほら、取れたよ」
「ありがとうね! あ、ほらほら。あったかいうちに食べて」
パッと目を開け満面の笑みで小さなどんぶりをエドワルドの前に置くと、早くその味を味わってもらいたいとばかりにじっと食べるのを待っている。早く早くという声が口から出ていなくても漏れ出てしまうほどキラキラと期待に満ちて見られているのが分かる。
「じゃぁ、いただきます」
シズクのように箸は旨く扱えないので、スプーンを使っている。
ピギー肉とケーパを甘辛く焼いた生姜焼きなるものを一口分スプーンに乗せて口に運ぶ。
口に入れる前から生姜の香りがガツンと攻めてきてかなり刺激的だ。そのまま口にいれると、さらにガツンと生姜が攻め立てる。しかし生姜だけが特出しているわけではなく、炒められたケーパが程よい油と生姜焼きのタレを吸って、今までの人生で食べたケーパ史上最高点を叩きだしている。(エドワルド調べ)
そして十分に付け込まれたピギー肉は、噛めば噛むほど凝縮された旨味を出し続け、それがケーパと相まってさらに旨いのだ。
シズクの作る食事で茶色いものは本当に裏切ったりしない。
述べようとすれば延々と旨いとしか言いようがないこの生姜焼き丼を食べ進めると、じんわりと身体が温まってきたように感じた。うっすらと額に汗が滲む。
「生姜は身体を温めて、風邪の予防にもいいんだよ」
そう言って、シズクはエプロンのポケットからハンカチを取り出しエドワルドに差し出した。
「結構汗出てきてる。生姜焼き丼のおかげかな。それとももしかして屋台の周りちょっと暑い?」
気を使ってくれるシズクの言葉が嬉しかったからか、それとも食事をしてじんわりと体が温まって来たからか。指先の熱がまた増した。
食べ進めながらシズクとゆっくりと話をする。
他愛のない話だ。
年初めにリエインに急に行く事になってゴメン。ベルディエットに聞いたおせち楽しみにしている。
楽しい時間はあっという間にエドワルドの心を潤し、少し小振りのドンブリに入っていた生姜焼き丼もあっという間にエドワルドの腹を満たした。
明日からも年終わりまでまだ少し仕事だ。行きたくもない舞踏会に出席した後にはベルディエットも一緒にいるがシズクと一緒に出掛けられることを楽しみにもうひと頑張りするぞと気合を入れる。
名残惜しいし、出来ればもう一杯先ほどの生姜焼き丼を食べたいところだが、それを我慢して席を立つ。
「あ、もう帰っちゃう? そのサンタクロースにちなんでプレゼント作ったんだよ。はい。これどうぞ」
先ほどまでつけていた渾身の可愛らしい白い綿の髭は今はもうない。
それでも屋台の中から小さな紙包みを取り出してエドワルドに渡した。
「ジンジャークッキーだよ」
「クッキー?」
ただの白い小さな紙包みだが、しっかりとした重みがある。
中を開けると、少しだけピリッとするような香りの茶色い丸いクッキーが入っていた。
そうそう、と嬉しそうにシズクが頷き生姜についてのあれこれを披露してくるているのだが、目を輝かせながら話をしているのが妙に可愛く見えて……正直エドワルドはうんちくの内容が全然頭に入ってこない。
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる……」
「やっぱり髭付け直した方がいいかなー」
そんなのつけてなくってもシズクには充分幸せを貰ってる、なんていつもなら簡単に言葉にできるはずなのに何故か今日は口に出来ない。
コロコロと笑うシズクの頭の上で、赤い三角帽子についた白いボンボンが揺れる。
先ほどの白い綿で作った髭を付けたシズクの姿を思い出した。
正直さんたくろーすには会った事もないし、エドワルドにとって初めて聞いた話だった。
ただこんな風に楽しそうに笑うのであれば、毎年今日がシズクと一緒に過ごすくりすますという日にしたいな、とエドワルドはそう思うのであった。
今日は年の終わりの七日ほど前。
来週グリューワインを飲んで、ぐたぐだになったシズクをおんぶして帰る途中に強烈な一撃を食らうとはこれっぽっちも知らないエドワルドは、夕暮れの屋台街をヴォーノボックスに向かって歩いていた。
シズクを連れてリエインに行く際の護衛をベルディエットに強引に頼まれ、エドワルドはその間の休みをもぎ取るためにそれが決まった後からほとんど休みなく働いていた。
年明けからすぐシズクと一緒にリエインにいけるのが楽しみで忙しさもさほど気にならないが、流石に疲れはする。
夜中の街の警備から午前中の鍛錬、やっと先ほど午後から夕方までの街の警備を終え、ようやく明日の昼まで待機となった今日、数日ぶりにようやく癒しを求めてシズクの待つ屋台に向かったのだ。
いや別に俺の事だけ待っててくれるわけじゃないけど……。
会えたらきっと満面の笑みで迎えてくれるはず、と疲れはいるが足取り軽やかに道を進む。
収穫祭であふれかえっていた観光客は今はほとんどおらず、もうすぐ年が終わるからか街は何となくせわしない。がやがやと賑やかな夕暮れ時に、ようやく見えてきたその店にシズクはもちろんいた。
いたが、なんだか様子がおかしい。
鼻の下にちょび髭よろしく白い綿を付け、頭には白いボンボンのついた赤い三角帽子をかぶってニヨニヨしている。
「あ! エドワルド! 久しぶりだね! 疲れてそうだけど……、でも元気そうでよかった! ご飯食べていく?」
エドワルドの顔をじっと見た後、疲れた顔を見抜かれはしたが心配され過ぎることはなくシズクは鼻の下の白い綿をふわふわと揺らしながら笑顔で迎えてくれた。
「久しぶり。ちょっと忙しくってなかなか来れなくってゴメンね。っていうか、それ何?」
とてもいい笑顔だ。しかし白い髭のアンバランスさが逆にエドワルドには可愛く見えてはいるのだが、どんなに可愛くともどうにも笑いが込み上げてきてしまうので仕方なく笑いながらシズクに聞いてしまった。
「これはね、私の故郷の伝わるサンタクロースのコスプレです」
「さんたくろーす? のこすぷれ、とは?」
「架空の人物の衣装の真似なんだけれど……」
シズク曰く、年の終わり近くのくりすますと言う日に空を駆けるソリに乗って世界中の良い子の子供たちにプレゼントを配る恰幅のいい白い髭のおじいさんの事を言うらしい。それにしても架空の人物とは言え世界中の子供にプレゼントを配るとは、モデルになった人物はどういう人なのか気になりはする。
「サンタさんのモデルになった人が赤い服を着ていたり凄い白い髭だったらしいよ。私も詳しくないからこれ以上はあまり知らないんだけれどね」
「凄い髭と言う割には、何というか……。ふっ……。ちょび髭じゃない?」
話すたびに鼻の下で白い綿がふわふわと揺れるのを見る度に、込み上げる笑いをこらえるのが大変だ。
「そう! シュシュリカマリルエルにね、いい感じの赤い三角帽子と白い綿が欲しいってお願いしたんだけれど、忙しいからって言ってこれだけ渡されてー。本当は顎のあたりからお腹の方まで髭があるからそうしたかったんだけど……、ちょっとエドワルド聞いてる!?」
どうしても一生懸命説明しているシズクの真面目な表情と、シズクの鼻の下で心もとなさそうな様子で揺れる髭を模した白い綿のギャップが面白すぎる。本人としては渾身の仮装なのだろうが、込み上げてくる笑いをどうしても噛み殺せないが、安心して欲しい。ちゃんと話は聞いている。
「聞いてる、聞いてるって」
「怪しいなぁ……。お夕飯前だけれどうちでご飯食べていく?」
少し迷ったが、家で食べるよりも今はシズクの作った食事が食べたい気持ちが勝った。
二つ返事でお願いすると、自分から進めてきたくせに料理長に悪いなといいながら何かを準備し始めてくれてた。
今日は総菜ではなく直接作ってくれるようだ。
大きなフライパンに薄く切ったケーパをを入れ炒め始めると、景気のいい音があたりに響いた。
ケーパは生で食べると独特の辛みがある。加熱すると甘くなって食べやすくはなるのだが、スープの具に入れるぐらいでこのユリシスではあまり人気はない。エドワルドもケーパのステーキを食べたことがあったがあまりおいしくは感じなかった。
その炒めたケーパの中にピギーの肉を入れる様だが、すでに何かに漬けていたようでその中から肉だけを取り出してケーパと合わせて焼き始めた。ジュージューといい音と、甘辛い香りが食欲をそそる。
「夕飯前だから、気持ち少なめにしておくね」
漬け汁を上から回し入れるさっと炒めるととさらにいい香りがする。
口元の白い綿を器用によけながら菜箸を使って味見の為に口に入れ小さく頷いた後、小ぶりのドンブリに白米をよそい細かく切ったサラダ菜を敷き、さらにその上に焼いていたピギー肉を乗せた。
「はい。生姜焼き丼です。疲れた身体に染みわたるよ。ご賞味あれ」
そう言って小首をかしげたと同時に、鼻の下のふわふわ白い綿がとうとう口元からぽろりと落ちてしまった。
どうやってついていたのかと尋ねると、お米を手に取ってすり潰すと糊のようになるのでそれで付けていたのだと教えてくれた。
「ただこの国のお米はあまり粘性がないからすぐとれちゃうけどね」
先ほどまであった白い髭もどきの綿がとれ、ようやく見慣れたシズクの顔がお目見えしたのだが、鼻の下に糊にしていた白い米粒の欠片が残ってしまっている。
「シズク、ちょっとご飯が……」
手招きして屋台のカウンター越しに、鼻の下の米粒を取ろうと顔に手を伸ばすと、なんの警戒もせずシズクが目を瞑った。
白い米粒を取るだけでよかったのに、つい触りたくなってシズクのその頬をひとなでするとエドワルドは自分の指先が、じわじわと熱くなるのを感じた。
「え? 鼻の下もほっぺたもどっちにも付いてた? 恥ずかしいな……」
シズクが目を瞑ったまま、そう言うと頬がほのかに赤く染まりくすくすと警戒心なく笑う。
ぎゅうっと胸が締め付けられるようで、シズクの頬に触れた指先がどんどん熱を増しているように思う。
「別に目は瞑らなくってもよくない? ほら、取れたよ」
「ありがとうね! あ、ほらほら。あったかいうちに食べて」
パッと目を開け満面の笑みで小さなどんぶりをエドワルドの前に置くと、早くその味を味わってもらいたいとばかりにじっと食べるのを待っている。早く早くという声が口から出ていなくても漏れ出てしまうほどキラキラと期待に満ちて見られているのが分かる。
「じゃぁ、いただきます」
シズクのように箸は旨く扱えないので、スプーンを使っている。
ピギー肉とケーパを甘辛く焼いた生姜焼きなるものを一口分スプーンに乗せて口に運ぶ。
口に入れる前から生姜の香りがガツンと攻めてきてかなり刺激的だ。そのまま口にいれると、さらにガツンと生姜が攻め立てる。しかし生姜だけが特出しているわけではなく、炒められたケーパが程よい油と生姜焼きのタレを吸って、今までの人生で食べたケーパ史上最高点を叩きだしている。(エドワルド調べ)
そして十分に付け込まれたピギー肉は、噛めば噛むほど凝縮された旨味を出し続け、それがケーパと相まってさらに旨いのだ。
シズクの作る食事で茶色いものは本当に裏切ったりしない。
述べようとすれば延々と旨いとしか言いようがないこの生姜焼き丼を食べ進めると、じんわりと身体が温まってきたように感じた。うっすらと額に汗が滲む。
「生姜は身体を温めて、風邪の予防にもいいんだよ」
そう言って、シズクはエプロンのポケットからハンカチを取り出しエドワルドに差し出した。
「結構汗出てきてる。生姜焼き丼のおかげかな。それとももしかして屋台の周りちょっと暑い?」
気を使ってくれるシズクの言葉が嬉しかったからか、それとも食事をしてじんわりと体が温まって来たからか。指先の熱がまた増した。
食べ進めながらシズクとゆっくりと話をする。
他愛のない話だ。
年初めにリエインに急に行く事になってゴメン。ベルディエットに聞いたおせち楽しみにしている。
楽しい時間はあっという間にエドワルドの心を潤し、少し小振りのドンブリに入っていた生姜焼き丼もあっという間にエドワルドの腹を満たした。
明日からも年終わりまでまだ少し仕事だ。行きたくもない舞踏会に出席した後にはベルディエットも一緒にいるがシズクと一緒に出掛けられることを楽しみにもうひと頑張りするぞと気合を入れる。
名残惜しいし、出来ればもう一杯先ほどの生姜焼き丼を食べたいところだが、それを我慢して席を立つ。
「あ、もう帰っちゃう? そのサンタクロースにちなんでプレゼント作ったんだよ。はい。これどうぞ」
先ほどまでつけていた渾身の可愛らしい白い綿の髭は今はもうない。
それでも屋台の中から小さな紙包みを取り出してエドワルドに渡した。
「ジンジャークッキーだよ」
「クッキー?」
ただの白い小さな紙包みだが、しっかりとした重みがある。
中を開けると、少しだけピリッとするような香りの茶色い丸いクッキーが入っていた。
そうそう、と嬉しそうにシズクが頷き生姜についてのあれこれを披露してくるているのだが、目を輝かせながら話をしているのが妙に可愛く見えて……正直エドワルドはうんちくの内容が全然頭に入ってこない。
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる……」
「やっぱり髭付け直した方がいいかなー」
そんなのつけてなくってもシズクには充分幸せを貰ってる、なんていつもなら簡単に言葉にできるはずなのに何故か今日は口に出来ない。
コロコロと笑うシズクの頭の上で、赤い三角帽子についた白いボンボンが揺れる。
先ほどの白い綿で作った髭を付けたシズクの姿を思い出した。
正直さんたくろーすには会った事もないし、エドワルドにとって初めて聞いた話だった。
ただこんな風に楽しそうに笑うのであれば、毎年今日がシズクと一緒に過ごすくりすますという日にしたいな、とエドワルドはそう思うのであった。
5
あなたにおすすめの小説
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
わんこな旦那様の胃袋を掴んだら、溺愛が止まらなくなりました。
楠ノ木雫
恋愛
若くして亡くなった日本人の主人公は、とある島の王女李・翠蘭《リ・スイラン》として転生した。第二の人生ではちゃんと結婚し、おばあちゃんになるまで生きる事を目標にしたが、父である国王陛下が縁談話が来ては娘に相応しくないと断り続け、気が付けば19歳まで独身となってしまった。
婚期を逃がしてしまう事を恐れた主人公は、他国から来ていた縁談話を成立させ嫁ぐ事に成功した。島のしきたりにより、初対面は結婚式となっているはずが、何故か以前おにぎりをあげた使節団の護衛が新郎として待ち受けていた!?
そして、嫁ぐ先の料理はあまりにも口に合わず、新郎の恋人まで現れる始末。
主人公は、嫁ぎ先で平和で充実した結婚生活を手に入れる事を決意する。
※他のサイトにも投稿しています。
追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
湊一桜
恋愛
王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。
森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。
オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。
行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。
そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。
※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~
天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。
どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。
鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます!
※他サイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる