58 / 102
57.コーンポタージュ
しおりを挟む
-びっくりした……-
何でもないような顔をしているつもりで一緒に歩いているのだが、シズクは先ほどの出来事を反芻していた。
びっくりしたし、恥ずかしいし、なんかよく分からないけど物凄くドキドキした……。
自分の感情がぐるぐると目まぐるしく行ったり来たりして、隣を歩くエドワルドに伝わってしまわないか心配になるほど胸の鼓動が早い事に気が付いてさらに驚く。
あんな大事なものを守るように抱き込まれてしまっては、勘違いしてしまいそうになるが、エドワルドには多分そんなつもりはなくて危なかったから助けてくれただけ。
他意はない、他意はない……。
シズクは火照った顔を手で覚ますように扇ぎながら自分自身に言い聞かせて家の玄関に辿り着くと、そこには不機嫌そうな表情で立つベルディエットとそれをなだめすかしているように見えるシャイロがいた。
「ベルディエット! シャイロさんも」
「シズク!!」
ベルディエットは先ほどまで見せていたかなり不機嫌そうな表情がまるで嘘だったのかと思うほど、花が急に咲いたように笑顔をシズクに向けて振り返った。その横で見ていたシャイロは、うそだろ……という気持ちが隠しきれていない表情だ。
「ようやく抜けられましたわ。茶会の参加は義務ではありませんけれど今回は主催が国王様でしたから断りにくくて……。早々に一人で退散したエドワルドが憎いです」
「憎いって……。俺だってちゃんと参加してたよ」
「私を置いて先に出て行ってしまったではありませんか。シャイロン様が手を貸してくれなかったら、私はまだあの場所にとらわれたままだったかもしれないと言うのに」
国王主催の音楽会だったので、シャイロも呼ばれていたのだ。
音楽会前に屋台に顔を出すことが出来なかったのは、日程の調整がうまくできず公務としてしかこの国に足を運ぶことが出来なかった為だ。
シャイロはただの私立探偵ではない。四男とはいえ一国の王子なのだからそれなりに仕事があるのだから。
「今回はたまたまお邪魔していたので……。ベルディエット嬢のお手伝いができて光栄でした」
「えー、でもさ、シャイロは音楽会にお呼ばれするほど凄腕の探偵なの?」
しかしシャイロがいったい何者なのか、あまりよくわかっていないシズクからすれば至極真っ当な質問を投げかけると、しまった!と言うわかりやすい表情に変わったシャイロに変わってベルディエットが、その問いに答えた。
「この人が探偵と言うのは嘘よ」
「うっそ!」
「本当」
シャイロが隣国リットラビア公国の第四王子だと告げてしまうのだろうか。それはそれで別に気にしなさそうではあるけれど、今まで探偵だとずっと思っていたことにある意味エドワルドはびっくりした。疑うことをしなさすぎである……。
「何を隠そう、この人はね、リットラビア公国でドラゴン研究なんかもしているちょっと有名な貴族なのよ」
「えー!! そうなの!? だからこの前の一件の時も騎士団と一緒に来てたのかー」
「その通りよ」
「不思議だったんだよね……。ただの私立探偵がドラゴンの探索に参加するなんてさ。アッシュ団長とか全然普通だったしさー。もー! 別に私貴族だからって今さら態度変えたりしないし、言ってくれたらよかったのに!」
「は……はは。すみませんでした」
ベルディエットのいう事は間違いではない。リットラビア公国の第四王子なのだから間違いなく有名な貴族である。訪れた最初の目的はドラゴン調査のためだし、各国から来た要人と調査団であることも間違いない。
全く嘘というわけではない。
「ドラゴンにそんなに詳しかったんなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに。私、ドラゴンと対峙したことあるしさ、その時にベルディエットも一緒だったんだよ」
「女性二人がこの国で一番初めにドラゴンに遭遇したという話は聞いていましたが、お二人の事だったんですね」
「びっくりした?」
あまり動じていないのは、シャイロの事をシズクが普通の貴族だと思っているからだろう。
あくまでドラゴンの研究をしている、という事が凄いのであって、貴族だから凄いという認識ではないのだろう。
しかし彼女もびっくりするほど大人の考え方をする瞬間があって、そう言ったお役目中の場合はちゃんとその場に適したそれ相応の大人の対応で接するし、それ以外では今までと変わりがないと思う。
驚きはすれど、今後本当にシャイロが公国の第四王子だとわかったとしてもシズクの態度に変化は今さらないかもしれない。
「さて、シズク。私ご褒美をもらわなくてはいけないのですわ。しっかりと音楽会に出席しましたし、嫌でしたが茶会にも参加しました。昨日の約束、しっかり果たしてもらわなくては」
ベルディエットがそう言うと、にやりとシズクは笑った。
「さっきエドワルドと準備したからね。これから作っちゃうよ。シャイロさんも食べていってください」
「もちろん、俺も食べるからね」
くいっぱぐれてはいけないと、エドワルドも声をあげるとシズクからはもちろんという声が帰ってきた。
リグとエリスが帰ってきたらびっくりするかもしれないが、シズクは三人をダイニングで待たせて台所に向かう。しかし、座らずにエドワルドはシズクの後ろをついてきた。
「手伝うよ」
何事もなかったかのようにエドワルドがするりと横に立って、シズクの顔を覗き込む。
先ほどの出来事がシズクの頭に浮かんで、じわっとまた頬が熱くなるのを感じる……。
心があたふたとしてしまうのをなんとかわからないように、平静を保っているように見せかけてシズクはキッチンに立った。
「じゃ……、じゃぁ、メイスの実をこんな感じでそいでもらっていい?」
「全部?」
「うん」
少し距離を取って勘違いするなー!と、また心の中で数回大声で叫んで、ようやく収まってくれた赤くない顔をエドワルドに向けてお願いすると、ニコリと笑って頷いた。
なんだろなぁ、今日は。
ともすれば、すぐにじわじわと何かが込み上げてくる感覚。これは、あれだ。
いや、でも、吊り橋効果的な感じで先ほどの焚き火の時のドキドキが残っているのかもしれない。決定的な結論は後回しにしておこう……。
「こんな感じ? すっごい綺麗にそげた!」
何となく決定的な気持ちになるのを誤魔化しながら、シズクはそんなことを一人ぐずぐずと考えていると、エドワルドは綺麗にメイスの実を削ぎ終わっていた。自慢げにメイスの芯を突き出すエドワルド。
「ほんとだ! 凄い凄い!」
「……」
一瞬だけエドワルドがふいと顔を逸らした。何か口元が動いたように見えたがまたシズクに向き合って続きの作業を促された。気にはなったが、作業を進めようとシズクは説明を始めた。
「ケーパをみじん切り。削いだメイスの実をケーパと一緒にバターでくたくたになるまで炒めて……ボルスミルクと一緒に煮るよ」
「わかった。焦がさないようにすればいい?」
「それはもちろん! よろしくね。で、私は……」
そう言って、エドワルドが焦がさないように小鍋と格闘していると、シズクは麻袋からメイスを取り出して皮を剥ぎ、焼いたり蒸したりせずそのままおろし金でがしがしとおろし始める。
「えー!! シズク、新しいの作るの?」
「どっちも美味しいはずだから、試しに作りたくって。ちょっとすりおろすだけだから」
すりおろし終わった辺りで、先に進めていた方を一旦火からおろしてすり鉢で丁寧に潰した後ボルスミルクと合わせて煮るのを、またエドワルドに見てもらう。
シズクは自分ですりおろした生のメイスを小鍋に移し、ボルスミルクと合わせてバターと塩で味を調えると、エドワルドが見ていた小鍋にも少し塩を入れる。味見をすると、これはもうびっくりするほど美味しい。さらに生からすりおろした方はさらに甘味と旨みがあってより一層の美味しさである。
「エドワルド、ちょっと氷取って貰ってもいい?」
「便利屋だと思ってない? お代、高いよ?」
「冷蔵庫からだから!! お手伝いの範疇!!」
ニッと笑ったエドワルド。お手伝いではなかった場合お代はどれだけ高くつくのかと聞くと、笑いながら冗談冗談と頭を数回ぽんぽんと撫でるように触れて、エドワルドが穏やかに笑う。
「あ、り、がと」
「はは。どうしたの? 片言すぎ」
撫でられた当たりが、ふわふわして暖かい。
やばいな。先ほど後回しにしようと思っていたこのじわじわとくすぐったい気持ちに、とうとう名前がついて明確になってしまう。
前世では恋愛もあまりせずに仕事ばかりしていた弊害か、自分の未開拓な心の奥に踏み込むのに躊躇してしまいがちだが……。
なるようになるか?
なるようになるな!
ただ、ロイには大口叩いておいてなんだが、シズクのこの気持ちをエドワルドに明らかに出来るかは不明だけれど、恋なんて……、久しぶり過ぎる。
良い人だし、性格も優しくて、一緒にいればいるほど楽しいのだ。
「でもさ、なんで二種類作ったの?」
自分の気持ちの方向性が決まったことに何故だか安堵し、ちらりとエドワルドを見ると、急に現実に戻してくる話を振ってきた。一旦自分の心の中の話は置いておいて、慌てていつもと同じようにシズクは返事を返す。
「折角美味しく焼けたからそれも使いたかったし、生ですりおろすと美味しいのも分かってたからさ。どっちも美味しいから、どっちも味わって欲しくって」
「それは楽しみだ」
焼いた後のメイスを使ったものと、生のメイスを使ったもの。味見の段階ではどちらも美味しいが好みもあるだろう。
「まだ熱いけど味見してみる?」
「いいの!?」
まだ冷やす前のコーンポタージュをまず一つ、焼いたメイスで作ったものをエドワルドに手渡した。
「んん!! 何これ!」
「メイスのポタージュです」
「知ってる! 知ってるけど、メイスだよ? こんなことってある? 甘くて濃厚……」
「ふふふ。ではこちらもご賞味ください」
今度は生のメイスをすりおろしたものを使って作ったものを渡す。口にした後余程好きな味なのか、味わい尽くしたいとばかりに唇をぺろりと舐めた。
「貴殿……。これは、また危険なものをお作りになりましたな。広まったらメイスの奪い合いになるかも」
「それは大げさじゃない? でもそれぐらい気に入ってくれたって事?」
「年中飲みたい」
先ほどよりも目が輝いて、もう少し味見したいと言っているようにも見えるがこれから冷やさなくてはいけない。残念だがまた別の機会に温かいものを味わってもらおう。
「これを冷やして飲むから、また少し味の感じがかわるよ」
「えー! 楽しみなんだけど。焼いてから作った方は気持ちさっぱりしてるし、生のメイスをすりおろしたのは、なんでこんなに濃厚な甘さになるのか不思議……」
メイスのポタージュを冷やしている間台所で二人で話し込んでいると、じっとこちらを窺う視線を感じてハッとしたシズクが入口に目を向けた。
そこにはジト目のベルディエットが……。
「二人でイチャイチャしていないで、早くこちらにいらしてくださいな。シャイロン様と二人では間が持ちませんわ……。あら、凄く甘い香り……」
「イチャイチャなんてしてませんっ」
「あらあら、どうかしらー?」
そのまま飄々とした表情で台所の中へやってきて、甘い香りの根源の前に辿り着くと大きく深呼吸してその香りを目いっぱい吸い込む。
「充分二人の時間を堪能したのであれば、そろそろ私達にもこの美味しいものをお披露目してくれてもいいのではないかしら?」
「ごめんごめん、冷やして持っていくからもうちょっと待ってて」
そのエドワルドの返事を聞くとベルディエットは腕を組み、何を思ったのかエドワルドとシズクの顔をじっと見てから、返事を返す。
「冷やしている間、またイチャイチャしないで頂戴よ」
「「ーーーっっ!」」
それぞれ顔を真っ赤にして、今度は何故か否定する言葉が出てこないエドワルドとシズクの二人であった。
何でもないような顔をしているつもりで一緒に歩いているのだが、シズクは先ほどの出来事を反芻していた。
びっくりしたし、恥ずかしいし、なんかよく分からないけど物凄くドキドキした……。
自分の感情がぐるぐると目まぐるしく行ったり来たりして、隣を歩くエドワルドに伝わってしまわないか心配になるほど胸の鼓動が早い事に気が付いてさらに驚く。
あんな大事なものを守るように抱き込まれてしまっては、勘違いしてしまいそうになるが、エドワルドには多分そんなつもりはなくて危なかったから助けてくれただけ。
他意はない、他意はない……。
シズクは火照った顔を手で覚ますように扇ぎながら自分自身に言い聞かせて家の玄関に辿り着くと、そこには不機嫌そうな表情で立つベルディエットとそれをなだめすかしているように見えるシャイロがいた。
「ベルディエット! シャイロさんも」
「シズク!!」
ベルディエットは先ほどまで見せていたかなり不機嫌そうな表情がまるで嘘だったのかと思うほど、花が急に咲いたように笑顔をシズクに向けて振り返った。その横で見ていたシャイロは、うそだろ……という気持ちが隠しきれていない表情だ。
「ようやく抜けられましたわ。茶会の参加は義務ではありませんけれど今回は主催が国王様でしたから断りにくくて……。早々に一人で退散したエドワルドが憎いです」
「憎いって……。俺だってちゃんと参加してたよ」
「私を置いて先に出て行ってしまったではありませんか。シャイロン様が手を貸してくれなかったら、私はまだあの場所にとらわれたままだったかもしれないと言うのに」
国王主催の音楽会だったので、シャイロも呼ばれていたのだ。
音楽会前に屋台に顔を出すことが出来なかったのは、日程の調整がうまくできず公務としてしかこの国に足を運ぶことが出来なかった為だ。
シャイロはただの私立探偵ではない。四男とはいえ一国の王子なのだからそれなりに仕事があるのだから。
「今回はたまたまお邪魔していたので……。ベルディエット嬢のお手伝いができて光栄でした」
「えー、でもさ、シャイロは音楽会にお呼ばれするほど凄腕の探偵なの?」
しかしシャイロがいったい何者なのか、あまりよくわかっていないシズクからすれば至極真っ当な質問を投げかけると、しまった!と言うわかりやすい表情に変わったシャイロに変わってベルディエットが、その問いに答えた。
「この人が探偵と言うのは嘘よ」
「うっそ!」
「本当」
シャイロが隣国リットラビア公国の第四王子だと告げてしまうのだろうか。それはそれで別に気にしなさそうではあるけれど、今まで探偵だとずっと思っていたことにある意味エドワルドはびっくりした。疑うことをしなさすぎである……。
「何を隠そう、この人はね、リットラビア公国でドラゴン研究なんかもしているちょっと有名な貴族なのよ」
「えー!! そうなの!? だからこの前の一件の時も騎士団と一緒に来てたのかー」
「その通りよ」
「不思議だったんだよね……。ただの私立探偵がドラゴンの探索に参加するなんてさ。アッシュ団長とか全然普通だったしさー。もー! 別に私貴族だからって今さら態度変えたりしないし、言ってくれたらよかったのに!」
「は……はは。すみませんでした」
ベルディエットのいう事は間違いではない。リットラビア公国の第四王子なのだから間違いなく有名な貴族である。訪れた最初の目的はドラゴン調査のためだし、各国から来た要人と調査団であることも間違いない。
全く嘘というわけではない。
「ドラゴンにそんなに詳しかったんなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに。私、ドラゴンと対峙したことあるしさ、その時にベルディエットも一緒だったんだよ」
「女性二人がこの国で一番初めにドラゴンに遭遇したという話は聞いていましたが、お二人の事だったんですね」
「びっくりした?」
あまり動じていないのは、シャイロの事をシズクが普通の貴族だと思っているからだろう。
あくまでドラゴンの研究をしている、という事が凄いのであって、貴族だから凄いという認識ではないのだろう。
しかし彼女もびっくりするほど大人の考え方をする瞬間があって、そう言ったお役目中の場合はちゃんとその場に適したそれ相応の大人の対応で接するし、それ以外では今までと変わりがないと思う。
驚きはすれど、今後本当にシャイロが公国の第四王子だとわかったとしてもシズクの態度に変化は今さらないかもしれない。
「さて、シズク。私ご褒美をもらわなくてはいけないのですわ。しっかりと音楽会に出席しましたし、嫌でしたが茶会にも参加しました。昨日の約束、しっかり果たしてもらわなくては」
ベルディエットがそう言うと、にやりとシズクは笑った。
「さっきエドワルドと準備したからね。これから作っちゃうよ。シャイロさんも食べていってください」
「もちろん、俺も食べるからね」
くいっぱぐれてはいけないと、エドワルドも声をあげるとシズクからはもちろんという声が帰ってきた。
リグとエリスが帰ってきたらびっくりするかもしれないが、シズクは三人をダイニングで待たせて台所に向かう。しかし、座らずにエドワルドはシズクの後ろをついてきた。
「手伝うよ」
何事もなかったかのようにエドワルドがするりと横に立って、シズクの顔を覗き込む。
先ほどの出来事がシズクの頭に浮かんで、じわっとまた頬が熱くなるのを感じる……。
心があたふたとしてしまうのをなんとかわからないように、平静を保っているように見せかけてシズクはキッチンに立った。
「じゃ……、じゃぁ、メイスの実をこんな感じでそいでもらっていい?」
「全部?」
「うん」
少し距離を取って勘違いするなー!と、また心の中で数回大声で叫んで、ようやく収まってくれた赤くない顔をエドワルドに向けてお願いすると、ニコリと笑って頷いた。
なんだろなぁ、今日は。
ともすれば、すぐにじわじわと何かが込み上げてくる感覚。これは、あれだ。
いや、でも、吊り橋効果的な感じで先ほどの焚き火の時のドキドキが残っているのかもしれない。決定的な結論は後回しにしておこう……。
「こんな感じ? すっごい綺麗にそげた!」
何となく決定的な気持ちになるのを誤魔化しながら、シズクはそんなことを一人ぐずぐずと考えていると、エドワルドは綺麗にメイスの実を削ぎ終わっていた。自慢げにメイスの芯を突き出すエドワルド。
「ほんとだ! 凄い凄い!」
「……」
一瞬だけエドワルドがふいと顔を逸らした。何か口元が動いたように見えたがまたシズクに向き合って続きの作業を促された。気にはなったが、作業を進めようとシズクは説明を始めた。
「ケーパをみじん切り。削いだメイスの実をケーパと一緒にバターでくたくたになるまで炒めて……ボルスミルクと一緒に煮るよ」
「わかった。焦がさないようにすればいい?」
「それはもちろん! よろしくね。で、私は……」
そう言って、エドワルドが焦がさないように小鍋と格闘していると、シズクは麻袋からメイスを取り出して皮を剥ぎ、焼いたり蒸したりせずそのままおろし金でがしがしとおろし始める。
「えー!! シズク、新しいの作るの?」
「どっちも美味しいはずだから、試しに作りたくって。ちょっとすりおろすだけだから」
すりおろし終わった辺りで、先に進めていた方を一旦火からおろしてすり鉢で丁寧に潰した後ボルスミルクと合わせて煮るのを、またエドワルドに見てもらう。
シズクは自分ですりおろした生のメイスを小鍋に移し、ボルスミルクと合わせてバターと塩で味を調えると、エドワルドが見ていた小鍋にも少し塩を入れる。味見をすると、これはもうびっくりするほど美味しい。さらに生からすりおろした方はさらに甘味と旨みがあってより一層の美味しさである。
「エドワルド、ちょっと氷取って貰ってもいい?」
「便利屋だと思ってない? お代、高いよ?」
「冷蔵庫からだから!! お手伝いの範疇!!」
ニッと笑ったエドワルド。お手伝いではなかった場合お代はどれだけ高くつくのかと聞くと、笑いながら冗談冗談と頭を数回ぽんぽんと撫でるように触れて、エドワルドが穏やかに笑う。
「あ、り、がと」
「はは。どうしたの? 片言すぎ」
撫でられた当たりが、ふわふわして暖かい。
やばいな。先ほど後回しにしようと思っていたこのじわじわとくすぐったい気持ちに、とうとう名前がついて明確になってしまう。
前世では恋愛もあまりせずに仕事ばかりしていた弊害か、自分の未開拓な心の奥に踏み込むのに躊躇してしまいがちだが……。
なるようになるか?
なるようになるな!
ただ、ロイには大口叩いておいてなんだが、シズクのこの気持ちをエドワルドに明らかに出来るかは不明だけれど、恋なんて……、久しぶり過ぎる。
良い人だし、性格も優しくて、一緒にいればいるほど楽しいのだ。
「でもさ、なんで二種類作ったの?」
自分の気持ちの方向性が決まったことに何故だか安堵し、ちらりとエドワルドを見ると、急に現実に戻してくる話を振ってきた。一旦自分の心の中の話は置いておいて、慌てていつもと同じようにシズクは返事を返す。
「折角美味しく焼けたからそれも使いたかったし、生ですりおろすと美味しいのも分かってたからさ。どっちも美味しいから、どっちも味わって欲しくって」
「それは楽しみだ」
焼いた後のメイスを使ったものと、生のメイスを使ったもの。味見の段階ではどちらも美味しいが好みもあるだろう。
「まだ熱いけど味見してみる?」
「いいの!?」
まだ冷やす前のコーンポタージュをまず一つ、焼いたメイスで作ったものをエドワルドに手渡した。
「んん!! 何これ!」
「メイスのポタージュです」
「知ってる! 知ってるけど、メイスだよ? こんなことってある? 甘くて濃厚……」
「ふふふ。ではこちらもご賞味ください」
今度は生のメイスをすりおろしたものを使って作ったものを渡す。口にした後余程好きな味なのか、味わい尽くしたいとばかりに唇をぺろりと舐めた。
「貴殿……。これは、また危険なものをお作りになりましたな。広まったらメイスの奪い合いになるかも」
「それは大げさじゃない? でもそれぐらい気に入ってくれたって事?」
「年中飲みたい」
先ほどよりも目が輝いて、もう少し味見したいと言っているようにも見えるがこれから冷やさなくてはいけない。残念だがまた別の機会に温かいものを味わってもらおう。
「これを冷やして飲むから、また少し味の感じがかわるよ」
「えー! 楽しみなんだけど。焼いてから作った方は気持ちさっぱりしてるし、生のメイスをすりおろしたのは、なんでこんなに濃厚な甘さになるのか不思議……」
メイスのポタージュを冷やしている間台所で二人で話し込んでいると、じっとこちらを窺う視線を感じてハッとしたシズクが入口に目を向けた。
そこにはジト目のベルディエットが……。
「二人でイチャイチャしていないで、早くこちらにいらしてくださいな。シャイロン様と二人では間が持ちませんわ……。あら、凄く甘い香り……」
「イチャイチャなんてしてませんっ」
「あらあら、どうかしらー?」
そのまま飄々とした表情で台所の中へやってきて、甘い香りの根源の前に辿り着くと大きく深呼吸してその香りを目いっぱい吸い込む。
「充分二人の時間を堪能したのであれば、そろそろ私達にもこの美味しいものをお披露目してくれてもいいのではないかしら?」
「ごめんごめん、冷やして持っていくからもうちょっと待ってて」
そのエドワルドの返事を聞くとベルディエットは腕を組み、何を思ったのかエドワルドとシズクの顔をじっと見てから、返事を返す。
「冷やしている間、またイチャイチャしないで頂戴よ」
「「ーーーっっ!」」
それぞれ顔を真っ赤にして、今度は何故か否定する言葉が出てこないエドワルドとシズクの二人であった。
5
あなたにおすすめの小説
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
湊一桜
恋愛
王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。
森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。
オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。
行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。
そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。
※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。
わんこな旦那様の胃袋を掴んだら、溺愛が止まらなくなりました。
楠ノ木雫
恋愛
若くして亡くなった日本人の主人公は、とある島の王女李・翠蘭《リ・スイラン》として転生した。第二の人生ではちゃんと結婚し、おばあちゃんになるまで生きる事を目標にしたが、父である国王陛下が縁談話が来ては娘に相応しくないと断り続け、気が付けば19歳まで独身となってしまった。
婚期を逃がしてしまう事を恐れた主人公は、他国から来ていた縁談話を成立させ嫁ぐ事に成功した。島のしきたりにより、初対面は結婚式となっているはずが、何故か以前おにぎりをあげた使節団の護衛が新郎として待ち受けていた!?
そして、嫁ぐ先の料理はあまりにも口に合わず、新郎の恋人まで現れる始末。
主人公は、嫁ぎ先で平和で充実した結婚生活を手に入れる事を決意する。
※他のサイトにも投稿しています。
乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~
天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。
どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。
鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます!
※他サイトにも掲載しています
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる